ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

ひらきました!:講座「ようこそ!百人一首と競技かるたの世界へ」

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3/4(日)中央区の女性センター「ブーケ21」にて、「ようこそ!百人一首と競技かるたの世界へ」という講座を開催しました。

講座担当の方が、わたしが主宰していた「かるたCafe」のウェブサイトを見てご連絡をくださったのがはじまりでした。

打ち合わせで、「男女共同参画講座の枠組みの中で、百人一首の女性歌人についてのレクチャーと競技かるたの体験の両方を入れた2時間の講座を企画している」とのお話をいただきました。「文学や歴史の話とスポーツの話、それらは全然違うものだから、同じ時間枠でお伝えするのは正直難しいかも...」と一瞬思い、講座の講師を務めるのも一年ぶりだったので少し不安もありました。が、お話をしながらむらむらとわきあがってくる、「おもしろそう!やってみたい!きっとやれる!」という自分の気持ちを信じ、お引き受けすることにしました。それが昨年の秋のこと。

それから本番までは5ヵ月とたっぷり時間があったので、日々の中で講座をすることを念頭において、何をお伝えするか、なぜお伝えしたいかを考えたり、教え方や話し方、講座の組み立て方を勉強したり、友人に手伝ってもらって講座の通し稽古をして過ごしていました。

 

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区報にお知らせが載ってからの日々は、お申し込みはあるかな、どうかな...とドキドキしていましたが、当日までに定員の12席がすべて埋まり、キャンセル待ちも数名出ていたとのことでした。

当日の講座の冒頭で、参加された方お一人おひとりの百人一首との思い出をうかがっていて、百人一首というコンテンツの磐石さと懐の深さをあらためて感じました。百人一首を真ん中に、家族や友人や同級生や先生などとの深い心のつながりを持っていらっしゃって、その短い語りの中に見える風景はとても美しいものでした。かるたCafeでも会の冒頭の自己紹介でお話いただいていたのですが、この時間が好きだったなぁと思い出しました。

 

前半は、年表を使いながら百人一首の成り立ち、編纂者、年代などを見たあとで、女房16人について相関図を用いながら説明し、一首ずつの歌の鑑賞や解説をしました。ちらし取りなどのいわゆるお座敷かるたの経験がある方がほとんどだったのですが、歌の意味や時代背景などは子どもの頃はあまり知らないという方も多く、他の歌にも興味がわいたという声が聞かれました。

 

後半は、競技かるたの実戦。雅な和歌の世界と競技かるたのスポーツの世界をどうつなげるか、自分なりにストーリーを組み立てました。

万葉の時代に生まれた歌が、和歌になり短歌になり今も愛されていること。一方で貝合わせや色紙や戦国時代の南蛮渡来のカードゲームの流れからかるた遊びに発展し、現代の競技かるたの形になっていること。すべてが千年も前から今の自分のところまで一本の線でつながっているんですねぇ...というお話をさせていただきました。

 

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実戦のほうは、決まり字で音を聞き分けて、相手よりも早く取れるように戦略を立てながら試合を進める競技かるたは初めての方がほとんどだったため、前半で扱った16人の女房の歌を使い、並べ方や決まり字の仕組みをお伝えしながら、ゆっくりと進めていきました。

最初は戸惑いも見られましたが、次第に「取った!」「くやしい!」と歓声が上がり、「子どもの頃を思い出した!」と年輩の方も少女のようにはしゃいでおられたり、唯一の競技かるた経験者で学生時代にB級まで昇級していたという方が「なんだか無性に競技かるたがしたい!」と言っておられたり、たくさんの笑顔が見られました。

区の講座で託児が利用できたので、赤ちゃんや幼児さんを預けて参加してくれた女性が3人いらしたのも、個人的にはうれしかったです。「子どもを安心して預けられて、新しいことを学ぶのに集中できるのはうれしい」とおっしゃっていました。よかった!

