ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

『没後20年 特別展 星野道夫の旅』展 鑑賞記録

過去の記録を再記録。2016年9月5日

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最終日に駆け込みで行ってきた。

www.asahi.com

 

 

まとまらない感想をつらつらと。

 

カリブー、グリズリー、ムース...どれも星野さんに教えてもらった動物たち。

大きく引き伸ばされた写真には、わたしが写真集からは読み取れていなかったことがたくさん入っていた。

わたしはずっと動物を撮っていたのだと思っていたけど、どうもそうではなくて、風景とか光景を撮っていたのだな。

すべてのそこに在る命のこと。
刻々と変化し続ける光、眺め、有様。

 

海なのか陸なのか、山なのか川なのか、雪なのか雲なのか、彼ら(それら)なのか自分なのか...。
超絶な孤独の世界ではそんな境目はさして意味のないものなのかもしれない。

星野さんから受けた影響で一番大きいのは、やはり「遠くの自然と近くの自然」だろう。
このことはいつも胸にあった。
あれは「旅をする木」に書いてあったのだったか。

 

人が立ち入ることを拒むような広大で雄大な「遠くの自然」と、散歩の途中で道端の草花に目をとめるような「近くの自然」とがある。

だれでも遠くの自然を見ることができるわけじゃない、一生見ることが叶わないことのほうがたぶん多い。でも自分たちのような写真家が代わりに見てきて撮ってきてあなたに見せるから、あなたはその近くの自然からも、遠くの自然に思いを馳せることができるよ、つながっているからね...というようなことだったと理解している。

動物の親子(特に母子)を写したものも多いけれど、動物たちの営みから見えるものを人間の女性にも「母性本能が備わってる」かのように編集することや利用するような流れは好きではない。動物番組もいつも微妙...と思って見てる。もちろん星野さんがそれを意図して撮ったのかどうかはわからない。でも神格化もしたくないと思っている。自分が影響を受けた人のことは、余計に。

それでも、はじめて聞いた星野さんの声は、川底の石がごろりと動くような、静かで優しい音だった。

ほぼ日でも企画があるよう。2016/9/8(木)〜9/19(月・祝)

www.1101.com

 


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丸井金猊「写と想像⇄創造」展 鑑賞記録

10月初旬。

毎年楽しみにしている、丸井金猊の展示に行ってきた。

ほんとうは今年3月〜5月の東京国立博物館での『法隆寺金堂壁画と百済観音』展に着想を得て同時期に開催される予定だったもの。

東博が開催中止になって、外出や移動の自粛もあって、この展示も一旦延期となっていた。
陽の目をみれてほんとうによかった!

 

▼展覧会の様子はこちらが詳しい。

www.asahi.com

朝日新聞:2020年11月13日幻の特別展を「再現」 法隆寺金堂壁画複製写真など)

 

▼公式ホームページ

kingei.org

 


ここまでの展示を企画、制作された丸井隆人さん(金猊のお孫さん)の熱意と才能に拍手!大感謝!

毎年思うけど、今年はより強く感じた。


予約制だったので、じっくりたっぷりご説明いただけて、ありがたかった。
この邸宅の空間もほんとうに好き。


丸井金猊をきっかけに、法隆寺&百済観音を経由して、多くの日本画家を知れたのは今回の大きな収穫。

壁画の再現に数多くの日本画家が関わっていたことを初めて知った。
それぞれのチームリーダーの個性や方針により、全く違う出来になったとのこと。

また、画家個人としての作風はまったく別物で、これだけの個性の違いがある人たちが、一堂に会して修復を行っていたというのもすごい。

 

歴史に残る事業も、裏にあるドラマや人生を知ると、俄然見る目が変わる。

 

「一旦延期になったからこそ、ここまで入念な準備ができた」と丸井さんはおっしゃっていた。これだけのものを観れた喜びもありつつ、やはり東博展示とその流れからの丸井金猊展へと足を運んでみたかったな、とも思う。

 

村上春樹の『騎士団長殺し』は、丸井金猊の絵を思い浮かべながら読んだ。

ほんとうに、イメージ通り、なのですよ!

 

まとまった図録としてはこれが一番かな。一宮市博物館の展覧会図録。

https://www.icm-jp.com/archives/404


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東京芸術劇場『真夏の夜の夢』鑑賞記録

東京芸術劇場で、『真夏の夜の夢』を観てきた。

https://www.geigeki.jp/performance/theater245/

初めての野田演劇。演出はシルヴィウ・プルカレーテ。


感想はいろいろあるけれど、言葉にするのが難しい。

ヘレナの内面に迫った脚本、演出は、思いがけず心の深いところにグイグイくる感じがあった。

音や映像が、70年代終り〜80年代初めぐらいの人形劇や人形アニメーションのコワイ雰囲気があって、懐かしかった。グイグイきたのはそのせいもあったと思う。

サンリオ映画の『くるみ割り人形』を思い出した。

 


ちょうどおととい、早稲田演劇博物館のオンライン講座「もしも私が女なら~シェイクスピア劇におけるジェンダーとセクシュアリティ」を受講したばかりだったので、異性配役や、ジェンダーの描き方についてはいつも以上に関心を持って観た。

なんの意図でそうされているか?
良かったとしたら、なぜか?
良くなかったとしたら、なぜか?
考える習慣が鑑賞を豊かにする。

エピローグの口上にぐっときた。
ああ、この人たちが役者として舞台にいられる今の時間に感謝いたします。
そしてこの時ができるだけ長く続きますように!

