ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

16時半からの上野公園

f:id:hitotobi:20170122033535j:image

 

みんなが帰りはじめる16時半ぐらいから上野公園へ行って、スタバでコーヒーを飲んだりチーズケーキを食べながら、日が傾いていくのを目の端に感じながら、それぞれに作業に没頭し、ハッと顔を上げるともう真っ暗で人もまばら……という過ごし方が好きで、息子を誘ってたまにやる。

 

科博やトーハクなど一部の館で金曜と土曜に夜間開館を実施しているので、それに入ることもあるし、たまに都美の売店を冷やかしたりもする。けれど、きのうはそういうのもなく、滑り台などの遊具がちょこっとあるところでめいっぱい遊んで、疲れた頃に暖をとりにいくのもよかった。広場では何もイベントはなくて、ただ冬の美しい日暮れの音があった。

 

スタバの客層が時間の経過とともに変わっていくのもおもしろい。一番星が出る頃にはこどもの姿はほとんどなくなり、ぐっと大人の時間になる。子連れの人々は、ずいぶん遠くから来ているのだろうか。というより、「動物園に行く!」とか目的がはっきりしているので、それが終われば居残る理由もないのか。

 

店を出て振り返ると、夜の暗い中に浮かび上がるこうこうと灯る明かりがまぶしい。エドワード・ホッパーの"Nighthawks at the diner"にも似ているけど、店内の人々はあの絵よりもずっと幸せそうに微笑んでいる。

 

わたしは小4まで大学の構内にある官舎で暮らしていた。他の領域から確かな力によって守られた広々とした公園の近くにいて、だいたいどこに何があるかわかっていて、その日の気分で自由にいたいところにいられて、知や芸術が人間にとって大切なものとされている…というあたりに、あの頃のことを思い出して満たされるのだろう。

 

なんということのない、穏やかで美しい冬のある日。

これもまた大切な記憶としてわたしの中に残ってゆく。

 

 

 

 

ことほぎラジオ(Podcast)第2話、配信しました

f:id:hitotobi:20170118142714j:plain


 

久しぶりにブログに来ました。最近このブログの中でご覧いただいているページが、「この世界の片隅に」について書いた2本に集中していて、3桁PVぐらいいってたので、けっこうびびってました (^^; とても注目されている映画なんですね、やっぱり。

 

気を取り直して、ことほぎラジオ・第2話配信のお知らせです。

今回は、けいさんが能の話をしてくれています。

わたしは今回、人生で初めてこんなにガッツリと能の「あのこと」の話を聴いたり、話したりできて、とっても満たされている感じです。

 

70分程度あるので、家事や移動のときなどにいいかなと思います。

どこでどんなふうに聴いてくださるんだろう。

時空を超えたところにぽっかりと生まれたPodcastという茶席で、お待ちしてます。

 

 

*Blogから(右上におたよりフォームあります)

doremium.seesaa.net

 

 


Podcastから

ことほぎラジオ

ことほぎラジオ

  • ことほぎ研究室
  • アート
  • ¥0

 

*集いのお知らせ* 《最終回のひとつ前》ブックトークカフェ#18

f:id:hitotobi:20170103145342j:plain


集いのお知らせです。

 

武蔵小杉で正味1年半ほど続けてきたブックトークカフェも、その場の役割を終え、2月で終わることになりました。いつもの内容での開催は1月がラストです。

  ↓ 詳細、お申し込みはこちらから ↓ 

everevo.com

 

最終回の2月は、「ブックトークカフェ(読書会)のつくり方講座」と題した場をひらきます。

わたしがこれまでの6年間に培ってきた場づくり&読書会主催の知見をシェアしつつ、「読書会ちょっとやってみたいかも?」と思っている方と実際に企画を立てるワークをする予定です。

こちらは2/19(日)午後。申し込み開始次第、またお知らせします。

 

ご参加お待ちしております!