 

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百人一首はとても懐の深いものなので、歴史や文学でも、競技かるたでも、関心のおもむく方へ掘り下げていかれるのも楽しいと思います。

講師としては、皆さんが、「たくさん吸収しよう」と前のめりで参加してくださったことや、「この場を信じて楽しもう」と託してくださったことが本当にありがたかったです。区の担当の方はもちろん、区民ボランティアさんもてきぱきとサポートしてくださり、皆さんでつくった場になりました。ありがとうございました。

 

・・・

完全に自画自賛になってしまいますが、このプログラムは、2時間という短さながらも、内容に濃さと楽しさがあり、百人一首も競技かるたもどちらも網羅的に知りたい、体験してみたいという未経験または初心者の方にぴったりです。

他区や他団体からも、講座のご依頼をお待ちしております!

お問い合わせはこちらまで> seiko.funanokawa★gmail.com(★=@)

 

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この日の午後は、紀伊国屋書店で行われる、書籍「短歌タイムカプセル」の刊行記念トークショーに友人らと出かけました。

午前に千年前の和歌から現代の競技かるたの話をして、そして午後に現代の歌人が現代の短歌の話をしているのを聞き、なんとも言えないタイムトリップ感でした。しかもこの本の帯には「一千年後に届けたい現代短歌アンソロジー」とあるのです!

「千年前も今も千年後も」わたしが大切にしているものがこの一日に凝縮されていて、まるで贈り物のようでした。

 

お知らせ・3/28 積読本をひらく読書会をひらきます

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※以前ひらいたときのもの。今回の会場はこちらをご覧ください!

 

きょうのあしたで、平日の午前中ではありますが、お時間とお気持ちの合う方がいらしたらな〜と思い、ご案内させていただきます。

 

・・・

3/28(水)10:00-、東京メトロ千代田線千駄木駅すぐの『まちの教室 KLASS』で読書会をひらきます。定員はツアーガイドのわたしも入れて6名まで。お互いの名前を覚えられるくらいの小さな輪で、お茶を飲みながらゆっくり進めていきます。

 

読書会にもいろいろありますが、今回は本を紹介するタイプの読書会。しかも積読本を紹介するので、読んでこなくてOK!...というかぜったい読んでこないでほしい!そっちのほうがおもしろいから。

 

ちなみに「積読」とは入手したけれど読めていない本が積まれている状態のことを言っています。その本に出会ったときに読むつもりだった気持ちがほんとうはあったはず。それを積んだままにしておくのはもったいない気がする。今はもう同じ気持ちはなくなっているかもしれないけど、大事な気持ちを思い出してまた読むかもしれないし、それはひらいてみないとわからない。一人で取り組むのはおっくうだけど、持ち寄ってみんなで一斉にひらいてみたら、わくわく!おもしろいことが起こりますよ!

 

お申し込みはこちらから>>

https://peatix.com/event/361231

 

 

ご参考までに、以前ひらいたときのレポートを下に貼ります。長文なんですが、サイトが閉鎖?で見られなくなっていたため。(ブックトークカフェは2017年2月で終了しています)

 

ブックトークカフェ#15 レポート「積ん読本」

 

月1回、COSUGI COBOで開催している読書会「ブックトークカフェ」です。身近な本を手に、武蔵小杉周辺の人々がつながる場を提供しています。一人ひとりの好きや感じ方の違いを丁寧に聴き合い、その違いを豊かなものと感じられる空気を大切にしています。

今回はテーマが「積ん読本」なだけに、「中身は読んでこないでOK」というちょっと変わった読書会となりました。

そもそも「積ん読」とは?