それと、これはほんとうに残念なのだけど、間違いなくNGなセリフや、ちょっとこれは今の時代にはそぐわないのでは?という表現があった。
アンケートに書いて送りたいが、窓口が見つからない。もやもやしている。

 

終わってから友達と感想シェアをしていて、NTライブのニコラス・ハイトナー版『真夏の夜の夢』がすごくよくて、それとどこか比べちゃったところもあるのかな、という話も出た。それもあるかも。

hitotobi.hatenadiary.jp

いや、ほんと、あれはすごくよかったんだよね!
たぶんだれが観ても楽しい、傷つかない脚本と演出だったと思う。

意地悪さのようなものも感じたりしたのかなぁ。

 

比べると言えば、同音異議の言葉遊びは、ずっと以前に、ある作家の朗読会での小品のパフォーマンスが素晴らしかった記憶があり、自分の中でそれを超えなかったので、それほどおもしろがることができなかった。

 

NGワード以外は、自分の側の問題なので、批評するとかそういう次元では全然ない。

ただ、いろんな演出で、いろんな『真夏の夜の夢』を観てみたいなぁとさらに思えたことは、大きな収穫だった。



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そして後日。

この公演で衣装と舞台美術を担当された方のレクチャーを聞きに行った。

舞台美術と衣裳の助手を務められたスタッフさんのお話が聞ける。
余談もたっぷりでうれしい。

"助手"という言葉のイメージを軽く持っていたなと反省。今回の場合、演出家やディレクターのアイディアを具現化する人や、日本での受け手になってローカライズする重要な役割を担っている方々だった。
これは大変なお仕事だ。

技術と知見と経験と、コミュニケーション、インスピレーション、レジリエンス、タフネス……。

しかも、新型コロナ感染症流行のために、在ルーマニアの演出家が日本に入国できず、ほとんどZOOMで稽古を行った。隔離の終わった瞬間から舞台初日まで最終調整(演出家が自分の目で実際に確認しての)に5日しかなかったという。

あれはほとんど奇跡的な舞台だったのだ!



ルーマニアから送られてきたブツと指示とを元に作りながら、役者の身体や動きに合わせて調整したり、代替したり、ときにはアイディアを捨てたり。

部材がルーマニアにあって日本にないものがあったり、アイディアはいいけど構造的にはあり得なかったり。

やってみてわかること、最後の最後まで調整し続けるのが舞台なのか。

魔法のように見えた舞台装置も、めちゃくちゃアナログな作りだったり、人力だったりして、すごい!しか言葉が出てこない。

レクチャーの場には役者さんはいらっしゃらなかったけれど、役者さんのほうの身体能力や調整力の高さにも驚嘆した。役者さんがいないのも、このレクチャーではよかった。裏方の仕事に照準を合わせたいいレクチャー。



十分に意図をもって作るからこそ、観客が自由に想像したり解釈ができるのだな。

質疑応答の時間は、どんな人がこのお芝居を観に来ていて、どこに注目していて、どんな質問をするのかが興味深かった。「そこを見るのか!」とか、「そこを抜かすか!」とか。

今後他の舞台を観るときにも、もしかしてあれはこういう人がこんな作業を重ねてつくったものかも、など想像できる。学びの多いレクチャーだった。

劇場のこんな企画、これからもぜひぜひやってほしい。

 


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東京芸術劇場・バックステージツアー 鑑賞記録

2020年10月。芸劇のバックステージツアーに参加してきた。

今回参加したのは、コンサートホール編。

東京芸術劇場 劇場ツアー [2020年度] 東京芸術劇場


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昔は5階まで直通のエレベーターがあった(めちゃくちゃ怖いやん……)とか、

パイプオルガンが回転可動式で3台あるとか、

壁が本物の大理石。バブルの頃に建てられたので贅沢にあしらわれている。響きすぎるので、表面にヤスリをかけたり、あとから木が貼ってあって調整されているとか......、

いちいちへえ〜、へえ〜と驚きながら。

 

3人のガイドさんがチームになって、一人ひとりの様子を気にかけながら、進行してくださる。安心だし、楽しかった。

安心というのは、わたしは高いところが無理なので、3階席に座って話を聴けなかったときに、「じゃあ2階席の低いところから見てみましょう」と先に案内していただけたり、そのことでわたしが引け目を感じないように、こまめに声をかけてくださったから。

感染症流行中ということもあって、一人ひとつのイヤホン端末を装着して、ガイドさんの声を無線で飛ばして聴ける。こうするとガイドさんが声を張らなくてよいし、ボリューに差がなく、クリアに聴ける。



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コンサートホールを上手から舞台に上がる体験もさせてもらえて、胸いっぱい。
きょうは本番のあとにツアーに入ったので、なんとなく余韻を感じながら。

・ステージ広い!客席までよく見える!
・ステージ床にある無数の穴は、チェロやコントラバスのピンの跡
・パイプオルガン、近くて見ると圧巻。9,000本ものパイプはとても贅沢。
・椅子下の黒いものは空調。これがないとホール内が密閉状態になってしまう&ドアが開かなくなる。

