ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

夢を見た

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夢を見た。

 

実家から車で1時間ぐらいのところにどこか知らないが古い町があり、古い寺があった。友人と参拝だけして去る予定だったが、その敷地内にある公民館の座敷で、たまたま今日だけ手ぬぐいに絵を描く催しをやっているということで、参加してみた。

 

手ぬぐいには既に下地の色が染めてあって、それは地元に自生している植物からできた染料を使っているとのことだった。藍と臙脂(えんじ)の2枚を選んでその上に絵を描いていった。何で描いたのか、絵の具のようなものなのか、筆なのかペンなのか、定かではない。萌黄のような色だったのは覚えている。普段めったに黄は選ばないので、珍しいなと自分でも思った。

 

布に色をのせると定着しすぎるでも反発するのでもなくて、ああ、この感じはいい、と思ってどんどん描いていった。発色の美しさにうっとりしながら。

 

完成に近づくと、やり方を教えてくれていたおじさんが急に「ここで会ったのも何かの縁だから、さっきしゃべっていた男の人と出来上がった手ぬぐいを交換すれば」などと言い出した。確かにはじまる前に、その場にいた人たちと少し挨拶程度に話したけれど、別に縁を持ちたいとか、そんなつもりではなかったし、わたしはこの絵を自分のために描いていたのになんであげなきゃいけないんだ、と心の中で思いながら、「いや、いいです」と言ったのに、おじさんはしつこくご縁ご縁と言ってくるので辟易した。こういう中年にならないように気をつけよう…と思ったところで目が覚めた。

 

おじさんにはイライラしたが、色をつけるのがとにかく楽しく、この夢中(まさに)になっていた時間が現実世界でも長かったのか、すっかり寝坊をしてしまった。でもあの描く幸福に比べたらそんなことはどうでもよくて、雨の朝だけどとても満たされて一日がはじまった。

 

 

 

 

 

 

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短編法廷ドラマを観て感想を話す会、ひらきました

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武蔵小杉のブックトークカフェの常連メンバーと、「短編法廷ドラマを観て感想を話す会」をひらきました。こうしてひとつの場から、共につくる関係が派生していくのは、わたしにとって、とてもうれしいことです。

 

この場をひらくにあたって、いくつかエピソードがあります。

・ブックトークカフェで、テーマが「悪い本」のときにこのドラマを小説化した本を紹介してくださった方がいて、これはみんなで話すとよいのでは?と興味をもちました。

・わたしが4年前に3回ひらいた、「刑事裁判を傍聴をして弁護士さんと感想を話す会」の流れを汲んでいます。

・犯罪はどうして起こるか、刑罰・量刑は妥当か、正義と悪とは線引きできるか、誰が何をどこまで判定するか・できるか、他人事の正義感と刷り込まれた道徳心・倫理観に気づけるか、などの問いを相方さんと事前に想定しました。

・自分も含む参加者は、裁かれる本人ではないけれど、ある種の当事者である。自分もみんなも他人事ではない、当事者としての言葉を発する場になれば、というわたしの思いがありました。

 

進め方はごくシンプルに、

1. 裁判員として1話15分の裁判を「傍聴」する。

2. 争点を確認し、証拠や証言について考察し、あらゆる可能性について討議する。

3. 最後に一人ひとりの意見(有罪/無罪等)とその理由を表明する。

として、2話分を行って、2時間きっかりで終わりました。

 

感想としては、とにかく、非常によかった!

 

法律の専門家ではない参加者4人それぞれの経験や背景から、深く広がりのある対話が展開し、人の数だけ世界の見え方があること、立場が変われば見える景色がまるで変わることの確認や、裁判や裁判員制度の課題の浮上、テーマを設定して話しきる大切さを実感するなど、とても充実した時間となりました。

 

一人で観ただけでは、なかなかここまで思考を前に進めることは難しい。「他の人はどう思っているんだろう?」が聞けて、そこから影響を受けてまた言葉にできたことがつながる。徐々に自分の意見が絞られていくのは、場の力だと思います。

 

例えば、正当防衛が認められる状況、保護責任者遺棄致死罪が適応される人や状況など、判断の根拠として設定した線引きがあって、時には目に見えない個人の感情までも評価される、ということ。知っていたようで知らなかった世界が、わたしたちの周りには、ある。良し悪しを語る前にまず、「そのように運用されていたんだ!運行していたんだ!」という衝撃がありました。

 

リアルだったのは、自分の中の有罪・無罪の意見の揺れ。最初は「完全に有罪よね?」と思っても、新しい証拠や他の「裁判員」から発言が出るたびに、「無罪の可能性もある?」など、自分の意見がぐらぐらと揺れ続けました。実際の裁判員裁判もきっとこのようだろうと思います。より説得力のある方へ、思い込みや偏見も含め、傾いていくのは、人は情報によって意見を変える性質があるからではないか。

 

わたしたちは果たして、人を裁き刑を課す、決断を下す場に立ち会えるほど、十分に成熟した市民なんだろうか?

