ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

この世はいろんなことが無限につながっていく

一昨年あたりから、明治〜大正〜昭和の作家の記念館や展示によく出かけています。樋口一葉泉鏡花芥川龍之介森鷗外夏目漱石小泉八雲竹久夢二江戸川乱歩......。

作家を調べていると、同時に小村雪岱津田青楓などの装丁家にも出会うようになっていきました。そしてさらに春陽堂という版元の名前もよく目にするようになりました。
 

ふと気になって「春陽堂」と検索したら、なんと現在も絶賛営業中の出版社さんでした。明治11年の創業から今まで現役。知らなかった!すみません!わたし、知らないことが多いのです。

 

こちらの特集ページ、まさに今わたしが訪ね歩いている世界です。うれしい。

www.shunyodo.co.jp

 

さらに、両国の書店、YATOさんのページも出てきました。

www.shunyodo.co.jp

 

こちらは拙著(共著)『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』を取り扱ってくださっている書店さんです。今年の1月に営業でうかがって仕入れをお願いしてみたら、その場で即決してくださって、こんな素敵な本たちとお店に並びました。

 
 
 
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YATOさんの棚は、ほんとーうに魅力的です!

気になる本ばかりで、あっという間に時間が経ってしまうし、ついついあれもこれも連れて帰りたくなります。魅力的すぎて危険な本屋さんです。

 

そんなことをツイッターで発信したところ、写真で『きみトリ』の隣に写っている『木の家を楽しむ』という本は、なんと、『きみトリ』のデザインを担当してくださったマキさんの、設計の師匠が共著者のお一人ということが判明!

こんな偶然あるでしょうか。すごいなぁ。

 

先の春陽堂さんの記事文中にある、佐々木さんの言葉、「この世はいろんなことが無限につながっていくんだな」をまさにわたしも感じました。

 

マイテーマをもって、関心のままに進んでいくと、いろんな物事がつながっていく。それはそれは楽しい遊びだし、学びでもある。

そしてこの世は一生かかっても遊びたりないほど豊かなのですね。

これからもぐいぐい楽しんでいこうと思います。

 

 

 

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〈お知らせ〉4/3(土)『きみトリ』出版記念 著者と書店と本好きがつながる オンライン読書会 ひらきます

4/3(土)20:00〜オンラインの読書会をひらきます。

kimitori-dreadnought.peatix.com

 

読書会はオンラインなのですが、一緒にひらいてくださるブックカフェ ドレッドノートさんのことをご紹介したいので、ぜひお付き合いください。

 

東京の江東区清澄白河にあります。写真は、先日、共著者の高橋ライチさんとサイン本を納品してきたときの様子。今回の読書会は、3名の共著者のうち、ライチさんとわたしが参加します。

間違えないように真剣に書いているので、神事のようになっておりますが......いや、これは一つの神事ですね。自分の書いた本を置いていただける、その上、サインも入れさせていただけるというのは、有り難いことです。

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広々スペースに、フードやコーヒーをお供に読書できる幸せ。この生ハムとチーズと蜂蜜のホットサンドが美味しくて、翌朝自分でも再現してみたくらい。くるみが効いてます。お店を切り盛りしている渡邉さんのお手製。コーヒーも一人ひとり好みを聞いて、一杯ずつハンドドリップで淹れてくださる。

わたしはコーヒーは好きだけど、豆の種類を言われてもよくわからないし、なんなら萎縮してしまうぐらいハードルが高いので、味の好みでやり取りできるのはとてもうれしいです。

最初にうかがったとき、おそるおそる入店してきたわたしに、渡邉さんがお店での過ごし方をウエルカムな雰囲気と共に伝えてくださって、すごくホッとしたのを覚えています。

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ライチさん向かって左、奥の棚はUMA(未確認生物)のコーナー。

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カウンター席にはコンセントがあり、wifiも使えます。こんな絶好の環境、近所にあったらぜったい会員になってますねぇ。

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お店にある本はすべて購入可能。コーナーごとに特徴のある棚作りをされています。
どれもオーナーの鈴木さんの蔵書や、目利きで並んでいる新刊や古本ばかり。全てについて紹介できますとのこと。そこに『きみトリ』が並ぶってあらためて光栄です。

もともとこちらにうかがったのは、『きみトリ』の営業で本屋さん詣でをしているときに、両国の書店YATOさんからご紹介いただいたのがきっかけでした。「少し個性的だけれど、思いのある人だから、『きみトリ』いいんじゃないかな」とのことでした。(ちなみにYATOさんでも『きみトリ』を扱ってくださってます!取扱店舗一覧はこちら
 
「個性的って?」と思いつつ訪ねてみると、ああ、これのことかとすぐわかります。戦争、軍隊、戦艦の棚があるからか。もしかすると人によってはギョッとしてしまうかもしれないのです。
 