などなど、ホールのつくりや設備、場所について知るのも、鑑賞の楽しみ、味わいが広がる。次来たときには、あのとき話してくださったことだな、とわかるわけだから。

人が情熱をもって架けてくれた橋を渡って、良い体験をさせてもらえたら、愛着が湧いてくる。どうせなら芸劇に行こうかな、と思うきっかけにもなり得る。

そういう人も出てくるはず。わたしはそういうタイプだな。

 

よい時間をありがとうございました。

そして、30周年おめでとうございます。


ツアーは11月、12月もあるようです。こちらからぜひ。

東京芸術劇場 劇場ツアー [2020年度] 東京芸術劇場

 

ツイッターもまめに発信されています。

東京芸術劇場 (@geigeki_info) | Twitter

 

 

館内はピンクの照明。10月は乳がん予防啓発キャンペーンのため。


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『ショーン・タンの世界』展、鑑賞記録

横浜そごうにて『ショーン・タンの世界』展。珍しく息子と鑑賞。

ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ |

何箇所か巡回していて、今は北九州の美術館で開催を待っているところ。

 

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うちから横浜は少し遠いのだけれど、がんばって行った甲斐があった。

息子もいつになく熱心に見ていた。

かわいい者たちがたくさん出てくるので、見飽きないのだよね。

『アライバル』の鉛筆の原画もよかったし、油彩もとてもよかった。
ミヒャエル・ゾーヴァを思い出した。どこかにありそうな世界。
まちの風景を小さなサイズに切り取ったシリーズも好き。

 

製作過程を知ることによって、作品の味わいがより増すような構成になっている。

移民、内戦、テロ、食糧危機、気候変動など、さまざまな問題を作品に投影して考えて本を読んでいたが、やはりそういう背景と、丁寧なリサーチやプラクティスがあったのだとわかる。



写真に撮ったのは、ショーン・タンさんのデスク周りの再現。
映像で流れていたインタビューもとても心地よく。


そう、全体的になんだか心地よくて、安心した。

美術展をひらく百貨店も今どき珍しい。
いや、それどころか、百貨店自体が、厳しい時代か。

それでもどんなときも、人の心や想像力は自由。

 

分断があることは知っている。

けれど、なんとか出会えるところがあるのではないか。

芸術が可能にするのではないか。

 

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『鴻池朋子 ちゅうがえり』展とアーティゾン美術館 鑑賞記録

アーティゾン美術館に『鴻池朋子 ちゅうがえり』展を観に。

www.artizon.museum

 

会期終了間際に滑り込み。
なんとなくこのタイミングだった。
ギリギリすぎて、だれかにシェアする間もない。
自分のタイミングじゃないと展覧会に行けないというのは。

やっぱりそういう仕事はわたしには難しいんだろうか。


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2018年の秋田県立近代美術館のハンターギャザラー展で観た作品も、新しい美術館で再構成されて、また異なる印象に。

さり気なく登場するアーティゾン所蔵の西洋絵画が包まれるように並んでいて、洋の東西を超えた根源的な営みを連想させた。

壁に張られたたくさんのフォトスナップや文章、秋田や青山で聞いた作家の語りを思い出し、たぶんもっともっと、漂白され、整頓される前の野生がこれらの作品にあったことを思う。作る途上の、そこにしかなかった時間や、喰い合うような関係のことを、わたしの経験全部を使いながら観ていた。

深く、広く。

また、さまざまな種類の喧騒に、わたしたちは隣に来る他者を選べない、とはこういうことかと思った。

人間とだけいると疲れるのは当然だし、
狭く苦しくなっている今。
前々からやりたかったことを、やってみたらいいのかもな、という気持ちになった。

なんのことやら、ですが。

 

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この日わたしが持っていたのは鹿革のバッグだった。
獣害駆除で殺された野生の鹿の革を使っている。生前の鹿は、野山を駆けまわり、樹木にぶつかり、喧嘩をして日々を過ごしていたため、革には、たくさんの傷がついている。

また、鞣すまでの保存状態によっても独特のダメージがあり、それも魅力。猟師さんから作家さんのところにくるまでにも物語があって、対面でその話を聴くのは楽しかった。

鹿の生きた痕跡と共にわたしもぶつかったり、転んだりしながら生きている。

 

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コレクション展は、"ブリヂストン美術館"のコレクションで好きだった作品ばかりが展示されてうれしかった。
「また会えたね!」という気持ち。
工事のための閉館中は、「こういうときにブリヂストン美術館があればなぁ、ブリヂストン美術館のあの作品が観たいなぁ」と思うことが何度もあった。

オープンして、またコレクションに出会えて、ほんとうにうれしい。

そのわりに来るのが遅くなってしまったけども。

 

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印象派の女性画家のコーナーは、ぜひ企画展をしていただきたいぐらい旬なテーマ。

無料の解説冊子まで配布されていて、素晴らしい。ありがとうございます。


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映画『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』鑑賞記録

シネスイッチ銀座にて、『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』鑑賞。

jose-mujica.com



『なぜ君は総理大臣になれないのか』の大島監督が、本作のプロデューサーを務めておられ、舞台挨拶に出られると前夜に知り、そのうち見ようと思っていた作品ではあったけど、明日行くしかない!と決めた。

そうそう、ムヒカのスピーチが絵本になっていたのは知っていたけれど、イラストレーションを中川学さんがされていたと直前に気づき、より足取りも軽く、劇場を訪れた。

中川学さんは能の会や鏡花本で知り、個展にも伺って、絵も購入させていただいた。密かにファン。

 

