ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

ピーター・ドイグ展 鑑賞記録

2020年6月16日、3ヶ月ぶりの電車に乗って、東京国立近代美術館へ。
ピーター・ドイグ展を観に。

 

美術館の前で思わず涙ぐんでしまった。

本物に会えることの喜びよ。すべてが愛おしい。

 

前週に東京国立博物館にも行っていたのだけど、鑑賞可能なエリアに制限がかかっていて、企画展の再開前で、まだまだ緊張感があったから、こうして全面再開されているのを見ると、喜びひとしおである。


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とてもよかった。前評判どおり。やはり行ってよかった。

水、海、川、森、夜、星、雪、空といった自然物から、卓球、四角、など様々なモチーフが少しずつつながりあい、一人の作家の表現世界を曼荼羅のように示している。

ヤゲオ財団コレクション展で観た作品に再会したこともうれしい。あれもこの美術館での開催だった。

 

 

はじめて見るのに、いつかどこかで見たような、経験したような景色、表情。

自分で旅をした場所かもしれないし、映像や映画で観たのかもしれない、小説や人の話から自分が立ち上げたイメージかもしれない。

 

これらをどんどん思い出して勝手につなげていくような鑑賞時間だった。

お能を観ているときのように、自分の経験のストックをぜんぶ使って観られる。逆に言えば、何も美術の知識は要らないということ。鑑賞者自身があるだけで、自分自身を使えば使うほど、果てしなくおもしろがれる。

「静止画」なのに、非常に動的に観られる。

もちろんドイグが「どういう経緯から、どういう作法で、どういう意図で」それを描いたのかも知っていれば、そのストックに加えてもいい。より鑑賞が多角的になる。

 

パッと観た印象 → 細部の観察 → 数歩下がって俯瞰 → 再印象 → 再観察

これを繰り返しながら辿っていくと、さらに物語の想像が膨らんでいく感じ。

ずーっと観ていられるし、いくらでも楽しめる。

隣で観ている人は、きっとわたしとは全然違う記憶を巡らせて、物語を描いていただろうと思うと、一人ひとりに声をかけて回りたくなる。

 

一つの作品から、一瞬にして世界とのつながりを感じられる。これぞコンテンポラリー。ピーター・ドイグが世界で注目されている理由がわかったような気がする。

 

 

のんさんのオーディオガイドもよい。とつとつとした話しぶりに思わず聞き入ってしまう。担当学芸員さんのお話もよい。ほんとうに「ガイド=連れて行ってくれる」感じ。

 

あまり美術館に行き慣れていない人におすすめしたい展覧会。

自分の好きな音楽をイヤホンで聴きながらまわるのも、おすすめ。

 

全作品が写真撮影OKになっていたけれど、撮らなかった。

外出を自粛していたこの3ヶ月、モニターばかり見ていたから、自分の目で観て身体全部で感じることを優先したかった。本物を間近で見て、この鮮やかさと立体感を得たあとでは、撮ったとしても何も映らなそうだ。

とにかくもう、鮮やかさが全然違う。

そのことにもまた涙腺が緩む。
ここに帰ってこられた。

 

数点だけ、ドイグがトリニダード・トバゴでひらいていたという映画上映会のための絵がよくて、それだけ撮った。

ドイグがピックアップした作品をみんなで観て、終わってから感想を話していたらしい。同じことをしているわたしとしては、親近感!

 


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どんな領域の芸術も、「もう出尽くした」と言われることがあるだろうけれど、こうして馴染みのある形式でも、新しい表現はどんどん生まれ続けていくのだな、と思った。

同時代を生きている感覚と求めが、作り手にも受け手にもあり、出会える場があれば、いくらでも成立していくのではないか。

 

 

会期はもともと6月14日までの予定が、10月11日までに延長された模様。関係各所・貸出元の協力もあって可能になることだと思うので、ありがたい。

peterdoig-2020.jp

 

 

コレクションのほうはわたしの大好きな小倉遊亀、吉田博、小原古邨もあり、満足。

 

▼こんな"椅子"あったっけ?と思って撮った。


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書籍『アルケミスト』『11ミニッツ』

2014年の読書記録。

 

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パウロ・コエーリョの「アルケミスト」読了。

不思議と心が安らいで、読みながら眠って、眠りながら読んでいたような、稀有な読書体験だった。

これはシンクロニシティの物語だ。
・自分の欲望を知り、心から求めれば開かれる
・人との出会いにおいては、インスピレーションを信じて(それが感じられるようオープンでいて)、偶然が通りすがったら迷わずつかまえる。
・夢を追い求めれば、人生の宝物に出会えると信じる。
・一番困難なときにこそ、自分には選択肢があることを思い出す。
・心の揺れ動きは心が生きている証拠。ネガティブな感情は、その先にある夢の実現を示唆している。

...そんなメッセージを受け取った。

ドアを閉めて次のドアを開け、迷いながらも今いる足場よりもっと遠くへ行こうとするとき(つまり今!)に傍らに置きたい本。

『大いなる魂』は人々の幸せによってはぐくまれる。そして、不幸、羨望、嫉妬によってもはぐくまれる。自分の運命を実現することは、人間の唯一の責任なのだ。すべてのものは一つなんだよ。

おまえがなにかを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ。

 (本文より引用)

 

 

 

 

パウロ・コエーリョの「11分間」読了。

今年読んだ本の中で一番よかった。

 

愛と性の真性さを、泣けるほど真摯に探求しようとする女と男の物語。

品性と尊厳、思いやりと優しさと希望にあふれていて、読後はとてもあたたかい気持ちになった。映画化なんかぜったいしないでほしいなー。特にハリウッド的に料理されるのは、想像しただけで我慢できん。
ラテンアメリカの作家、好きだ。本も映画も音楽も絵画も、ラテンアメリカにはなにか惹かれるものがある。

人間はひとりひとり独自の欲望を生きている。それは各人の宝物の一部をなしていて、その情動が人を遠ざけることになる場合もあるだろうが、たいがいは、大切な人を近くに呼び寄せることになる。欲望こそが私の魂が選んだ情動だ。それはあまりにも強烈なので私のまわりのすべてのものに、すべての人に伝染してしまう。
一日一日、私は真実を選びとって、それとともに生きていこうとする。私はいつも、実際的で能率的なプロフェッショナルであろうと努めている。しかし、本当はいつでも、欲望を相棒として選んで生きていたい。無理強いされてではなく、また、自分の人生の孤独をいやしてもらうためでもなく、単にそれがいいものだから。そう、それは本当にすごくいいものなのだ。