でもよく見てみると、そこにあるのは戦争やナショナリズム礼讃、軍隊や武器の愛好本ではなく、戦争史、証言集、研究書などの書籍が詰まっていることがわかります。
 
『きみトリ』でも戦争に関する本を紹介したように、このブログでもなにかと作品をおすすめしてきたように、これらはわたしの関心分野でもあります。
人間の集団心理、手段の変遷、副産物も含めた戦争の多面性や複雑さといった点で、子どもの頃から関心が途絶えません。

わたしは「人間はこういう究極のことを起こしうる存在だ」ということが一番よくわかるのが、戦争と犯罪だと思っています。残酷なものが苦手で、直視できないことも多いので、入れるものは選びながらも、探究を続けています。

 

なぜ人は他の人をそのように扱えるのか。一人ひとりでは「いい人」なのに集団になったときに暴走するのは、どういう仕組みなのか。矛盾する存在として、要件がそろえばやってしまう種として、自分はどう生きればいいのかを学んできたように思います。

計り知れないこと、わからないこと、簡単には解決できないからこそ、考えたいことなのです。寺田寅彦の言葉を借りれば、自然に対する飽くなき「細工」を追求している存在。でもそこを見つめることでしか、自分も、相手も、社会も理解できないのではないかと思っています。

今の自分が享受していることは、戦争の副産物にも依るところも大きい。自分のルーツを見つめるとき、戦争を除外することはできないと思っています。
 
店主の鈴木さんとも、最初にうかがったときに、人間の性質のこと、歴史に学ぶことの意義について熱く語りました。読書会当日もそんな話が出るかもしれません。
 
読書会は、
前半:著者、店主、参加者さんからの本の紹介
後半:『きみトリ』の朗読(byわたし)と参加者さんも交えて感想シェア
の構成になってます。
 
今ちょうど、前半で紹介予定の「ドレッドノートさんにあって、わたしが10代におすすめしたい本」を読んでいるところです。戦争について、またはファシズムについての本のどちらになるか。ぜひ当日をお楽しみに!

お申し込み時に皆さんからのおすすめ本もうかがってます。
本好きさん、本屋好きさんにぜひ来てもらいたいイベントです。
お待ちしてます!
 
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▼読書会の詳細・お申込みはこちらから
わたしが関わる場だから、そこはもちろん、「読書会をやってみたいけれど、どう進めればいい?」「オンラインだと難しい?」と思っている方の参考になるようにも設計しておりますよ!
 
 
共著者の高橋ライチさんのブログもぜひ。この居心地の良さと、知的好奇心が芽生える感じ、伝わってほしい!読書会はオンラインなんですが、ぜひお訪ねいただきたいブックカフェなのです。

ameblo.jp

 

ドレッドノートさんについては、こちらのインタビュー記事もぜひ読んでいただきたい!自分の好きや興味を仕事にしていく人の姿。年齢や立場に関係なく、自分の大切にしていることを思い出せると思います。
 
 
おまけ:ドレッドノートと言えば、の話。
ヴァージニア・ウルフ1921年に書いた短編小説『ある協会』に、「エチオピア王子に扮して戦艦を視察した」というくだりがある。これは実際にウルフ(結婚前だったのでスティーヴンだが)弟とその友人たちに誘われ、総勢6人でエチオピア皇帝とその随行者のふりをしてイギリス海軍の軍艦ドレッドノート号を視察するといういたずらに加わったときのエピソードが脚色して使われている。
女が子を生んで男を増やし、男が本や絵を生んだ結果、「よい人間とよい本を生み出す」という人生の目的を男たちによってどのぐらい達成されたかを女たちで結成した「質問協会」が視察した......という文脈で小説の中に登場する。思いがけないところで、「戦艦ドレッドノート」と「Books & Cafe ドレッドノート」が符号した。
この小説は、30ページほどなのだけれど、今の時代に再評価すべき素晴らしい一遍だと思う。ウルフがなぜフェミニズムに影響を与えた作家と言われているのかがよくわかる。ウルフの入門書として、ぜひ。
 
 
自分の興味のあることで旗を立てると、非難されたり、誤解されたり、時には喧嘩を売られたりすることもあります。
でもめげない、腐らない。自分にとってそれは人生をかけて探究したいテーマなのだから。そして、同じように探究している仲間を見つけるための旗でもあるから。
わたしにとっては『きみトリ』を出したこと、今『ある協会』について紹介したことも旗。ドレッドノートさんにとっては、あの棚をつくること。
 
勇気をもって自分の旗を立てていこうとあらためて思います。
今回のことは、わたしにとってとても貴重な出会いです。ありがとうございます。
 
 

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展示『漱石山房の津田青楓』展 @漱石山房記念館 鑑賞記録

