ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

子への愛が描かせるのだ!

スタイリングの会を一緒にやったりしている、ナカオクミさんが講師をつとめる、「秋の『我が子を描こう』上手い絵よりいい絵を目指すスケッチ会」に参加してきました。

wagakosketch3.peatix.com

 

前回がとても楽しかったので、今回もぜったい参加するぞー!と募集が出てすぐ申し込みました。

 

前夜に写真をピックアップしようとアルバムを見ていたのですが、どれもかわいくて選べない〜!となってたいへんでした。

全生き物の中で息子が一番好き!

赤ちゃんの頃に遡って、かわいいなぁ〜かわいいなぁ〜とため息つきながら(息子にもういいようるさいよ、とあきれられながら)、なんとか30枚に絞って当日現場で決めることにしました。

 

 

あー楽しかった!!楽しかった〜!楽しかったなぁ!
皆さんのお子さんへの愛がいっぱいで、ほくほくぬくぬくでした。

夢中で描いていたら、90分があっという間。

 

 

「上手い絵よりいい絵を目指す」

「親だから描けるこの子の個性、いましか描けない愛しさ、そんな写真以上の思い出を一緒につくりませんか」

という呼びかけがクミさんらしくて、終始あたたかな気持ちでいられました。

 

 

きょうは鉛筆、竹ペン、割り箸、チャコールペンシル、ダーマトグラフ透明水彩パステル、クレヨン...といろいろチャレンジしてみました。

紙もいろんな材質、厚み、色、手触り、サイズのものを試せました。同じパステルでも白にのせたときと、色付きの紙にのせたときではぜんぜん変わってくる。組み合わせは無限大でおもしろい。

 

あーまちがえたぁ...と思っても、乾いたり時間をおいて見ると、あら...味わいがあるわネ...と思えるのはほんとうに不思議。

 

写っているものを全部描かなくてよくて、全部の線を取らなくてよくて、全部の色を塗らなくてもよくて、もうここ!ここがね!かわいいの!愛おしいの!というところにちょん、と色を塗ったり、線でなく色で説明したり、ということの意味がやるたびにわかってくる感じ。

 

たとえばもう亡くなった犬を一緒に描いてみたり、別々に写っている家族を一緒に描いてみたりの合成もできるのが絵のよいところ。

 

最初の1、2枚はどうしても漫画や塗り絵っぽくなるんだけど、少しのってスピードが出てくると、迷いのない線がスッとひけるようになる。おもしろいなぁ。

 

写真を見て描くのは、子どもはじっとしていられないからという理由もあるだろうけれど(そういえば聞いたことがないわ)、この瞬間の我が子を撮り収めたい!という思いで撮った写真から、さらに絵に起こすと、そこにはもう凝縮したエッセンス...つまり愛の熱やきらめきしか残らない...。

 

それを見ていてあたためられるのだろうなぁ。

皆さん、普段は絵を描かないとか、ちゃんと絵を描くのははじめてという方も、うそでしょ?!と言っちゃうぐらいお上手で、すてきな絵ばかりでした。

その子と過ごしてきた年月があるからこそ描ける表情や仕草にぐっときて、なんだかきょうは涙腺ゆるかった...。

 

息子に見せたら、ふーんという感じでしたが。

まぁこれはわたしの満足のためなので、うん、いいのだ!

 

次回も楽しみです。

 

 

きょうの一枚は左下のピンクの紙のもの。描けてうれしい。

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知って変わった!人物写真をもっと撮ってみたい!

先週、知れば変わる!人物写真が得意になるスマホ写真講座 をひらきました。

portraitbysmartphone.peatix.com

 

 

募集をはじめてからこちらも書いて、迎えた当日。すごーくたのしかった!

江戸東京たてもの園に行くのが実に18年ぶりだったので、たてものをみるのも楽しかった。

あの頃は前川國男を知らなかった。
田園調布にも行ったことがなかった。
ガラケーの写真はデジカメに遥か及ばなかった。
18年のあいだにいろんなことがあったなぁ。

...など思い出したり。

 

 

▼こんな感じで撮ったり撮ってもらったり。

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▼すてきに撮ってもらった!!

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▼思い通りに撮れた二枚!

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▼建物も撮ってみたり。

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▼小物も撮ったり。

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▼たてもの園のガイドの方に撮っていただいた。う...上手い...。

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いろいろ書こうかと思ったのですが、ガイドしてくださったさっちーさんとしゃべってみることにしました。そっちのほうが楽しそうだから。

動画配信なんてはじめてとビビるさっちーさんをあれこれ言ってたきつけ、出演していただきましたよ。ありがとう!

 

youtu.be

 

 

さっちーさんの親切丁寧なレポートはこちら!これで復習します〜!

sachycamera.com

 

うん、楽しかったな!

来てくださった方も、とても楽しんでくださってうれしかった!

もっともっと人物写真を撮ってみようと思いました。

 

 

こんなふうに、ふと切実に必要として、声をかけて、一緒に、看板やメニューには出していないようなことをどんどん場にして、つくるのもやっていきたいなぁ。

 

ありがとうございました!