直前にムヒカの議員引退の報もあり、タイムリーだった。元大統領とはいえ、日本から遠い国の一議員の引退がニュースになり、毎日小学生新聞にも載るってすごいことだ。

mainichi.jp



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映画を観て、ばらばらと感想を。

ムヒカの真ん中から出てくる魂の言葉が心にまっすぐ届く。

特に東京外国語大学(先日行ったばかり!)での講演は、外大の講堂と同じように、映画館の場内が水を打ったように静まり返り、ムヒカの言葉をみんなで、一人ひとりが受け止めているのを感じられた。

言葉が胸を打つのは、その存在と振る舞い、気配の中に、生き様を感じるからだ。自分の中に共鳴するものがあるからだ。

違和感によって強くなっていく信念や、それゆえに孤独を受け入れていく過程が人生にはあること。

 

知らず、涙が溢れた。

時間と貨幣経済、資本主義、、ミヒャエル・エンデの『モモ』や『エンデの遺言』を思い出したりもした。


***

7月に『ぶあいそうな手紙』という映画を観て、ウルグアイという国に興味を持っていたところだったので、政治的背景を補完することができて、よかった。
映画は、政変のためにウルグアイからブラジルに移り住んだ男性が主人公。

そういえばウルグアイラウンドという言葉、ずっと報道で聞いてきた割に、なんのことかわからないまま大人になっていたな。

日系移民がウルグアイで花卉栽培をしていたことなどはじめて知った。ムヒカがその人たちをどんなふうに見ていたか、ムヒカをどう見てきたか、、ここに取材が入ったことによって、映画の魅力がより増している。構成がよかった。

最近、花鳥風月をしみじみ愛でられるような歳頃になって、菊なんかも可愛く思えて……ということを言っていたのだけど、この映画によってさらに菊が特別な花になった。

***

また、一人の人間の、超個人的な動機や思いの強さが未知の世界に橋を架けてくれることを思った。

監督の田部井さんは、映画の中でもそうだし、現実に生きて動いていても、とってもふつうの人だ。若さと謙虚さと素直さのある人に思える。

特別のオーラがむんむん放たれている感じではない。でも、自分の初めての子に「歩世(ほせ)」と名付けるほど、ムヒカに惹かれている、尊敬している、感謝している……。

その思いを一人称で語るべきだと、プロデューサーの大島さんの助言があったらしい。

もともと田部井さんはテレビのディレクターの仕事でムヒカを訪ねて、そのことがきっかけでムヒカを日本に招致する企画にも関わったわけだけれど、それはTVとしての仕事であり、客観性が求められる。目的や問題提起があり、わかりやすく伝える。

でもそれだけでは自分の個人的な思いを表現して伝えられない。だから映画しかないと思って企画していて、でもその映画でTVと同じようなつくりだったり、「逃げ」が入ってはダメでしょう、ということなのだろうなぁ......と勝手に想像。

自分の衝動や情熱から逃げない。

「賢人と若者の対話」という物語でもあった。

***

田部井さんの「ムヒカに出会って、政治家の原点は言葉だと思った」という言葉が強く印象に残った。

この映画は新型コロナウィルス感染症流行の前に素材は集められて作られているけれど、今観ることで、ほんとうに「自身の考え方を変えないといけない」と思う。

あらためて、映画を作ってくださったことに感謝したい。

***

わたしは迷っていた『東京裁判』のblu-rayディスクを購入した。これも今しかないと思った。(来週は、国立ハンセン病資料館に見学に行く。これもやはり今しかない)

また、この日の夜には、HISが企画したオンラインスタディツアーで、アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所にも訪れた。大切な体験で、朝から夜まで、忘れ難い一日となった。

大阪の住民投票が終わり、次はアメリカ大統領選挙。激動の2020年を生きている。

 


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『日本に植物図鑑が必要だ!―その誕生まで―』展@練馬区立牧野富太郎記念庭園 鑑賞記録

東京外国語大学で仮面展を観てから、練馬区牧野富太郎記念庭園へハシゴした日。

もう少し先の日程で行く予定だったのだけど、天気がよいのでむらむらきて、今日しかない!と行ってきた。

www.makinoteien.jp



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『牧野日本植物図鑑』出版80周年記念ということで、「日本に植物図鑑が必要だ!―その誕生まで―」という展示を開催中。



子どもの頃に牧野富太郎の伝記を読んで、「植物が好きすぎて好きすぎて学者になって、新種を見つけてはガシガシと命名していったすごい人」としてわたしの中で記憶されている。

高知出身というところまでは覚えていたけれど、20歳くらいで上京して、亡くなるまで70年くらいご自宅は東京にあったということを、今回初めて知った。

旧邸のあったところが記念庭園になっていて、敷地内には牧野さんが実際に使っていた書斎も移築展示されている。



モーレツな人だとは思っていたけれど、
小学校中退したのに、いろんな巡り合わせで東大の研究室に出入りするようになり、助手になり講師になったとか。

植物研究に金かかりすぎて実家の財産食いつぶしちゃったとか。

図鑑出しましょう!となったのに、植物採集に出かけていて執筆が進まないので、研究室の人たちである程度解説を書いて、それを牧野さんに朱入れしてもらう形で原稿化したり(でも朱入れというよりほぼ書き直し)。

