ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

お知らせ・今年も不忍ブックストリート 一箱古本市に出ます!

今年も不忍ブックストリート 一箱古本市にお店を出します!

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こちら去年のようす>>

hitotobi.hatenadiary.jp

 

今年は4/29(日)11:00-16:30です。


本を通じて知り合った相方のマキさんと結成した「トリとニワトリ」がわたしたちのお店。こんなふうな気持ちで準備を進めてます。

このまちで暮らし働く二人が、ぎっしり詰まった自宅の本棚から、それぞれおすすめしたい本を持ち寄ってお店をひらきます。ジャンルは物語、暮らし、人、つくること、などなど。愛しいこのまちで、大好きな本を介して、たくさんの方と小さな出会いの場をひらけることがしあわせです。

「トリとニワトリ」

2018年春:店主一覧 | 不忍ブックストリート より

 

一箱古本市の良さは、その本へのあふれる愛を店主が語れちゃうところ、お客さんが聴いてくださったり、お客さんの話がとても近い距離で聞けるところ、たまたま隣り合わせたお客さんと会話がはじまったりするところ。小さな読書会と言ってもいいかもしれない。

 

会場は、谷中の切手通りにある「特別養護老人ホーム谷中」。千代田線千駄木駅から徒歩2分と好アクセス!この日はまちじゅうが会場。12の会場、56の箱を追いながら、わたしたちが暮らし働き愛するこのまちをてくてくお散歩しながら楽しんでいただけたらうれしいです。

 

本と人とまちに出会いにきてね!

 

▼相方のマキさんのブログ

http://gururi.sunnyday.jp/2018/04/03/1-66/

 

▼マキさんが音読しているところ。去年はお買い上げ時に音読をプレゼントをしました。

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ミロコマチコ展に行ってきた

世田谷文学館で開催中のミロコマチコ展、会期終了の前日になんとかすべりこみました!

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どういう方なのかまったく存じ上げずに行ったのですが、すぐに「このいきもののここにグッとくる、不思議を感じている」…がぐいぐい伝わってきました。

 

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おそらくたくさん観察をされて、生態も調べて、触って…という上で描かれているのだな。特にいきものたちの目がよかったなぁ。よく見たら気持ち悪いとか、種が違うゆえにわかりあえない感じと、同じいきものだからわかる感じと。作品の中では、絵本になってる「オレときいろ」シリーズが特によかったです。

 

絵描きさんと行ったので、一見ヘタウマに見えるタッチの奥にどんな技術や蓄積があるのか教えてもらえ、わたしの素朴な感想に対しては、何があるからそう感じるのかを説明してもらえたり、描き手に代わって対象への愛を語ってもらえた気がして、とてもよい時間でした。彼女自身の感想も聞けてよかったし。

 

切手っぽくもあったのは、その裏に空間設計、造形美ということがあったのだなぁ。

 


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発泡スチロールを電熱カッターで切ってアクリル絵の具で色をつけると、木彫に見えるのおもしろかったなー。アクリル絵の具の鮮やかさ見てるとほしくなっちゃったり。画材がシンプルで身近なものが多いので、図工スイッチも押される。

 


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わたしもわたしの好きなものをのびのびと作って表現していこう〜!と自然と思える、元気になる展覧会でした。

3月の大会

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第99回競技かるた横浜大会D級に出場しました。

戦績は、一回戦 不戦勝、二回戦 11枚差負け。

 

決して敵わない相手ではなかったし、ミスも頻発していたのに、全然自分のリズムがつかめず、読手の読みともタイミング合わず、音も遠く感じられ、終いには束負けとは...と情けなくて悔しくて泣きました。

それでもこの大会に向けてがんばってきたことは、技術の向上に直結したし、勇気を持って慣れ親しんだ型を捨て、素直に人のアドバイスを取り入れ、葛藤しながらも新しい型を身につけるという成果を出したので、決して無駄ではなかった。

相手の動きや気配や感情を全身で感じとりながらも、自分のかるたをする。それを引き続き「自分の仕事をする」「自分の人生を生きる」としっかりとつなぎながら、しぶとく諦めず、失敗や負けを怖れず、挑戦していこうと思います。

 


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きょうはなんだか反感と執着との葛藤がありました。今、自分のテーマになっていることが、対戦中に出てくる気がします。

 

どうして勝つのか、どうして負けるのか。若輩者のわたしにはほんとうのところはまだわかりません。技術の高低、実力の上下、練習や経験の多寡、体調の良し悪し...に加え、それだけでは説明できない何かがあるようです。それがなんなのか、わかりそうでわからない。運と言えば簡単なんだけれども。

逆にわかっていたはずのことがわからなくなったりもする。

だからまた仮説を立てて試してみようと思える。

 

次回の大会に向けては、限られた中でも練習の機会をつくり、大切にして、勝(克)つ意思と状態をつくり、それを暗く孤独で静かな場所で準備すること。あの場に何をしに行くのか、何をしに来たのか、なぜここに座るのか、自分にはっきりとぴったりとさせること。相手が誰であれ、どうであれ、自分が自分でいること。勢いだけでなんとかなる年齢がとうに過ぎた今、それでもやりたいから。

 

次回を目指せることのありがたさよ。

そう、次の一枚に何が起こるかは誰にもわからない。

かるたのそこが好きなんだよね!


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ひらきました!:「積読本をひらく読書会」

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「暮らしと学びを近づける」がテーマのまちの教室KLASS「積読本をひらく読書会」をひらき、3人で7冊の本をひらきました。

 

積読になっている理由なんて『忙しくて本を読む時間がないから』の一択でしょ?」と思いきや、いざひらいてみると一人ひとり、一冊ごとに、まったく違う理由が出てきました。

 

・自分の想像が膨らみすぎて、買って手元に来た時点でもう満足してしまった。
・自分の違和感に真っ向から応えてくれている本だと思い、もう読まなくてもこの本が存在しているだけで心強いという気持ち。
・一度5ページほど読んだけど難しくて投げ出してしまった(でも読んだ感想を話したい相手がいてどうしても読みたい)
・名作や文豪だと思うと身構えてしまうから、親しみがわいてから読もうと思って待っている。
・読むのがもったいなくて楽しみで、がんばったご褒美にとってある。読んでいいよといつ自分にOKを出すかも楽しみ。
・考えるべき大切なことが書いてあるとわかっているけど、読み終えても変化できない自分を見るのが少し怖くて、読むタイミングが来るのを待っている。

…などなど。

 

別々に持ってきたし、読んでいないので中身もよく知らない本なのに、本同士が共鳴しているような話題に展開し、「おお〜すごい偶然が起こっている!」という瞬間もたびたび訪れました。そうそう、これが紹介型の読書会の醍醐味だったわ〜とわたしも思い出しました。

 

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その本が手元にやってくるまでの経緯や、そのときに考えていたこと、感じていたことをおそるおそる話してみると、みんながふむふむと聴いてくれて、感じたままに口にしあっているうちに、するするとほどかれ、ひらかれていく、その人だけの物語がありました。

 

また、隣の人がその本を観察して、気づいたことを持ち主に紹介する時間をつくることで、短い時間の中でより多角的にその本に迫ることができました。今回の場は、「積読本をひらく勇気」と「他己紹介」がポイントだったように思います。

 

きょうのご感想はこんな感じ。 

・読書会には興味があったけど参加するのはきょうがはじめて。

・課題本が決まっていて感想を話す場だと、自分の解釈が間違っていたらどうしようとか、人と比べて自分の読み方が浅いかもとどきどきしたり恥ずかしくなりそう。でも積読本の読書会なら読んでこなくていいし、「ついつい積読しちゃうよね〜」という共感があるという、同じラインからはじめられるので気楽だった。

・普段あまり自分の読書体験をシェアすることはありませんが、私こんなに本についてしゃべりたかったんだ!とビックリ。気持ちよくしゃべらせてもらえる同席の方々のおかげ!