 

 

 

▼打ち合わせメモ
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映画「メッセージ」と時間の話

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夏のことですが、映画「メッセージ」を観て語る会をひらきました。

それをしたことが今年の後半のわたしにはとても影響が大きかったのです。

 

今まで知っていた時間の流れ方と異なる「時」があり、そこでは物事は同時に起こり、しかも矛盾がない。辻褄というものがない...という時間を扱う映画だったと思っているのですが、違ったらすみません。

 

 

見てみんなで感想をしゃべってから、ずっと不思議な体感が続いています。

 

今はわからなくてもあとでわかる、

先で起こったことは実はもっと前に起こっていたことだった、

ぜんぶこうなるとわかっていた、

過去に喪ったように思えても、実はそれは永遠の喪失ではない...

...ことをありありと感じるようになったのです。

 

その直後にお盆で帰省して、分断された過去とつながる非日常を過ごしたのもあり、ますます「時間」というものを考えるようになったから、というのもあったかな。

 

あのときは「こちら側」からしか見えなかった景色が、いつのまにか自分が「あちら側」に立っていて、こちら側を見ているということもある。

それでようやく理解できたこともたくさんある。

例えば、教わっているだけではわからなかったけれども、教える側に回って見えることがあるというようなことです。

 

こういう四字熟語あるのかな?

時間を超えた贈り物が、なんども巡ってくるようなこと。

 

ずっと不完全で未熟なまま生き長らえているからこそ、「わかる」っていうのは、有難いことだと思えるようになったり。

 

 

とにかく宇宙を経由して時間差で届くことが最近やたらと多い。

 

リブトビを一緒にやっているちほさんにも同じことが起こっているようで、「過去からの宅急便を受け取り続け、未来に向かって宅急便を出し続けている」と表現していた。ほんとうにそんな感じ!

 

 

SFってもしかして人間を生きやすくするための聖書なのでは!

 

 

 

この体験は、わたしが場をひらく・営むことにも大きな影響を与えています。

自分と相手と場を今までとは違う次元で信じられるようになってきました

スケールを大きく捉えることができて、時間の有効性を信じられる。

自分の人生の時間よりもっと大きく、数十年、数百年、数千年...とか。

宇宙を経由して、時間差で届く。

数年後、数十年後。もしかしたら明日。

自分の生きているあいだに出会うのは奇跡かもという気さえしてくる。

 

 

そうはいっても三次元で、限りある肉体を持っている生命体として生きているので、この命の残り時間をどこで、だれと、どう使うかということにも目が向くようになってくる。

 

 

時間の不思議。

 

 

ひらいてよかったなぁ、この上映会。

 

そのとき話した感想は特別すぎるので、今は書かないことにしました。

 

 


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【受付中】冬至のコラージュの会、ひらきます

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暦の節目につくるコラージュの会。
今回は12/22(土)冬至の日に執り行います。

はじめての方には今までにない新鮮な体験を。
何度かつくったことのある方には、より自分が確かになる体験を。
わたしは皆さんを3時間半、心を込めてガイドします。

「今わたしにはこれかもしれない」という気がしたら、どうぞご自身の直感を信じておいでください。

 

*****


雑誌やチラシや写真を切って台紙に貼り付けていくだけの、だれでも気軽に楽しめるコラージュです。


頭の中でもわもわしている好きなこと、したいこと、ほしいもの、行きたい場所。

あらゆる制限をとっぱらい、直感を頼りに写真や絵や文字を切り貼りしているうちに、
今の自分の状態とこれから生きたい世界の様が、おぼろげながら形をとってきます。

無心で集中する心地よい時間です。

 

制作のあとは発表会。自分では理由もわからず貼っていたものにも、他の参加者からの感想や質問により、一つひとつのパーツに大切な願いが込められていたことに気づきます。

 

会が終わる頃には、作品にあふれる自分らしさを愛おしく感じることでしょう。

暦や季節の節目に作るとよりパワフル!今回は《冬至》です。
2018年をコラージュでふりかえってみませんか。

 

前回・秋分のレポートもご参考までに。
http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/09/23/215344

 


★今回は、ご自身が使う雑誌を1〜2冊選んできていただこうと思います。そのココロはふたつ。

①こちらでも用意しているものはありますが、ファッションやライフスタイルの雑誌ってその人それぞれの好みが出るものなので、ご自分でしっくりくるものが一番いいだろうなぁということがひとつ。


②もうひとつは、最近あまり雑誌って買わない方が多いと思うので、目的をもって選んでみるときっと楽しいのではないかと。雑誌ってこんな楽しい世界だったのか〜という発見を事前にプレゼントしたいと思っています。青山ブックセンターなどの大きな書店は雑誌も充実しているので、自分にぴったりくる一冊を探すのは楽しいですよ。


★遠方の方は、Zoomでもご参加いただけます。その場合は材料をご自分でご用意いただくことになりますが、事前ワークや制作、制作後の共有すべてご参加いただけます。準備するものはご連絡します。

 

ご参加お待ちしております!

