ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

「女である自分に100%の肯定感を」鈴木祥子さんは歌って生きる

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鈴木祥子さんは、高校生のときに出会って以来、ずっとずっと大好きなミュージシャン。10月にコンサートに行くのが楽しみ!


しんどいなーと思ったときにこのインタビューを読み返す。

この歳になってようやく彼女の言葉が理解できる。
ずっと歌っていてくれたのに、気づくのが遅くてごめんなさい。
そしてずっと歌い続けてくれてありがとうございます。


「男とか女とか関係ないじゃん」っていうことの前に、現実に女の生き難さを自分が感じてる限りは、そういう声にめげちゃいけないと思うんです。自分が感じてることを言っていかなきゃダメだという気持ちがありますね。

 

思考を止めるっていうのは自分の一部を殺すことと同じだし、歌うことって究極的には自分が「生きる」ということと同じになっていくんですよね。こういう余計なことを言ったがために受け入れてもらえないという苦労があったとしても、思考を停止したら自分が自分でなくなっちゃうし、それって死んじゃうこと、息ができなくなることだから、生きているのならがんばって自分をいきいきさせるしかないと思うんです。


ということを、ちょうどきょうも昼間に友人と話していた。

感じたことがない人がいるなら、それはハッピーなことだ。

どろどろしたとこを見たくないなら、目を背ければいい。

でも、わたしにはどうにも "Because I am a girl/woman" でしか説明できないことがある。そうしたらそれはもう表現していかないと生きていけないよね、と思う。

たとえば、わたしも鈴木さんと同じく「おとなしそう」とか「言うこと聞いてくれそう」という見た目にとても苦しめられてきた。でもわたしが嫌だと感じるから嫌でいいんだ!ということをようやく今年に入って(!)言えるようになってきた。

 

素直な怒りをパッと表現したり、不快感を感じたらすぐに表明したり、そういう小さなことから始めて自分の美点を美点として自覚することが、女が今できる一番身近なことなんじゃないかと思います。

 

不快感、それを飲み込んで笑うのが大人の女の振る舞いであるという刷り込みがあったのだけど...そんなわけはない!誰がそう言ったの?わたしはそんなことをしていると内面が弱ってしんでしまう。


わたしも歌うぞ!舞うぞ!