・世の中には本が沢山あるんだな!と改めて実感し、視野が広がりました。

 

お互いの読書習慣の違いを話したり、苦手なジャンルへの取り組み方のアドバイスがあったり、「積読本の特徴は、売上スリップが挟んだままになっていること」などの考察もありました。

 

 

「企業や団体の少人数のチーム研修などにもよさそう!」というアイディアも生まれました。もともとコミュニケーションが活発なチームの中で、積読本を通じて話をすることで、その人個人が何を大切に生きているかを知り、お互いの理解がさらに深められそうですね (^^)!

 

KLASSでもまたこの読書会を開催する予定です。

 

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました!!

 

 

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KLASSにはキッチンがついているので、温かいお茶をすぐお出しできるのもうれしい。

 

・・・

2018/4/11追記
参加された方が、感想を書いてくださいました。キリッと冷えた炭酸ライム水のような文章がすてき。

junkotakijiri.com

あの場で何を見てくださったのか、何をひっつかんでくださったのか、ということが知れて、書いてくださることとそれを読めることはありがたいです。

積読ってなんとなく自分ダメ感とか罪悪感があるのだけど、「なーんだ、ちゃんと自分なりの大切な理由があるんじゃん!」と思えるのが、この読書会のいいところなのかもしれません。

キャリア教育の授業がおもしろい

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息子の通う小学校では年に一回、保護者が先生になって自分の仕事をプレゼンする、キャリア教育の公開授業があります。子どもたちが「こんな仕事があるんだ」「身近なことの中に、こんな仕事をしている人の存在があるんだ」と知ることで、仕事観を広くもてるように、というのがねらいだと思います(たぶん)。「○○ちゃんのお父さん」「○○くんのお母さん」等々以外の、働く人、個人としての一面が見られるのは新鮮で、息子もわたしも毎回楽しみにしています。


昨年は築地市場で卸のお仕事をされている方のお話でした。築地で扱うもの、卸・仲卸の役割、市場での買い方(相対とセリ)、市場の構造(空撮写真をつかって)、築地の成り立ち、などをスライドを使いながらとてもわかりやすく、話してくださいました。
こういう仕事だからか、そういう性格だからこういう仕事につくのか?オープンマインドでサービス精神旺盛、お話上手で、引き込まれました。


セリの仕組みも、動画を見て、「手やり」という、指の折り曲げ伸ばしで金額を表す「言語」をみんな実際にやってみたり、セリ人が何を言っているかを翻訳してもらいました。初めてちゃんとセリを理解した気がします。しかしあの人がわらわらと集まってる中で、どれをだれが買うかあらかじめわかってなくて、そのときに急にしかもこっそり手先だけでやられて、ちゃんと拾えるのがすごい!聞けば聞くほど神業です。


卸で残った魚はどうするのかとか、ユニークな落とし物の話はおもしろかった!カニとかタコとか。スイカが落ちてるときはややこしいな…。

 

息子が卒業するまでにわたしもいっぺん前に立つほうもやってみたいなぁと思っています。子どもたちは、わかろうと一生懸命に聞いてくれるので、「この仕事をやっててよかったなぁ!」とすごく思いそう。もちろんそのために授業をするわけではないけれども。わたしの仕事は、市場の仲卸、建築家、医者など、よく耳にする名前ではないので、これから自分の仕事をつくることだらけの若い人たちに、もしかしたら何か伝えられることがあるのかもしれない、と僭越ながら思ったりします。

その人だからこそ語れる生の言葉の迫力があり、あざやかすぎず、時にはしどろもどろに伝える姿がリアルなのではないかと思うのです。

 

今年は商店街で職場体験もありました。保育園の頃は近所の中学生が保育士体験に来てたりしたなぁ。大人もできたらいいなぁって思ったりもする。職業訓練て意味じゃなく、リフレーミングの機会として。わたしも一日保育士体験をやらせてもらいましたが、「こちら側」にいるだけでは想像の域を超えられないことが、同じ作業をやることでようやく見えてくるものがあるのではないかと思うのです。

 

話がずれていったけど、、

「仕事」や「働く」については、たぶんだれでも生きていく上で一生必要としていて、一生考えていることだと思う。だからわたしも興味が尽きないんだろうと思います。

 

 

お知らせ:あさきゆめみし読書会 宇治十帖編をひらきます

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2016年に友人たちを誘ってひらいた「あさきゆめみしを語る会」。

話すうちに見えてきたのは、若かりし頃にはわからなかった登場人物たちの感情の機微や、作者の紫式部の意図や人柄などでした。「大人になってもう一度読んでみてよかった!」と大変好評だったのですが、扱いたい話題が多すぎて、「宇治十帖」編までたどり着くことができませんでした。

 

*そのときのレポートはこちら*

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

その後1年半経って、この度、ようやく友人のまゆみさんと宇治十帖編の読書会をひらくことになりました。

 

光源氏を主人公としていた男女の一対一の恋愛物語とガラリと様相を変え、宇治十帖編は、3人の女性と2人の男性をとりまく複雑な人間関係を中心にした、暗く重い雰囲気を終始漂わせる物語です。

宇治十帖のテーマは何なんだろう、源氏物語全体の中から見た宇治十帖はどのような位置付けにあるのだろう。

紫式部はどうしてこの物語を書いたのか、何が彼女を書かせたのか。

当時の時代背景や女性の生き方、恋愛観、宗教観、死生観を織り交ぜたり、現代のわたしたちとの共通点や相違点とも照らしながら、皆さんと素朴な感想を語ってみたいと思います。

 

あさきゆめみし」を今回初めて読むという方は宇治十帖より前の物語も読んでご参加ください。

読書会がはじめての方でも歓迎です。話すことと同じくらい、聴き合うことを大切にすすめていきます。

 

お申し込みは以下Peatixから。ご参加をお待ちしております!

asakiyumemishi0420.peatix.com

 