(本文より引用) 

 

 

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映画『あなたの顔』鑑賞記録

公開延期となっていた『あなたの顔』をようやく観ることができた。

封切られて3日後に観るなどとは、わたしにしては早い行動。観られるときに観ておかないと、いつまた制限がかかるか知れないから......。

www.zaziefilms.com

bijutsutecho.com

 

詩的な映画。

13人の顔が数分ずつ登場する。沈黙、語り、存在、光と影……ビクトル・エリセの短編映画(オムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区』の一編)を思い出す。

ある人は若き日の栄光を語り、
ある人は植物や動物のように微動だにせず、
ある人は忙しなく動作し。

まばたき、声、笑い、皺、毛、化粧......。
日常生活で誰かの顔をこんなに凝視し、観察することもない。
しかも50代〜80代ぐらいの人たちの顔。わたしにとっては少し上から親の世代、か。

 

自分の顔だって、歯磨きと化粧のときぐらいしか見ない。見たとしてもこんな客観的な眼差しを向けることもない。どこかバイアスをかけて見ている。

 


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一度だけ、自分の顔に驚いたことがある。

2013年のワタリウム美術館で開催されたJR展。
http://www.watarium.co.jp/exhibition/1302JR/index_e.html

顔のもつメッセージ性をつかったJRのInside Out Projectに、鑑賞者も参加できるというので、出かけていった。会場に用意されたフォトブースで顔写真を撮り、特大(B0サイズ?)のポスターにしてもらえる。データはここにストックされ、プロジェクトの一部となる

わたしもちょっとドキドキしながらブースに入り、シャッターボタンを押した。巨大な印刷機からポスターが吐き出される。それを受け取って、驚いた。

わたしの顔が、
わたしはここにいる!!
と言っていた。

大きく引き伸ばされたわたしの顔は、わたし自身が思っているよりもずっと力強く、眼差しは凛として、生命力にあふれていた。

その時期は仕事が激務で、美術館にも仕事の帰りに這うようにして行って、全然希望も見いだせていない時だった。どれだけげっそりした顔が出てくるのかと思っていたから、ほんとうに驚いた。

しかも、顔が勝手に語っているのだ。実に雄弁に。あらゆることを。わたし自身の存在を超えて。

このことは、その後のわたしの人生を変えるぐらいの強い力を持っていた。

それで瞬時に、なぜJRがこのプロジェクトを続けているのか、顔にこだわっているのかを体感した。(その後JRには、映画「顔たち、ところどころ」で"再会"した)

 

こういう過去の経験を持って観ているわたしは、『あなたの顔』で表現されていることをとてもよく理解していると、勝手に思っている。


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坂本龍一が音楽を担当したということでも話題になっていた。

事前に坂本のコメントを読んでいて納得したのだけれど、音楽というより音、もっと言えばノイズに近い。その顔から発せられるような、向き合っているわたしが感じ取って出しているような。存在の音、というのか。

 

ドキュメンタリーとくくるのはだいぶ違う。

パンフレットに書いてあったが、「映像と音のパフォーマンス」がぴったりくる。

  

わたしは、この作品が商業映画にのっていることがうれしい。
もっともっとアートの文脈にだって乗れたのだろうけれど。
そうするともっと鑑賞の機会は狭まっていただろう。

わかりやすく採算が取れるような映画ではなさそうだけど、でも映画館で観られてよかった。
あの時間を大勢の他人と共有できてよかった。

夢のような76分。

 

こういう映画が好きだ。

ミニシアターに通っていた大学生の頃に観ていた、ツァイ・ミンリャンの映画を、新作をこうして観続けることができるなんて幸せだ。ツァイ作品にいつもいつまでもリー・カオシャン(李康生)が出ていることがうれしい。

こういう映画も好きだ。

映画の幅広さ、懐の深さが好きだ。

 


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家に帰って、一番顔を観察しやすい他者として、我が息子の顔をしげしげと観察してみたのだけれど、年若い顔には何も刻まれていなかった。さっき見てきた顔たちとはまったく違う。人相すら漂わない。

まだまだ変化を遂げていく可能性に満ちて、輝いていた。

 

 


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映画『千と千尋の神隠し』鑑賞記録

息子とアニメーション映画「千と千尋の神隠し」を観てきた。

最近漫画版『風の谷のナウシカ』を語る会をひらいて、宮崎駿の作品づくりについてあれこれ話題にしたこともあり、タイムリーなリバイバル上映。

www.ghibli.jp

 

わたしはこの作品、映画館で観るのは2001年公開時に以来。DVDではたぶん30回は観ている。観すぎてフランス語版などでも観た。

 

いやしかし、大画面&良音響で馴染みの映画を観るのはいいですなぁ。映画って大画面で一番美しく見えるように作られているのだなと実感。

 

だから細かいところに気づけるし、劇場空間に包まれ、身体いっぱい使って観ているから、受け取るものが多い。

こんな色だったんだ、こんな音楽だったんだ、こんなものが映っていたんだ、という具合に。

 

この体験を息子と共有したかったのです。

 

ありがとう、映画館!

 


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今回気づいたこと。

・油屋に生えている花は季節めちゃくちゃ(アジサイ、椿、ツツジ、石楠花、ノウゼンカズラ)
・湯婆婆はどこに何をしに行っているのか
・ハクはどこに何をしに行っているのか(ハウル似) 

・川を追われたハクは魔法の力を得て何をしようとしたのか
・湯婆婆が立てた誓い「働きたい者には仕事をやる」とは
・なぜ宮崎駿は児童労働を描くのか
・スポイルする(完全に不適切とも悪とも言い切れない)大人の元で育つ、子どもへ「NOとリクエストの出し方」という自立のための贈り物
・過酷で理不尽な環境でも必ず味方は見つかる

・完全なる善、完全なる悪はない
・油屋(主従関係と欲望?)にいるからおかしくなるカオナシ。組織は「カオナシ」によってクラッシュする。

・油屋は油屋で悪ではなく、社会に必要な機能(神様のため)。働いている人は囚われなのか、包摂なのか。
・処罰されないカオナシ、たまたま救済される(仕組みではない点)
・りんを見てて思い出すのは、「こんなところ絶対に辞めてやる」といつも言いながらずっと会社にいた先輩。でもわたしが辞めるときお祝いしてくれた

 

岡田斗司夫さんの考察を読んだら、またいろいろ考えそう。

千と千尋の神隠し』を読み解く13の謎[前編] https://note.com/otaking/n/n1e4265aba064

 