買ったり借りたりして読めてない本がたくさんあって、部屋に積まれている(あるいはカバンの中に入れっぱなし)状態のことをさしています。

「読書の秋!」なんて勢い込むような本好きの方であればあるほど、おなじみの状態かもしれませんね。

この日は、まずは10分弱、他の参加者が持って来た本を交換して読んでみる時間をとりました。その後、本の持ち主から「なぜその本が手元にあるのか?」「なぜ積ん読状態になっているのか?」の理由を紹介してもらいました。

・カバー写真やタイトルの感じがよかったけど、最初のほうを読んでみたら思っていたのと違ってあまり好きではない感じ。
・作者は好きなんだけど、著書の中でも苦手な雰囲気の本だから。
・理論を知ってもっと深く理解したかったけど、難しすぎて。
・流行りで買ったけれど、実はファンタジーが苦手だった!
・重すぎて物理的に手に持てない!通勤途中はもちろん持ち運べないし、家でも辛い。
などなど、いろいろな理由で積ん読状態になっていました。

その一冊一冊に対して、他の人が冒頭で読んでみた感想を言ってもらったり、その本について知っていることやエピソードを語ってもらっているうちに、「やっぱりもう少し積ん読でおきます」、「手放してカフェの本棚に寄贈します」、「他の参加者さんにあげます」と、それぞれの本の行き場が決まってゆきました。

自分にとっては積んで放置していたぐらいの軽い存在なのに、他の人にとってはとても思い入れのある本もありました。新しいエピソードが追加され、その話を聴きあったことによって、みんなにとってその本が特別なものになる、その感じはなかなかドラマティックでした。ここでは本はただのモノではないということを全員がわかっていて、とても大切に扱っている。そんなあたたかい雰囲気が生まれていました。

課題本の感想共有や、内容を知っている本を紹介しあう読書会も面白いですが、今回の「積ん読本」のようなテーマでひらくのもおもしろいのではないでしょうか。ご興味ある方はぜひ試してみてくださいね!

今回紹介された本はこちら。

・「シティ・ファーマー: 世界の都市で始まる食料自給革命」
ジェニファー・コックラル=キング (著), 白井 和宏 (翻訳)

・「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上春樹 (著)

・「今までにない職業をつくる」
甲野善紀 (著)

・「ソフィーの世界
ヨースタイン ゴルデル (著) , 池田 香代子 (翻訳)

・「ノスタルギガンテス」
寮 美千子 (著)

・「大人のための音感トレーニング本 音楽理論で「才能」の壁を越える!」
友寄 隆哉 (著)

・「オキノタユウの島で 無人島滞在“アホウドリ”調査日誌」
長谷川 博 (著)
※こちらのみ、参加者さんが友人の積読本を引き受けてこれから読むところの本だそうです。

ブックトークカフェは、10人定員の少人数でひらいていますので、読書会に参加したことがない方も、どうぞお気軽にご参加ください。個人的な営みである読書をちょっと外にひらいてみるのは、とても楽しい体験です。

 

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ひらきました!:大人のための「おしいれのぼうけん」読書会

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3/2(金)の夜、根津の本屋「ひるねこBOOKS」さんで、大人のための「おしいれのぼうけん」読書会をひらきました。

 

こんなご案内を出しました>>

hirunekodou.seesaa.net

 

年明けに開催予定をしていたのですが、わたしが体調不良のため休止となったのを、ひるねこさんがもう一度3月に開催を決めてくださったのでした。ありがたかったです。

 

この読書会の発想が出たのは2年前。ひるねこさんがお店をひらかれたときにうかがって、いろいろお話をしていたときに、店主の小張さんが開店前に勤めていた童心社で営業を担当されていたという、この本と深いかかわりがある方であるということを知り、「ぜひお店でこの本についての場をひらきたいです!」というお話をしました。そのときはまだわたしの準備ができておらず、すぐに開催には至りませんでした。

昨年末になって、いろいろな流れの中で、「この人とコラボレーションしたい!と思う人には、わたしから積極的に声をかけていこう」と決意した時期があって、まだふんわりとしていましたが企画を持ち込み、すぐにご快諾いただいて、開催の運びとなったのでした。

 

子どもの頃にこの本を読んでいたが、大人になって読んでみたらいろんな発見があった。読んだことがある人はもちろん、この会をきっかけにはじめて読む人も、大人になった今読んでどう感じるか、話し合い、聴き合う旅をしてみたいと思ったのが、場をひらきたいと思った動機です。

 