ひらきました!:講座「ようこそ!百人一首と競技かるたの世界へ」

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3/4(日)中央区の女性センター「ブーケ21」にて、「ようこそ!百人一首と競技かるたの世界へ」という講座を開催しました。

講座担当の方が、わたしが主宰していた「かるたCafe」のウェブサイトを見てご連絡をくださったのがはじまりでした。

打ち合わせで、「男女共同参画講座の枠組みの中で、百人一首の女性歌人についてのレクチャーと競技かるたの体験の両方を入れた2時間の講座を企画している」とのお話をいただきました。「文学や歴史の話とスポーツの話、それらは全然違うものだから、同じ時間枠でお伝えするのは正直難しいかも...」と一瞬思い、講座の講師を務めるのも一年ぶりだったので少し不安もありました。が、お話をしながらむらむらとわきあがってくる、「おもしろそう!やってみたい!きっとやれる!」という自分の気持ちを信じ、お引き受けすることにしました。それが昨年の秋のこと。

それから本番までは5ヵ月とたっぷり時間があったので、日々の中で講座をすることを念頭において、何をお伝えするか、なぜお伝えしたいかを考えたり、教え方や話し方、講座の組み立て方を勉強したり、友人に手伝ってもらって講座の通し稽古をして過ごしていました。

 

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区報にお知らせが載ってからの日々は、お申し込みはあるかな、どうかな...とドキドキしていましたが、当日までに定員の12席がすべて埋まり、キャンセル待ちも数名出ていたとのことでした。

当日の講座の冒頭で、参加された方お一人おひとりの百人一首との思い出をうかがっていて、百人一首というコンテンツの磐石さと懐の深さをあらためて感じました。百人一首を真ん中に、家族や友人や同級生や先生などとの深い心のつながりを持っていらっしゃって、その短い語りの中に見える風景はとても美しいものでした。かるたCafeでも会の冒頭の自己紹介でお話いただいていたのですが、この時間が好きだったなぁと思い出しました。

 

前半は、年表を使いながら百人一首の成り立ち、編纂者、年代などを見たあとで、女房16人について相関図を用いながら説明し、一首ずつの歌の鑑賞や解説をしました。ちらし取りなどのいわゆるお座敷かるたの経験がある方がほとんどだったのですが、歌の意味や時代背景などは子どもの頃はあまり知らないという方も多く、他の歌にも興味がわいたという声が聞かれました。

 

後半は、競技かるたの実戦。雅な和歌の世界と競技かるたのスポーツの世界をどうつなげるか、自分なりにストーリーを組み立てました。

万葉の時代に生まれた歌が、和歌になり短歌になり今も愛されていること。一方で貝合わせや色紙や戦国時代の南蛮渡来のカードゲームの流れからかるた遊びに発展し、現代の競技かるたの形になっていること。すべてが千年も前から今の自分のところまで一本の線でつながっているんですねぇ...というお話をさせていただきました。

 

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実戦のほうは、決まり字で音を聞き分けて、相手よりも早く取れるように戦略を立てながら試合を進める競技かるたは初めての方がほとんどだったため、前半で扱った16人の女房の歌を使い、並べ方や決まり字の仕組みをお伝えしながら、ゆっくりと進めていきました。

最初は戸惑いも見られましたが、次第に「取った!」「くやしい!」と歓声が上がり、「子どもの頃を思い出した!」と年輩の方も少女のようにはしゃいでおられたり、唯一の競技かるた経験者で学生時代にB級まで昇級していたという方が「なんだか無性に競技かるたがしたい!」と言っておられたり、たくさんの笑顔が見られました。

区の講座で託児が利用できたので、赤ちゃんや幼児さんを預けて参加してくれた女性が3人いらしたのも、個人的にはうれしかったです。「子どもを安心して預けられて、新しいことを学ぶのに集中できるのはうれしい」とおっしゃっていました。よかった!

 

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百人一首はとても懐の深いものなので、歴史や文学でも、競技かるたでも、関心のおもむく方へ掘り下げていかれるのも楽しいと思います。

講師としては、皆さんが、「たくさん吸収しよう」と前のめりで参加してくださったことや、「この場を信じて楽しもう」と託してくださったことが本当にありがたかったです。区の担当の方はもちろん、区民ボランティアさんもてきぱきとサポートしてくださり、皆さんでつくった場になりました。ありがとうございました。

 

・・・

完全に自画自賛になってしまいますが、このプログラムは、2時間という短さながらも、内容に濃さと楽しさがあり、百人一首も競技かるたもどちらも網羅的に知りたい、体験してみたいという未経験または初心者の方にぴったりです。

他区や他団体からも、講座のご依頼をお待ちしております!

お問い合わせはこちらまで> seiko.funanokawa★gmail.com(★=@)

 

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この日の午後は、紀伊国屋書店で行われる、書籍「短歌タイムカプセル」の刊行記念トークショーに友人らと出かけました。

午前に千年前の和歌から現代の競技かるたの話をして、そして午後に現代の歌人が現代の短歌の話をしているのを聞き、なんとも言えないタイムトリップ感でした。しかもこの本の帯には「一千年後に届けたい現代短歌アンソロジー」とあるのです!

「千年前も今も千年後も」わたしが大切にしているものがこの一日に凝縮されていて、まるで贈り物のようでした。

 

お知らせ・3/28 積読本をひらく読書会をひらきます

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※以前ひらいたときのもの。今回の会場はこちらをご覧ください!

 

きょうのあしたで、平日の午前中ではありますが、お時間とお気持ちの合う方がいらしたらな〜と思い、ご案内させていただきます。

 

・・・

3/28(水)10:00-、東京メトロ千代田線千駄木駅すぐの『まちの教室 KLASS』で読書会をひらきます。定員はツアーガイドのわたしも入れて6名まで。お互いの名前を覚えられるくらいの小さな輪で、お茶を飲みながらゆっくり進めていきます。

 

読書会にもいろいろありますが、今回は本を紹介するタイプの読書会。しかも積読本を紹介するので、読んでこなくてOK!...というかぜったい読んでこないでほしい!そっちのほうがおもしろいから。

 

ちなみに「積読」とは入手したけれど読めていない本が積まれている状態のことを言っています。その本に出会ったときに読むつもりだった気持ちがほんとうはあったはず。それを積んだままにしておくのはもったいない気がする。今はもう同じ気持ちはなくなっているかもしれないけど、大事な気持ちを思い出してまた読むかもしれないし、それはひらいてみないとわからない。一人で取り組むのはおっくうだけど、持ち寄ってみんなで一斉にひらいてみたら、わくわく!おもしろいことが起こりますよ!

