ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

いつが「ただ聴く」タイミングか

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「聴く」自体を学ぶ場はもちろんだけど、全然メインのテーマではない場でも、「やっぱり聴くことが大切だ」という展開になることが多い。(場は、わたしが主宰だったり参加者だったり、どちらもある)

 

そのときに参加者の中からよく出る質問として、
「今、この場では意識しているからいつもよりは聴けているけど、日常のふつうの会話の中でただ聴くって難しい。どのタイミングで"ただ聴く"をすればいいのか?」
というものがある。

 

わたしが一番「なるほど」と思った答えは、
「話しているうちに、その人が"その感じ"になったら」

 

もう少し説明すると、餅つきをするようにテンポよく話していたときに、ふと相手の視線が空に向かって何かを探すようになって、言葉もぽつりぽつりとゆっくりで、間が空いたり、言いよどんだりしてくる。

そのときにちょっとこちらの話したいことは置いておいて、相手の言葉が出てくるのを待つ。そのあとにはたぶん大切な話が出てくるだろう。

言葉をただ聴く。

アドバイスも要約もせずに。

ぜんぶが出きってしまうまで待つ。

 

そういう話し方になるときがある。

深いところから重苦しく上がってくるような言葉が。

 

そのとき相手はこちらを信頼し、安心しているはずだ。

だからこそ自分自身の実感により近い言葉を探しに行ったり、よりぴったりくる言葉でこちらに伝えようとしはじめる。

こちらも何か聴かせていただくというような、「拝」という心持ちになる。

 

ただ聴くができれば、二人の関係は目に見えないくらい少し変わっていくだろう。

 

逆に、もしここで「ただ聴く」が起こらないと、相手からこちらへの信頼は崩れるか、そこまでいかなくても、語ろうとした以前とは目減りするように思う。

 

いつが「ただ聴く」タイミングか。
それは相手がちゃーんと教えてくれる。