ナウシカの会で、「これ読むといろいろわかりますよ」とオススメされた本。やっぱ読もうかなぁ。

  

きょう参加したウェビナーで登壇者の方が紹介されていた。

 

 

 

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映画『タゴール・ソングス』鑑賞記録

タゴール・ソングス』を観てきた。

tagore-songs.com

 

こんなブログも書いて楽しみにしていた。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

でも感染症流行で公開が伸びた。〈仮設の映画館〉での上映もはじまったけれど、どうしても映画館で観たくて、タイミングを待っていた。

その間、タゴールの詩集を買い、寝る前に読み、

 

 佐々木美佳監督のnoteを読んだりしていた。

note.com

 

 

実に3ヶ月ぶりに訪れる映画館。感無量......。


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なんだかもうひたすら幸せな時間だった。

 

100年前の詩人の言葉が人々の心に寄り添い、情熱を湧かせ、誇りを抱かせ、孤独を和らげている様。

はじめて聴くのに懐かしくて温かいのはなぜだろう。
共にするルーツがあるからだろうか。
わたしたちにも和歌という千年を超える歌(詩)があるからだろうか。

人間が生きるためには詩人が必要。
そして自分の内なる詩人を呼び覚ますことも必要。

 

 もし 君の呼び声に誰も答えなくても ひとりで進め
 もし 誰もが口を閉ざすなら
 もし 誰もが顔をそむけ 恐れるなら
 それでも君は心開いて 心からの言葉を ひとり語れ
 (タゴール「ひとりで進め」より)

 

この映画のテーマソングになっているタゴール・ソングが、今を生きるわたしたちへのエールに思えて、心強い。

 

 

ベンガルと言えば、わたしにとってはジュンパ・ラヒリの小説。

ベンガル出身の主人公や家族。人柄や振る舞い、コルカタでの暮らし。彼女の作品のルーツに触れる思い。「あの世界の中にタゴール・ソングもあったのかも?」

...とつぶやいたら、佐々木監督から、メンションいただきました。(3月上旬の話)

このあと図書館で見つけて、ほんとだ〜!とうれしかった覚えが。自分の温めていた世界が人を通してつながる瞬間。

 

 

つながるといえば。

映画って文化の架け橋でもあるんだよなぁ、としみじみ思った。外出自粛期間中のミニシアター・エイドの動きが起こったときに、「なぜわたしたちに映画や映画館が必要なのか」というところで考えた。

少なくともこれからわたしはインド、バングラデシュベンガルと聞けば必ずこの映画を思い出すだろうし、実際、帰宅してテレビをつけたら、ニュースで「インドが〜」と言っていたので思わず見たりした。

遠い国ではなくて、映画に出てきたあの人やあの人がいるところ、ルーツがあるところ、と思える。

 

人も世界も変化していくけれど、歌は継がれていく、残る。

 

 

佐々木監督、タゴールソングを紹介してくださって、ありがとうございます。

 

 


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書籍『読書会入門 人が本で交わる場所』

去年の秋(2019年)に発刊されたときから気になっていた本、ようやく読めた。

 

本の感想を複数人で語り合う「読書会」は、一人の読書よりも格段にメリットが多い。
誰かの意外な感想が、自分に足りない視座を教えてくれ、理解できなかった箇所は、他の参加者が補ってくれる。
課題本は、ビジネス書、小説、哲学書なんでもいい。
感想を自分の言葉で表現する行為は、新しい自分の発見へもつながる。
参加の仕方、会の開き方からトラブル対処法まで、日本最大規模の読書会主催者がその醍醐味を伝授。(幻冬社書誌より

 

猫町倶楽部〉という読書会を主宰する山本多津也さんの著書。

www.nekomachi-club.com

 

読書会に興味がある人なら、おそらく一度は猫町倶楽部のホームページをのぞいたことがあるかと思う。

猫町倶楽部に一度参加してみたいけれど、どんな場なのか知りたい。

猫町倶楽部に参加してみたけれど、どうしてあんなよい経験ができたのか、主宰している人はどんな人なのか知りたい。

という方にぴったりの本。

 

この本で猫町倶楽部を初めて知ったという方も、

・読書会ってよく聞くけどなんだろう?参加してみたいけど、どういう体験ができるんだろう?

・読書会をひらいてみたいけれど、どんなふうにはじめたらいいんだろう?やってみたら何が起こるんだろう?

という動機をお持ちの方は、得るものが多そう。

 

ホームページにも各回のレポートが詳細に載っているので、進め方や雰囲気は伝わってくる。それにプラスして、主宰の人がどんな思いをもって立ち上げたのか、なぜ続けているのか、どんな困難や喜びがあったのかなど、本人の言葉で綴る「本」という形式から伝わってくるものはやはり大きい。

 

猫町倶楽部ならではの体験を紹介しながら、読書という営みの尽きせぬ魅力、読書体験を人と交換することで得られる体験の無限の可能性についても、丁寧に書かれているので、よくぞ書いてくださった!という感じ。読書会について書かれた本はまだまだ多くはないので、うれしい。

猫町倶楽部は、定例会の他に、さまざまなコミュニティが立ち上がっているので、いろんなことをやっているように見えるのだけど、本書を経て眺めてみると、やはり大切にしているのは、「読書」や「鑑賞」の体験を人と共有するということなのだなとわかる。

 

紹介型より課題本型を取り入れ、読了を参加条件にしていること、古典を紹介すること、その理由には、わたしも同感。

 

わたしは、これほど大規模な読書会を長年続けられているのはなぜなのか、どのような運営形態(組織)になっているのか興味があったが、読んでみてびっくりした。この運営力はすごい!