新宿区にある漱石山房記念館で、『漱石山房の津田青楓』展を観てきた。

《特別展》漱石山房の津田青楓-新宿区立漱石山房記念館

 

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漱石山房記念館のことは、近隣に住む友人から、計画段階の頃に聞いており、完成したらぜひ行きたいと思っていた。2017年にオープンしてから4年。ようやく訪問できた。

ここは夏目漱石初の本格的な記念館なのだそう。なんとこんなに有名人なのに、意外。

 

記念館は、東西線早稲田駅から徒歩10分の早稲田南町にある。漱石が1919年(大正5年)に49歳で亡くなるまでの晩年の9年間を過ごした旧居であり、「漱石山房」とも呼ばれたところ。木曜会と呼ばれる文学サロンが開催され、漱石を慕う若きアーティストたちが集っていた。

この木曜会の成り立ちがおもしろい。漱石が有名になるにつれて、訪問客も増え、執筆に差し支えるほどになってきた。それを心配した門下生が、木曜日の15時からまとめて面会するようにしたらどうか、と提案して始まったという。いいアイディア!(木曜以外の来客も結局は多くなっていたらしいが)

 

もともとの漱石山房は、昭和20年5月2日の山の手大空襲で焼失したが、疎開させていた資料は難を逃れたという。東京の空襲といえば、3月10日の東京大空襲が真っ先に浮かぶが、この記事を読むと、終戦までに東京は130回も空襲に遭っていたのだそう。知らなかった。

gendai.ismedia.jp

 

漱石山房の再現。やはり本棚に入りきらないと床に積むんだな。

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ちょうど訪問する少し前に、NHKラジオで『永日小品』を聴いていて、ロンドン時代の漱石に思いを馳せていたところだった。

 

ロンドン留学からまもなく、水彩画を描いた絵葉書をたくさん作って、友人や学生たちに送っていたらしい。

漱石、ほんとうに上手い。キャプションにも「漱石にとって絵画の領分は作家としての領分に劣らぬほど抜き差しならない」とあるほど。わたしにとっては初めて知る意外な一面。いや、でも今の時代だって、例えば俳優が絵画でもファッションでもその才能を発揮する例はたくさんあるし、多芸に秀でるというのは、決して珍しいことではないのかもしれない。バラバラに才能を持っているというよりは、通底しているものから汲み上げているという感じなのだろうな。

 

2階に上がったところの壁には、漱石の作品の中からいくつかフレーズが引用されてパネルにして展示されている。

たくさんある中の一つがわたしは気になった。

世の中にすきな人は段々なくなります、さうして天と地と草と木が美しく見えてきます、ことに此頃の春の光は甚だ好いのです、私は夫をたよりに生きてゐます

大正3年3月29日(日)津田青楓あて書簡)

これを書いたのは漱石が47歳の頃。43歳の時に修善寺で倒れて死にかけた後も、どんどんと迫りくる老いと深刻化する病。胃潰瘍を患って、しんどい身体を引きずりながら、どんな心境で書いていたのだろうか。

猫や犬や文鳥など、いろんな動物を飼っていた漱石。慕われてはいたけれど、人間に疲れてしまうこともあったのかもなぁなどと、勝手に想像。49歳の死は当時としても早かったはず。

 

 

パネル展示や本の展示をいくつか経て、いよいよ企画展へ。

 

今回の企画展が津田青楓だったことも、このタイミングで記念館を訪問した大きな理由だった。ちょうど一年前の2020年3月に、練馬区立美術館の津田青楓展を鑑賞した。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

こちらは青楓の生涯の画業を一望する大規模な展覧会だった。漱石本の装丁のコーナーもあったが、全体から見ればごく一部。とにかくこの人は多作、多才。98歳まで長生きして、いろんな経験をして、作風もどんどん変わっていって、どこまでも挑戦していった人。

このときの体感を持って、今回の「漱石との関係における青楓」という、数年間をじっくりと眺められるのは、とてもおもしろい体験になるのではないかと思った。

 

青楓は文筆家でもあった。1907年(明治40年)にフランスに国費留学していたときに、パリから雑誌『ホトトギス』に寄稿した小説を、漱石門下生の小宮豊隆が絶賛し、青楓の帰国後に漱石に紹介したのがはじまり。漱石は最初の面会から青楓を気に入り、親交を深める中で、青楓の子の名付け親にもなったり、青楓に油彩を習っていたそう。

「欧州への留学組」という仲間意識のようなものだったのだろうか。西洋の圧倒的な個人主義に触れて、これから自分たちはどのように芸術を通して「自己の表現」をしていくべきなのかといったことを話し合ったのかもしれない。