 

わたしたちのことなのに知らないでいることはまだまだたくさんあると思う。まずそれらを明らかにする。そしてそれが意味することは何かを考えたい。わからないからこそ、これからも場をつくり、いろんな人と対話を重ねていきたいと思いました。

 

わたしはこのような社会派的なテーマでも場をひらきますが、それは「社会を変えるactivist」としてやってるわけではないようです。人間について、あるいは人間がつくったものについてもっと知りたいという気持ちから。この中にはよくわからなくて怖いものもある。でも、放っておいて怖いものが増えるだけなら、いっそその顔を見に行ってみよう、みんなでしゃべりながら行って帰ってこれば、案外怖くないかもよ、という感じです。わたしはビビりだし、根拠なく楽観的にもなれないので、こういう手段をとっているのではないか、と思います。

 

終了後のランチタイムでは、武蔵小杉のおばちゃんたちが朝早くからせっせと作るボリュームたっぷりの「横浜サンド」をいただきました。時間がたってもパンがべしょべしょしてなくて、レタスがパリッとしていて、細かく刻んだゆで卵の楽しい食感がある。丁寧な手仕事も込みで美味しかったです。

 

この場をひらけてよかった。ありがとうございました。

 

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短歌

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短歌が楽しい。

 

友人が主催する歌会(短歌を詠みあう会)に通いはじめて一年。去年のちょうど今ごろに第一回がはじまった。最初は、彼女のペースで「そろそろやるよー」という感じだったのが、途中から月1の定期開催になった。

 

初めて詠むなら絶対に彼女がつくる場で!と思ってたから、すごくうれしかった。こういうのは、「あなたのその得意なことで場をひらいてほしいわー」といくらこちらが熱い視線を送っていても、相手の情熱や時期が合わなければ実現しないので、有り難いのだ。


短歌にまつわるトピックが毎回用意されていて、レクチャーしてもらえる。短歌の短歌たる所以みたいなものを頭に入れたあとは、主題を与えられ、あるいは自由主題で実際に作ってみる。

 

当初こそ難しいとか恥ずかしいとか思っていたのが、最近は自分の実感と深く深くつながっていって、それを表現するための一番近い言葉を海女のように何度も潜って取りに行く作業が、かけがえのない時間と思える。5.7.5.7.7に当てはめる試行錯誤も楽しい。枠があるからこそ、自由になれる。


そうしてわたしの中から産み出したばかりの歌を人に鑑賞してもらい、それぞれの解釈を聞く。この体験がおもしろい。感じること、見えてくる画などを自由に話すだけなのに、「あんたどっかで見てたんか!」と言いたくなるぐらいの深い洞察が場に生まれる。説明的なところは省かれてるし、シチュエーションやモチーフも実際とは違うものをあてていることも多い。でも自分がその歌に込めた大事な思いがちゃんと伝わっている。


そう考えると、和歌を詠みあっていた古の人はすごい。こんなプライベートな奥底の気持ちを誰も笑わず、むしろ美しいものと愛でるのは。生の気持ちにみんなが共感して大事にしていたのは。今とは文化も生活スタイルもモラルも社会のシステムも世界の広さも違っているあの時代の、歌を大切にした人たちの気持ちが、実際に作ってみて、なんとなくわかったような気がする。


どうにもならない気持ちや人間本来の性質への共感の気持ちが人々にあるという点で、なにか救いを感じる。

 

 

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「夜と霧」の読書会の記録

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ことほぎラジオの3話目でもちらっと出てきましたが、去年のちょうど今日、この読書会をしました。そのときのわたしの感想をこちらにもアーカイブしておきます。

 