この本が発刊された2019年9月の時点で、「名古屋、東京、大阪などで年200回開催、のべ約9,000人が参加」とある。
場の運営、チームマネジメントに関心のある方には、おすすめしたい。

今は猫町株式会社と法人化されている模様。

 

わたし自身は猫町倶楽部には参加したことがない。定員の人数が多い場なのか......と躊躇しているうちに、なんとなくきっかけを逸して今まで来てしまった。

ホームページを見ると、コロナ禍の影響で、ここ最近はオンラインでの開催が決まっているようだ。気になる課題本もあるので、この機会に参加してみるのもよいかも……。

 

 

人の本の紹介にくっついて、おまけ。 

実はわたしも読書会については本を書きたいと常々思っている。
はてなでも過去にバラバラと記事を書いたこともあるし、読書会のつくり方講座をひらいていたこともある。

中でも「読書会ってなに?」はぶっちぎりで当ブログアクセス数第一位なので、関心が高いんだなぁと思う。(しかし今読むと拙い......がくり)

hitotobi.hatenadiary.jp

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それらを元に一部下書きしたものもひっそりと寝かせてある。

さて、日の目を見るのはいつか......。

 

 

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神田日勝 大地への筆触展 鑑賞記録

東京ステーションギャラリーで開催されている神田日勝 大地への筆触展を観てきた。

https://kandanissho2020.jp/

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202004_kandanissho.html

感染症流行のため、6月に入ってからの開始となり、終了は予定通り6月28日という、予定よりかなり短い展覧会になってしまった。


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神田日勝のことは、10年ぐらい前にこちらの本で知った。前にもこの本で一本記事を書いたけれど、とてもよい本なのであらためておすすめしたい。

いろんな画家の紹介がある中でも神田日勝の印象が強かった。

それは開拓民であることと。この頃の国の政策で開拓地に入植した人たちの苦難の話は、本や映像などで得てきた知識でしかないが、どうしても苦しくなる。支援がある、夢があると聞いてきたのに、行ってみたらひどい土地で、開墾するだけで手いっぱい、土は痩せていて作物が育ちにくく、支援もない、など。開拓と聞くと、どうしてもその印象が乗っかってしまうが、神田家も例外ではなかったようで、苦労したようだ。

 

それから、やはり遺された半身の馬。本の粗い印刷でも、その絵はとても記憶に残った。今回は実物が観られるので、とても楽しみにしていた。

(↓お土産に買ったクリアーファイル)


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1937年(昭和12年)に東京の練馬で生まれる。7歳の終戦直前に一家が十勝に入植。

幼い頃から絵が好きだったが、東京藝術大学に入学した兄の影響で18歳ごろから油絵を描き始める。農業のかたわら、美術展に出品しつづけ、絵も売れるようになっていたが、1970年、32歳の時に病気で死去。

 

やはり本物を観ると受け取るものがまったく違う、ということを思う。

ナイフのひと塗りひと塗りが呼吸のようだ。
呼吸の回数、描くことにかけた時間を見ている。
15年に満たない画業の中の膨大な時。

 

上に紹介した大竹昭子さんも書いておられるように、農作業や風景を描いた絵はほとんど展示されていなかった。

自画像、馬、死んだ馬、朽ちた家、転がる空の一斗缶、空き瓶、鎖、ストーブ、壁。

そして画風が変化していく色鮮やかな牛の腹、アトリエ、居室、ピンナップ、裸体。

 

物質的に豊かになり、馬に頼っていた農作業にも機械が入り、大きく変化していった地方の農村の気配が、背後に感じ取れる。

その感情はなんだろう。不安か怒りか空疎か、愛か慈しみか憎しみか、解放への欲求か、支配への欲望か、孤独か連帯か......。

名前の呪縛もあったんだろうか。日勝。日本、勝つ......。

農作業を描いてはいないが、まるで耕すような、馬の毛をすくような筆致でもあった。日勝は何を思いながら絵を描いていたのだろう。

 

最後に現れた絶筆、未完の『馬』は、まるで壁から抜け出してきた途中のような、不思議な絵だった。「ブロックごとに固めながら描いていった日勝のスタイルがうかがえる」という解説がついていたが、どうなんだろう。

何周も回ってここに戻り、同じモチーフでありながら、なにか別のものに挑戦していたような感もある。

何人もの人がこれがアトリエにあるのを見ているので、かなり前から描いたまま放置していたらしい。

と先出の本にある。その意図は本人しか知らないというところが、謎めいている。

謎めいているといえば、馬の佇まいもまたなんとも言えない。先に見てきた馬の絵と決定的に違うのは、目と表情。こちらを見ているような、もっと遠くを見ているような、吸い込まれそうな透明さと光をたたえる瞳。微笑みを浮かべるような穏やかな口元。

まるで別の世界から遣わされた使者のようにも見える。

本人が「仏画のつもりだった」と言っていたら信じる。

 

 

東京ステーションギャラリーのレンガの壁がよい背景となって、作品と一体感を作り出していたのも印象深い。


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いつか行ってみたいな。

北海道 鹿追町 神田日勝記念美術館

 

梅雨の晴れ間の、よい鑑賞の日でした。

 

 

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6/21 夏至のコラージュひらきました

夏至のコラージュの会、ひらきました。

ptix.at

 

きょうは夏至当日。そして部分日食、新月。(ついでに父の日)

このコラージュの会は、春分夏至秋分冬至にひらくので、なにかと天体の運行の影響を受ける日ではあるのですが、きょうはさらにパワフルでした。

 

ここ半年のいろんな変化に翻弄されたり、傷つきもあったりしながら、やはり自分の核を自分の手で見いだせる作業には、心落ち着くものがありました。

わたしのコラージュの会は、特にテーマを決めずにやっています。心の状態だけフラットになるように準備して、あとはインスピレーションを大切に、自分自身に羅針盤になってもらう感じ。とにかく思考や話す言葉は一旦お休みしてもらって、感覚だけを頼りに進めてもらうこと、自分で見出していく感覚を大事にしています。

 

 

今回は、コラージュとしては初めてのオンラインでの開催。

コラージュに関しては3ヶ月に一度の定例に決めているので、やらないという選択肢はない、ということだけがあり、じゃあどうひらくかということについて状況を見ながら考えていました。

遠方への移動自粛も解除されましてが、まだもう少しリアルで集まってやるには不安が残るのと、オンラインでやってみたらどうなるかにチャレンジしてみたいという気持ちの両方があり、開催を決めました。

制作過程も鑑賞も会って空間を共にしているからこその体験があるので、時間を短縮し、参加費も半分にしてみました。

オンラインでどの程度受け取っていただけるか心配でしたが、皆さんよい時間だった、気に入ったものができた、他の人との語り合いや作品の鑑賞から気づいたことがあったとおっしゃっていて、ホッとしました。

 

制作前の、語る聴くワークも、Zoomの分室機能(ブレイクアウトルーム)を使ってやってみました。メインルームに戻ってもらってからどんな体験だったのかを全体にシェアしてもらいました。(主催者ここのとこだけやっぱりさみしいかなー!)