明治から大正の激動の時期の同志。特に漱石は留学時代の苦しい時期が、創作の土台になっているというから、それを理解する青楓は心強い存在だったのではないか。また、青楓が、京都という漱石とは異なる文化圏をルーツに持つことも、漱石に刺激を与えた面があるのではとも、勝手に想像している。

 

青楓が漱石山房に出入りしていたのは1911年(明治44年)から漱石が亡くなる1916年(大正5年)までの5年間。

展示を見ていて感じるのは、とにかく漱石への恩義、思慕、敬愛の念。そして、門下生との交流。全員が自分の芸術を追究する者ばかり。仕事の斡旋も相談できる頼りになるネットワーク。才能が生まれ、自由闊達な議論が行き交い、あちこちでコラボレーションが起こるエネルギッシュな場、るつぼ。田端や馬込、上野界隈など、東京のいろいろなところで、こういった芸術家たちが集っていたのかと思うと、わくわくしてくる。

彼らを惹きつけていたのが、まるで父親のような漱石若い人たちを叱り、厄介を引き受け、甘やかし、支え、励ました。気難しいイメージだったけれど、ここでの漱石は父性の象徴のよう。

鈴木三重吉が全集の装丁を青楓に依頼したのに、13巻のうち10巻で辞めてしまったというエピソードも紹介されていたが、これも漱石山房で起こるたくさんの揉め事のうちの一つだったのかもしれないと思うと、微笑ましい。

 

津田青楓は「漱石に最も愛された画家」と言われているらしい。ちょうど今、東京では、小村雪岱の展示が日比谷図書館三井記念美術館で立て続けに開催されていて、「泉鏡花にとっての小村雪岱」と似たところがあるなぁと思っていた。

慕い慕われ、いろんなもの・ことを共有していく関係。どうしてもホモソーシャル的関係に見えてくる。もちろん、男性と女性アーティストがコラボレーションすることがほとんどなかった時代は当然なのだけれども。

それでも、そうやって男の人たちが集ってせっせとこしらえているものは、とにかくどれも可愛く美しく繊細なものばかり、というところがいい。

 

小村雪岱展に行った時に、この時代には、挿画や装丁は、画家が片手間にやるもので、本業とはみなされていなかったが、雪岱はこれを本業として身を立てた人だったと知った。今回の展示では、青楓が「装丁家で終わるつもりはなく、画家として大成したい」という野望を持っていたとある。やはりそういう時代なのだな。

同時期の同時代を対象にした展覧会から見えてくるものがあって、わたしの頭の中でそれらが補完し合ってくれるのが楽しい。たとえば、漱石小泉八雲の後任として東京帝国大学英文学科の講師に着任したと聞くと、昨年行った小泉八雲展が思い浮かぶ。なるほどねえ、ここで繋がる!

 

今回一緒に行った友達とは、手紙、書簡のおもしろさについても話した。ちょっとしたことですぐ手紙を送りあっているのは、現代ではちょっと想像がつかない感覚なので、当時の通信事情などが気になってくる。書簡もだし、日記も貴重な記録資料でもあり、当時の暮らしから社会の動きまで、いろんなことが見えてくる。

この経験があったので、後日、森鷗外記念館で手紙の企画展に行ってみたら、当時の郵便事情がわかった。展覧会同士が響き合っている!

 

これから、漱石とも青楓とも、またどこか別の場所で会えそうな気がする。そのときにはまた別の角度から、別の切り口から照らされているだろう。

同じ人間の生が、照らし方一つでいかようにも変わっていくこと、時代が動いていく限り研究は終わらない。楽しみだ!

 

今回の図録とてもよい。青楓の装丁や絵日記などたっぷり収録。買って損なし。会期は終了しても在庫があれば引き続き販売している。

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併設のカフェでは空也最中や抹茶をいただける。美味しい。日当たりがよい。その分、夏は暑そう。

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またちょいちょいチェックして行ってみたい。

好きなミュージアムが増えていくのは嬉しい。

 

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本『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』読書記録

ここ2、3年、声を大にして言い続けてるけれど、ぬいぐるみはいい。

人間にはぬいぐるみが必要。パートナーとして必要。

心理学、社会学民俗学家政学......など、どんな学問に当てはまるのかはわからないけれど、研究してる方はたくさんいると思う。特に動物をかたどったぬいぐるみはよい。わざわざnoteで書いたくらい、よい。

 

そんなわたしなので、この本を知ったときはうれしかった。

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』大前粟生(河出書房新社, 2020年)

 

しみじみタイトルがいい。

 ぬいぐるみとしゃべることも、ぬいぐるみとしゃべる人はやさしいことも、「わかる、わかるわかる」と思いながら手にとった。

でも全然やわな話じゃなかった。(やっぱりね。そんな気はしていた)

 