ご案内を出した途端、6名のお席はあっという間に満席になり、キャンセルが出てもまたすぐ埋まるという盛況ぶり。ひるねこBOOKSさんとこの本への愛を、当日を迎える前に既にひしひしと感じていました。

当日は夜の開催だったので、ビールやワインなども出て、大人向けの読書会の雰囲気がとてもよかったです。

本に囲まれた店内でひとつのテーブルに座り、まずは自己紹介から。「子どもの頃に読んでとても印象に残っている本で、皆さんの感想を聞いてみたくて」「大人になってもう一度読んでみたらもやもやする部分があって、営業をされていた方のお話が聞きたくて」「子どもがよく読んでとせがんでいた。どこにそんな魅力があるのか知りたくて」「子どもの頃に読んでいなかったので、きょうはじめて読むので楽しみ」などいろんな方がいらっしゃいました。

 

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せいこ作成の「しおり」を使って、出版年、作者などの概要について簡単に紹介したあと、「小張さんに質問!」と題して、せいこが質問をして小張さんにお答えいただくという2人トークを見て・聞いていただく時間を15分ほど取りました。

・出版社の営業の仕事ってどんなことをするのですか?

・どういう経緯で「おしいれのぼうけん」の営業をすることになったのですか?

・小張さん自身のこの本への思い入れの中身を教えてください!

・営業活動をする中で思い出すことがあったら教えてください!

などの質問をしながら、小張さんからもこの本が作られたきっかけや、どんなことを大切にされて描かれた、作られたかという本にまつわる歴史を当時関わった人たちや時代背景などを交えながら教えていただきました。現場で携わっておられたからこそのリアリティを感じながら皆さんでお話を聞きました。

「絵本から本への橋渡しになるような本が必要ではないか」という気持ちから作られた本でしたが、当時から今に至るまでの44年間、「おしいれのぼうけん」のような本は、実はあまり出ていないのかもしれない、という話も出ました。

 

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では、実際に「おしいれのぼうけん」の世界に行こう!ということで、せいこが読み聞かせをさせていただきました。挿絵はあるとはいえ、80ページで文字量もそこそこある本なので、読み終わるのに25分ほどかかりましたが、皆さんとても真剣に聴いてくださいました。これが「おしいれのぼうけん」にふれるはじめての体験という方もいらっしゃったので、重責だな!と一瞬緊張しましたが、いつも小学校で子どもたちに読み聞かせをするように読んでいきました。

読み終わったあとは、今包まれている気持ちを味わいながら、感想をメモする時間を数分取りました。そのあとにみんなで話すと、自分ははじめはどういう感想を持っていたのかが流れたり混ざったりしがちなので、一旦書いておくといいのではないかというご提案です。

 

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一人ひと言ずつ感想を口にしていただいたあとは、1時間ちょっと皆さんであーだこーだと感想を語りました。まずは大人になって読み聞かせをしてもらうことがないので、とてもいい時間だったとおっしゃっていただけたことがありがたかったです。小張さんも、自分ではたくさん読んできたけれど、他の人が読んでいるのを聞くのが久しぶりとのこと。

「子どもにいつも読んでと言われて、長いお話だから正直嫌だなと思っていたけれど、読んでもらってはじめて夢中になる理由がわかったし、途中で中断されたら『帰ってこれなくなる』から最後まで読む必要があるんだともわかった」という感想が印象的でした。

また、小張さんから「今ここにいる男性が自分だけなので、それと関係あるのかないのかわからないけれど、わくわくの大冒険として読んでいるのは自分だけで、皆さんはわりと緊張感を覚えていらっしゃるという違いを感じた」という感想が出たところから、場がハッとなり、「全然違うふうに受け取る」ということのおもしろさに一気に加速していったのが、当日のハイライトだったように思います。

「こどもの頃に出会っていたらどうだったろう?」という感想や、子どもの頃に読み、自分の子どもに読み、子が孫を持つぐらいの年齢になってまた読む...3周目のお付き合いという方もいて、長く読まれてきた物語ならではの力を感じました。

 

たくさんの小さな話題や物語が生まれては次につながり、つながって流れになる。一人ひとりのその本との思い出のこと、そこからぼんやりと透けてみえるその人の生の時間、人の感想の行き来でその本をめぐる思いが深まったぎゅっとつまった2時間半でした。

 

あらためて、ご参加くださった皆さま、ひるねこBOOKSの小張さん、一緒に場をつくってくださって、本当にありがとうございました!