 

とはいえ、今回はオンラインだったからこそご参加いただけた方ばかりだったので、やっぱりひらいてみてよかったです。やはり移動しなくてよい、一気に遠くと繋がれる(自分がひらかれる)という利点はかけがえのないものですね。わたしも会場手配や、備品の運搬などを考えると、とても気軽にひらけてありがたかったです。

 

 


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こちらの作品をつくった方がおっしゃっていたのが、

「おそらく対面でするよりも、自分の中に深く入って行きやすかった。対面だったらもう少し人の目を気にしてここまでは出せなかったのではないか。自分の頭の中をパカっと開いて見せているようで、ちょっと恥ずかしい部分もある(笑)」

ということで、非常に興味深かったです。

すごくパワフルな作品なので、ぜひリアルで制作の最初から立ち会って、完成作品も生で見たかったなぁ!という思いがわたしにはありますが、ああ、でも会っちゃうとこういうのは出てこなかったのかぁ〜!と思うと、残念なようなうれしいような、変な気分になります。

 

オンラインだと、ミュートにして自分の好きな音楽をかけながら制作でき、でも他の人ともつながっている感じもある、という良さもありますね。

 


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ちなみにわたしは、近所の旅館の一室を借りていました。

コロナの影響で経営が苦しい旅館が、テレワークや個室作業がしたい方に、日中プランというのを作ってくれたのです。こちらはまさにこういう環境を求めているし、お布団もお借りできるので、疲れたらゴロゴロできるし、お風呂もついているので、最高の環境です。近所の旅館に入ることってほとんどないので(家帰って寝ればいいので)、旅行気分にもなれる。

コロナがもたらした禍福の福のほうですね。

コラージュのあとはお風呂に入ってのんびりして帰宅しました。

 

わたしのコラージュはこんな感じ。去年から書いている本づくりが佳境で、とにかく籠って孤独で集中する自分と、遠くを眼差して「なんのためにするか」をブラさないように、見つめている自分がいる感じです。

毎年夏至のコラージュはこういう感じで要素が絞り込まれた感じになるのはおもしろいです。春分のときはもっと拡散系でみっちり貼り込んでいた。定点観測していくと、自分の傾向がわかるのもおもしろいです。

www.instagram.com

 

イメージや感覚や状態を伝えたり自分で把握するのに、書いたり、話したり、描いたりする手段があると思いますが、 「そういえば、コラージュという方法もあったっけ」と思い出してもらえるといいかなぁと思います。

誰かとやらないときっかけが掴めなくてなかなかできない、ということも最初はあると思うけれど、ツールとして使えていくと便利なものでもあります。

おすすめ。

 

ご参加くださった皆さま、ご関心をお寄せくださった皆さま、
ありがとうございました。

 

 

次回は秋分にひらきます。2020年9月22日(火・祝)です。
近くなったらまたPeatixでご案内を出します。こちらをフォローしていただければお知らせEメールが届きます。

 

出張開催のご依頼もお待ちしております。

hitotobi.hatenadiary.jp


 

鴨居玲展〜踊り候え(2015年の鑑賞記録)

2015年の鑑賞記録

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東京ステーションギャラリー鴨居玲展を鑑賞。

ほとんど醜悪といっていいような人物像。
画家が美男なだけに、あまりにも対照的で驚く。

画面いっぱいに大きな体を張り出して。
暗がりからわずかに読みとれる表情は硬く厳しい。
口を開いているものの、その声はあまりにか細く、こちらには届かない。
土気色の肌はほとんど屍。
かと思えば鮮烈な赤や青を背景にもってくる大胆さ。
脂ののった欧州での作品よりも、晩年の厳しい闘いの痕が圧巻だった。

 

展示室の真ん中に置かれているベンチを個人的に「半島」とよんでいるが、きょうは半島にひとり腰かけて、しばし旧東京駅の朽ちた煉瓦と鴨居の作品に囲まれた空間を味わってみた。

贅沢な休日。

 

没後30年 鴨居玲展 踊り候え | 東京ステーションギャラリー

取材レポート | インターネットミュージアム


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そのあと行ったカフェで。


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漫画版『風の谷のナウシカ』を語る

5/19にクローズドで漫画版『風の谷のナウシカ』を語る会をひらいた。

 

ひらいた目的は2つ。

1. リサーチとして。今、10代向けの本を仲間を執筆中で、10代の感性にふれてみたかった。それも直接インタビューするようなことではなくて、作品の感想を話したり聴いたりする中で感じてみたかった。

2. この物語を通して、コロナ禍の世界を生きることを考えてみたかった。

 

友人の中学生のお子さんを誘ってもらったので、なるべく安心安全な場をと思い、その友人のつながりと、共通のつながりのある人を誘って、クローズドの場とした。

 


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対話の前に、ひと通り読み返してみて。

漫画版はアニメージュで連載されていた当時(1982年〜1994年)に読んでいた。

たしか、漫画を読んでからアニメ版を観たように思う。だから、「こんなん全然描ききれてないやん!ごく一部やん!」と憤っていた。

連載がはじまって2年目ですぐアニメ化しているので、無理もないのだけれど。

 

この年表、当日向けに作ってみたんだけど、我ながら便利。

 

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当時も変わった漫画だと思っていたけれど、今見てもやはり判型やコマ割りやインク色や描画がユニークだ。バンド・デシネやアメコミに近い。

スクリーントーンも使っているけれど、明暗・コントラストのためで、質感や雰囲気のための使用ではない。ほとんど手書き。怖ろしく細かい書き込み。

見開きあたりの情報量が膨大で、背景の理解から物語展開から思想の読み取りまで、注目する点はたくさんあり、全7巻を読み進めるのに時間がかかった。

 

時間がかかったのにはもう一つ理由がある。

物語は戦争のはじまりから、一連のそれが終結するところまでを描いているので、とにかくおびただしい数の人が、さまざまな理由で亡くなる。そのほとんどが凄惨な死だ。

今世界を席巻している伝染病により亡くなる人たちや、それを最前線で食い止めようと奮闘している人たちのことが思い出されて、辛くなるときもあった。

また、マスクをすることで生きながらえている人々を見るのも、今の現実を突きつけられているようで、息が苦しくなった。

 

腐海が生まれた理由や人間の存在理由を探すナウシカの旅についていきながら、わたしたちもまた、現実に直面している伝染病についても考える。考えざるを得ない。

自然の脅威に常にさらされながらも、他の人間からもたらされる災厄に苦しみながらも、どう生きていくのか。

その答えの一つが、自分の中にある闇を受け入れること。

同時代の偉大な漫画家はたくさんけれど、光と闇、愛することと殺すことの矛盾や、そのどちらもある・どちらでもない状態を抱えて生きることを、初めて真っ向から描いた作家かもしれない。