表題の中編と、3本の中編が入っている。

「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」の物語には、大学生の男の人が、男性による暴力行為の根深さに気づいて、自分の性を嫌悪し苦しむ、という流れがある。かつては地元の中高の仲間に所属するために無理に合わせていたけれど、大学で環境が変わり、いろんな人と接する中で、自分の言動やセクシャリティに気づいていく。「友だちが好きというのはわかるけれど、恋愛の好きっていうのがどうしてもわからない」という。

こういう人が登場人物にいる物語を10代で読みたかったなぁと思う。わたしが物心ついたときから、わたしの生きている小さな社会は恋愛至上主義で、自分もそれにのっていないと生きていけないぐらいの圧迫を感じ続けていた。あれってほんとに一体なんだったんだろうと思う。

今もどこかの小さな社会では相変わらず、異なる性が一緒にいたら、自分以外の誰か、相手や「周囲」の人がうるさく言ってきたりするんだろうか。そういうことで辛い思いをしている人には、この物語はけっこうホッとするところがあるかもしれない。

 

もう一つの流れとして、「社会の痛みを"繊細"な人が自ら被っているが、その削れる行為は果たして優しさと呼んでもいいものなのだろうか」と言いたげな人が出てくる。ここはギョッとするほどリアリティがあって、とてもひりひりする。

 

あいつらの、僕らのことばがどこまでも徹底的に個人的なものだったらよかった。嫌なことをいうやつから耳を塞いで、そいつの口を塞いでそれで終わりなら、まだこわさと向き合えた。でもそうじゃない。どんなことばも社会を纏ってしまってる。どんなことばも、社会から発せられたものだ。そう考えるとどうしようもなくなって、七森はしゃがみ込んでしまう。(「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」p.87より引用)

 

みんな人間で、なにをいうのが、なにを聞くのが失礼になるかわからない。「恋愛」とか「男女」とか、主語が大きい話は、大きい分だけ、ひとを疎外したり、傷つけたりしかねなかった。私自身がそういった話題で傷つくというより、傷つく人がいるだろう、ということは私には大事だった。(「たのしいことに水と気づく」p.118より引用)

 

自分の身に起きたわけではない世界中の大きな事件と繋がっていた。繋がろうと自分で思うよりも先に指と目が動いて、心を痛めてしまう。(「たのしいことに水と気づく」p.120より引用)

 

じゃあやらんかったらええのにな、そう思うのに、面と向かって批判はしなかった。私もおんなじように一貫性がなくて消極的で、でもまあみんなそういうもんやろ、と思って、楽な状態を長引かせたかった。(「バスタオルの映像」p.137より引用)

 

「こういうこと」で近頃疲弊している人は多いのではないか。

今までなら知りようもなかった他者の傷つきや暴力のことをどんどん知るようになって、どんどん言葉に敏感になっている。自分の傷つきをふりかえり見つめる機会や手段も増えた。誰かを傷つける言葉が何か、わかってしまった。あらゆる言葉が社会的な構造の問題に帰結していくことがわかってしまった。

そこにきて、この感染症の出現だ。人と接触が減ることで楽になったかと思いきや、そうでもない。むしろその少ない接触の機会でやり取りすることの重みが増したような気がする。

この痛みを経た先には一体どんな世界が待っているのか、まだ全く見えないままに、細かい傷つきが溜まっている人がいるのではないか。少なくともわたしはそうだ、と読みながら思った。もしかしたらあなたもそうじゃない?

そっちに行きすぎるとヤバいという警鐘のようでもあるし、行きすぎちゃっても人との微かな何らかのつながりが大丈夫にしてくれるよという処方箋のようでもある。

読む人によっていろんな感じ方がありそう。

 

 

やわじゃない、単純じゃない物語だ。読み進めるほどに揺れ続けて、心のピントがなかなか合わない。この時代の空気を救いとって小説にしてあるのは、ほんとうに凄い。

主人公の七森にカメラが向いているのかと思いきや、語り手が突然前触れもなく切り替わる。この独特の書き方も、「単純でなさ」を引き出しているのかもしれない。いっぺんにいろんな人の立場に立って物言うことを要求されるような、あの日常の感覚をなぞっているようにも感じられる。


わたしは大学生ではないので、主人公と同じ立場としてこの物語を読んでいるわけではない。かつてのわたしもこのような感情を味わったことがあるというのとも違う。今のわたしとして、擬似体験しながら強く共感している、たぶん。

 

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展示『拝啓、森鷗外様』展 @鷗外記念館 鑑賞記録

鷗外記念館で開催中の、『コレクション展 拝啓、森鷗外様 -鷗外に届いた手紙』展に行ってきた。

 

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moriogai-kinenkan.jp

 

ここに来るのは、昨秋の『森家の歳時記』展以来だ。

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このときの展示がとてもよかったので、「この一年は鷗外を読んで過ごすぞ!」と思っていたのに、なかなか叶っていない。

