ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

書籍『平城京のごみ図鑑』

東京国立博物館正倉院展を観に行って、考えたことをnoteで話したので、最近は気持ちが飛鳥・奈良にも飛んでいました。

note.com

 

そんな折、また図書館でおもしろい本を見つけてしまいました!

 

 

これはほんとーうに、めちゃめちゃおもしろいです!!強くおすすめしたい!

サブタイトルに「見るだけで楽しめる!」とありますが、まるで展覧会に来ている気分になります。編集やレイアウトやデザインが素晴らしいのだなぁ。「えーナニコレ!?」と思ったら解説をじっくり読むと、さらに知りたいことが詳しく、研究成果に基づいて書いてあります。ワクワクしてきて、どんどんページをめくりたくなる感じ。

 

 

ごみの話を考えるときは、だいたいが現代、今、自分たちの暮らしの中のこと、分別やリサイクル、環境問題です。せいぜい水平に地理をずらして、他国の状況や地球環境として考えることはあっても、時間の軸をずらして、1300年前のごみを考えたのは、わたしははじめてです。貝塚で少しかすったことはありましたが。

「ごみを見ていると、暮らしが見えてくる」

ほんとうだ。

昔も今も、何を食べ、何を着て、だれとどんな家に住み、どんな仕事をし、どんな人間関係をつくり、何を楽しみに、何を美と貴び、生きてきたのか。

ごみが教えてくれます。

 

 

1300年前、奈良の平城京ではごみ処理という概念がなかった。捨てているだけ。
捨て方は3種類で、「穴に埋める」「水に流す」「井戸に捨てる」。


捨てられたものは、誰がどう見てもごみというような削りカスや木屑のようなものから、これ以上使えないぐらいになった履物、食べ物の廃棄部分(つまり生ごみ)、建物に使う飾りなどまで様々です。

中でもわたしの目を引いたのは、似顔絵などの落書きっぽいものが描かれた木簡や土器。今年、日本の素朴絵展に行ったときに、ゆるくてかわいい絵をたくさん見たけれど、もっと古いものがあったのかー!この時期から始まっていたのかー!と驚嘆。絵師の下書きのようなものから、ふつーの人のただの落書きまで、さまざま。いつの時代も、人間のあそび心や表現欲求って変わらないんだな。これは、アルタミラ洞窟などの壁画から受ける心の震えと同じ!

 

当時は紙がまだなくて、何か書く・描くといったら、木簡。メモにも手紙にも台帳にもなる。「腹痛で休みます」の欠勤届け、「立ち小便禁止」の看板、「漬物贈ります」のカードも、機密情報も個人情報も満載の木簡が、「ごみ」になって文化財扱いになるおもしろさ!

 

 

今生きていることと、これから先のことだけ見ていると、狭くなってしまうとき、限界を感じるとき、そもそもがわからなくなるとき、歴史を過去へ辿っていくことで、ひらけていくことがあります。

ある経緯の、ある流れの上に立っている自分、自分たちを知ることができる。

ああ、この展覧会も行ってみたかったなぁ。。

 

 

 

そんな発掘調査や研究をしているのが、この本の監修をしている、奈良文化財研究所(略して奈文研)。https://www.nabunken.go.jp/

一番有名なところでは、「平城宮跡資料館」「キトラ古墳壁画保存管理施設」が、奈文研の管轄。活動エリアは奈良だけでなく、国を超えた共同研究や研修を行ったりもしているそうです。

MOJIZO 木簡・くずし字解読システム https://mojizo.nabunken.go.jp/
なんてのがある!手元に今解読対象になりそうなものがないけれど、困ったとき絶対思い出して使おうと思います。

 

 

この本のすばらしさは、「ごみ」という視点のおもしろさや、たのしくわかりやすい本の仕立てももちろんですが、本とその元になった2015年の企画展『平城京"ごみ"ずかん』の企画経緯とコンセプトにあります。

 

来館者に小・中学生が多い状況を踏まえて、平城宮跡資料館では2013年より年に一度、子供がじっくり楽しめるような展示を企画してきた。(略)コンセプトの根底にあるのは、子どもたちが出土品の背景を想像しながら出土品を観覧できる切り口である。出土品に関する情報や研究成果を一方向的に伝達する展示方式ではなく、子供たちが自身の知識や経験に引き寄せる見方ができたり、想像をふくらませて楽しめる余地を残すような展示方式を意識した。(略)本書では、展示のコンセプトを引き継ぎつつ、大人の方も存分に楽しんで頂けるような内容・構成とした。(略)本書によって、平城京の暮らしを教科書上の事象から、より身近な、共感できるものとして感じて頂けたら幸いである。(p6-7, はじめに)

 

おわりに、の文章もとてもよいので、長いのですが引用します。

会場アンケートからは、子供のみならず大人の方々にも楽しんで頂けた様子がうかがばれた。会場を見ても同様の印象で、子供と一緒に来館した大人の方が熱中して体験メニューに取り組み、ギャラリートークでも大人のリピーターが目立っていた。これは企画展の開催前には予想していなかった事態であった。

子供向け展示は決して子供だましではなく、実は大人向けの展示を作るよりも難しい面がある。展示で伝えたいのは、奈良文化財研究所の研究成果にもとづく内容であり、ともすると、一般の方には難解な内容も含む。それを、いかにわかりやすく伝えるかに、毎回心を砕いてきた。

わかりやすさにも色々あるとは思うが、単に用語を平易な言葉に言い換えるだけでなく、続きをもっと見たくなり、記憶に残るような、興味を引くわかりやすさを会場中にちりばめることも大切と考えてきた。この試みは、大人の来館者にとっても効果があったということになろう。

もしかすると、来館者層を限定することなく、老若男女が楽しめるわかりやすさを追求すべきなのかもしれない。(p124-125 おわりに)

 

 

来館者を観察する、自分たちの使命や情熱の自覚、実際に手渡すものは来館者にとって何をもたらせるか、橋を架けられているのかの認知、の姿勢は重要です。

これが場づくり。

 

何人動員できるかという数値目標や、大手代理店や施工業者を使って見栄えのする空間をつくることとは違うベクトルの。そもそも。

誰のための場か、何のための場か。

 

今年に入って美術館や博物館などが開催する一般向けの場に何度か参加して、学びの場づくりの観点から、強い問題意識・危機意識を持っていたところだったので、このように実践している館があること、人がいることに希望を感じました。

わたしもまたこの循環に関わる専門職として、言語化してゆかねばならない、しよう、と勇気をいただきました。

 

 

対話にふさわしい対象(作品や場所や資料)を見つけることも、その対象と鑑賞者との間に橋をかけることも、鑑賞対話ファシリテーターの職能です。どうぞご活用ください。