 

 

映画「この世界の片隅に」その他の感想

f:id:hitotobi:20170101103437j:image

 

ネタバレなしです(たぶん)。写真は漫画のほうですが、内容は映画が主です。

 

映画の「この世界の片隅に」の違和感についてはこちらでひと通り書いたけれど、違和感ではないところの書き足りない部分を、もう少しだらだらと書きます。

 

 

観たのはまだ半月前なのに、詳細な部分は記憶からこぼれて抜け落ち、今思い出すのは、色がとても美しかったこと。どんなものを描いていても、戦闘機が飛んでいるシーンでさえも、風景の描写は美しかったこと。線画の繊細さ、水彩絵の具の淡さ、やわらかさ、瑞々しさ。時間による光の違い。動きのなめらかさ。

 

空の印象。

高台から見た海の風景。

 

母が広島出身なので、のんの広島弁も心地よかった。子どもの頃に親戚の人たちにかけてもらった音とまったく一緒で、懐かしさでいっぱいになった。呉に連れて行ってもらったこともあって、のんびりとした暖かい日のことを思い出す。母もかつてこのような音に囲まれて生きていた時代もあったのかと思いながら観た。

 

音。効果音も、音楽も、歌も加わって、ひとつの確固とした世界観が貫かれていたと感じた。この映画によって、日本のアニメーション映画の現場ではたらく人たちの技術の高さが示されたと思う。日本的なアニメーションの表現はまだまだ極まっていくし、広がってもいくのだろう。つくり手への敬意を込めて、それに対する報酬(金銭的に受け取るものや地位や名誉など)がリーズナブルなものであってほしいと願う。

 

 

そういうものとは別に、作り手の意図とか人物の描き方ということの前に、そもそも、と強く思ったのが、「わたしは戦争はほんとうに嫌だ」ということだった。

 

こんな状況は、こんな世界は、嫌だ。

 

戦闘機が当たり前のように飛ぶ。防空壕を掘る。

防空警報が鳴ったら、手順通りに逃げる。身を潜める。

無力なまま一方的に狙われる。

「戦力」と言葉が、戦争ができる力、人を殺すに十分な力という意味を持ち、人が選別されていく。逼迫してくると低年齢化していく。

だれでも寿命をまっとうする前に、命が他者によって奪われる可能性がある。

直接的に。間接的に。

生き延びるために、一般市民が兵器や救命について学ぶ。

 

食糧が自由に買えなくなっていく、少しずつ配給に切り替わっていく、配給されなくなっていく、そのへんにあるものでしのいでいく、工夫の限界を超えたらもうあとはあるもので我慢していくか想像して楽しむ。

毎日少しずつ(あるいは突然に)少ない方へと、選択が狭まるほうへと変わっていく暮らし。あるだけまし。

小さい頃から住んでいた家が一瞬で破壊される。

 

怪我と病気に怯える。不衛生な環境。

 

起こってしまったらそうせざるを得ないんだろうな、ということすらも思いたくない。

この映画を観て、そんな覚悟をするのなんか絶対に嫌だ。

 

わたしが映画の中で涙が出たのは、あんなに美しいと感じた呉の街に、バラバラと落とされていく焼夷弾を上空からの視点で見せるシーン。

大切にしているものが一瞬で喪われたり、破壊されるのは辛い。

たとえ後から立ち上がることがわかっていても。

 

わたしは戦争や戦闘や破壊モノを一切観ません!というのでもない。

スター・ウォーズが好きだ。

でもこれは日本に本当にあった戦争を描いているから、何をか思わずにはいられない。

 

 

戦争は嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

山と新年

f:id:hitotobi:20170101010019j:image

あけましておめでとうございます。

今年も当ブログをどうぞよろしくお願いいたします。

 

年末年始は実家で過ごしています。

きのうはふと思い立って、父と息子と甥との4人で、近くの山に登りました。車をちょっと走らせれば、山まですぐ行けるのがうれしい。所要時間4時間だけど、岩場が多くてなかなか楽しいコースでした。

 

去年友人に連れて行ってもらった山で、息子はいつの間にかたくさんのことを学んでいたようで、きのうは、自分から挨拶する、人と競わない、道を譲る、無理をしない、パーティを待つ、などしていました。よしよし。