 

お申し込みはこちらから>>

https://peatix.com/event/361231

 

 

ご参考までに、以前ひらいたときのレポートを下に貼ります。長文なんですが、サイトが閉鎖?で見られなくなっていたため。(ブックトークカフェは2017年2月で終了しています)

 

ブックトークカフェ#15 レポート「積ん読本」

 

月1回、COSUGI COBOで開催している読書会「ブックトークカフェ」です。身近な本を手に、武蔵小杉周辺の人々がつながる場を提供しています。一人ひとりの好きや感じ方の違いを丁寧に聴き合い、その違いを豊かなものと感じられる空気を大切にしています。

今回はテーマが「積ん読本」なだけに、「中身は読んでこないでOK」というちょっと変わった読書会となりました。

そもそも「積ん読」とは?

買ったり借りたりして読めてない本がたくさんあって、部屋に積まれている(あるいはカバンの中に入れっぱなし)状態のことをさしています。

「読書の秋!」なんて勢い込むような本好きの方であればあるほど、おなじみの状態かもしれませんね。

この日は、まずは10分弱、他の参加者が持って来た本を交換して読んでみる時間をとりました。その後、本の持ち主から「なぜその本が手元にあるのか?」「なぜ積ん読状態になっているのか?」の理由を紹介してもらいました。

・カバー写真やタイトルの感じがよかったけど、最初のほうを読んでみたら思っていたのと違ってあまり好きではない感じ。
・作者は好きなんだけど、著書の中でも苦手な雰囲気の本だから。
・理論を知ってもっと深く理解したかったけど、難しすぎて。
・流行りで買ったけれど、実はファンタジーが苦手だった!
・重すぎて物理的に手に持てない!通勤途中はもちろん持ち運べないし、家でも辛い。
などなど、いろいろな理由で積ん読状態になっていました。

その一冊一冊に対して、他の人が冒頭で読んでみた感想を言ってもらったり、その本について知っていることやエピソードを語ってもらっているうちに、「やっぱりもう少し積ん読でおきます」、「手放してカフェの本棚に寄贈します」、「他の参加者さんにあげます」と、それぞれの本の行き場が決まってゆきました。

自分にとっては積んで放置していたぐらいの軽い存在なのに、他の人にとってはとても思い入れのある本もありました。新しいエピソードが追加され、その話を聴きあったことによって、みんなにとってその本が特別なものになる、その感じはなかなかドラマティックでした。ここでは本はただのモノではないということを全員がわかっていて、とても大切に扱っている。そんなあたたかい雰囲気が生まれていました。

課題本の感想共有や、内容を知っている本を紹介しあう読書会も面白いですが、今回の「積ん読本」のようなテーマでひらくのもおもしろいのではないでしょうか。ご興味ある方はぜひ試してみてくださいね!

今回紹介された本はこちら。

・「シティ・ファーマー: 世界の都市で始まる食料自給革命」
ジェニファー・コックラル=キング (著), 白井 和宏 (翻訳)

・「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上春樹 (著)

・「今までにない職業をつくる」
甲野善紀 (著)

・「ソフィーの世界
ヨースタイン ゴルデル (著) , 池田 香代子 (翻訳)

・「ノスタルギガンテス」
寮 美千子 (著)

・「大人のための音感トレーニング本 音楽理論で「才能」の壁を越える!」
友寄 隆哉 (著)

・「オキノタユウの島で 無人島滞在“アホウドリ”調査日誌」
長谷川 博 (著)
※こちらのみ、参加者さんが友人の積読本を引き受けてこれから読むところの本だそうです。

ブックトークカフェは、10人定員の少人数でひらいていますので、読書会に参加したことがない方も、どうぞお気軽にご参加ください。個人的な営みである読書をちょっと外にひらいてみるのは、とても楽しい体験です。

 

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ひらきました!:大人のための「おしいれのぼうけん」読書会

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3/2(金)の夜、根津の本屋「ひるねこBOOKS」さんで、大人のための「おしいれのぼうけん」読書会をひらきました。

 

こんなご案内を出しました>>

hirunekodou.seesaa.net

 

年明けに開催予定をしていたのですが、わたしが体調不良のため休止となったのを、ひるねこさんがもう一度3月に開催を決めてくださったのでした。ありがたかったです。

 

この読書会の発想が出たのは2年前。ひるねこさんがお店をひらかれたときにうかがって、いろいろお話をしていたときに、店主の小張さんが開店前に勤めていた童心社で営業を担当されていたという、この本と深いかかわりがある方であるということを知り、「ぜひお店でこの本についての場をひらきたいです!」というお話をしました。そのときはまだわたしの準備ができておらず、すぐに開催には至りませんでした。

昨年末になって、いろいろな流れの中で、「この人とコラボレーションしたい!と思う人には、わたしから積極的に声をかけていこう」と決意した時期があって、まだふんわりとしていましたが企画を持ち込み、すぐにご快諾いただいて、開催の運びとなったのでした。

 

子どもの頃にこの本を読んでいたが、大人になって読んでみたらいろんな発見があった。読んだことがある人はもちろん、この会をきっかけにはじめて読む人も、大人になった今読んでどう感じるか、話し合い、聴き合う旅をしてみたいと思ったのが、場をひらきたいと思った動機です。

 

ご案内を出した途端、6名のお席はあっという間に満席になり、キャンセルが出てもまたすぐ埋まるという盛況ぶり。ひるねこBOOKSさんとこの本への愛を、当日を迎える前に既にひしひしと感じていました。

当日は夜の開催だったので、ビールやワインなども出て、大人向けの読書会の雰囲気がとてもよかったです。

本に囲まれた店内でひとつのテーブルに座り、まずは自己紹介から。「子どもの頃に読んでとても印象に残っている本で、皆さんの感想を聞いてみたくて」「大人になってもう一度読んでみたらもやもやする部分があって、営業をされていた方のお話が聞きたくて」「子どもがよく読んでとせがんでいた。どこにそんな魅力があるのか知りたくて」「子どもの頃に読んでいなかったので、きょうはじめて読むので楽しみ」などいろんな方がいらっしゃいました。

 

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せいこ作成の「しおり」を使って、出版年、作者などの概要について簡単に紹介したあと、「小張さんに質問!」と題して、せいこが質問をして小張さんにお答えいただくという2人トークを見て・聞いていただく時間を15分ほど取りました。

・出版社の営業の仕事ってどんなことをするのですか?

・どういう経緯で「おしいれのぼうけん」の営業をすることになったのですか?

・小張さん自身のこの本への思い入れの中身を教えてください!

・営業活動をする中で思い出すことがあったら教えてください!