 

 

-------くわしいこと-------

 

▼日時
2018/12/22(土)冬至 13:30~17:00

 

▼会場
台東区谷中の会場(お申し込みの方にご連絡します)
東京メトロ千駄木駅またはJR日暮里駅から徒歩7分
②Zoom (お申し込みがありましたらオンラインルームを設定します)

 

▼参加費
①谷中会場 5,000円(おやつ付)
②Zoom 会場 3,500円

 

▼定員
5名(会場、Zoom共)

 

▼持ち物など
・B4サイズのコラージュ作品を持ち帰るための袋やバッグ
・雑誌1冊。雑誌はこちらでもご用意していますが、ファッションやライフスタイルは好みがはっきりとあるものなので、できればご用意いただくといいかと思います。
・その他雑誌の切り抜き、写真、ポストカード、チラシ、マスキングテープ、シールなど、自分の制作で使いたいものがあればご持参ください。(雑誌、はさみ、のり、マスキングテープはご用意します)

 

▼注意事項など
集中してワークに取り組むため、保育の必要なお子さんは信頼できる方に預け、単身でご参加ください。


▼進み方
お互いのことをちょっと知る

キーワードから物語るワーク

コラージュを作る

発表・こんなの作ったよ

あーだこーだ感想を話す

きょうどうだった?

 

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★申込み★
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下記フォームの「お問い合わせ内容」に「冬至のコラージュ参加希望」と書いてください。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/97f33a63303170


キャンセルについて:
2日前までのキャンセル -->無料   
前日のキャンセル -->参加費の50%   
当日のキャンセル-->参加費の100%   
をお支払いいただきます。

 

★ガイドプロフィール
舟之川 聖子(ふなのかわ せいこ)
場のツアーガイド・守人・相談員。関係や交流を大切にする場とつくりたい人をサポート。コラージュ製作の場を催して7年目。他に読書会や映画・舞台・美術展の鑑賞感想会で、人の生み出す表現にふれることを通して、自分の中にある美の感覚にふれてみる、自分の美を表現してみる場づくりを研究中。

 

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言葉であり歌だからこそ(競技かるた体験会)

今週はUmiのいえでの競技かるた体験会がありました。

ひらいた経緯などはここに書きました。

 

参加してくださった3名はどなたも競技かるたははじめて。

 

いつものように百人一首の成り立ちやつくりやユニークさ、歌人のこと、競技かるたになるまでの1,000年の歴史をつまみながら解説しました。

そしてまずは並べてみて、一字決まりから取りながら、やりながらルールや取り方、どうなると勝ちになるのか、を少しずつ知っていってもらいました。

 

決まり字のこともピンとくるまでには時間がかかります。一度に覚えられるのは最初は4枚程度。どの決まり字の札がどの位置にあるか、決まり字を言いながら、指差し確認を何周も回してから、ランダムに読み上げて取ってもらいました。

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覚えて→狙って→手を出す→取れた!!!の繰り返し。

かるたを取るというとどうしてもいろはかるたのような、「書いてある字と音をつなげる」というイメージがあるため、上の句と下の句のつながりで取る感覚をなんとなくでも身体に入れてもらえるとよいです。ちょっと不思議な感じがするのがおもしろいはず。

 

-「ちはやふる」の漫画や映画で知っているから、「ちは」なら取れた!

-払い手をやってみれた!

-脳の違うところをつかった!つかれた!

などなど、2時間たっぷりお楽しみいただきました。

わたしも楽しかった!!

 

 

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競技かるたの体験講座は今年に入って数回やらせてもらっているのですが、毎回違うことを発見しています。今回はこんなことを。

(講座そのものがこうだったというより、講座をやってみて想起されたこと、という感じです)

 

 

 

未知との出会いには、楽しさだけでなく不快の感覚もあると思います。それとしばらく付き合ってみたところにふいに訪れる、「!?」の感覚を面白がれるといいなと思いながらわたしはガイドをしています。

 

競技かるたって、今までやったことのある何とも結びつかない未知のものかもしれない。

 

いつも書いていますが、わたしは教育普及的な理由、つまり、競技かるたのおもしろさをもっと多くの人に知って、競技かるたを始めてほしいと思って講座をやっているのではないです。もちろんきっかけになったらうれしいけど。

 

それより、未知を安全に体験することで発生するもの、その人の中で起こることや、一緒に体験した人との間で起こることが大事で。

わたしが取り扱いやすいから競技かるたを使っているのと、競技かるたが持っている特別な性質と文脈・歴史によって、体験が多様で重層的になるという点がよいからです。

 

だから、「競技かるたをやってみたいから講座をやってほしい!」と呼んでいただけるのはありがたいのです。

 

うーん、うまく説明できてる気がしないな。。

 

 

 

 


競技かるたの実戦を教えていて興味深いのは、ある種の「反感」「反発」が生まれるところです。

「小さい頃に家族と(あるいは学校で)やっていたやり方と違う」

「取り札を見て上の句(決まり字)がわからないとどうにもならない」

「出札と同じ陣を全部払ってもお手つきにならないなんて」

 