 

・・・

 

参加してくださったあかちゃんといっしょ Maar(マール)さんがブログに感想を書いていらっしゃったのでご紹介します。こんな風景の中にいらっしゃったのか。見せていただき、書いてくださって、ありがとうございます。

 

おしいれのぼうけ

akachantoissyo.wordpress.com

 

 

 

 

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ひるねこBOOKSさんがあるKITTE通りの並びには、「ニューシネマパラダイスの映画deダイアログ」でお世話になったコーツトカフェさんがあります。

根津・谷中・千駄木へおでかけの際は、ひるねこさんで本を買って、コーツトさんで美味しいお茶をいただきながら読むというルートをおすすめします。

 

読手講習会に行ってきた話

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競技かるたの読手講習会を受講してきました。競技かるたの対戦で歌を読む役割の人を、「読手(どくしゅ)」といいます。

 

競技かるたには決まった読み方があります。はじめて聴いたときにはその平坦さ、抑揚のなさに驚きました。小さい頃、家で父親が読んでくれたような読みとは全然違う...。でも競技をするようになって、その理由がわかりました。

 

競技かるたは、「決まり字」と呼ばれる最初の1つから6つの音が命。千分の一秒の速さを競う世界では、音に抑揚や色がありすぎると邪魔になります。一試合約80分の競技時間中に読まれる最大百首の歌は、同じトーン、同じスピード、同じ伸び、同じ間合いで読まれることが、スポーツ・武道としての競技かるたでは大前提になります。もちろん、同じ調子で読むとはいっても、リズミカルで、やはりそれが歌として聞こえているところも大切。読み一つとっても型があるところが、カードゲームとしてのお座敷かるたとは違うところ。

 

「正確にというなら、機械に読ませればいいじゃないか」......とはならないところが、わたしは好き。人の生の声で、不確定要素もはらみつつ読まれることによって、読手と選手の間に不思議な交換が生まれるのです。

 

講座は、この世界では大変著名な読手の方が講師を務めてくださり、一人ずつ序歌と三首の計四首を読んで講評いただく時間はすごく緊張しました。とても上手な読みをされる方ばかりの中で、「初心者らしく下手!」と太鼓判を押していただき、ようやくホッとしました。ポッドキャストや読み聞かせをしているから、人前で自分の声を出すことには慣れているはず、という気持ちが余計なプレッシャーを与えてしまっていたので、自分の読みは全然通用しない!という現実がむしろ清々しかったです。読手の美声にも間近でふれられ、濃い三時間でした。しかもお茶とお菓子まで出していただける。主催の方々のお気持ちがうれしい。

 

この講座は資格を得る、または更新する人にとっては必要な場ですが、わたしの今のステイタスでは、出たからといって何かがもらえるわけではありません。あくまで自己研鑽のため。これからたくさん実戦で読んで経験を積み、勉強することが、会やコミュニティへの貢献にもなるし、競技自体によい影響を与え、ひいては、わたしが競技かるたを通して知りたいことにつながっていくのではないかと思います。

 

この日は3月11日でした。14時46分、わたしたちはひたすら真剣に歌って過ごしていました。わたしたちのグループだけでも、20人分が歌われた序歌。

難波津に 咲くやこの花冬ごもり 今を春べと咲くやこの花

春を、世をことほぐ一首に聞こえました。

 

KLASSで講座をはじめます

千駄木《まちの教室 KLASS》で講座をさせていただくことになりました!