 

10代の人は、誕生日に漫画版を買ってもらって読み、歌舞伎版のdelay viewingにも行き、映画館で7時間夢中で観たそうだ。彼はその前にも、『七人の侍』の4Kデジタルリマスター版(207分)の上映も観に行っていたので、芸術への感度の高い人なんだと思う。未知のものに対して、時間の長さでは怯まないところに若さを感じる。

好奇心の触手がぐんぐん伸びている途上。

 

ふと思い出した。

わたしが小学校5年生のときの友だちで、宮崎駿作品が大好きな子がいた。

家に遊びにいったときに"The Art of Nausicaa"という、絵コンテやイメージボードといった制作素材が載っている画集を見せてくれた。

たくさんのセル画を動かしてアニメーションをつくるぐらいのことは知っていたけれど、その手前にこれだけのリサーチとイマジネーションと作業の量と質があるのだと知って、驚いた。しかも美しい。

「世界観」とひと言で表す中にある、深遠さ。ほんものさ。これが作るということ。

その子もたぶん、そういうことをわたしにシェアしてくれようとしたのだと思う。

 

大人が子供騙しでなく手抜きせず、人生をかけて手渡してくれているものに、子どもは敏感に反応するし、本質をしっかりと受け取っている。

作品からこの社会や世界を見て、作品を通して誰かと心を通わせることができる。

今10代のあの人も、そういうものを受け取っているのかもしれない。

 

他の大人の人たちの中には、最近はじめて読んだ人もいたし、連載当時から読んでいた人もいるし、「人としてどう生きるか」を常にナウシカに学んできたという人もいたけれど、共通していたのは、やはりこれは特別な物語だという位置付けだった。

性、恋愛、生殖、食、政治、戦争、思想、母子関係、継承、描画、表現形式など、話題が尽きなかった。扱えたのはごく一部でしかない。

 

いつの時代に読んでも、必ず何かを投影できる、示唆に富んだ、普遍性のある物語。

数多く出ている参考図書や文献も周回しながら、折に触れて場で読み合いたい作品だ。

 

*追記*  全員が手放しで賞賛したわけではなく、思想や表現に対する批判的論考などもありました。つまりよってたかって様々な読み方ができるという点で、強さを持っている作品という評価です。

 

 

 

 ▼参考記事

www.asahi.com

 

synecoculture.org

 

▼参考資料

   

 

 

 

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〈レポート〉5/26『パンデミックを生きる指針』を語ろう

ウェブ記事を読んで感想を話すイベント、パンデミックを生きる指針』を語ろうをひらきました。

hitotobiselection2.peatix.com



 

当日の準備として

いろんな記事を読みました。

ウェブ上で観ただけのもの、映像で観たものも合わせると、数えきれません。

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3月に買って手元に置いていたものの、なかなか読むことができなかった記事と手記も読みました。

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折しも、日本全国で緊急事態宣言が解除になった翌日。
写真はわたしの愛読紙・毎日小学生新聞より。

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なぜこの場をひらこうと思ったのか

告知文に込めましたが、当日も冒頭でお話しました。

・このタイミングで立ち止まり、5ヶ月をふりかえって、今とこれからの生き方を考えたい

・流れていく記事を読んでも読んでも自分に関係あること、理解可能なことだけを見るので、視野が狭くなりがち。他の人と対話することで広げたい。

・一本の記事を読み合うというディスカッションの方法があるという提案。これは「学生さん」に限らず、だれでも思い立ったらできるやり方。

 

みなさんの参加動機もうかがいました。

・自分と違う立場の人や考え方の人と話したい

・一本の記事を通して、違いを感じたい

・あふれる情報の中でも、いろんな視点で物事をみていきたい

・何をよりどころにして生きていくか考えたい

・トップの決めることに翻弄され続けてきたが、一市民として何ができるか考えたい

 

進め方

記事は3本読んできてもらいましたが、

1. 藤原辰史『パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ』
https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

をメインに、パラグラフや章ごとに区切って追いながら、


2. 根本美作子『近さと遠さと新型コロナウイルス
https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic2
3. 内田樹『コロナ後の世界』
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

にもふれていくという方法で進めました。

 

話していく中で

考えや思いや信念と共に、たくさんの感情も交わされました。

驚き、戸惑い、混乱、怒り、悲しみ、悔しさ、不信、危機、嫌悪、不安、失望......。

関心を向けてきたのは、多岐にわたるトピック。

政治、経済、外交、産業、食糧、仕事、組織、人間関係、歴史、教育、メディア、暴力、家族制度、医療、健康など。

 

出る話はどれも共感できることばかりで、この5ヶ月が誰にとってもタフな期間であったことが想像されました。

ほんとうにたくさんのことを考えて、心を動かし続け、調整し、挑戦してこられたのだと想像しました。言葉の端々に、モニター越しではあっても話しぶりから受け取るものは多かったです。

またこれからに向けては、変化に対して揺れる気持ちがあったり、そういう中でも持っていたい希望についても話しました。

 

わたしの時間配分がイマイチだったこともあり、もっと時間があればと思うところでタイムアップでしたが、それぞれにお持ち帰りいただけたことがあったようで、よかったです。

 

ふりかえり

対話の中でも出ましたが、情報収集も、選択や判断や実行も、いろんなことが個別になりがちであり、また行動の結果責任も個々人にのみ帰されるように思われます。知っているか知らないかで格差や分断が生まれてしまう。

もちろん生きていく上で、選択と行動の結果は、一人ひとりが引き受けていくわけですが、個人が負いきれない責任、個人として負うべきでない責任まで負わされてはいないだろうか、という問いも持っていたい。

このように場をつくることで、個々人が収集してきた情報、体験や知見を対話しながら共有し、共に生きているという実感を持ち合えたらと思いました。

 

また、上で書いたことと矛盾するようですが、ほぼ一斉に降りかかった今回のような災禍の場合、困っていることや、関心を寄せていることは人それぞれなので、普段の雑談でやっていたような同意を求めづらい状況でした。

でも、違いがあっても、同意はできなくても、共感はできるし、つながりを感じることはできます。

タフだけれど、これをやっていくしかない。

そのようなルートを何度も小さく引いていく。

引き続きこつこつと取り組んでいきます。

 

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

 

 

Information

5月29日(金)今回取り上げた記事の筆者・藤原辰史さんが登壇されるイベントがあります。https://www.parcfs.org/?fbclid=IwAR1P2Aw7dfnkqkXKhHzj5EQSep4qssIttNHCFzuM737PK5P5HqwnsBIaCy

このイベントの感想シェアの場を翌30日に予定しています。(PARCや登壇者と関係のない、有志の場です)

詳細>https://www.facebook.com/events/3190412270979979/

 

2020年5月31日(日)『プリズン・サークル』感想シェア 

chupki.jpn.org

  

 

 

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サウザンブックス(Thousands of Books)の本

サウザンブックスの本が届きました! 