熱海や箱根の旅館にカンヅメにして口述筆記で仕上げたとか。

まぁ、いろいろ伝説を残していった人でもある。
『牧野日本植物図鑑』も、企画から校了まで10年かかっている。大変だったんだろうなぁ。
天才ってやはり周りの人を巻き込んでいく力があるってことなのか。巻き込まれて大変だった人もいそうだが。

植物画の原画は版画のように美しかった。どんなペンで書いていたんだろう。
図鑑用の固定フォーマットの中で、どのようにその植物の特徴をとらえながら、全体と細部を正確に見せるか。ものによっては解剖図も載せる。これらを絶妙にレイアウトする。
これは専門技術だろうなぁ。



この施設ではたらいている人たちが、なんとなくみんな仲良く楽しそうで、秋の夕方の光も美しく、よい時間を過ごした。

会期は2020年12月6日まで。

▼予習・復習に

 

 

 

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後日、お墓にお参りした。

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『竹内栖鳳〈班猫〉とアニマルパラダイス』展 鑑賞記録

山種美術館に、竹内栖鳳『班猫』とアニマルパラダイス展を観に。

実は初の山種美術館

日本画の専門美術館 山種美術館(Yamatane Museum of Art)



いやー行ってよかったな、この展覧会!
こんなもんかな?という浅い想定をぶっ壊してくれる鑑賞体験が得られることが、やはり実物を観ることの意味。



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竹内栖鳳(せいほう)は、1864年生〜1942年没の円山四条派の出の日本画の大家。最初から最後まで、画壇のメインストリームを歩み続けた人のよう。在野で新しい日本画のムーブメントを起こした大観を対照として、「西の栖鳳、東の大観」というフレーズもあるそう、覚えとこう。

鳥のほわほわの羽や、動物のもふもふの毛。
かたさ、やわらかさなど、ふれてみたくなるけど、手をのばしたら逃げてしまうよねーという距離感も絵に表れていてすごい。

展覧会のメインビジュアルになっている『班猫(はんびょう)』は、沼津で見つけて連れて帰ってきた猫がモデルを務めているそう。
これ、たぶんひとしきり体をなめていて、ふと動きを止めてこちらを見た瞬間だと思うのだけど、リアルだし、なんというか色気さえ漂っていて、展示されていた他の作品とぜんぜん違う感じがした。こちらを見つめてくる目の碧さに引き込まれる。

西洋画の影響を感じる風景画もよいし、草木、ヘビ、カエル、魚もよかった。そして、水の表現が凄まじかった。何度も見に行っちゃった。いやはや、なんだこれは。一体わたしは何を見てるんだろう。

1番目のパートのみ竹内栖鳳、そのあとは栖鳳の弟子やその他の京都の画家、東京の画家のアニマル作品が並ぶ。時代も明治から現在まで。

一口に日本画といっても、画風、画法、サイズも様々で飽きない。ファンタジックだったり、スピリチュアルだったり、おもしろい。生き物への関心や愛(愛でる)、自然とのコンタクトが感じられる展示。


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日本画の細くて薄くて透明感のあるところが、観ていて落ち着く。空気に溶け込んでいくような広がり、境の薄さ、自然のものから異界へと誘われる。写実と装飾、愛らしさと美しさ。

でもこんなに隙がないのに落ち着くっていうのも不思議。なぜだろう。
下書きしてなくて一発描きというところにも、なにかヒントがありそうな。

喫茶のきれいなお菓子は、今度来たときにいただきます。

 

さよなら、原美術館!『光ー呼吸をすくう5人』展 鑑賞記録

原美術館へ、光ー呼吸をすくう5人展を観に。

http://www.haramuseum.or.jp/



今期の展示でクローズする原美術館に、お別れとお礼を言いに行くつもりで。

晴れて暖かい秋の日。

光が美しくて、銀杏の木が輝いていたのを何枚か撮ってから館へ。


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光をただ「光」として受け取るには、「熱」がある程度人体に耐えられる範囲じゃないと厳しいな、と思った。

つまり、今の季節でよかった。

 



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光と呼吸。

この場所のすべてが、原美術館の記憶をとどめる祈りの場になっていた。

いつもの展示では閉じられている窓やロールスクリーンも、換気や演出のために開けられていて、ほうぼうから光や風が差し込んで、そこに生ピアノの自動演奏で「月の光」が流れる。

庭の木漏れ日、葉の上で輝く陽の光。


先日行った安達茉莉子さんの個展でも光がテーマになっていたな。

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光を集めている。



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この館にしかない、特別の空間を身体に記憶させておきたくて、奥行きや高さ、いろんな角度からの眺めを一つひとつ味わいながら見た。

作品もそれを手伝ってくれているようだった。

そう、この作品群が、ほんとうに今回の展示のために作られていて(あるいは再構成されていて)、よかったのだよね。

今のために、みんなと分かち合うために。



当初は、「原美術館コレクション展」が9月下旬から12月下旬に開催されて終わるはずだったが、感染症の大流行のため、急遽この企画がされたそう。

まさに今体験したかったこの空間、この表現、この共有。
「あいまいな喪失」にさらされ続けてきたわたしたちへの悼みと労いにも思われた。

確実な終わりを体験できることのありがたさも思う。

ミュージアムやシアターに関して言えば、準備したものの、観客の目にふれることなく中止になったものも数多くある。

竹橋の国立近代美術館工芸館は移転前の最後の展示だったが休館となり、そのまま工芸館としては永遠にクローズした。

わたしは鑑賞に間に合わなかったので、後悔が深い。


森村泰昌奈良美智、宮島達男、ジャン=ピエール・レイノー須田悦弘の「いつもの展示」も、もうこの場所では見られないのでしっかりと観た。

門から玄関までのアプローチ、階段の手すりの幅、床の傷やめくれ、たくさんの修繕の痕、カフェダールの席からの中庭の眺め……どれも愛おしい。

ここにわたしのいた痕跡もある。
わたしがここで過ごした時間も蓄積されている。
それは消えない。保存され続ける。

Time flows......