ずるい、美しくない、信じてたものが崩れる......。

  

こういう感覚、わたしにはすごくありましたねぇ。

 

他のスポーツではあんまり起こらないと思うのです。

ラケットにボールが当たって、コートのラインの中にボールが入るようになる。
そうしないとラリーにならない。
ラリーにならないとテニスの試合が成り立たない。
だから、前提・基礎の練習をする。

 

ところが、競技かるたの試合を成り立たせるにあたってのルールの把握や決まり字の暗記、隣の札ごと一気に払う、、というところで、「えええ?!」となってしまう。

それはやはり「言葉・歌である」ということに尽きるんだはないだろうかと思います。

 

札を見て、字を読む、言葉から感じ取る、歌を聴く。

それ以外のやり方で接することがないので、頭や心の中で混乱が起きる。


ひと通り混乱しきると、だんだんと受け容れられて、おもしろくなってくるポイントも見つかることもあります。

でも、それだけ札に書かれた歌や言葉というのは、大切な思いを込めたものなんだなぁとあらためて思います。ただの厚紙じゃないのよね。

 

そういえば、最初は激しく払う様子が暴力的にも見えて辛かったこともあったなぁ...。

 


でも競技をするようになってからも、わたしにとってはかるたはずっと歌にかわりはないし、歌でなかったらこんなに夢中にならなかったと思います。

無粋のように見える先にある深遠な競技かるたの世界のことも、どうにかお伝えできるように、もっともっと精進したいなと思いました。


競技かるたがカードゲームの延長ではなくスポーツで、競技者がアスリートだというのは、このぴりりとした空気を生で感じてみないとぴんとこないかもしれないです。

Youtubeに動画もたくさんあがってるし、映画もあるけれど、スローモーションも入ってるからどこかフィクションぽかったり、修正して見てしまうかもな...。


とはいえ、生で見る機会も教わる機会もなかなかないので、こういう講座をやったときに来てもらえるとうれしいのです。

 

べつに競技かるたをはじめなくても、好きにならなくてもよくて。必死に音と札と身体を結びつけようとしてひらかれる回路に気づいてみる。

へぇ、こんな世界があるのか、こんなことに取り組んでる人がいるのかとかなんでもいいので発見があってそれを口にして、みんなで分かち合ったり、おもしろがったりできればいいなぁと思っています。

 

特にUmiのいえでやるときは、かるたを通じて変化していく身体とこころのことを話せるといいなぁと思う。

 

 


次回Umiのいえでは2/20水の午後です。ご予約受付中。

coubic.com

 

PTAに[子どもの話を聴くコツ講座]を呼んでみた経験をZoomで話します

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「子どもの話を聴くコツ講座」は、リスニングママ・プロジェクトという母の聴く力・聴いてもらう力をサポートするNPOが提供している講座です。


プロジェクトが自主開催したり、幼稚園〜高校のPTAなどに出張してひらいています。ご参考:https://ameblo.jp/lis-mom/entry-12360237370.html

中高向けには思春期版もあるらしい!

 

 

わたし・せいこは今年度、子どもが通う小学校のPTAの委員になり、この講座をお招きしました。


それがすごくすごくよかったのです!
ほんとうにやってよかったと思いました!!

 

話を聞くことは、子どもたちの成長にとって大事だな、聞いてあげなきゃな」と思いつつも、日々の生活の中では、なかなかじっくり聞くのが難しいと感じている方もいらっしゃるのでは?
-気持ちに余裕がなくて、「あとでね」が口ぐせになってしまう
-尋ねても子どもが話をしてくれない
-自分が興味のない話を聞くのが辛い
-きょうだいがいるといっぺんに聞けない
そんなお悩みに「聴くプロ」のカウンセラーがコツを伝授します。

 

そうしたら、「まさにうちこれなんです!」という方が、講座が終わってから「これをやればいいんだとわかった」「さっそく実践してみたら子どもとのコミュニケーションが変わった!」と目をきらきらしながら感想を聞かせてくださいました。

 

うれしくて、うれしすぎるあまり、この体験、つまり、
・講座はどんな内容
・何がどうよかったのか(わたしにとって。みんなにとって)
・どうやって実現したのか(企画書、段取り、呼びかけ方、PTA内のコミュニケーション)
などをだれかれ構わずシェアして、

 

・これから呼ぶことを検討中のPTAの方
・これから講師を務めることを検討中のリスニングママ・プロジェクトのリスナーさん
・なんだかいい気分になりたい方
のお役に立てたらいいなぁと思い、この会をひらくことにしました。

 

お昼ごはんを食べながら楽しく聞いてください^^
どうぞよろしくお願いします。

 


★参加方法
[ ライブ参加 ]
オンライン会議システムのZoomを利用します。当日時間になりましたら以下のリンクから会議室に入ってください。
https://zoom.us/j/753124862
事前にアプリをDLしておいていただくとスムーズです。

 