クラウドファンディングを活用して世界の本を翻訳出版している会社です。

コンセプト> http://thousandsofbooks.jp/concept/

 

今回届いたのはこちらの『ジュリアンはマーメイド』


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http://thousandsofbooks.jp/project/julian/
表情豊かな美しい絵で描かれた
マーメイドになりたかったぼく、ジュリアンの物語

もうとにかく色が、絵が美しくて、一ページごとにため息をつきながらめくっています。プールで泳いでいるときの水の感触も伝わってきて、やさしくて心地よい世界に身を浸せる。装うって喜び。

著者のJessica LoveのHP>  https://jesslove.format.com/

 

 

サウザンブックスの本が届くのはこれで3冊目です。

1冊目は、『ぼくを燃やす炎』
スペインから異色のヤングアダルトLGBT性的少数者)の苦悩を書く。
http://thousandsofbooks.jp/project/fuego/

ゲイ高校生の恋をセクシャルな部分にも踏み込んで描いた、スペインの作家による作品。ごく普通の高校生の内面をリアルに描いていて、切ない恋心にドキドキしたり、複雑な家庭環境にいる思春期の子に共感したり、理解してサポートしてくれる人の存在に感謝したり、一気に読んでしまった。

この本のクラウドファンディングに友人が関わっていて、熱くプレゼンしていて、詳細を見に行ったら、〈自分の手元に1冊送付+学校図書館に1冊寄贈〉というプランがあったので、すぐにサポートを決めました。
当事者の子や周りにいる子が、図書館で何気なく手にとってくれたらいいなと思って。

その後、公立図書館のヤングアダルトコーナーで見かけたときは、うれしかったなー。

 

2冊目は、『くろはおうさま』
目の見えない男の子、トマスにとっての色の世界を表現した
メキシコ生まれの美しい絵本
http://thousandsofbooks.jp/project/blackbook/

前述の友人が発起人になって出版された本。目の見えない人にとって、世界がどんなふうに見えているのか、共有してもらえる作品。

真っ黒な紙に、銀色の文字、インクのレリーフによるイラスト。
目で見える色は黒だけなのに、目を閉じてレリーフを触ってみると、色がいきいきと感じられる。


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3冊目が、『ジュリアンはマーメイド』で、

 

4冊目は、"The Art of Waiting" 

ちょうど先日クラウドファンディングが成立して、翻訳&出版準備に入っている本。
届くのが楽しみです。
丁寧に編まれた「妊活」当事者たちの声が、改めて家族とは何かを問いかける
http://thousandsofbooks.jp/project/waiting/

 

 

今気になっているのは、こちらの『ビールの魔術師』。
中世のビール醸造の世界へといざなう、ビール醸造を極めた男の数奇な人生
http://thousandsofbooks.jp/project/bierzauberer/

今は飲みませんが、以前夏にドイツのビアガルテンで飲んだビールがすごく美味しかったことを思い出します。16世紀に出された「ビール純粋令」を現在も頑なに守り通しているなど、ドイツのビールにまつわるお話には興味があります。


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「いい本なのに、まだ日本で翻訳出版されていない。ああ、いい本なのになー、誰かやってくれないかなー」と思ったときに、

「じゃああなたが翻訳出版プロジェクトを立ち上げてみたらいいじゃない?」とチャレンジできる。

こんな本の誕生の仕方って、すごく画期的!

 

これからもどんな本がサウザンブックスから出てくるのか、楽しみです。

 

 

〈レポート〉5/22 おうちで映画を観にいこう#3『サーミの血』

〈おうちで映画を観にいこう〉第3弾、ひらきました。

 

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おうちで映画を観にいこうは、

Zoomで待ち合わせ →→ 
各自オンライン配信購入&同時再生 →→
Zoomで感想を話す

をして、会えなくても、映画館に行けなくても、一緒におうちで映画を楽しもうぜ!という集いです。

オンライン配信されている作品からピックアップすることで、ミニシアターも応援しよう!という企画でもあります。

第1弾は、『ホドロフスキーのDUNE』レポートはこちら

第2弾は、『ラ・チャナ』レポートはこちら

 

 

今回の作品は、『サーミの血』

ptix.at

 

家族、故郷を捨ててでも少女が願ったのは、自由に生きること。
1930年代、スウェーデン北部のラップランドで暮らす先住民族サーミ人は差別的な扱いを受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績も良く進学を望んだが、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げる。

そんなある日、エレはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちる。トナカイを飼いテントで暮らす生活から何とか抜け出したいと思っていたエレは、彼を頼って街に出た――。(公式サイトより)

 

どこの地で生まれたか、どんな民族に生まれたか、どんな両親から生まれたか。

文化、風習、言語。

誰しもその人固有のルーツと"血"を持っている。
この映画を観て、自分のルーツを思い起こす人がいるかもしれない。

また、隔絶されたコミュニティから、引きちぎれるように脱出し、自立していく一人の少女に共感する、危うさにハラハラしながら見守りように観る人がいるかもしれない。

はたまた、サーミを、映画『アナと雪の女王2』に登場するクリストフや架空の民族「ノーサルドラ」のモデルと知って、関心を持って観るかもしれない。

観終わったときに残る風景、感情はどのようなものか。

皆さんからどんな感想が出てくるのか、楽しみに当日を迎えました。

 

 

 

当日のこと

なんと前回とまったく同じメンバーが集ってくれました。

2週間前に話したばかりなので、緊張もなく、わいわいとはじまり、ほんとうに友だちと集まって映画を観にいくような感じで、「じゃああとで話そうね!」と別れました。

 

終わってすぐ出た感想はこんな感じ。

・緊張感がある映画

・どうしてあれほど故郷を出たかったのか。あの強さはどこからくるのか

・あれは恋愛だったのか

・若いときってああだった。先が見えないから、目の前に出た藁をも掴む感じを思い出した

・自分も経験した思春期の無鉄砲さや性への関心を思い出した。今となっては、よく生きてたなと思うほど危うかった

・差別と偏見、排斥。いくつかの行動や言葉に衝撃を受けた

・日本にもある都市と地方の差も感じた。びっくりするほど違う。

・家族と自分の関係について考えた

 