「まだ読めていないのに、来ちゃってすみません」という、誰に詫びているのかわからないような気持ちを抱えてつつ、やってきた。ほんとうはもう少し鷗外の作品世界を理解してから来たかったのだよな。

だから、たぶんこれは鷗外サンに言っている。すみません。

 

鷗外も踏んだ敷石が残る。

 

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今回は手紙の展示であることにも興味があった。

先日訪れた、漱石山房記念館の津田青楓展を見ていて、手紙がほとんど電話のような役割を果たしていた当時の人々の息遣いが見えるのはおもしろいなぁと気づいたからだ。

今回は鷗外記念館のこれコレクション展ということで、鷗外に届いた900通あまりの封書や葉書の中から選りすぐりを展示しているとのこと。

前期・後期に分かれているが、すでに前期「年賀状を楽しむ」は終わっており、後期「文学者のたよりを読む」を観ることとなった。

 

企画展を観る前に、常設展をおさらいしてみた。

B1階の壁沿いの展示は、生涯を追いながら、鷗外の人となりを紹介するもので、ここはたぶん基本は変わらなそう。

60歳で死去。今から考えるとかなり若い。医者だったが延命は拒否し、最後は墓に森鷗外ではなく森林太郎と書いてくれと遺言したあたりに、生き様を見る。

若い頃からエリート街道まっしぐらで、常に公人として生き、またこの時代に男性であり家長でありということで、一見恵まれているようだけれども、個人としての選択があまり許されてこなかった人なのかなとも想像もする。このあたりについては、ビデオブースの上映に詳しい。ビデオ上映をすべて観ると35分ぐらいかかるが、平野啓一郎さん、森まゆみさん、安野光雅さんなどがお話していて、鷗外のイメージが覆るようなお話をしてくださるので、ぜひ観ていただきたい。時間に余裕を持って!

 

真ん中のスペースが、前回来たときと違っていて、鷗外本の装丁の展示があった。これもまた津田青楓の装丁や、この少し前に行った小村雪岱の装丁なども見てきたので、食い入るように見てしまった。

鷗外は、医学界、文学界、美術界でも活躍した多彩な才能を持ち合わせる人だったこと。東京美術学校(元東京藝大)の講師や、美術評論家などの仕事もしていて、そこから交友関係が広がり、装丁の仕事をお願いするようになった、とある。

漱石山房記念館で知った橋口五葉や、書道博物館で知った中村不折による装丁もある。

たまたま同じ時期に行った展示同士がつながっているのはやっぱりおもしろい。

 

常設と企画の間にある、森家の家系図もおもしろい。江戸時代から続く名家。

初代は1649年。森玄佐と言い、源正直という名も持つ。鷗外は14世11代に当たる。鷗外の後は、27歳で結婚し翌年離婚した最初の妻の子(男子)に継がれている。現在は、17世14代の森憲二さんが当主。医学博士とある。

名家とはいえ、男子が継ぐ、婿入りするなど、家父長制の世界でもあって、これが現代も当たり前に続いているおうちもあるのだなぁ、とこういうふうに目に見えるようにされると、改めて実感する。

 

 

そして、ようやく企画展。

・展示されているのは明治23年(1890年)から大正6年(1917年)の封書や葉書。

・この頃の郵便はとにかく「用件」が多い。ちょっとした質問や近況伺いや連絡事項などが葉書で送られている。日本で電話サービスが始まったのが、1890年(明治23年)。当時は電話料金も高くて、サービスエリアもごく限られていたからか。

・『サロメ』の和訳について訪ねている葉書など、おもしろい。回答しやすいようはじめから往復葉書で送っているものなど、なるほどと思う。返信用封筒を入れるような感じで、葉書を使うのか。

・洋行した友人から届いた海外の絵葉書に「当地で鷗外の作品を思い出しました」というようなことが書いてあるのが、けっこうグッと来る。「あーあれが、林太郎君の小説に出てくる景色、建物だ〜!ほんとだ〜」と、船に乗って遥々来た異国の地で会えるというのは、今の人が想像する以上の興奮だったのではないか。

・しかしこの時代の方々は、当然の教養として、書が上手い。

・鷗外の交友関係の中に、川合玉堂がある。龍子記念館でも観て山種美術館で開催中の展覧会に行かなきゃと思ったところ。またここでも会う。

・日本では1871年明治4年)に郵便事業が創業する。東京ー大阪間ではじまり、1872年には北海道の一部を除き、全国に広がる。1883年には東京府下の集配が1日19回とある。19回!!それは電話代わりに使うわけだ!電話が不得手だから郵便や葉書を多用した説もあるけれど、これだけ集配があるなら、それは利用しただろう。