[ アーカイブ視聴 ]
録画してあとからでもみられるようにアーカイブします。期間限定にしようと思います。シェアURLが決まりましたらここに追加します。
>>こちらで期間限定で録画を公開しています。(11/27追記)

※遅刻早退、中抜け、チラ見して閉じる、飲食ぜーんぶOK、発言しなくてOK
※録画するので顔出しNGの方はビデオOFF、ミュートなど各自お好きになさってください

 


★当日の進め方
・ご挨拶
・せいこよりシェアしたいこと15分スピーチ
・質疑応答
・皆さんでフリートーク

 


★参加費
視聴は無料ですが、もしお気持ちが向きましたら投げ銭をいただけると、わたしのアーティスト活動資金になりますので大変ありがたいです。お賽銭はこちらで承っております。http://ptix.at/huQO7u

 


協力:リスニングママ・プロジェクトのリスナー有志の皆さん(ありがと!)

coubic.com

ポッドキャスト「まにあっくドイツ観光」で競技かるたの話をしました

久しぶりにポッドキャストでしゃべりました!

 

ドイツにお住まいのChika Kietzmannさんのラジオに出演しております。
Chikaさんが「まにあっく」なドイツの観光スポットやトピックを見つけてわくわく楽しんでおられる感じが大好きで、以前からツイッターをフォローさせていただいてました。

 

ご自身でひらいておられるポッドキャストでまにあっくな話をしてくださる方募集〜!とお知らせが出たので、「はいはいーい!Chikaさんとおしゃべりしたいです!」と名乗りをあげました。


1時間ほどしゃべって、15分にすてきに編集してくださってます。

Chikaさん今は博物館と化石を探究中とか。その話は残念ながら入ってないんですが、おしゃべりはとにかく楽しかったです。

 

よかったら聴いてくださーい!

 

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note.mu

 

Chikaさんのtwitter>> 

https://twitter.com/ChikaCaputh

blog>>

http://chikatravel.com/

 

ちがう世界に身を置く、ちがうものに触れる、感覚を観察する(競技かるた体験会)

もうあさってですねぇ。Umiのいえでの競技かるた体験会。

coubic.com

 

 

前にもちょっと書きましたが、直前の気持ちをもう少し書こうかな。

 

Umiのいえで今回担当してくださるスタッフのさとみさん。「ちはやふる祭り」にもきてくださいました。

 

きのうはこんなご紹介をしてくださった。

先週の土曜、ポッキーの日の前日は、聖子さん主催の
「劇場版ちはやふる」を一気見する会に参加したのです~。

私、2年前、「劇場版ちはやふる上の句」をふらっと映画館で観たとき
オープニングの数分で、ドドドと涙が出た経験が。
画面に千代紙のような文様が微かに震えながら流れていく
イメージ映像を見ただけで。

もちろん、その後に続いてみずみずしく紡がれる、
かるたと青春の疾走感が本当に気持ちよくて何回か観ました。
快感のために観ましたな。。。。

あのイメージ映像はきっかけに過ぎないのですが、
監督の手腕がずば抜けていることを感じつつ、
この作品に込められている世界の奥深さにくらくらしたのでした。

ここには、なにかとんでもないものが埋まっている、、、、
そんな気持ちだけ持ち続けて二年。

聖子さんと、Umiのいえでのワークショップでお会いして
ちらっとちはやふるの話が出てきたので、
こんな企画まで発展しました。

感覚を研ぎ澄ませて、身体とつなげていく

(これは松田先生の「身体感覚講座」でずっとずっとやってきたことでもあり)

聖子さんは「精緻に感じ分けていく」「相互理解」ための言葉や理解の手段が多彩。とっても魅力。

競技かるたの体験会です。
ですけれど、何か違うものに触れる、観察する、
違う世界に自分の身を置いてみる会 でもあると思います。

楽しいとおもうよ!!!!!!

 

うれしいな。そうなんですよ、競技かるたの体験会なんだけど、ほんとうにやってみるとどんな感じがするんだろう?という確認をしていただけたらいいなぁと思っています。

 

もしこれをきっかけに競技かるたをはじめる人がいたら、それはそれでめっちゃアツいけどね(笑)。

 

 

こういうおもしろさか!こういう世界か!

Amazing!!!な感覚を共有したいのです。

夢中になって楽しんでもらいたい。

そして間違いなく、ぜったいに、これは楽しい。

 

 

 

競技かるたをやったことがない方、

百人一首の歌をほとんど覚えてない方・知らない方大歓迎です。

そういう方のためにやります。


そもそも、散らし取りや源平戦や坊主めくりはやったことがあっても、「ちはやふる」でやっている公式の競技かるたを体験する機会ってなかなかないと思います。

 

はじめての方向けにわかりやすさを大切にしています。


場所を覚えて→狙って→音を聴いて→相手より速く取る!→取れた!!!の爽快を味わっていただきたい。

 

大人同士が勝った負けたの真剣勝負を通して、自分の中の熱にふれる時間を心を込めてガイドします。お待ちしております!