HAGI STUDIOが新たに展開するこの《まちの教室 KLASS》は、「暮らしと学びを近づける」がコンセプト。暮らしを楽しく豊かにする知恵や文化を、まちの人におすそわけし、共に分かち合う場。人と人とが出会って、お互いを育みあう場。観光とはまた違う形でこのまちを訪ねてくれる。そういうことに関われるのが、わたしはとてもうれしいです。

 

 

今回はプレ講座として2本ひらきます。4月以降は「場のつくり方を学ぶゼミ」をはじめとする講座を定期的にひらく予定です。

 

・・・・・

 

コラージュや読書会に興味がある方、谷中・根津・千駄木のまちが気になっている方はもちろん、わたしがどんな場をつくっているのかのぞきに来てくださるのも大歓迎です!ご参加お待ちしております!

 

3/20(火)午後「春をことほぐコラージュの会」
http://klass.hagiso.jp/%E6%95%99%E5%AE%A4/collage/

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3/28(水)午前「積読本をひらく読書会」
http://klass.hagiso.jp/%E6%95%99%E5%AE%A4/dokushokai/

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教室はこんな感じで大きな窓から光が入る、開放感にあふれたスペース。キッチンもついていてくつろいだ雰囲気です。

spacemarket.com

読み聞かせ(3年生 3月)

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今年度の読み聞かせの最後の回でした。

「牛方とやまんば」
(東京子ども図書館おはなしのろうそくシリーズ4「ながすねふとはらがんきり」より)

「おさらをあらわなかったおじさん」

2話で持ち時間の15分ちょうどでした。

絵のない日本の昔話でちょっと怖いものと、三色刷りの外国の絵本で愉快なものという、あえてちょっと対比させるような組み合わせにしました。こうしてみようと思ったのには訳がありました。

 

前回の読み聞かせの日、帰宅してから息子に「きょうの読み聞かせどうだった?」と聞いてみると、いつもじっとしていられず、終始茶々を入れてくる、ある男の子の名前を出して、「あいつが黙ってじっと聞いてるなんてはじめて見たよ!授業中だってあんなのないよ!」と興奮気味に言ったのでした。わたしはあの選書でよかったか、あの読み方でよかったか、などが気になっていたので、「それか!」と意外に思ったのですが、同時に「そういえば!」とすぐに思い当たりました。そう、その日のその子は、最初にちょっと何か言ったきりであとはじっと黙って、すごく真剣な表情で聞き入っていたように見えたのでした。

どうしてだろう...と考えてみて、もしかしたらと思ったのは、あの子にとっては「絵が視界に入ること」が気になる原因だったのかもしれない、ということでした。お話の内容や読み方云々よりも、絵が見えるともうそちらに気をとられて、ここに描いてあるのはなんなんだろう、どうしてこうなんだろう、この色は...というほうに関心が移ってしまい、お話の世界に入れない、聞いていられないのかもしれない。だから絵のない物語を耳だけで聞くほうが集中できるし、自分の想像力を目一杯発揮しながらお話の世界に入れて楽しいのかもしれない。そんな推測をしました。

本を勧めてくれた友だちにこの話をしてみると、その人の子どももやはりそうで、同じ昔話でも、絵本だと「これは何?」といちいち質問してきて静かに聞いていられないのだけど、素話は大好きとのこと。また画風によって怖い、苦手などもあるよう。

もしかすると想像力が豊かな子ほど、感受性が豊かな子ほど、絵がじゃましてしまうことがあるのかもしれない。逆に絵があることで物語に入る助けになる子もいるかもしれない。

そんなことがあったので、今回は絵のないお話と、絵のあるお話の両方を用意してみました。一人ひとり違って当たり前だから、一斉に読み聞かせを届ける場合でも、限られた時間ではあるけれど、できるだけいろんな子に配慮したいなと思ったのでした。

授業中にじっとしていられない、つい茶々を入れてしまうという部分で、「困った子」と表現されがちなその子の別の面でコンタクトできたような気がして、わたしはちょっとうれしかったのでした。