・転居届などもたくさん!鷗外の人脈の多彩さが忍ばれる。またこの頃の人は引越しが多いイメージもある。引越しの歴史について研究している人もいるだろうか。当時の住宅事情と引越しについても知りたい。

・戦中は、鷗外も軍医として戦地に赴任したので、軍事郵便の扱いも多い。軍事郵便には慰問の意味合いもあって、綺麗な絵葉書で送ると喜ばれたのだそう。以前は、表面が宛名、裏面が文字と決まっていたらしいけれど、郵便制度がだんだん発展する中で、宛名面の1/3(1907年)や1/2(1918年)に通信文を書いてよくなったと。なので、表に用事を書いて、裏は美しい絵葉書などにできる。絵葉書は画家が美しいのを描いていたそう。こういう軍事郵便用の葉書の展示は横山大観記念館にもあった。画家はこういう形でお国に貢献するような感じだったのだろうな。

・鷗外が軍事郵便葉書を3枚使って原稿を送ったりもしている。実物で見るとすごい。ある意味紙面が限られていて、使いやすいのかもしれない。制限があるほうが思考がまとまるというか。

・当時の官製葉書は今のものよりサイズが小さい。

 

 

 

今回の収穫

・郵便についてもっと知りたくなったので、次は郵政博物館に行きたい。 

・文京区の歴史についてもっと知りたくなった。鷗外が生きていた頃のこの地域がどのようだったのか。文京ふるさと歴史館にも行きたい。

 

・歴史に名が残るのは男性で、その妻や娘には光が当たってこなかったのではないか、など、「性差の歴史」の観点から最近は展覧会を観ている。今回は二人目の妻、森志げが小説を書いていたことを知った。こちらの図録には、森家の女性たちの人生が紹介されているが、特に志げの項は相当に痛恨であり、痛快でもある。

批評家たちは志げの小説を「鷗外的」「(鷗外の)亜種、変種」と述べた。果たしてそうだろうか。そのトピックは、月経、結婚、初夜、避妊、流産、悪阻、妊娠中毒症、死産、出産など、女性のセクシャリティの諸相にわたる。レズビアニズムにも近接する女性同士の親密な関係や、女性だけの親密圏(今風に言えば「女子会」)において語られる女性の心身をめぐる秘密(すなわち「女子トーク」)もテーマとなっている。(図録『私がわたしであること 森家の女性たち 喜美子、志げ、茉莉、杏奴』p.24より)

 全集も出ているようなので、機会を見つけて読んでみたい。図録のバックナンバーも充実していて、売店で購入できる。

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・今年は日独交流160周年とのことで、ドイツ大使館がいろいろと催しや企画をしている。こんなインスタグラムのアカウントも>>https://www.instagram.com/its.rintaro/

 

次回来るときは、何作か読んでから来よう。きっと!!

 

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展示『川本喜八郎+岡本忠成パペットアニメーショウ2020』展 @国立映画アーカイブ 鑑賞記録

国立映画アーカイブの『川本喜八郎岡本忠成パペットアニメーショウ2020』を観てきた。

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www.nfaj.go.jp

 

こちらにも書いたけれど、わたしはなぜか人形劇が好き。惹かれてしまう。その始まりは、子どもの頃に出会った川本喜八郎パペットアニメーションNHK人形劇三国志』だった。

とはいえ、川本作品で三国志以外に実際に映像として観たのは、2005年の岩波ホールで公開された『死者の書』だけ。あとは資料で想像を膨らませてきた。

 

 

三国志はDVDを全巻持っている。並びがぐちゃぐちゃなあたりに性格が出る......。

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とにかく川本の人形が好きすぎるので、今回の展示はほんとうにうれしかった!!!

うれしすぎて、大事すぎるので、なかなか記録が書けなかったぐらい。

 

いつものようにバラバラと観たものを記録していく。自分の備忘。

第1章:修行時代(川本喜八郎岡本忠成

第2章:川本喜八郎 アニメーションの仕事

第3章:岡本忠成 アニメーションの仕事

第4章:「川本+岡本 パペットアニメーショウ」の時代

第5章:『注文の多い料理店』とその後

・展覧会タイトル自体が二人へのオマージュになっている。かつて二人で催していたパペットアニメーションの祭典、「パペットアニメーショウ」を没後の2020年に蘇らせた。

・展示は岡本忠成川本喜八郎(1925-2010)の軌跡が交互に置かれている。パペットに取り組みはじめたきっかけから、それぞれのキャリアを辿り、交友を紹介し、やがて岡本が先に逝き、残された川本が後を引き継ぎ完成させた『注文の多い料理店』を経て、川本の『死者の書』、川本の岡本の死に際しての弔辞で終わる。各々の魂を込めた仕事と二人の間の絆を見せる、ニクい演出だ。「よきライバルであり、よき理解者であった」

・川本人形の美しさを間近で見られてよかった。三国志は観たことがあったが、それ以外のものは意外と小さい。高さ25cm〜30cmぐらいだろうか。小さいものは20cmぐらいまで。衣装も細かく、ひだの入り方や、風でなびく様を表すためのヒューズ(針金のようなもの?)の入れ方など工夫が多そう。特に映像展示「メイキング・オブ・『死者の書』」で観られる。藤原南家郎女の人形の実物の展示がある!