 

お申し込みはこちら>>
https://coubic.com/uminoie/174356

 

 

 

ちなみに、、11/29(木)には台東区で現役競技者向けの練習会をやります。

9:00-17:00まで5本です。冬大会シーズンに向けて鍛えませんか?

お問い合わせはこちらへ!

 

 

 

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人を表現者にしてしまう〜リブトビトークライブvol.2

土曜日のリブトビトークライブvol.2 ゴルゴ事件、無事にひらきました。

liveandbeauty2.peatix.com

 

 

横浜の会場に来てくださった方、オンラインでご視聴くださった方、時間も空間も超えたところで一緒にいてくださって、ありがとうございました。

当日も後日も、鑑賞してくださった感想やファンレター(!)に、その方にしかできない表現を見て、何倍にも幸福を味わっています。

これはPerforming Artsなので、ほんとうにお好きに鑑賞してください。

こちらもそのつもりで演っています。

 

 

またこれからの1ヵ月でいろんなことが起こっていくのだろうな。わくわく...^^

 

ゴルゴ事件に関連していえば...。

ちょうどきのう夢を見ました。ごく身近な人が出てきて、怖れや不安の感情からくる高圧的態度と言動をとったために、わたしは反射的に言葉で突き飛ばして斬りつけました。あーまたゴルゴになっちゃった(と夢の中で)。その話題に対して、いまだに癒えていないわたし自身の傷があることを知り、わたしへたっぷりと共感を送りました。ちほさんが言ってた「夢が見せてくれる」ってこんな感じかぁと。

 

 

今回も一部競技かるたの話をしたのですが、わたしは競技かるたが一人ではできないところが好きです。必ず人を必要とする。真剣にぶつかってくれる相手がいるからこそ、自分の感情を見つめることができる、自分への信頼を高めることができる、至れる場所がある。

わたしもそのように人を必要として生き、美を感じ、生きる希望に火をつける非日常の空間や時間を生み出すことを、今生での魂のおしごととしてやっていきます。

 

今回もちほさんと、そのような表現の場がつくれて幸せです。まとまらない、意味のわからない、説明できないものを慈しみ、愛で、楽しんでいきましょうね。

 

会場を貸してくださったkosha33/ライフデザインラボさま、ゆかさん、ありがとうございました!

 

・・・

▼動画はこちらのアーカイブでご鑑賞いただけます。

zoom(ちほ側カメラ)
https://bit.ly/2qRrtrz

Facebook(せいこ側カメラ)
https://bit.ly/2TmPGD3

 

投げ銭は引き続き謹んで承っております。
http://ptix.at/huQO7u

 

▼リブトビ最終回は12月16日(日)田町にてひらきます。
テーマは「子育て」または「子育てっていうか」
ぜひお立ち会いくださいませ。

ptix.at

 

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シスターから聞いた話

息子を出産した病院はカトリック系の病院だった。

カトリック系だから選んだのではなかったけれども、家から近いことと、病院の建築や中の雰囲気のやわらかさが、病める人間を迎え慈しみ休める場所として、とてもいい感じがしたからだ。

妊婦は病気ではないけれども、生き物として一時的に弱い部分、弱い立場を持つことになるという意味で、病める人と同じような場所にはいると思う。

 

 

妊娠中の母親学級は、シスターで看護師の方がしてくださった。

そこで聞いた話を今でもはっきりと覚えている。

 

可能なかぎり妊娠中に、母親との関係を整理しておきなさい。

もし妊娠中がむずかしければ、出産後に。

いつでも思い立ったときに。

あなたたちが母親になるにあたって、母親との関係を見直すことが出てくるのです。

困ったときはここに相談に来てください。何年経っていても大丈夫です。

 

それから、シスター自身の母親との関係を、自分の名前にまつわる小さなエピソードを起点に話された。きりりと姿勢を正して話されていた。おそらく何百回も話されている話を、何一つ落とすことなく。

そのときわたしは、「あの人なにゆうてはるんかな?」という感じでポカンとしながら聞いていたのだけれど、今ならとても大切なことを伝えてくださっていたとわかる。

 

大切な言い伝えだったのだ。語り部

その内容もさることながら、そのように使命をもって生きている誰かにとって、大切なことを語り伝えたい人間として自分が扱われた記憶というのは、なかなか消えないものだと思う。

 

個人にとってどうという前に、もっと広く大きく、人間という種として受け継いでいかなければならないことを、正面から語るという態度。

 

それが、キリスト教という宗教に根ざしていたことを、ここ1〜2年の学びから、ようやく百分の一ぐらいは理解できるようになった。

 


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アドルフ・ヴェルフリ展に行ったことの短い記録

昨年の春のことだけれど、下書きに入ったままで進まないので、いまさらだけれど行ったことの記録のつもりで投稿する。

 

東京ステーションギャラリー『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201704_adolfwolfli.html

 

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かつて滋賀県立近代美美術館の「abcコレクション展(アール・ブリュット)」で出会って以来、気になっていたアーティストの一人。

 

隣で見てたおばちゃんが「これは描けないわぁ〜」と言ってて、「おお、これを描いてみる!?」と思いつきさえしなかったのが自分でもおもしろくて、少し模写してみた。が、受け取るだけで精一杯で、どう線をとればいいかわからなくて、ほとんど無理だった。

 

 

見出されたといえば「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」だし、

発表を意図せず人知れずといえば「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」だし、

そこから「アドルフ・ヴェルフリ」へ。

ボナールに傾倒したNYのナビと言われた「ソール・ライター」を見ていると、「オルセーのナビ派展」へつながる。

企画展同士が時期的につながるのは偶然だろうか。

それとも日本のアートシーンの傾向?