 

ここは、真ん中に湖があって、周りに平野があって、その周りを山々が囲む地形になっています。山の恵みが川に流れ湖に注ぐ。湖から流れる川はやがて海に至る。そういう自然の仕組みが、日常の中で体感できる豊かな土地です。歴史と文化と自然。ここで生まれ育ってよかったです。

 

思い起こせば幼い頃、父と毎週末のように登っていたので、山はわたしにとってとても馴染み深い場所なのでした。もうずっと長いあいだこの感覚から離れてしまっていたけれど、やっぱり山にはわたしのルーツがあるなぁときのうあらためて思いました。大事にしたいです。

 

 

山について思うこと。

 

山には頂上がある。

山の形はいろいろあって、広々とした平野にひとつだけぽこんとそびえている山では、その頂上は「一番高いところ」だからわかりやすい。

でも峰がいくつもある広がりのある山の場合、どこから眺めるか、どこから登るかによって、必ずしも一番高いところが頂上と言い難い感じがある。

 

この登山口から登りたいし、このルートを辿りたいし、その結果として着いた「高いところ」を自分にとってのとりあえずの頂上としてもいいんじゃないか。必ずしも絶対的な標高で測っているわけではないというか。

 

ここよりももっと高い頂上があるとわかっていて、その存在を知って/感じているとき、これ以上行くと体力気力を使い果たす予感がするならば、一旦ここでよしとして帰るという勇気はもちたい。次回また行ってみることもできる(行きたければ)。挑戦しないわけでも、諦めるわけでも、足るを知るわけでもなく、ここもまたひとつの頂上として眺めを一旦味わいきる。他と比較しての最上位よりも、自分にとっての一番よい眺めを求める。渇望はある。

 

わたしの新しい年の「山の登り方」は、ちょうどこんなふうかなぁ。

積極を大切に生きたいと思います。

 

f:id:hitotobi:20170101010122j:image 

f:id:hitotobi:20170101010423j:image

f:id:hitotobi:20170101010227j:image

f:id:hitotobi:20170101010737j:image

f:id:hitotobi:20170101010810j:image

f:id:hitotobi:20170101010151j:image

 

広告を非表示にする

場づくりについての何度めかのユリイカ

f:id:hitotobi:20161230001250j:image

 

「人はなぜそのようであるか」
「なにが人をそのようにさせるか」

このふたつのテーマを、わたしは小さい頃から探究してきて、そのために日々せっせと場をこしらえているのだ、きっと。

…と、ユリイカしたのが今年の前半。


課題解決、課題共有、意思決定、協働共創、組織開発、事業創造、人材育成...。

そういうものが目的の場のワークショップ・デザインやファシリテーションをいくら勉強しても全くできるようにならなくて、「論理的思考をせよ!」「ビジネス感覚をもて!」と言われても頭が真っ白になってしまう。2012年〜2013年半ばまで。

あの時期は、バカな自分が嫌でしょうがなかった。

 

でも現場は大好きで、自分でひらくのも、参加するのも楽しくて、何が起こるかはわからないし、その場にいる人にしか味わえないダイナミズムをいつも感じていた。場をひらく人によって全然違う味わいになることも、次第にわかっていった。

 

「企画」の二文字だけで身が固まるけど、場をつくることに関わるなら、それが「企画」かどうかはどうでもよくてとにかく楽しくて、どんどんアイディアが浮かぶ。それが何につながるかはまったくわからなかったけど、とにかく片っ端からやってみた。やればやったで必ず何かを発見する。ふりかえって言語化する作業をひたすらやった。

何をやったか、一部しか記録していなくて大半は思い出せないけれど、多いときには月に8本ぐらい場をつくっていた。当時の状況を打破するためには、とにかくこの先に何かがあるんだと信じて、猛烈に進むしかないということもあった。

その中では、かつて学んだデザインの手法はかなり役に立った。 理論や技術を学び、それを自分流にアレンジし、自分のものにして立てていくこと。まさに守破離

 