などの質問をしながら、小張さんからもこの本が作られたきっかけや、どんなことを大切にされて描かれた、作られたかという本にまつわる歴史を当時関わった人たちや時代背景などを交えながら教えていただきました。現場で携わっておられたからこそのリアリティを感じながら皆さんでお話を聞きました。

「絵本から本への橋渡しになるような本が必要ではないか」という気持ちから作られた本でしたが、当時から今に至るまでの44年間、「おしいれのぼうけん」のような本は、実はあまり出ていないのかもしれない、という話も出ました。

 

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では、実際に「おしいれのぼうけん」の世界に行こう!ということで、せいこが読み聞かせをさせていただきました。挿絵はあるとはいえ、80ページで文字量もそこそこある本なので、読み終わるのに25分ほどかかりましたが、皆さんとても真剣に聴いてくださいました。これが「おしいれのぼうけん」にふれるはじめての体験という方もいらっしゃったので、重責だな!と一瞬緊張しましたが、いつも小学校で子どもたちに読み聞かせをするように読んでいきました。

読み終わったあとは、今包まれている気持ちを味わいながら、感想をメモする時間を数分取りました。そのあとにみんなで話すと、自分ははじめはどういう感想を持っていたのかが流れたり混ざったりしがちなので、一旦書いておくといいのではないかというご提案です。

 

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一人ひと言ずつ感想を口にしていただいたあとは、1時間ちょっと皆さんであーだこーだと感想を語りました。まずは大人になって読み聞かせをしてもらうことがないので、とてもいい時間だったとおっしゃっていただけたことがありがたかったです。小張さんも、自分ではたくさん読んできたけれど、他の人が読んでいるのを聞くのが久しぶりとのこと。

「子どもにいつも読んでと言われて、長いお話だから正直嫌だなと思っていたけれど、読んでもらってはじめて夢中になる理由がわかったし、途中で中断されたら『帰ってこれなくなる』から最後まで読む必要があるんだともわかった」という感想が印象的でした。

また、小張さんから「今ここにいる男性が自分だけなので、それと関係あるのかないのかわからないけれど、わくわくの大冒険として読んでいるのは自分だけで、皆さんはわりと緊張感を覚えていらっしゃるという違いを感じた」という感想が出たところから、場がハッとなり、「全然違うふうに受け取る」ということのおもしろさに一気に加速していったのが、当日のハイライトだったように思います。

「こどもの頃に出会っていたらどうだったろう?」という感想や、子どもの頃に読み、自分の子どもに読み、子が孫を持つぐらいの年齢になってまた読む...3周目のお付き合いという方もいて、長く読まれてきた物語ならではの力を感じました。

 

たくさんの小さな話題や物語が生まれては次につながり、つながって流れになる。一人ひとりのその本との思い出のこと、そこからぼんやりと透けてみえるその人の生の時間、人の感想の行き来でその本をめぐる思いが深まったぎゅっとつまった2時間半でした。

 

あらためて、ご参加くださった皆さま、ひるねこBOOKSの小張さん、一緒に場をつくってくださって、本当にありがとうございました!

 

・・・

 

参加してくださったあかちゃんといっしょ Maar(マール)さんがブログに感想を書いていらっしゃったのでご紹介します。こんな風景の中にいらっしゃったのか。見せていただき、書いてくださって、ありがとうございます。

 

おしいれのぼうけ

akachantoissyo.wordpress.com

 

 

 

 

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ひるねこBOOKSさんがあるKITTE通りの並びには、「ニューシネマパラダイスの映画deダイアログ」でお世話になったコーツトカフェさんがあります。

根津・谷中・千駄木へおでかけの際は、ひるねこさんで本を買って、コーツトさんで美味しいお茶をいただきながら読むというルートをおすすめします。

 

読手講習会に行ってきた話

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競技かるたの読手講習会を受講してきました。競技かるたの対戦で歌を読む役割の人を、「読手(どくしゅ)」といいます。

 

競技かるたには決まった読み方があります。はじめて聴いたときにはその平坦さ、抑揚のなさに驚きました。小さい頃、家で父親が読んでくれたような読みとは全然違う...。でも競技をするようになって、その理由がわかりました。

 

競技かるたは、「決まり字」と呼ばれる最初の1つから6つの音が命。千分の一秒の速さを競う世界では、音に抑揚や色がありすぎると邪魔になります。一試合約80分の競技時間中に読まれる最大百首の歌は、同じトーン、同じスピード、同じ伸び、同じ間合いで読まれることが、スポーツ・武道としての競技かるたでは大前提になります。もちろん、同じ調子で読むとはいっても、リズミカルで、やはりそれが歌として聞こえているところも大切。読み一つとっても型があるところが、カードゲームとしてのお座敷かるたとは違うところ。

 

「正確にというなら、機械に読ませればいいじゃないか」......とはならないところが、わたしは好き。人の生の声で、不確定要素もはらみつつ読まれることによって、読手と選手の間に不思議な交換が生まれるのです。

 

講座は、この世界では大変著名な読手の方が講師を務めてくださり、一人ずつ序歌と三首の計四首を読んで講評いただく時間はすごく緊張しました。とても上手な読みをされる方ばかりの中で、「初心者らしく下手!」と太鼓判を押していただき、ようやくホッとしました。ポッドキャストや読み聞かせをしているから、人前で自分の声を出すことには慣れているはず、という気持ちが余計なプレッシャーを与えてしまっていたので、自分の読みは全然通用しない!という現実がむしろ清々しかったです。読手の美声にも間近でふれられ、濃い三時間でした。しかもお茶とお菓子まで出していただける。主催の方々のお気持ちがうれしい。

 

この講座は資格を得る、または更新する人にとっては必要な場ですが、わたしの今のステイタスでは、出たからといって何かがもらえるわけではありません。あくまで自己研鑽のため。これからたくさん実戦で読んで経験を積み、勉強することが、会やコミュニティへの貢献にもなるし、競技自体によい影響を与え、ひいては、わたしが競技かるたを通して知りたいことにつながっていくのではないかと思います。

 

この日は3月11日でした。14時46分、わたしたちはひたすら真剣に歌って過ごしていました。わたしたちのグループだけでも、20人分が歌われた序歌。

難波津に 咲くやこの花冬ごもり 今を春べと咲くやこの花

春を、世をことほぐ一首に聞こえました。

 

KLASSで講座をはじめます

千駄木《まちの教室 KLASS》で講座をさせていただくことになりました!

HAGI STUDIOが新たに展開するこの《まちの教室 KLASS》は、「暮らしと学びを近づける」がコンセプト。暮らしを楽しく豊かにする知恵や文化を、まちの人におすそわけし、共に分かち合う場。人と人とが出会って、お互いを育みあう場。観光とはまた違う形でこのまちを訪ねてくれる。そういうことに関われるのが、わたしはとてもうれしいです。

 

 

今回はプレ講座として2本ひらきます。4月以降は「場のつくり方を学ぶゼミ」をはじめとする講座を定期的にひらく予定です。

 

・・・・・

 

コラージュや読書会に興味がある方、谷中・根津・千駄木のまちが気になっている方はもちろん、わたしがどんな場をつくっているのかのぞきに来てくださるのも大歓迎です!ご参加お待ちしております!

