ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

本への思い入れに風を通してもらう、積読本をひらく読書会

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あらためて積読とは。

買ったり借りたりして入手したけれど、読んでいない本が積まれている状態のこと。

本棚に入れっぱなしや、平積みしてあるだけではなくて、読むつもりでカバンに入れっぱなし、などもありますね。

 

「なぜその本が手元にあるのか?」「なぜ積読になっているのか?」をふわっと紹介できる本を2冊持ってきてもらう、中身は読んできちゃダメ!な読書会です。

 

読書会と聞くと、「その本についてよく知っている」ゆえに紹介できるとか、感想が話せるというイメージがありますが、積読本をひらく読書会は、読んでこなくてよい、知らなくてもよい、という気軽さがあります。

 

入手の経緯や積読になっている理由を話したり、人からフィードバックを受けたり、人の積読本の話を聞いているうちに、

・忘れかけていた大切な何かを発見したり、

・読む気がわいてきたり、

・タイミングの訪れをまだ待つことに決めたり、

・手放そうと思えたり、

本への気持ちが確かになります。

 

この読書会で起こっているのは、それぞれの感覚と理由で選ばれた本たちが、たまたま居合わせた人によってひらかれ、軽やかな風が抜けると共に、新たな命が吹き込まれること。そして本同士の共鳴を感じて、この世の不思議に少し触れること。

 

自宅の本棚にあるときには停滞していた何かが、外に持ち出され、他者の手でひらかれて風が通り、意味を見出される。積読しているというと、本はひらいて字を追って読むために存在しているはずなのに、自分が怠けているような罪悪感や、自分を叱咤したくなる気持ちが芽生えがちでしたが、わたしは、読書会をやっているうちに、本を通して、自分の記憶や願いも見出してもらえたようで満たされる実感を得ました。

 

そして、場で大切に扱ってもらえた体験がまた本に収められていく、重なっていく。

自分にとってのその本の存在感は変化、変質していきます。

同じ時を生きる人の語りに、自分の道のりについてもまた思いを馳せる、ゆっくりした時間です。とはいえ、終始しっとりポツリポツリ話しているわけでもなくて、ぎゃははと笑う時間もあったり、「楽しい」の中には真剣と弛緩があるという感じです。

 


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先日8/5にKLASSでひらいた「積読本をひらく読書会」もそんな感じでした。

お配りしている「積読本をひらく読書会のレシピ」(上の写真)にだいたい沿って進めました。

最初に、本を観察してもらって報告してもらうところが、けっこうこのプログラムの要な気がします。なぜそれを入れようと思ったか細かいことは忘れましたが、たぶん人と本との関係を一度外してみたらどうなるかを見てみたかったのだと思います。

 

自分の手元にあるときには、本として見ていない気がして。何か、本の向こうにある「存在」がある。人もそうだし、人以外のものも、たぶん。「ひらく」というのは、そことの関係も見直すような行為なのかもと。

 

この日来てくださった方は、「親への劣等感つきのネガティヴ本に安全に風を通すことができてよかった」と感想をくださいました。「本を、まずはただの『モノ』として
他者に観察してもらうことでこもった念が抜けるというか。呪いが解けるというか。ここの仕組みの効果に驚きました」。

 

うん、きっとそういうことが起こるんだろうと思います。思い入れというのは、よい呪いにもよくない呪いにもなりますね。

 

「他の人の手で家にある『物』にサッと風を入れてもらう」というのは、お片づけコンサルタントさんのお仕事にも通じそうです。

 

わたしの場ではよく、「何を話してもだいじょうぶな感じがした」という言葉をよくいただきます。それは守っているところなので、この日もその言葉がいただけたことは、とてもありがたいことです。

 

 

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この読書会の型でこれまで6回ほどひらいてみて、最近わたしは、読み進められない本は中断したり、つまみ読みするだけで十分とし、今一番すいすい読める本をどんどん読んでいくことにしました。

 

今までは少々難しくても、なんとか食らいついていくような読み方をしていましたが(ものによってはそれも残しますが)、人生の時間を一番夢中になれることに使っていこうと思っています。今のところは。

 

中断して、それでも手元に置いた本は、背表紙が視界に入る限り、自分にとって興味のあるジャンルやテーマであるのには変わらないので、「そういう読書」を楽しんでいけたらと思っています。

 

読みたいけれど読めない本の中には、人に紹介してもらうことで、ほとんど読んだのと同じ効果を得ているものもあります。その人を通過して出てきたもののほうが価値である、というような本もある。

そして、人に紹介されてもやはり自分で確かめる必要のある本とは、必ず読むことになっている気がします。

 

 

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以前、友人が、本の随所にタイトルが書かれているのは、「本当に読むのか?館に入って行くのか?この本の世界に分け入っていくのか?」という問いかけだと言っていました。確かに本って、本文にたどり着くまでにたくさんのステップを踏んでいます。

背、束、天、地、表紙、帯、効き紙、遊び紙、扉、目次...。

物体、たくさんの紙に触れ、字を辿り、問われ、それでもやはり入って行く...。なるほどなぁと思いました。

 

 

積読本の探究、とても楽しかったです。

これまでご参加くださった皆さま、ご関心をお寄せくださった皆さま、ありがとうございました!

 

 

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KLASSでの開催はしばらくお休みし、第3期では「読書会のつくり方講座」を開催します。
http://klass.hagiso.jp/class/dokusho3/
「本が好き!本をきっかけにおもしろい人と出会いたい!」「読書会に興味があって、自分でもはじめてみたい!」など、読書会を主催したい方向けのつくり方が3時間で学べます。

読書会という場づくりについて知りたい、深めたい方には、「また行きたい!と思える場をつくるゼミ」もおすすめです。http://klass.hagiso.jp/class/bazukuri3/

 

 

人生の節目を迎えている方には、9/23(日)の「節目につくる、自分の今とこれからを見つけるコラージュの会《秋分編》」もおすすめです。

collage-2nd.peatix.com