人の学びや成長を促進、社会をよりよく、普及・啓発、ということを、わたしはあんまり意図していないのかもしれない。その日の場が終わったときにの「よい状態」を想定してプロセスをデザインする、という理論は入っているけれど、それが人の行動を過度に促進したり抑制するものであってほしくない。人の変化はもっとゆるやかで時間がかかるし、個別だし、ひとつの場だけでは成らないと思っている。

大切なのは、場ですることを通じて、自分がどう扱われたか・接してもらえたかではないか。

 

場をつくりはじめた頃は、「自分が変化のきっかけになりたい」と思っていたけれど、それも自分自身が人生で充実して満たされていくと、だんだんと考えなくなった。人に変化を促すような影響を与えたくて(つまり自分の力を誇示するために)場をひらいているのではない。

 

自分が無力だと思っていたけれども、探究テーマに沿ったことなら、どうも切れ味鋭くなれている気がするし、言葉が滑らかに出てくるし、堂々としている感じがある。それほど悩まなくてもアイディアが出るしプロセスが見える。抑えどころも実践を通してみえている。自分の深いところからの衝動から始まるものならば、なれる。自分がバカとかそういうことじゃないのかも、と思えてから楽になった。いろいろと抜け漏れはあるし、思い至らない部分もあるけれど、それも全部自分だけで引き受けなくていいということも知る。


論理思考的なワークショップやプログラムの開発ができる人は頭いいなぁ、すごいなぁと思うけど、自分がそれをできなくても今はあんまり悔しくない。「お客さん」でいられる。他の人との比較ではなく、わたし自身はなるべく、意図的に引き出すことはしたくないし、「これが足りていない人」という見立てを他者に対してしたくないし、人が発した意見の内容・起こしている行動だけに注目したくない感じがある。

 

場にいる人をそのまま聴きたいし、その場で起こることぜんぶを人の表現として見たり聴いたり味わったりしたい。その人が今そこに存在している。この池に石を投げ込んでいるときの波紋の出方(場への影響)を眺めたい。話すことより話しぶり、見えてくる感情、存在感を大切にできたらと思っているんだろう。できないときの自分の中の葛藤も含め。

 

場で何が起こっているのか、本質はなにかといつも探しているし、その人の本来性にふれたい、という欲求がある。たぶん。

人がなにかの役割や立場に拠ってのみ、そこに存在しているときは苦しい。意図するとすれば、安心して役割や立場以外からの声を発せられる場でありたい。

 

 

映画「この世界の片隅に」の違和感

 

f:id:hitotobi:20161228230020j:plain

 

映画「この世界の片隅に」を観た感想です。

ネタバレあります。違和感について書いています。

「原作通りに描くことが正しい」ではなく、「原作と映画の相違点から自分が感じること」を書いています。

今年のはじめに漫画を読み、12月中旬に映画を観ました。

それから友人がひらいた「"この世界の片隅に"を観て違和感を語る会」に参加しました。以下にはそのときの対話の収穫も含まれています。

 

 

◆すずさんの人物像

わたしの中では、原作でこうのさんが描いたすずさんは、清も濁も理知も狂気も内に含み、またそれに自覚的でもある人で、最初こそほんわりと描かれているけれど、物語が進むうちに、本来の強さを源として、美しい大人の女性に成長していくという印象だった。一方、映画では最初から最後まで、無垢で無知で健気な少女として描かれていたところに、最も違和感を覚えた。

映画では、「絵を描く人」として、すずさんのアーティスト性を際立たせたところに、同じく描き手である監督の共感や思い入れは見られたけれども、根拠のない純真さが強まっているように感じた。さらに、のんの声やセリフの改変によって少女性(処女性?聖母性?)のようなものが被せられていて、特に白木りんさんとの交流から生まれる揺らぎ、嫉妬、愛憎をバッサリと捨てたことで、すずさんの中の「りんさん的」な(対応させるとすれば娼婦性?文字通り?)部分を無いものとしているように感じた。りんさんの登場を最小限に留めたことで緊張は和らぎ、ほとんど巫女的なすずさんによって、映画世界の均衡は「平和に保たれて」いる。