 

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成田美名子原画展 鑑賞記録

丸井有楽町店に成田美名子原画展を観に行ってきた。

 

サイファを語る会や、LaLa原画展を観てきたわたし。

 

hitotobi.hatenadiary.jp


 

もう、眼福のひと言。



写真撮影OKなので撮ったんだけど、超絶技巧はやはり目で見たほうが凄いので、投稿するのはやめときました。

人体よりも、物を描くことに重心があるのかもね、と友だちと話す。
このコーフンを分かち合えてありがたし。



行けなかった方にも、その凄さをおすそわけしてくださる記事。
成田美名子展に教わる逆にマンガ原画は絵じゃないってこと』

note.com

 


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『小泉八雲 放浪するゴースト』展と新宿歴史博物館 鑑賞記録

小泉八雲・放浪するゴースト展を観に、新宿歴史博物館へ。

新宿歴史博物館 令和2年度特別展 「生誕170年記念 小泉八雲」(10月10日から開催)-新宿歴史博物館

 


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小泉八雲ラフカディオ・ハーン

生誕170年記念の展覧会。
人生最後の15年を新宿区富久町と西大久保で暮らした縁により、この会場での開催。

"八雲は、絶えず自分を放浪へと掻き立てる衝動を幽霊(ゴースト)と呼んだ"



2部屋の小さな展示スペースにも関わらず、八雲の人生、家族、交友関係、人柄、才能、ルーツとライフワークについて知ることができる。みっちりとして分厚い。小泉八雲について、一気に理解と連結が進んだ展示だった。

民族学クレオール、放浪、怪談、異界、神話、民話、アイルランド、ルーツ、言語、物語、歌、スケッチ、明治、家族……。

わたしにとっての八雲は、小学生のときに使っていた英語のテキストに「むじな」が出てきたこと、20歳の頃に松江の旧小泉八雲邸を訪れたことなどが大きい。

家族のあいだだけで交わされていた「へるんさん言葉」を使った手紙、
長男・一雄の教育のために英字新聞で作ったテキスト、
焼津での夏休み、
一雄の名を自分の名の一部「カディオ」を使ったこと、
吸口に大津絵の鬼の念仏の入った煙管、
アイルランド時代のトラウマ、
父のように慕ったワトキンとの書簡(不思議とワトキンからの手紙の展示はなく、八雲からワトキンへの手紙のみ)

......などなど、目を惹かれるものがたくさん。

波乱万丈の日々の果てに、日本に辿り着いてくれてありがとう。

 


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なぜいつも横顔の写真ばかりなんだろう?と思ったら、10代の頃に左目を失明したから正面から撮られるのを避けたのだほう。それでも一雄を真ん中に、両側から父母が向かい合う(こちらには横顔)ように立っている七五三の写真などは、とてもすてきだった。

右目も強度の近視で、原稿用紙に顔を近づけるようにして書くために、八雲専用に高さを調整した特注の机も、複製が展示されていた。

いやはや、ほんとうに充実でした。

図録はその展示をまんま転写したかのような丁寧さで、あとから復習するのにとても良い。さらに、冒頭の小泉凡さん(八雲の曾孫)や、展覧会を監修した研究者の池田雅之さんの寄稿も興味深い。そして、巻末の年表!これは一つずつ追っていくと、展示では語り尽くせなかった「あいだ」のことが知れて、実におもしろい。



おすすめの順路としては、

1階ロビーで流れているビデオ視聴

企画展鑑賞

図録でおさらい

また、この展覧会を観たあとは、国立民族学博物館刊行の『季刊民族学 170号』もおすすめ。民俗学者としての八雲、八雲に影響を与えたアイルランドニューオーリンズの土地と文化、日本への眼差し、など盛りだくさんで、八雲についてもっと多面的に迫れる。

カップリング特集のメキシコの「アルテ・ポプラル」も間違いなくおもしろい。(これは展示もみんぱくに観に行った)

『怪談』を読むなら、来日100年記念に刊行された講談社学術文庫がおすすめ。とても読みやすく楽しい訳。



会期は2020年12月6日まで。
はりばる行ってもぜったい損しない、充実の展示。

 

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先日の港区立郷土歴史館に続いての、新宿歴史博物館だったので、常設展もじっくりと観た。
やはり郷土歴史館はおもしろい。