 

3/20(火)午後「春をことほぐコラージュの会」
http://klass.hagiso.jp/%E6%95%99%E5%AE%A4/collage/

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3/28(水)午前「積読本をひらく読書会」
http://klass.hagiso.jp/%E6%95%99%E5%AE%A4/dokushokai/

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教室はこんな感じで大きな窓から光が入る、開放感にあふれたスペース。キッチンもついていてくつろいだ雰囲気です。

spacemarket.com

読み聞かせ(3年生 3月)

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今年度の読み聞かせの最後の回でした。

「牛方とやまんば」
(東京子ども図書館おはなしのろうそくシリーズ4「ながすねふとはらがんきり」より)

「おさらをあらわなかったおじさん」

2話で持ち時間の15分ちょうどでした。

絵のない日本の昔話でちょっと怖いものと、三色刷りの外国の絵本で愉快なものという、あえてちょっと対比させるような組み合わせにしました。こうしてみようと思ったのには訳がありました。

 

前回の読み聞かせの日、帰宅してから息子に「きょうの読み聞かせどうだった?」と聞いてみると、いつもじっとしていられず、終始茶々を入れてくる、ある男の子の名前を出して、「あいつが黙ってじっと聞いてるなんてはじめて見たよ!授業中だってあんなのないよ!」と興奮気味に言ったのでした。わたしはあの選書でよかったか、あの読み方でよかったか、などが気になっていたので、「それか!」と意外に思ったのですが、同時に「そういえば!」とすぐに思い当たりました。そう、その日のその子は、最初にちょっと何か言ったきりであとはじっと黙って、すごく真剣な表情で聞き入っていたように見えたのでした。

どうしてだろう...と考えてみて、もしかしたらと思ったのは、あの子にとっては「絵が視界に入ること」が気になる原因だったのかもしれない、ということでした。お話の内容や読み方云々よりも、絵が見えるともうそちらに気をとられて、ここに描いてあるのはなんなんだろう、どうしてこうなんだろう、この色は...というほうに関心が移ってしまい、お話の世界に入れない、聞いていられないのかもしれない。だから絵のない物語を耳だけで聞くほうが集中できるし、自分の想像力を目一杯発揮しながらお話の世界に入れて楽しいのかもしれない。そんな推測をしました。

本を勧めてくれた友だちにこの話をしてみると、その人の子どももやはりそうで、同じ昔話でも、絵本だと「これは何?」といちいち質問してきて静かに聞いていられないのだけど、素話は大好きとのこと。また画風によって怖い、苦手などもあるよう。

もしかすると想像力が豊かな子ほど、感受性が豊かな子ほど、絵がじゃましてしまうことがあるのかもしれない。逆に絵があることで物語に入る助けになる子もいるかもしれない。

そんなことがあったので、今回は絵のないお話と、絵のあるお話の両方を用意してみました。一人ひとり違って当たり前だから、一斉に読み聞かせを届ける場合でも、限られた時間ではあるけれど、できるだけいろんな子に配慮したいなと思ったのでした。

授業中にじっとしていられない、つい茶々を入れてしまうという部分で、「困った子」と表現されがちなその子の別の面でコンタクトできたような気がして、わたしはちょっとうれしかったのでした。

...などとあれやこれや考えながら、当日はりきって読み聞かせに行ったら、その子は風邪でお休みとのこと。あらら残念...。その代わりに他の子がたくさんリアクションしてくれてました、アリガトウ。

 

「牛方とやまんば」は、すごく引き込まれて聞いてくれているのが伝わってきました。やはり絵がなくても昔話っていろんな魅力がつまっているんだな。

「おさらをあらわなかったおじさん」のほうは、ほぼ全員が同時にツッコミを入れてきた箇所があり、びっくりして思わず笑ってしまいました。息子に読み聞かせしていたときはそういう反応は一度もなかったから、あれは読み聞かせならではなのかなぁ。

これはわたしが子どもの頃に好きだった本。料理がじょうずで自分の食べたいものを自分でつくる、かわいい椅子のあるすてきな家に、かわいい黒猫と暮らしてるおさらをあらわなかったおじさんのことを、いいなぁと思っていました。でも今読んでみたら、「おさら、洗えない日あるよねぇ。おさらがたまってみじめになっちゃうことあるよねぇ」と深く深く共感しており、大人になっちゃった自分を感じました。

 

来年度も引き続き読み聞かせボランティアをしようと思います。本を通じてのコミュニケーションはやはり楽しいし、読み聞かせで子どもたちからいろんなことを教えてもらえるから。

ひらきました!映画deダイアログ「ニュー・シネマ・パラダイス」

 

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この時間が特別すぎて全く書く気になれなかったのですが、きょうで2月も終わるのでなんとか書いておこうと思います。

2月1日木曜日の夜、高橋ライチさんと映画deダイアログ「ニュー・シネマ・パラダイス」をひらきました。(ブログだけ追っていると最近ライチさんとばかりつるんでいるみたいに見えておもしろい...)

 

こんなお知らせをしました>

peatix.com

 

なんの話の流れでそうなったか、ライチさんが「ニュー・シネマ・パラダイス」を観たことがない、DVDを借りてきたら寝てしまって、でもこの映画に思い入れのある人が多いからずっと気になっていて...と言ったことがあって、わたしは思わず、「絶対観た方がいいですよ!あーだこーだ話す時間が確保されていたらちゃんと観られるかも!」と熱くなって、そこからとんとんと、ライチさんが以前からひらいていた「映画deダイアログ」の名前で一緒にやることになりました。

映画deダイアログは、映画で観たときの個人的なココロの動きを対話の中で深めていく会です。映画によって違う人生の一部を生きるように、語る他者の人生にも少しだけご一緒させていただく...。そんな営みです。

「映画によって違う人生の一部を生きるように」というところが特に好きです。

わたしも別の友人と"Film Picnic"という、おやつとコーヒーを楽しみながら、ひとつの映像作品から感じたことを、おしゃべりしながら交換しあう場をひらいており、以前からお互いの場に参加しあっていたので、今回もどんな場にしたいか、大事なところはもう抑えられている感じがありました。いつもはやらないようなことをやってみれる余裕がもてたのは、とてもありがたかったです。

 

たとえばこんなしおりを手書きしてみたり。告知ページ用の絵を描いてみたり。小・中学生の頃に漫画を描いていた頃に戻ったみたいで、ほんとうに楽しかったです!