 

 


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ダーガーとヴェルフリが違うのは、人との交流があったということかな。

愛されてもいる。
ものっすごい閉塞感もあるのですが、ものっすごい開放感もあり。全部同じように見えて、全部が違う感じにもくらくらして。変な気分で会場をあとにした。

 

 

"Brotkunst"=Bread Artという言葉がでてきた。「日々の糧を得るための作品」という解説だったが、こういう単語があるのか、ヴェルフリがそう呼んでいたのか定かではない。Googleで引いてみたけれど、パンをつかったアートしか出てこなかった...。

 

 

 

こんな投稿も見かけたりした。

 

 

ときどきチラッとのぞきに行きたくなってしまう作品。チャーミング!

 

 

アレッシィのキッチンペーパーホルダーの話

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アレッシィのキッチンペーパーホルダーをもう20年近く愛用している。

買ったのはなぜかドイツ。セールをしていて目に留まり、一目惚れしてして日本に持って帰った。

しかしいざ家にあったペーパーをセットしようとすると芯の径が合わない。いろんなスーパーで見かける度に径を確認して買うのだが、なかなか合わない。仕方がないので途中まで挿してどうにか使うなど、見た目にいまいちながら、10年以上だましだましやっていた。

 

ある日、友だちがコストコにドライブがてら買い物に行かないかと誘ってくれた。行ってみたら、もうこれしかない!というぐらいぴったりのペーパーが見つかった。コストコ行くならこれ買うといいよ、と友だちもおすすめしていた商品。大量に買って分けた。

 

そうだよ、海外製のを探せばよかったんじゃないか!とそのときにようやく気づいた。今思うと、ちょっと考えれば探しようもあったのに、全然思い至らなかった。

 

コストコで買ったストックがなくなってからは、Amazonでメーカーで検索すると普通にヒットした。今日日、かさばるものをわざわざ買いに行かなくても家まで届けてくれる。ありがたい。なんだったんだろう、あの日々は...あたしあほか...とも思うけれども、快適である今に目を向けると、それがないと困窮するほどではないけれども、なにか具合がわるかったところがぴったりする喜びって、暮らしや家の事の醍醐味だなとしみじみと思うのだった。

 

またある日は、ふと思いついてつくった鶏団子スープがとてもおいしかったときに、冷蔵庫やストッカーにある食材を余すところなく使って、使える期限内のいいタイミングで食べられて、ひらめいておいしいものがつくれたときに、ああ、うれしいなぁと思った。そういう日の晩ごはんは、何かが伝わるのか、息子ももりもり食べてくれてさらにうれしい。

 

基本面倒くさがりだし、相変わらず片付けてもすぐものが増えるし、料理もたいしてうまくならないけれど、今年一年さまざまに取り組んできて、観察や調律の習慣はついてきたように思う。

 

うまくいかないのは、見なかったことにするからで、怖れや恥をかかえつつも、目を開いて(ほんとうに大きく開ける)見てみたら、日々の痕跡はいろんなことを教えてくれている。

 

その日気になっていることをひとつでもやれると流れがよくなる気がする。

たとえば、

おとといは自転車のタイヤに空気を入れた。

きのうは靴下の穴を繕った。

きょうは朝顔の種をとる。

 

 

 

暮らしの営み方や生き方は人それぞれだと思うけれど、わたしは家の事を他人にまるっきり明け渡したくないし、自分で手入れできる範囲にしておく鍛錬を日々積み重ねたいし、最期まで棲家(すみか)の手入れをしながら生きたいと思う。

 

日常の手触りを感じながら生きる。

 

その中には買うこともあるし、人に頼むこともある、捨てることもある。それをイライラしたままにせず、ちょっと立ち止まって自分で考えて決める。

 

 

 

好きとか、かわいいとか、きれいとか、おいしいとかが、家の中にいられる「スペース」をわたしは大切に優先したい。それを無視しては、やはり希望をもって生きられないから。

 

そのように手入れされた厚みのある土台から、よいものをつくりたい。

 

という宣言をあらためてここに。

 

 

ムンク展がよかった話

東京都美術館で開催中のムンク展に行ってきました。

【公式】ムンク展ー共鳴する魂の叫び


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じっくり観てたら3時間もかかってしまった!出る頃にはとっぷりと日も暮れて、さっきまで観ていた作品のように。

 

絵っていくらでも観ていられるので、つい時間を忘れてしまいますが、特に今回は予習して行ったので「これがあそこにのっていた作品の実物だ!」といちいち喜びながらだったので、より見応えがあって、時間をかけてみていました。スタイリングの会をやってから、色をより丁寧に観るようになったのもあります。いい影響!