「差別と偏見はなくならない。いつの時代も、どこの土地にもあるけれど、わたしたちは、この頃からきっとよくなっている」という話が印象に残っています。

映画の中には、サーミの子どもたちを寄宿制の学校に入れて、スウェーデン語を教えて同化政策をとろうとしているけれど、進学への門戸は開かない。
同化させながら差別して隔離し続けるという矛盾に満ちた政策がとられていた、1930年頃のスウェーデンが描かれています。

今は、「ああすることはよくなかった」をいう学びをたくさんもっている。

人間は、自分の身を守るために、異質のものに恐怖や嫌悪をおぼえてとっさに線を引くという防衛反応を性質として持っている。

でも、なぜそれが起こるのか、どうすればいいかを知ることや学ぶことを重ね、人に伝え、子に伝えていくことができる。

ただただ、そうしていくしかないのだろうなぁと思います。

 

ラストシーンの解釈についても、いろいろな見方が出ました。
宿題というほど大きくはないけれど、自分がこれから老いて見る景色であるかもしれず、印象に残るシーンです。

 

ご参加くださった皆さま、関心をお寄せくださった方、ありがとうございました。

 

 

ふりかえり

この映画は、正直重いです。

主人公自身が安らぎを感じているときがないので、それに影響されてこちらもずっと緊張感が続きます。「これ以上ひどいことが起きませんように」と祈るような気持ちで見ていた、という方もいました。
誇りが奪われていく、居場所がなくなっていく辛さがあるのですよね。

 

それでも、今回わたしがこの作品を選んだのは、こういう重さの中に、観る人が知りたかったことや、望みが見えてくるのではないかな、と思ったからです。

普遍性がある映画だと思いました。

「映画の存在は知っていたけれど、自分一人ではやはり観なかった作品だった。今ちょうど自分のテーマになっていることだったので、観られて、話せてよかった」という感想もいただきました。

そうそう、一人で怖ければ、こんなふうに「みんなで観にいく」という方法もあります。

 

逆に、「みんなに観てもらいたいけれど、重い気持ちにさせそうだ」という怖れを持っている主催者の方は、上映に対話の場をプラスするといいですよ。

対話が映画の衝撃を和らげたり、重さの中から共に希望を見出すプロセスを進めてくれます。

 

少しずつ感染症流行の状況も変わってきて、地域によっては映画館が再開されるというニュースも入ってきています。喜ばしいことです。

一方で、今回のチャレンジでわかったのは、これまで会えなかった人や映画に会えるチャンスがオンラインにはたくさんあるということでした。

これからもリアルの場づくりも開拓し、オンラインの可能性も拡張していきたいと思います。

 

 

▼公式サイト

www.uplink.co.jp

 

 

▼配信サイト

www.uplink.co.jp

 

 

▼参考記事

cinefil.tokyo

 

webneo.org

 

 

Information

2020年5月31日(日)『プリズン・サークル』感想シェア

chupki.jpn.org

 

2020年5月26日(火)『パンデミックを生きる指針』ウェブ記事感想シェア

hitotobiselection2.peatix.com

 

 

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〈お知らせ〉5/31 オンラインでゆるっと話そう『プリズン・サークル』

5/31(日)午後、シネマ・チュプキ・タバタさんとコラボで、感想シェアタイム『ゆるっと話そう』をひらきます。

12回目となる今回は、『プリズン・サークル』です。

 

▼『プリズン・サークル』公式

prison-circle.com

 

▼イベント詳細

chupki.jpn.org

 

 

この映画が描き出しているのは、

感情を言葉にすることや自分の過去と向き合うことを通して、
他者と真摯に向き合い、葛藤する人たち。
なぜ彼は今ここにいるのか、彼はいかにして償うのか。
わたしと彼を隔てるものは何か。

その姿を観ている側には、何が生まれているのか。
わたしたちも言葉にしてみませんか。

 

見逃していた方、
観た後誰かと語りたかった方、
感想を話せるなら観てみようかなの方、この機会にぜひ!!

お申し込みお待ちしております!

 

 

 

▼『プリズン・サークル』はオンラインで配信中です。
〈上映劇場〉をシネマ・チュプキ・タバタに指定していただくと、チュプキさんにも売上が入ります。

temporary-cinema.jp

 

 

坂上香監督ティーチインLIVE配信

仮設の映画館『プリズン・サークル』公式イベント

5月22日(金)19時〜

 

▼わたしの鑑賞記録はこちら。(内容に詳しく触れています)

hitotobi.hatenadiary.jp

 

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〈お知らせ〉5/26 ひととびセレクション#2 『パンデミックを生きる指針』を語ろう

5/26(火)の夜、ウェブ記事を読んで感想を語る会をひらきます。

 

hitotobiselection2.peatix.com

 

次の3本の記事を扱います。

1. 藤原辰史『パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ』
https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic
2. 根本美作子『近さと遠さと新型コロナウイルス
https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic2
3. 内田樹『コロナ後の世界』
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

どれも4月にリリースされた記事ですが、時間が経っているからこそ、今落ち着いて読めるのではないかと考え、選びました。
それぞれの記事同士が補完し合うところがあり、より立体的につかめるはずです。


当日は、知識がある人からない人への伝達(講義)ではなく、それぞれの立場や背景から見えるもの、感じ取るものを出し合う(共有知をつくる)スタイルで進めていきます。

気になった方は、ぜひ詳細ご確認ください。

hitotobiselection2.peatix.com

 

 

 

これはわたしがずっとやりたかった企画の一つです。

・何か新しく買わなくても、普段何気なく目にしている(けど流してしまっているもの)にスポットを当てて、人と一緒に鑑賞するだけで十分学べる

・鑑賞と読解の学びの場は、現役で大学に通う人だけの特権ではなくて、何歳でもどんな立場の人でもひらける。(ただし雑談では制限がかかって話しにくいので、テーマを据えて、安心してフラットに話せる場づくりが必要)

・真ん中に据える対象を取り替えるだけで、万物は無限に鑑賞できる。

 

というメッセージを込めています。

 

素晴らしいテキストがそろっています。

COVID-19世界を生きるための心構えを、90分かけてじっくりと言葉にしていきませんか。

 

ご参加お待ちしております!


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Information

2020年5月22日(金)『サーミの血』映画鑑賞+感想シェア

ptix.at

 

2020年5月31日(日)『プリズン・サークル』感想シェア

chupki.jpn.org

 

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