それ以外の「女」は、「母は強し(箪笥に米を隠しておく=最後はなんとかしてくれる)」をお義母さんが担い、「強がっているけど結局はツンデレ」を義姉・径子さんが担う。女たちがこのような役割分担をして銃後を守る一方で、男たちの存在は驚くほどに薄い。周作とすずさんの夫婦のつながりや対等性も薄い。

漫画では、りんさんを間に挟んだやりとりも多く、その中で徐々に夫婦となっていく二人の様子が感じられる。そしてこの物語のタイトルにもなっている、「ありがとう、この世界の片隅にウチを見つけてくれて」というのは、喪失と傷みを生きてきたすずさんの内側から発せられた、「わたしは、ここで、あなたと生きていきます」という決意表明のように感じられたのだが、映画では「わたしをお嫁さんにしてくれてありがとう」というような、可愛らしい新妻的なトーンになっていたのは残念だ。癒し手として、「笑顔の器」としての女性ということなのだろうか。

玉音放送のあとの、「暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね。うちも知らんまま死にたかったなぁ......」が「海の向こうから来たお米…大豆…そんなもんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」になる、この大きな変更に対する違和感も大きい。

正義の名の下、日常生活の運行と国民の責務を全うすることで「暴力」と戦ってきたすずさんが、太極旗がはためくのを見て、片隅の小さな一人であっても、自らも暴力で従わせていた側だったという事実を知り、絶望の中、慟哭するシーン。この重要な独白の変更は、すずさんを無知・無力なるものと扱っているばかりか、暴力に対する憤懣をきれいに抜き去っている。監督のインタビューを読んで、ますます納得できない箇所だった。

漫画の動力は、すずさんの内なる声や、すずさんが一人になったときに発する言葉だった。しかし、映画ではその多くがすっぱりと裁ち落とされたり、改変されていて、すずさんから野性味や力強さや聡明さを奪っているし、何がこの物語の動力になっているかがわかりづらくなったように感じた。

 

   

◆男性監督から見た女性像のズレ

映画の作り手は、心底この漫画に魅了されて、「あの世界を再現したい、色をつけて動かしたい、しゃべらせたい、2016年の日本に存在させたい」と考えていたのだろう。それぐらい美しく、再現性の高い作品だったし、漫画では表現できない部分をアニメーションの技術は可能にしていた。詳しく確認していないが、考証も相当丁寧にされていたと推測する。ただ、その思いをもってあの漫画を解釈した結果が、上記に述べたすずさんの人物像だとすれば、「男性から見た理想の女性はこのようである」ということを表しているのだろうと思った。

そこに作り手の悪意も作意もまったく感じられない。「本当に」「見えている」ものを「そのまま表現した」という実直さがあって、当然整合性は取れているし、悪意よりはむしろ、「すずさんで観客を癒す」ような善意も含まれているとさえ思えた。

けれども、すずさんを中心とした変更の数々は、女性としてのわたしが「生きづらい」としばしば感じる状況と根っこを同じくしていた。この監督が、男性が悪い、というのでもない。ただ、実感としてズレているし、そのように描かれるのは一女性として腹立たしかったり苦しかったりする、ということなのだ。

先日、とある読書会に参加したときに、友人が、「男性の視点からの話も聞いてみたい。女性だけで話していると片目を覆って見ているようなものだ」と発言して、その表現に「なるほど」と思った。

右目だけ、左目だけのどちらか片目で見ているとき、どちらからも微妙に角度がずれて見える。両方の目から見ることで、はじめて脳の中で調整が起こり、像を結んで奥行きや距離を感知し、対象を立体的に見ることができる。

男と女と、片目だけからの世界をお互い見せ合って、そのズレを修正し合い、一面的ではなくもっと立体的に世界を共にとらえられないかと、主に場づくりを通して日々模索しているわたしとしては、このような映画が題材として活発に取り上げられることを願ってもいる。

 

 