 

今回は、批判的に多様な視点を持って、とても自由にのびのびと観られた!という感触をこれまでになく強く持ったことが、わたしにとって新鮮でした。

 

 

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事前情報がないほうが自由でしょ、と思っていたのです。でも、ある程度の鑑賞筋(肉)がついていて学習欲もある人は、このぐらいしたほうがいい体験ができるんだ、いやむしろ、このぐらいしないとお金を払って時間を使っているんだから勿体ないんだということがわかりました。より自由になれる。

 

わたしの場合は、ですけど。

 

特に個展では、自分にとってのその画家のイメージを覆す、壊す、というのが一番楽しいのだから、気分、共感、同調、自分との関係だけで観ているのも楽しかったけど、もうそこはとうに過ぎたらしい。わたしの鑑賞史もようやくここまで来られました。ふー。

 

「観ておいたほうがいい」という衝動を手放し、「観たい」という強い感覚のあるものを丁寧に観る、ということを今年は心がけてきたのですが、こんなふうに一つを深掘りし、心ゆくまで味わうと、全部を観なくても不思議と他もよりよく理解できるようです。展覧会以外のことでもこんなふうなんだろうな、きっと。ジャンル全部を網羅的に知っていることはそれはそれで大きな価値ですが、わたしはあまりそこへの意欲がないみたい。

 



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正直すぎたり、チャーミングだったり、大人になりきれなかったり、しぶとかったり、あざとかったりとおもろい人でした。ムンクのいろいろな面が見えた。

「狂気が芸術をつくる」という芸術家のイメージづくりを生涯をかけてやってみせたのかもしれないとも感じました。

 

どんどん試してみる。

自分の感情の動きを徹底的に見つめてみる。

それを人に見せる。

表現技法への飽くなき追求。

 

膨大な日記やメモや習作や油彩・水彩の作品群がオスロ美術館にあるそうですが、最終的にできた作品だけではなく、過程であったり、自分の生き様すべてを芸術にする意欲が、好ましく感じられるような展覧会でした。それは先日のデュシャン展でも感じた類の共感。学芸員さんが書かれたキャプションにも、随所に「ムンクへの好感」が滲み出ていてよかった。

 

「ああー、もう絶望だ」「怖い...迫り来る何かに、どうしていいかわからない」というときに、「そうだ、わたしの心境は今ちょうどこんなふうだよ」を表してくれる「叫び」の存在に、だれでももしかしたらそっと日常の中で救われていることがあるのかもしれない。

 

世紀末の不安と憧憬がないまぜになった心象風景のようなものは、ホドラーを彷彿とさせます。活動時期も合っているので、影響し合うこともあったのでは(仮説)。要調査。

 

 

やや混んでたので、いつもの模写をしていたら、いろんな人が覗いていったり、物販のレジのお姉さんに「上手ですね〜」と言われたりしてどきどきしました。それもまた楽しかった!

 


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読み聞かせ・小4・11月


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きょうの読み聞かせは、石川直樹の「富士山にのぼる」。季節も合うし。最近たっかい山に登ってらっしゃったこともあり。(Instagram>> https://www.instagram.com/straightree8848/ )

 

あの高い高い富士山、それも冬。雪と氷と風と...それってどんな感じ?こんな感じ?

千分の一でも味わえたかな。

 

わたしは強い強い風におののきながら、みんなと励ましあって、一歩一歩のぼったり、頂上からの見晴らしに心がぶるぶるする感じだったよ。

 

楽しかった!

きょうもみんなと一緒に本の世界に行けてうれしかった。ありがとう。

 

終わってから先生が、「おもしろかったですーー!!」と声かけてくださって。この本の存在は知ってたけど、きょう聞けてすごくよかったです。山好きな教員が多くて。わたしもたまに登るんですけど。。なんてお話も聞けて。

 

ああ、よかったよかった。

謝罪を受け取らない勇気

こどもの頃に大人から散々言わされていた、「ごめんね」「いいよ」みたいに、謝罪されたら当然受けるもんだと思って生きてきたけれど、先日たぶん初めて意識して謝罪を受け取らないということをした。

 

すごく落ち着かなかった。

申し訳ないような気分になった。

自分が極悪人になったような気さえした。

 

でもわたしに心当たりのない謝罪は、相手とわたしの2人の問題ではなくて、相手の人の問題なのかもしれないと思った。

謝罪の気持ちを持っている、というのはわかったけれども、その感情はその人の境界の内側でだけ起こっていて、言葉も、わたしに向き合っている感じがしなかった。

 

 

その謝罪を受け取ることが、わたしたちの関係においてあまりよいこととはどうしても思えなかった。

受け取らないほうが、正直で誠実な態度のように思えた。

 

それで受け取らなかった。

けっこう勇気の要ることだった。

 

 

それがよかったのかは、今はわからないけれども、後悔はしていない。

 


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