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ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

山と新年

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あけましておめでとうございます。

今年も当ブログをどうぞよろしくお願いいたします。

 

年末年始は実家で過ごしています。

きのうはふと思い立って、父と息子と甥との4人で、近くの山に登りました。車をちょっと走らせれば、山まですぐ行けるのがうれしい。所要時間4時間だけど、岩場が多くてなかなか楽しいコースでした。

 

去年友人に連れて行ってもらった山で、息子はいつの間にかたくさんのことを学んでいたようで、きのうは、自分から挨拶する、人と競わない、道を譲る、無理をしない、パーティを待つ、などしていました。よしよし。

 

ここは、真ん中に湖があって、周りに平野があって、その周りを山々が囲む地形になっています。山の恵みが川に流れ湖に注ぐ。湖から流れる川はやがて海に至る。そういう自然の仕組みが、日常の中で体感できる豊かな土地です。歴史と文化と自然。ここで生まれ育ってよかったです。

 

思い起こせば幼い頃、父と毎週末のように登っていたので、山はわたしにとってとても馴染み深い場所なのでした。もうずっと長いあいだこの感覚から離れてしまっていたけれど、やっぱり山にはわたしのルーツがあるなぁときのうあらためて思いました。大事にしたいです。

 

 

山について思うこと。

 

山には頂上がある。

山の形はいろいろあって、広々とした平野にひとつだけぽこんとそびえている山では、その頂上は「一番高いところ」だからわかりやすい。

でも峰がいくつもある広がりのある山の場合、どこから眺めるか、どこから登るかによって、必ずしも一番高いところが頂上と言い難い感じがある。

 

この登山口から登りたいし、このルートを辿りたいし、その結果として着いた「高いところ」を自分にとってのとりあえずの頂上としてもいいんじゃないか。必ずしも絶対的な標高で測っているわけではないというか。

 

ここよりももっと高い頂上があるとわかっていて、その存在を知って/感じているとき、これ以上行くと体力気力を使い果たす予感がするならば、一旦ここでよしとして帰るという勇気はもちたい。次回また行ってみることもできる(行きたければ)。挑戦しないわけでも、諦めるわけでも、足るを知るわけでもなく、ここもまたひとつの頂上として眺めを一旦味わいきる。他と比較しての最上位よりも、自分にとっての一番よい眺めを求める。渇望はある。

 

わたしの新しい年の「山の登り方」は、ちょうどこんなふうかなぁ。

積極を大切に生きたいと思います。

 

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