港区は、海とのかかわり、天皇家御用邸・御料地、武家屋敷など。
新宿区は、武家屋敷、宿場町、町人、商家、文芸、繁華街など。

展示から見えるキーワード、区や館としての力の入れどころもさまざま。

昭和のはじめごろに行った交通調査の結果がおもしろかった。同じ繁華街といっても、銀座と新宿と浅草では、歩いてる人の傾向が違う。

新宿区の文人と言えば、夏目漱石小泉八雲坪内逍遥夏目漱石は専門館があるので、近々そちらにも行きたい。
坪内逍遥については早稲田の演劇博物館が詳しい。

玉川上水の終点、四谷大木戸も新宿区。
去年、江戸から東京への、上下水道について調べていたので、木樋の展示には萌えた。

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さらに、館外の斜面に露出させた石樋の展示も個人的にはたまらない。



内藤新宿内藤町の歴史についてはもう少し調べてみたい。あそこの今の住所ってすごく変わっていた記憶。ラ・ケヤキ内藤町ではなかったか。

23区内の他の郷土歴史館にも行ってみたい。

 

今まで行った中では、

台東区は、下町と美術と遊興地。

中野区は、田園と陸軍関係。

 

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『性差(ジェンダー)の日本史』鑑賞記録

念願の国立歴史民俗博物館に行ってきた。
『性差(ジェンダー)の日本史』展を観るため。

https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html



西の国立民族学博物館はよく行っているが、東の国立歴史民俗博物館は初めてだった。違いもあまりよく分かっていなかった。
西のほうは世界各地の民族の文化風習の展示、東のほうは日本の歴史と文化、地域の文化の掘り下げ、と理解。


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歴史の中の性差を
・政治
・仕事とくらし
・性
という3つのテーマで分け、それぞれを物を通じて語らせ、起こりと変遷を明らかにする。

そして、この延長上にあるわたしたちに、今からどのように社会をつくってゆくことができるかという問いを投げかけ、考えを深める手がかりを与えてくれている。

画期的で意欲的な企画展示。特に売買春について、公の機関が、これほど正面切って明らかにし、掘り下げたものは、見たことがない。

正直なところ、展示を鑑賞しながら、自分の内に強い痛みを感じた。

公式ホームページで村木厚子さんが動画の中でも話されていたが、古代では政治でも暮らしでも男女の役割はなく、対等であったものが、律令制幕藩体制明治維新と、制度を入れるごとに女性が排除されていくのがありありとわかる。

史料に残さない、あるいは男性の名義で出されているため、「いたのにいない」「していたのにしていなかったこと」にされている。
名を残っている人は、母性か、ファム・ファタル(汚名も含め)か、制度の役に立つ範囲の才能としてではなかったか(異例のこととして)。

働く人としてでなく、表現者ではなく、性的な眼差しで、鑑賞する対象として扱われてきたことも、現在も広告の表象の問題としてつながっている。

往路の車中で読んでいた本、『夢を描く女性たち イラスト偉人伝』が示しているように、女性自身の人権や、男性との対等性を表すものは時代が下るにつれて、強制的に、時に巧妙なやり方で、ことごとく奪われていく過程。

売買春のところは特に辛く、幕府の公娼制度、軍部の慰安所としての遊郭で、必死に命をつないでいた女性たちがいて、それが「自売」とされて、問題が伏され続けていた実態。いや、これは今も続いている人権問題。

血みどろの凄惨さより、もっとじわじわくる。
それが排除。蔑視、偏見。

ぐったり。

それでも、幾多の人々が立ち上がり、変えてきたからこそ、今があるとも思う。今困難なのは、このような歴史があったからだとわかる。変えられる。道のりは長いかもしれないが、変えられる。劇的に変わってきている。


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今起こっていることと、これからどうしたらいいかを学び議論するだけでは、抜け落ちるものがある。与件としないことが重要なのだ。それは何か、誰かの思惑によって作られている可能性がある。

今起こっていることには、必ず過去のなんらかの経緯が関係している。それを見に行くことも、これからを考える上での前向きな行動だ。欠かせない態度だ。何度も記録や物品を調べ、今を生きる人の目で、多様なテーマや切り口やアプローチで解釈し続け、探究していく。歴史学者はそのためにいる。

 

こういう研究をコツコツとやってきてくださった研究者の方々にはほんとうに感謝。
世が変わってきたから、こうして一堂に会して陽の目を見ているのだと思う。
ただ知られていなかっただけで、ずっとあったもの。


歴史は終わったことではない。
過去だけではなく、今と未来を照らす。

それも性差(ジェンダー)といった大きなテーマは、ここ10〜20年ではぜんぜん足りない。100年でもまだまだ。今回のように古代まで遡ることで、ようやく明らかになるものがある。

わたしたちはどういう歴史の延長上に生きているかを知る。
どの対象、事象の、どんなイメージが歴史的に形成されてきたかを認識する。


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行かれる方は、公式ホームページの企画展示の詳細ページで展示の流れを抑え、

https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html

さらに村木厚子さんの動画(ぜひロングバージョンを!)を観て行かれると、よりスムーズに、より多く深く受け取れる。

効率というより、充実した体験のためという意味で。

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図録は図版、パネル解説に、さらにコラムや解説を追加した充実の内容。

これで2,500円は安い。

また1階売店では、月刊『歴博』のバックナンバーのコーナーにジェンダー史研究の特集が2冊ある。全国各地の郷土歴史館や歴史博物館の図録のコーナーもあり圧巻。

常設展のほうはこれまた物量か凄まじく、部屋も広大なので、第1室から順番にじっくり観ていたのではとても一日では見きれない。ある程度関心あるテーマを優先して観るのをおすすめする。わたしは民俗学に関心があるので、ほんとう第4室をじっくり観ればよかった。

 

とにかく徹底的に複製、再現して見せる展示方針に脱帽。今はこんなことまでわかっているのか!と驚くことしきり。

とても広いので楽な服装で、足元はスニーカーがおすすめ。

 

  

▼企画展は写真NGなので、途中からは常設展のようす。 

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▼このテーマに関連する、わたしのおすすめ本

    

 

 

 

ようやく『主戦場』を観る意欲が湧いてきたが、もうどこでもやっていない!

