ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

はじめての読み聞かせボランティア

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はじめての読み聞かせボランティアの日でした。1時間めのはじまる前の15分間、60人の子どもたちを前に読みます。

 
大人数の子どもたちを前になにかするのは、冬の昔あそびの授業で百人一首をやって以来。
とても緊張しました。
 
どんな内容?
いろんな立場の子に配慮できている?
どこの国の話?
オリジナリティはある?
時間は?
順番は?
後方からの視認性は?
などなど…。
 
いざ本選びをはじめてみると、書ききれないくらいたくさん考慮すべきポイントがあり、それは一つ一つに明確な根拠、理由があることを研修を受けたり、本を読んで知りました。
 
読み聞かせの世界、奥深すぎる!!
それゆえに、わくわくしながら悩みました。
やったるでぇ!という気持ち。
こういうのに燃えるんだな、わたし。
 
こどもたちへの読み聞かせは、場づくりとして、学ぶことが非常にたくさんあります。
 
たとえば、感想を求めない、引き出さない。学校の中で行っていても、読み聞かせは学習・勉強ではないから。こどもたちにとってお話の世界という非日常に連れていくことが大切。
 
存在として自由ではあるけれど、こどもたちなりにいろんな制約の中に生きていている。でも、この時間は自由になっていいと保証されている場。自分の頭の中は、果てしない宇宙であり、それはとても大切なものだし、誰にも邪魔されることはないんだよ、と伝えているのですね。
 
自己紹介もしない。「○○(名前)です。よろしくお願いします」というだけ。わたしは前に座って読むのだけれど、わたしの読み聞かせ(パフォーマンス)を味わってもらうんじゃなくて、とにかくこどもたちが本の世界に夢中になれるように。その本のもつ力をその子なりに受け取れるように。覚えていないぐらいの深いところに集められた「よい物語」の力に、こどもたちが守られていくように…ということが大切なので。
 
ほとんどすべてがそのことだけに向かって執り行われているといってもよくて、祈りというか儀式のような気の流れる時間でした。見た目はただ本を声に出して読んでいるだけだけど。
 
研修では、「こどものウケを狙わなくていい」とも言われました。確かに反応がほしくなる感じもあるけれど、そういうクイックさがないところが本のよさだから、そこをがんばるのはちがう。
 
読み聞かせって、読む側/見る・聞く側と、一方的なイメージでいたのだけど、実際にやってみるとものすごく相互的で一体的である。そしてこどもたちから流れてくるエネルギーのすごいことといったら!
 
実際にはものすごく集中してしんとしているのだけど、エネルギー的にはすごく高い感じ。こどもたちの中でなにかがぐるんぐるんしている。
 
はじめて知るこの感覚に、打ち震えています。
 
やってみてよかった!これからも楽しみです。