これを開催する少し前に、2年やっていた読書会をクローズしたため、喪失感いっぱいのふらふらな中でひらいた記憶があります。同じ年の9月の「ポンピドゥセンター展を観た感想をあーだこーだと話す会」まで、かるた以外は一般公募ができず、半年ほど友人だけのクローズドな場をこつこつとつくっていました。その第一回目がこれ。

 

結局、息子はインフルエンザで、このあとから試合開始のゴングが鳴ったようにハードな日々が年末まで続きました。どうやって超えられたのか、自分のどこにそんな力があったのか、サッパリわかりませんが、夜と霧の底流である「あれをまだ成していないから生きるのだ、生きねば」のようなものがあったのかもしれない。

 

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友人5人に声をかけて「夜と霧」の読書会をしました。

 

壮絶な体験をくぐりぬけ、今もなお生き続ける人の、魂の切実さから書かれたものからは、何かを感じずにいられない。わたしはフランクルの言葉に突き動かされて歩みを進められた経験があるし、それ以外の部分でも、わたしの遍歴を語る上で外せない一冊です。

 

当日は、ホロコーストの話よりも、暴力や痛み、喪失を語る場になりました。感想を話しあってわたしが思ったのは、このような体験でさえも、参加された方が語った体験も、ただひとりの人の体験を描いているものであり、世界の見え方でしかない、万人に当てはまる正しさではない。自分には自分の真実があり、他者と軽重を比較できない自分の苦しみがあり、自分なりの死生観があるのだ、というような当たり前のことでした。もちろんそれは、ホロコーストの事実やそこで生まれた計り知れない傷みを否定するものではありません。

 

そして読み合うことは、同じ時間を、それぞれにただ生きていることを、体の重みの乗った言葉を通じて感じること。弱さの部分でつながろうとするのではなく、誰もがそれぞれに痛みや喜びや美しさを感じながら生きていることをただ知る...そういう時間だったような気がします。

 

すごい深くて遠いところまで行って疲れたので、帰ってお風呂も入らず、あっという前に寝てしまいました。

 

きのうの朝から息子が発熱して焦ったけど、こんなときのためにフローレンスの卒業生パックにしておいてよかった。きょうも熱が下がらず、もしかしてインフルエンザかもしれない。またきょうもこれから受診して、ああ、どうなるかな...。仕事、学校...。こんなとき一馬力はほんと辛いなぁ。息子も「一緒にいてほしい」と言うし。母と同じくらいの存在である人がいればなぁと思ったりするけど、まぁしょうがない。

 

毎日いろんなことが起きます。でも、何も起こらなくなったら、生きている感じがしなくなるだろうなと思う。わたしの性質として。

 

これからもときどき、「この本は!」と思うものに出会ったら、「あなたと読みたいの!」と誘う場をつくりたいなと思います。

 

ご感想をいただきました。

 

『同じ本を読んで、受け取り方が人によってこんなにも違うのだということが本当に本当に面白くて、ものすごーーくいい経験になりました!考えてみると、親しい人と週末に外食するというありふれた出来事ひとつ取っても、それぞれの人生の中でまったく別の景色に見えているんでしょうね。私が決して見ることができない、近くて遠いその景色に、憧れのような気持ちを抱きました。

それから、人生はアドベンチャーゲームのようなもので、苦しいこともただ味わえばいいんだな、と、よりシンプルに思えるようになった気がします。

重ーい雰囲気ではありましたが、私はとっても楽しかったです』

 

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました!

 

テープ起こし

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3年ほど前から、ときどきテープ起こしの仕事もしている。テーマや人(インタビュアー、インタビュイー)に興味があるものに限定される。作業なんでもやりますという感じではないので、どこかに登録をしているわけではなく、友人、知人のつてで依頼がある。分野は、医療、福祉、芸術など。

 

人の話を、内容もそうだけれど、人が話しているのを聴くのが好きなので、インタビューの現場にたまたま同席させてもらえているようなテープ起こしはとても楽しい。

 

醍醐味であり腕の見せ所でもあるのは、その「話」をどうテキストに起こしていくのかの工夫。その場の空気感、人柄、発言のニュアンスを文字のみでどう伝えていくのか。変換や表記の仕方、選び方に起こす人のクリエイティビティが発揮される。

 

句読点のどちらを使うか、どこで句読点を入れるか、「ケバ」と呼ばれるしかし大切な部分をどこまで拾うか、漢字・片仮名・平仮名・アルファベットのどれに変換するか、同音の漢字はどれを充てるか、括弧付きにするか否か、「ねぇ」か「ねー」か、読みやすさと話者のパーソナリティとの間をとる表記は、など、音声から読み取れるものはたくさんある。