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会場はわたしの好きなまちのカフェがよいと提案し、根津のコーツトカフェの定休日の夜を貸切させていただきました。大切な映画なだけに、映画の話をする場所もまた特別であってほしい。
その場所を愛している人が、映画を通じてその場所をより愛するようになったり、その場所を知らなかった人が、この映画を機に足を運んでみてその素敵さを喜んでもらえるようなことが起こったらいいなと思ったのです。

 

わたしにとっての特別さというのは、高校生のときに観て、イタリア語を学ぼうと決めたり、はじめての就職先を映画館に決めたりということに大きく関係しているので、これはもう人生を変えたと言ってもいい映画。

 

とはいいつつも、この会を催すまでは、自分の中では単に「心に残った映画」ぐらいの位置付けだったのです。それが、自宅で確認のためと気軽に観はじめたら、なんと冒頭のタイトル音楽からもう涙があふれて止まりませんでした。懐かしく愛おしいシーンの数々。

言語、言葉、音、音楽、映像、色......に記憶がつぎつぎと呼び覚まされました。

今と過去とが突然につながり、懐かしい顔が浮かんでは消え、たくさんの思い出が走馬灯のように駆け巡り、感情の断片が花びらのように舞いました。時と場所と人とあっという間に超えてしまった。これは当日は大変なことになりそうだと、おののくほど。

 

さて当日。

お店では店長の椿さんが、こんなお手製のドリンクチケットを用意してくださり、わたしの手書きのしおりとカウンターに並べると、まるで劇場のもぎりのようでした。

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店内のテーブルや椅子も、この日のこの時間のために特別なセッティングに。

ここはどこかしら?と思わずため息がもれるほど素敵な雰囲気でした。

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12人ほどの方がダイアログに来てくださって、ライチさんがメインファシリ、わたしがコ・ファシリになり、映画の感想を一人ずつ一巡したあと、話したいことのある方のお話からはじめて、自由な感想をつなげていく流れにしました。

 

この会をきっかけに初めて観たという人から、ずいぶん前に観て思い出深いという人まで映画との付き合いは様々。一人ひとりの感想が、あたたかく大切なものとして全体に受け取られていく静かな様はとても美しいものでした。

あらためて観終わってのわたしの感想は、「ここまで自分の人生と一体になっているものについては、映画としての良し悪しの判断はとてもじゃないけどできないんだなぁ」ということでした。そこにさらに皆さんの感想を聞いたりやり取りをしているうちに、自分にとってこれが本当に大事な映画だったということがぐいぐいと解ってきて、その時間は足元がおぼつかないような、逆に自分の身体がとても頼り甲斐のあるような、不思議な感覚の中にいました。

 

参加された方に教えてもらったのですが、監督のジュゼッペ・トルナトーレがこの映画を撮ったのが30歳の頃だったとのこと。これはとても驚きました。公開時が32歳だから、撮影と企画段階から含めると20代の頃からこの映画には携わっていたはず。年齢と能力は関係ないのですが、いつの間にか自分が彼がこの映画を撮った年齢を追い越してしまっていたということや、30歳にしてこの人生に起こる様々なことをよくここまで描ききったということに驚かずにいられませんでした。

そしてまた、育ったシチリアの原風景とそこに彼が見出してた普遍的な何かをなんとかして映画という形式で描いて残したかったんだろうなぁ、ということにも思い至りました。わたし自身が、この歳になっていろんな経験を重ねてきたからこそ見えることなんだなぁと。少なくとも今のわたしは男の子のお母さんになっているので、庇護される子どもとして高校生の頃に観ていた視点とは全然違っているのです。

なんとまぁ......!人生というのは本当に不思議なものです。

 

ダイアログの時間は実質45分しかなかったのですが、わたしも皆さんもとても満たされている感覚があって、これは新鮮な驚きでした。「やっぱりシェアの時間は60分〜90分はないと!」と決め込んでいた尺度が、実は全然根拠のないものとして一旦破壊されたことは、わたしにとって大変よかったです。そこにはいろんな要素があったとは思いますが、単純に長さだけで測れないことが場にはあるのでした。

 

会が終わると外は雪が降っていました。お店の明かりに照らされてしんしんと降っている雪を見ていると、まるでその夜に起こったことが夢だったような気持ちになりました。

 

心の中にある懐かしいあの映画この映画、今のわたしならどんな感想が出てくるんだろう?

ずっと大切なままに心にしまっておいてもいいけれど、こうして歳を重ねてあらためて出会いなおすのも素敵なことだなと思った夜でした。

 

参加者の皆さん、ライチさん、コーツトカフェの椿さん、忘れがたい時間を共にしてくださって、ありがとうございました!

 

ライチさんのレポートもぜひ!>

ameblo.jp

 

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ライチさんが書いてくれたチラシ。今回は手書きがぴったりだった。

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マイプロジェクトのイベントに行った話

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9月末の話ですが(どんだけ前!!)...友人が主催するIt’s マイ・プロジェクト!~キャリアを創る、しごとを創る、人生を創る~というイベントに参加しました。テープ起こしの仕事のご依頼だったのですが、せっかくなので本番からどうぞ!ということでお邪魔しました。

主催は高橋ライチさんと高安千穂さん。お二人ともここ7年ほどのお付き合いで、いろんなことを企てては一緒に実現してきた、わたしにとって大切な研究遊び仲間です。そしてもうお一人今回お知り合いになったツノダフミコさん。

 

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マイプロジェクトとは何か?
こちらのサイトの説明が一番わかりやすかったので引用させていただきます(http://care.trinitydesign.jp/blog/detail.php?p=217

マイプロとは、マイプロジェクトの略称で、慶応SFCから始まった教育手法として知られています。特徴は、生活の中で感じている些細な疑問や違和感、問題意識に心を傾け、そこから生まれてくる想いからプロジェクトを創るところにあります。 

そして、一人ひとりの生きてきた物語を深く見つめ直し、それを仲間と共有することで、一人ひとりがスペシャルな存在であるということ、今、そして、未来が、これまでの経験との連なりの中であるというコンテクストを明確に浮かび上がらせ、プロジェクトへと展開する、一連のプロセスをメソッド化している点も特徴と言え、大学や高校はもちろん、地域活性化、被災地支援など適用領域は広い手法として知られ、その有効性についての認識が徐々に広がりを見せ、各地でマイプロやその考えに基づいた取組が成果を生み出しています。 

 

この手法・アイディアは、コミュニティの中で企画し発表し、仲間を募り、定期的に経過報告しながら進めて行く方法でも使えれば(以前参加したことのある母マイプロはこの方法)、今回のマイプロのように、一日のみ、数時間で発表と質疑応答やフィードバックを交わし合う方法もあり、いろいろな展開の仕方があるようです。若者のソーシャルアクションプログラムとしても使われているようです。

https://myprojects.jp/about/

http://www.etic.or.jp/mypro/about

http://tips.smrj.go.jp/myproject/

 

 

この日のマイプロは以下のような構成で、主催の3人が発表する形でした。

  • ME:名前・自己紹介・私の履歴
  • ME:わたしを表すマインドマップ
  • ME:じぶん年表(来歴。年代 / 事件 / それについての感情など)
  • PROJECT:名前・理由・どんな価値や変化を生み出すか・目指す姿
  • PLAN:具体的なイメージ・◯年後どうなってる(あれば)
  • REQUEST:ほしいもの、情報、会いたい人、こんなヘルプ・サポート歓迎!