◆ささやかな日常の美しさ

どんなに辛く厳しい状況でも、人はこんなにもたくましく生きていくことができる。ささやかな日常を大切にし、家族や隣近所との連帯を強くすることで乗り切っていける...というメッセージが、これでもかと繰り出される。

「ささやかで尊い日常」。

他の題材ならば、響く。

楽しい、うれしい、希望に満ちる、心をふるわせ涙を流す。わたしも映画を観てそんな体験をしたいし、実際、この映画を観て涙がわくシーンもあった。

けれども、やはり戦争という題材で、それだけで果たしていいのだろうかとも思う。防ぎようのないものという諦め、わたしたちに抗う力はないことの証明するように涙するだけでいいのだろうか。今この時代にあって、この時期にあって、わたしたちは、戦争を「暴力」と表現していた一人の女性の生き様を見て、手放しで感動していていいのだろうかと、複雑な気持ちになる。(周作がすずさんに「細(こま)い」と言ったのは、無力という意味ではなかったはずだ)

漫画は戦争を描いていたと思う。片時も戦争のことを忘れることができない。戦時中に普通の人々がどんな日常を送っていたかを、こうのさんの言葉を借りれば「だらだらと」描いていた。女性がどのように生きていたのかも、あらためて考えさせられた。

それが映画になると、日常から見た戦争という側から見ることになる。これはカメラワークの問題だろう。画を動かすということは、どこかにカメラを設置しなければならない。より登場人物の見ているものにピントを合わせるし、音楽の効果もあって、時には観客は登場人物そのものになりきって躍動する。その結果、不思議なことにわたしの中では、「その世界に適応するために現状を受け入れる」ということが時々起こった。俯瞰してみようとしていても、諦念が芽生える瞬間があった。そこから引き戻してくれるはずのすずさんの言葉がないので、最後まで心地よく浸ろうと思ったら浸れそうだった。「しあはせの手紙」がその役目を果たすはずだが、映画では画だけが採用され、手紙の言葉は全て割愛されている。あれはなぜだったのだろう。

この映画で着目すべきは、その「辛くともかけがえのない日常」が「あること」だったのだろうか。自分に問うてみてもまだわからない。ただ、このまま為政者がコトを進めても、反発する力は起こらないままに国民は耐え忍ぶし、ささやかな日常に美を「自ら」見出してしまうのかもしれない、と将来への恐れを抱いている。

 

 

◆展開の速さ

君の名は。」でも感じたこれは最近の傾向なのだろうか、展開が恐ろしく速い。余白がない。どんどん連れて行かれる。速いのにメリハリがない。どのシーンもびっくりするぐらい一定の速度で進み、均等に公平に扱われている。終戦のシーンも「しあはせの手紙」のくだりさえも。尺の問題だけではないように思う。割いたコマ数、秒数だけ見ても、「これこそが描きたかった!」というシーンを、残念ながらわたしには見つけられなかった。(友人は「ここに絵の具があったら!」がまさにそのシーンだという意見)

また、漫画はストーリーが進む中にも、解説コラム、図解があったり、作中漫画が入ったり、ペンやクレヨンや筆など画材も様々に表現されていた。読み手は、それらの表現のテンポの違いや、そのときの自分の心の動きに即してページをめくることができていたが、映画では十分に噛む間もなく、シークエンスやエピソードがどんどん消化されていくように感じられた。これは漫画とアニメ映画の特性の違いもあるのだとは思うけれど。

 

 

 

この物語について語ろうとするとき、自分の知識の浅さを呪う気持ちが起きて、なかなか手がつけられなかった。それでも、漫画を読みながら、少ないながらも戦争に関わる自分自身の記憶を引き出そうと、懸命の捜索をしていた。その気持ちを忘れずにいたい。

切り取る部分、光を当てる場所や角度によって、全く異なる物語が出てくるのが戦争で、その膨大さ、複雑さ、多面性に圧倒されるばかりだけれども、知り続けなければ、学び続けなければと思う。わたし自身もまた「記憶の器」として生きる覚悟をもって。

 

最後に、映画をどのように観るかは個人の自由であり、これは一つの見方に過ぎず、他を否定するものではないことを付け加えたい。