...などとあれやこれや考えながら、当日はりきって読み聞かせに行ったら、その子は風邪でお休みとのこと。あらら残念...。その代わりに他の子がたくさんリアクションしてくれてました、アリガトウ。

 

「牛方とやまんば」は、すごく引き込まれて聞いてくれているのが伝わってきました。やはり絵がなくても昔話っていろんな魅力がつまっているんだな。

「おさらをあらわなかったおじさん」のほうは、ほぼ全員が同時にツッコミを入れてきた箇所があり、びっくりして思わず笑ってしまいました。息子に読み聞かせしていたときはそういう反応は一度もなかったから、あれは読み聞かせならではなのかなぁ。

これはわたしが子どもの頃に好きだった本。料理がじょうずで自分の食べたいものを自分でつくる、かわいい椅子のあるすてきな家に、かわいい黒猫と暮らしてるおさらをあらわなかったおじさんのことを、いいなぁと思っていました。でも今読んでみたら、「おさら、洗えない日あるよねぇ。おさらがたまってみじめになっちゃうことあるよねぇ」と深く深く共感しており、大人になっちゃった自分を感じました。

 

来年度も引き続き読み聞かせボランティアをしようと思います。本を通じてのコミュニケーションはやはり楽しいし、読み聞かせで子どもたちからいろんなことを教えてもらえるから。

ひらきました!映画deダイアログ「ニュー・シネマ・パラダイス」

 

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この時間が特別すぎて全く書く気になれなかったのですが、きょうで2月も終わるのでなんとか書いておこうと思います。

2月1日木曜日の夜、高橋ライチさんと映画deダイアログ「ニュー・シネマ・パラダイス」をひらきました。(ブログだけ追っていると最近ライチさんとばかりつるんでいるみたいに見えておもしろい...)

 

こんなお知らせをしました>

peatix.com

 

なんの話の流れでそうなったか、ライチさんが「ニュー・シネマ・パラダイス」を観たことがない、DVDを借りてきたら寝てしまって、でもこの映画に思い入れのある人が多いからずっと気になっていて...と言ったことがあって、わたしは思わず、「絶対観た方がいいですよ!あーだこーだ話す時間が確保されていたらちゃんと観られるかも!」と熱くなって、そこからとんとんと、ライチさんが以前からひらいていた「映画deダイアログ」の名前で一緒にやることになりました。

映画deダイアログは、映画で観たときの個人的なココロの動きを対話の中で深めていく会です。映画によって違う人生の一部を生きるように、語る他者の人生にも少しだけご一緒させていただく...。そんな営みです。

「映画によって違う人生の一部を生きるように」というところが特に好きです。

わたしも別の友人と"Film Picnic"という、おやつとコーヒーを楽しみながら、ひとつの映像作品から感じたことを、おしゃべりしながら交換しあう場をひらいており、以前からお互いの場に参加しあっていたので、今回もどんな場にしたいか、大事なところはもう抑えられている感じがありました。いつもはやらないようなことをやってみれる余裕がもてたのは、とてもありがたかったです。

 

たとえばこんなしおりを手書きしてみたり。告知ページ用の絵を描いてみたり。小・中学生の頃に漫画を描いていた頃に戻ったみたいで、ほんとうに楽しかったです!

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会場はわたしの好きなまちのカフェがよいと提案し、根津のコーツトカフェの定休日の夜を貸切させていただきました。大切な映画なだけに、映画の話をする場所もまた特別であってほしい。
その場所を愛している人が、映画を通じてその場所をより愛するようになったり、その場所を知らなかった人が、この映画を機に足を運んでみてその素敵さを喜んでもらえるようなことが起こったらいいなと思ったのです。

 

わたしにとっての特別さというのは、高校生のときに観て、イタリア語を学ぼうと決めたり、はじめての就職先を映画館に決めたりということに大きく関係しているので、これはもう人生を変えたと言ってもいい映画。

 

とはいいつつも、この会を催すまでは、自分の中では単に「心に残った映画」ぐらいの位置付けだったのです。それが、自宅で確認のためと気軽に観はじめたら、なんと冒頭のタイトル音楽からもう涙があふれて止まりませんでした。懐かしく愛おしいシーンの数々。