その後、質疑応答があり、休憩を挟んだあと参加者自身がマイプロを作りテーブル内の6人ほどに対して短いスピーチをし、フィードバックをもらうという流れでした。

 

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参加してみて感じたことをわたしのメモツイートから。

  • 先日お仕事でマイプロのイベントに行った。人前に立って自分の来し方を語り、行く方を宣言する機会・舞台が必要な時が人間にはあるんだなぁと思った。プレゼンする人が3人、それぞれ持ち時間は15分。異なる世代、キャリア、佇まい。2人だと無意識はたらく比較が3人ならしようもない。ここが重要。
  • プレゼンター同士を比較しないということは、自分ともまた比較しないということ。来し方は何年、何歳と数字が出たときに自分もそこへ飛ぶので、聴きながら並行して自分の人生も頭に浮かべる。他人の人生の話を無責任に聴きながら、自分の人生を考えられる。

  • 来し方の話があることで、今そこにいる生身の人間としてのその人が「ああ、それゆえにこの人はこうか」という発見がある。本人の編集がかかっていてもその人にとっての真実が真剣に話されていれば、心動くことがある。これからどうしていこうとしているのか(マイプロ宣言)聴きたいし応援したくなる。
  • 前に立つ人はどうしてもキラキラして見え、弱っているときにはキツいので、外に出て初対面の人と話せるぐらいには元気なほうがいいと思うが、当然ドロドロもある。クロストークの時間にその人の言葉で未整理のものも語られる。人生は固有だが今この時代に生きることを共有していることを感じる時間。
  • 休憩を挟み今度はオーディエンスらがそれぞれのふりかえりとマイプロを書き語る。シート5枚の内書けるもののみ書けばよいのはよかった。関心があるから来ているとはいえ、人によって省察や展望の進み具合、段階が違うのでこれは自然でよかった。ここでの「ねばならない」の排除は場の信頼に直結した。
  • 逆にこういうところに主催者の態度が見えてしまうだろうと思った。口ではみんな固有と言ってもワーク5枚全部させられたら、嘘だと思ってしまうだろう。端々に漏れ出て誤魔化しようのないもの。プレゼンター=主催者なら3人の「この場の肝」が共有されていたのだろう。プレゼンの巧拙より大事なこと。

  • 安心安全な場でとにかくやってみてと「強制」されそれを言い訳しながら出てくる予期せぬ何かや、それを評価判定なしに聞いてもらえる時間は楽しい。さすがマイプロの型はシンプルで再現性が高い。自分もプレゼンターをやってみたくなる。辿り着いてるからではなく、確かめたい、応援されてみたいから。

 
そして後日、音声をテキストに起こしながら、プレゼンターの息づかいや会場との呼吸のやり取りを感じながら、こんなこともお話しくださっていたのか、やはりここはこの人にとっての圧倒的な転機だったのか、と何度も感じ入っていました。これまでの人生と今とこれからについて、その人の言葉で、その人の声で聴いて、味わいながら文字に起こしていけるのは、やはり幸せな作業。

しかもこの日はふりかえりにまでお付き合いできて、参加者であり運営者でもある(間接的に)、両方の視点からフィードバックさせていただけて、これも得難い経験でした。「ふりかえりの意味や価値や手順を理解していて、聴けて言語化できて壁打ち相手になれて、寄り添いながら客観的評価できる機能」として用いてもらえると大変うれしいのです。

 

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ライチさんのブログ

・今回のマイプロをひらくに至った心境

ameblo.jp

 

・当日のふりかえり、レポート

ameblo.jp

 

 

千穂さんの感想も当日の熱が伝わってきます。

自分のプロジェクト、誰かのプロジェクトを、見つめ、受け止め合う、自由とチャーミングさの溢れる場に、もう感無量でした。

でこぼこ、くねくね、がんがん、ふにゃふにゃ、いろんな道がありますが、どんな道も、味わい深き道のりでありますように!

 

うーん、今思い出して書いてみたら、やっぱりこのマイプロはおもしろかった!

今年は自分でも催してみたいです。

 

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ひらきました!こくごのじかん読書会 第一回「シッダールタ」

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年明け感も落ち着いた1月の日曜日の午後、お寺の中のカフェで「シッダールタ」の読書会をひらきました。


こんな告知で募集しました>>

 

共催のオハラさんと、「こくごのじかん読書会」と名付けたのは、二人とも本好き、読書好きで、中学や高校の頃の国語の授業が大好きだったことがまずありました。そこから、こんな国語の時間があったらいいなぁ、大人になって自分の好きな国語の時間をつくってみれたらいいなぁという願いを込めました。

近さを感じながら一人ひとりがたくさん話せるようにしたい、ということで、人数もわたしたち含めて6名の小さな場にしました。

この本はもともとわたしが数年前に読んでいて好きな本だったことから、オハラさんにおすすめしてみたところ気に入ってくれて、ぜひこれでやってみたいということになりました。

全員が読了後の「もうすぐにでも話したい!」という思いを抱えて、この日を楽しみにしてくださっていたようで、場がはじまるともうずんずんといきなり深まり、様々に展開していきました。

 

いろいろな感想が出たのですが、わたしが後日ふとした瞬間に思い出したのは、こんな言葉たち。

・人は14才ぐらいになればこの社会や世界のことがほとんどわかってしまっている、悟ってしまう。そういう時期は危うくて、でもシッダールタはそこで終わらず、実際にやってみる、経験してはじめてほんとうに理解しようとしている。

・起こっていることは変わらないのに、河はただ流れているだけなのに、自分の状態によって様々に受け取る(受け取ってしまう)。

・わたしとあなたがまったく個別固有の存在であるということと、あなたがわたしでもあるということがあり、それらの間には何ら対立も矛盾もない。

・シッダールタの心を最も攪乱し正気を無くさせたのは、父でもなく師でもなく友でもなく女でもなかった。あのシッダールタでさえも。

 

必要なものが必要な分だけある。終わった後から感想がどんどんわいてくる。同じ物語を読み、それぞれに心の旅をし、ある日ある時間ある場所に集い、旅のお土産を持ち寄る。言葉を交わす、なんとか言い得ようと試みる、音になる言葉をその奥にあるものごと受け取る。

 

わたしがいて、あなたがいる。
 
この日の対話を経たことで、この「シッダールタ」という本が、一人ひとりにとってなにかしらの特別な一冊になったという感じがしました。人生のフェーズが変わるたびに読みたい。

 

ヘッセの他の著作で「デミアン」や「庭仕事の愉しみ」のおすすめもありました。「シッダールタ」での読書経験とつなげて読むとまた受け取るものが違いそうで、読むのが楽しみです。
 

会場の「赤門テラス カフェなゆた」さんは、かるたCafeで大変お世話になっていたのですが、また別の場でもお付き合いができ、こうしてあたたかく出迎えてくださっていたのがうれしかったです。

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対話の助けになればと、今回はじめてプリントを作ってみました。これがわたしにとってはすごくすごく楽しい作業でした。

わたしこういうのが好き!楽しい!自分が好きなことでみんなが喜んでくれるお仕事をこれからもやっていこう、とあらためて心に決めました。

今回もご参加いただけたこと、無事にひらいてとじられたこと、ありがとうございました。なんだかまとまらない文章になりましたが、2時間目もどうぞお楽しみに!

 

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