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▶︎追記◀︎

公式アカウントでも惜しみないシェアあり。

 

港区立郷土歴史館 鑑賞記録

また楽しいスポットを発見してしまった。

白金台にある、港区立郷土歴史館。

www.minato-rekishi.com




旧公衆衛生院の建物で、昭和13(1938)年に竣工。内田祥三の設計。
東京大学安田講堂東京大学小石川植物園、現拓殖大学・国際教育会館、を設計した人、と言えば、ああ!となる方も多いはず。

2002年まで公衆衛生院として現役で使われていたそう。


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港区郷土歴史館はもともと前身の資料館が三田にあって、2018年にこちらに移転してきたらしい。


2〜4階の一部が歴史館。
順路に沿って進みながら、この建物の部屋が、一つひとつ広さも形も違っているのが感じられて楽しい。
建築だけを見学することもできる。

建物全体は“ゆかしの杜”という名称の複合施設になっていて、歴史館の他には、がん緩和ケアセンター、学童、子育てひろば、乳幼児一時預かり、保健所関係、区民協働スペースなどが入居している。

 


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ここを知ったきっかけは、先日、中野区歴史民俗資料館に哲学堂の企画展示を見に行ったときに、チラシラックの中に港区郷土歴史館のパンフレットを見たこと。

そのあとたまたま見たNHKの番組のロケ場所がここの大講堂だったことがある。

郷土歴史館って、存在としてあまり華やかでないけれど、とてもおもしろいところ。今立っている「ここ」がどんな歴史の積み重ねの上にあるか、実物資料も交えながら見せてもらえる。特に東京は今と同じく、エリアによって全然成り立ちが違うのよね!

……楽しい!!

たとえば今回へぇと思ったのはこんなこと。

能楽明治維新を経て衰退の一途をたどったが、英照皇太后能楽の再興に尽くし、青山御所能楽堂芝公園能楽堂で催した。

・慈恵医大病院は、皇室と縁が深い。「慈恵」と名付けたのは、明治天皇皇后。

・港区には御用邸、御料地、皇室関係の施設が多数ある。江戸時代の前期には、武家屋敷、寺社が多かった。田畑はあまりない。町人の営む店舗なども、町人屋敷を中心として局所に集中していて、どこにでもあったわけではない。

・港区はその名の通り、東京湾と共に歩んできた。台場、芝浦、汐留。金杉橋から見える漁船に面影を見る。

・戦前から青山で果物屋を営んでいた紀ノ国屋は、1953年に日本で初めてのスーパーマーケットを開店。セルフサービスとレジ精算は画期的だった。

・新橋駅前には終戦日から数日後にヤミ市が立った。昭和22(1947)年2月には都内には約8万人のヤミ商人がいた。ヤミ市は昭和26年4月までに整理された。

・"大日本國防婦人會"のたすきの本物を始めてみた。漫画や映画ぐらいでしか見たことなかった。同じく、虎の絵と寄せ書きのある日章旗も。これがーー、、、

などなど。

港区民ならきっともっと楽しめるんじゃないだろうか。

白金台駅すぐ裏。

 

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▼広報誌『ときどき』のデザインを友人が手掛けているとあとで知る。すごい偶然。

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鳩森八幡神社薪能 鑑賞記録

何年も行ってみたかった薪能

初めての薪能鳩森八幡神社薪能

ほんとうは5月に開催の予定だったのが、感染症流行により延期されて、10月というタイミングに。

朝から雨だったのでヒヤヒヤしていたけれど、開始2時間前にさっと上がって、気温もそれほど下がらず、絶好の薪能日和に。

ヒヤヒヤといっても、よほどの荒天でなければ、基本催行されるものらしい。
神事ですね......。

実施はされるとしても観る方はそれなりに装備が要るので、どうなるか?と空を見上げながら考えていた、ということです。


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虫さんがひとり鳴いていてくれて、お囃子に音色を添えてくれたり、薪のはぜる音や燃える匂い、火の粉がはらはらと舞う様なども雰囲気たっぷりで。

平曲 竹生島
狂言 附子
能  経政

美しかった。
ただただ、美しかった。
シテ方の櫻間右陣さんの線の細い感じと、若く美しくて亡くなった経政のイメージが重なる。

ほんとうは美しいものを愛でていたかったのに、"戦い"に駆り出されてしまった人たちの悲哀を思う。
だれもが自分の幸せに添って生きられますように。

附子は、もう何度も観ているけれど、やっぱり笑っちゃう。サイコー。
狂言にももっと注目していきたい。

お能を好きになってくれた友人たちと、たっぷりと分かちあえて、ほんとうにいい夜でした。

 

▼虫の声はこちらでどうぞ。

 

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