 

固有名詞や専門用語を調べにいくと、知らなかった世界が広がっていて、これまたおもしろい。

 

いずれ原稿になる、その基になるテープ起こしという作業。インタビュー現場で生で話を聴いていなかった人々にもその熱が届く、よい原稿になるように、できるだけの貢献ができたらと思うし、例え自己満足だとしても、わたしなりのuncountableな価値を込めたい。

 

求められれば、インタビューのフィードバックもする。あるいは単に感想を送るときもあって、そのときはずいぶんと喜ばれた。現場をこちら側に立って共有し共感してもらえるというのは、人にもよると思うけれど、インタビュアーにとってはうれしいことだろうと思う。基本的に聴いて感じ取って書く表現をするというのは、孤独な作業だから。

 

聴いていると自然とその場のビジュアルが立ち上がってくる。声や話し方から、その人たちの表情や、顔の造作、ヘアスタイル、お化粧やファッション、部屋の内装、天気、光の当たり具合、周囲の環境。それに加えて劇中劇のように、話している人の語りの中に見ている映像も、こちらにはありありと見えてくる。

 

写真を見たわけでもないし、それが合っているかどうかもわからないけど、音から見えたものを感じていると、聴くと見るはけっこう近いところにあったり、イコールになったりする、とわかる。

 

 

 

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いつか緑の…

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買っちまった。

 

10代、20代に吉野朔実さんの漫画に出会えたことは、ほんとうの幸運だった。ありがとうございます。

 

子どもの頃から死というものを身近に感じていたけれど、この世でのお別れは一つひとつ、やはりとても辛くて悲しくて寂しい。とりわけ一度でも深いところで手を握った命とのお別れは。

 

それでもこの世界には、喪失と、それと同時期に起こる祝福の不思議な仕組みがあって、単に物事の裏表というわけではないそれに、なんとか救われながら、もう少しだけ生き続けることができるようだ。

 

わたしもまたどこかで喪われる日まで。

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映画「むかしMattoの町があった」を観て感想を話す会《後編》をひらきました

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映画「むかしMattoの町があった」を観て感想を話す会の後編が終了しました。
(前編のようすはこちら

前編からきてくださった方も半数おられました。貴重な時間を共にしてくださって、場を信頼してお話しくださったこと、本当にありがとうございました。


前回に続き、愛があり、芸術という拠り所があり、ストレートな感情の表明がある点に、イタリアという国の人間味を感じていました。(もちろんフィクションの部分もあるし、絵に描いたようなところばかりではないけれども、日本に比べてどうか、という点で)


ひとつの精神病院内での取り組みを物語った前編から、後編は地域にどう還す/還るか、どのように法制化していくのかの道のりに入り、精神疾患、トラウマ、家族(親子、きょうだい、夫婦、カップル)、アルコール依存、依存、性暴力、暴力、虐待、妊娠・出産、別居・離婚、支援者の支援など、書ききれないほどのテーマが含まれていました。短い尺の中にたくさんのエピソードが詰め込まれていたため、アップダウンが激しく、鑑賞だけでぐったりされた方もおられたかと思います。


それでも一度感想を場に出して、置いて帰れると少しはホッとしていただけるのではないかと思い、どう進行するか迷いつつも、精神科医のつかぴーさんによるキーノートスピーチにあった問い「この人たちをどうしたら地域に還すことができるか」をよすがとしながら、場の流れについてゆくことにしました。今回は現場を知る方、制度面の知識をお持ちの方が何人かいらっしゃったことで、映画の背景が補足されて、理解が深まったという印象がありました。感情が大きく揺さぶられた分、史実、事実に基づく話で着地できたのはありがたかったです。


1時間ちょっとの短い時間の中で、皆さんはどのような体験をされたのでしょうか。


最近、物事の両面性について考える機会が多いのですが、きのうも皆さんの話を聴きながら、何度もそれを思う瞬間がありました。例えば、精神病院への入院は隔離された閉鎖的な場とも言えるし、制御不能になった時間の激流から退避できる安全な場とも言える、とか。

どちらから見るか、どのような態度でかかわるか、によって変わってくるのかもしれません。


意図はあるけれども支配はしたくない、想定はするけれども見立てはしたくない、ということをファシリの席からは強く思っていました。まだまだ修行は続きます。

 

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