ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

バイアスについて

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友だちと待ち合わせしたカフェで。

わたしはもうこういうものを見たときの反応が鈍くなったのだなぁ、とふいに思った。

 

テーブルのガラスの天板。

目の高さにくるぐらいの身長の子どもが、角でぶつける可能性...。

 

ほんの5、6年前までは、幼い息子とはこういうおしゃれなお店には来られないなぁと思っていたのに。

 

個人の状況や関心は移る。当事者性の変遷。でもその渦中にいる人もいる。暮らしや仕事の中で出会う人を通じて、渦中にいないからこそ、そのテーマに触れ考え続けられるのはありがたいことだ。

 

当事者性でいえば、過去にこんなこともつぶやいていた。

 

 

バイアスの話で言えば、先日、これまたふと気づいたのが、わたしは夜の時間の外の世界にふれなくなってずいぶん経つ、ということだった。

 

 

 

そうしたらそのツイートを読んだ友だちが、共感をくれた。「人に嫉妬するとき、あり得たかもしれないけど選ばなかった自分が疼く」「でも理由はどうであれ、今の自分は選んで選んで選び抜いた上で、ここにいるのよね」と。

ほんとそうだなって。


今もこれからも、生きている間にまた選べるものもある。

同じものでなくても、底のほうでほしかったのはいつも「自由」「本物であること」だとしたら、きっと何度も満たされて幸せを味わうことはできる。

 

 

自分のバイアスを自覚しながら、聴く、話す。

そしてときには自分のバイアスから思いっきり語る。

 

そういうことをあれこれやってみている日々。