言語、言葉、音、音楽、映像、色......に記憶がつぎつぎと呼び覚まされました。

今と過去とが突然につながり、懐かしい顔が浮かんでは消え、たくさんの思い出が走馬灯のように駆け巡り、感情の断片が花びらのように舞いました。時と場所と人とあっという間に超えてしまった。これは当日は大変なことになりそうだと、おののくほど。

 

さて当日。

お店では店長の椿さんが、こんなお手製のドリンクチケットを用意してくださり、わたしの手書きのしおりとカウンターに並べると、まるで劇場のもぎりのようでした。

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店内のテーブルや椅子も、この日のこの時間のために特別なセッティングに。

ここはどこかしら?と思わずため息がもれるほど素敵な雰囲気でした。

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12人ほどの方がダイアログに来てくださって、ライチさんがメインファシリ、わたしがコ・ファシリになり、映画の感想を一人ずつ一巡したあと、話したいことのある方のお話からはじめて、自由な感想をつなげていく流れにしました。

 

この会をきっかけに初めて観たという人から、ずいぶん前に観て思い出深いという人まで映画との付き合いは様々。一人ひとりの感想が、あたたかく大切なものとして全体に受け取られていく静かな様はとても美しいものでした。

あらためて観終わってのわたしの感想は、「ここまで自分の人生と一体になっているものについては、映画としての良し悪しの判断はとてもじゃないけどできないんだなぁ」ということでした。そこにさらに皆さんの感想を聞いたりやり取りをしているうちに、自分にとってこれが本当に大事な映画だったということがぐいぐいと解ってきて、その時間は足元がおぼつかないような、逆に自分の身体がとても頼り甲斐のあるような、不思議な感覚の中にいました。

 

参加された方に教えてもらったのですが、監督のジュゼッペ・トルナトーレがこの映画を撮ったのが30歳の頃だったとのこと。これはとても驚きました。公開時が32歳だから、撮影と企画段階から含めると20代の頃からこの映画には携わっていたはず。年齢と能力は関係ないのですが、いつの間にか自分が彼がこの映画を撮った年齢を追い越してしまっていたということや、30歳にしてこの人生に起こる様々なことをよくここまで描ききったということに驚かずにいられませんでした。

そしてまた、育ったシチリアの原風景とそこに彼が見出してた普遍的な何かをなんとかして映画という形式で描いて残したかったんだろうなぁ、ということにも思い至りました。わたし自身が、この歳になっていろんな経験を重ねてきたからこそ見えることなんだなぁと。少なくとも今のわたしは男の子のお母さんになっているので、庇護される子どもとして高校生の頃に観ていた視点とは全然違っているのです。

なんとまぁ......!人生というのは本当に不思議なものです。

 

ダイアログの時間は実質45分しかなかったのですが、わたしも皆さんもとても満たされている感覚があって、これは新鮮な驚きでした。「やっぱりシェアの時間は60分〜90分はないと!」と決め込んでいた尺度が、実は全然根拠のないものとして一旦破壊されたことは、わたしにとって大変よかったです。そこにはいろんな要素があったとは思いますが、単純に長さだけで測れないことが場にはあるのでした。

 

会が終わると外は雪が降っていました。お店の明かりに照らされてしんしんと降っている雪を見ていると、まるでその夜に起こったことが夢だったような気持ちになりました。

 

心の中にある懐かしいあの映画この映画、今のわたしならどんな感想が出てくるんだろう?

ずっと大切なままに心にしまっておいてもいいけれど、こうして歳を重ねてあらためて出会いなおすのも素敵なことだなと思った夜でした。

 

参加者の皆さん、ライチさん、コーツトカフェの椿さん、忘れがたい時間を共にしてくださって、ありがとうございました!

 

ライチさんのレポートもぜひ!>

ameblo.jp

 

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ライチさんが書いてくれたチラシ。今回は手書きがぴったりだった。

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