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ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

映画「まなざし」を見て語る会

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「まなざし」という映画を観て、友人がファシリする感想を話す会に行ってきました。

介護、介護職、医療、法制度、犯罪加害者、加害者家族、DV、トラウマ、父娘、きょうだい、地域、友人、育児、結婚、女性、人間の本能...などなど、様々なテーマは浮かんでは沈み、浮かんでは沈みしていきました。

 

感想の中で印象的だったのが、「介護は、する人は"もう亡くなったほうが楽なんじゃないか"と思うし、本人も"いっそ死なせて欲しい"と口では言っているのだけど、実際にはとっさに"助けて"という表明になるし、介護する人もどれだけ憎しみがあっても痰の吸引器をつかんでしまうということが起きる」

 

「だからこそ延命措置を決断する家族の心情というのは...」...。


実際に介護して、あるいは親による祖父母の介護を間近で見て看取った人たちの言葉が聞けたのも本当によかったと思います。


というのは、わたし自身、親が介護が必要になったときに、どのように感じ考え行動するのかを考えたくて行ったのですが、観終わって話しているうちに見えてきたのは、わたしの両親が父方の祖父母を同時に介護していた10代終わりの頃のことだったからです。介護は自宅ではなく、遠く離れた父の実家で行っていたので、わたしにとっては家族がバラバラになり、いつも疲労と不満に満ち、殺伐として孤独だった時代なので、自然と介護に対してもそのような暗く絶望的な印象を持ち続けていました。もはやトラウマといってもいいと思います。

 

でも、実際に介護をしていたあのときの父は、母は、介護されていた祖父は、祖母は、どのように感じ考えていたのか。この映画を観て、そのことについてまるで考えたことがなかったことに気づきました。


父は介護が終わりにさしかかったころから、なにか憑き物が落ちたようになり、看取ったあとはもう清々しいという感じになっていました。もしかすると介護する中で、壮絶な体験を繰り返しながら、過去の父親との確執と向き合っていたのかもしれない。今度実家に帰ったときにそのときの話と、これからの介護について、あるいはわたし自身の不測の事態への対応などについて話せたらいいなと思います。


そしてそして、これはぜひ「観終わったあと、90分感想を話そう!」と決めて、それに賛同してくれる人と行くといい映画だと思います。話せるとわかってると安心だしより真剣に観られる。


「自分が何に興味を持っているか自体、友人にも言えないんだ」って話を最近いくつかの場所で聞きました。でもわたしは、こういう人生における差し迫ったことについての話をちゃんとできる友人関係って本当に大切だなと思うのです。茶化したり、目を逸らしたり、根拠のないアドバイスや説教をしないで聴いたり聴いてもらえる関係が。楽しいことや当たり障りないことしか話せない関係しか自分の周りにないのは、いざ何かあったとき誰にも言えなくて孤立します。それはすごく怖いことです。産後のわたしがそうだった。会社と自宅と本音を言えない友人知人との往復だったんだと、産後に家に赤ん坊と二人きりになってから初めて気づきました。


渋谷のUPLINKで上映中ですが、小さな映画なので、動員数がいまいちだとすぐ終わってしまいます。興味ある方はどうぞお早めに!

 

公式HP: http://www.manazashi-thelook.com/