・川本はもともと大学では建築を学び、卒業後は東宝の美術部に勤務する。25歳で退社してフリーの人形美術家になる。1963年、38歳のときに、学び直しのためにチェコに渡り、イジートルンカに師事。

・受け入れについて返信したトルンカの手紙の実物が展示されている。キャリアの転換期にあって、尊敬する人からこんな手紙をもらったら、胸が熱くなるだろう。わたしはトルンカパペットアニメーションも大好きなので、ここは食い入るように読んだ。

「わたしのアニメ製作への深い理解をありがとう。スタジオは国営だからわたしに決定権はないけれども、海外からのアニメ作家や研修生を歓迎するはずだ。ユネスコ奨学金もあるはずだから、東京にある大使館に問い合わせてほしい。来年新作を予定していて、3,000フィート、製作期間は6-7ヶ月になる(それを経験できる、手伝ってほしい、というニュアンスだったか不明瞭なのだけれど、予定や野望を伝えてもらえるのって、これから海を渡ろうとしている人にとって、十分な発奮剤になる。)」などなど。

そして、

人形芸術は、肌の色や宗教や人種の違いを超えて、人々や国家の橋渡しをする媒体だと確信している。

the art of puppet、このスピリットが重要なのだと思う。とるに足らないもの、子ども騙しではない、消費されるものではない。

岡本忠成は法学部出身。意外な来歴。その後日大芸術学部に入り直している。どちらも「学び直し」という点で共通する。川本をして「無限の忍耐力というアニメーターの資質の権化の様な方だった」と言わしめた。無限の忍耐力......。

チェコからの書簡。万年筆で綴られたまっすぐで美しい筆跡。

 詳しい内容は、こちらの書籍にあるようだ。若かりし川本が異国の地で何を見ていたのか、トルンカから何を教わったのか、知りたい......購入!トルンカから日本の伝統芸能ひついて示唆を受けたことが、その後の川本の人形製作に大きな影響を与えているというあたり、特に。『チェコ手紙&チェコ日記――人形アニメーションへの旅/魂を求めて』

トルンカの『真夏の夜の夢』(1959年)のパックのパペットが展示されている。これも......映画で観たことがあったので、 うれしい。しかも去年NTライブ生の舞台で2回も観る機会のあった、『真夏の夜の夢』ここでもまた!

・絵コンテ(Storyboard)が非常に美しい。もちろんこの時代だからすべて手描き。これがすでに芸術品。

・川本の初期の作品、今観てもモダンで、ちょっと人間の性質に触れる怖さもある。犬儒戯画』『旅』『詩人の生涯』。

・岡本の作品も意識的には初めて観たが(たぶん「みんなのうた」などで観ているはず)、写真、切り絵、コラージュアニメなど、材料も非常に多彩で驚く。図画工作の作品が動いている......というと伝わるだろうか。

・『いばら姫またはねむり姫』は日本で企画して、イジートルンカスタジオで製作。「スタッフは欧州公演中の能を鑑賞して、川本の求める人形の動きを理解した」......能!

・常時上映中のビデオ展示『素材からイメージの定着まで』(1986年)は、パペットアニメーションの創意工夫を見ることができる。これを観る前日に、ドキュメンタリー映画の創意工夫についてのレクチャーに参加していたので、作り手の思いを読み取りながら観た。肉体的にも精神的にも気が遠くなる作業、原作の世界観をどう生かすか、素材の検討、素材の性質と可動性と方法、線の美しさ、画面全体の調和、撮影のプロセスの考慮......、一見単純に見える画面の裏側にどれだけ考えることがあるのか、呆然とする。また、アニメーションの中でもそれぞれに工夫が違う。

演出の違い
 ・劇映画:俳優の演技を見てやり取りしながらつくる
 ・セルアニメ:前後のセルを動かして調整
 ・パペット:アニメーターとの事前の打ち合わせがほとんど
・わたしが好きだった三国志は、1982年、川本47歳のときに始まった。脂ののった時期。

・「パペットアニメーショウ」は和田誠のイラストレーション。「大人になってホントに笑ったことありますか」というキャッチコピーがついている。中身は考えられないほど豪華なイベント!

・川本の言葉

よい人形アニメーションは人形が生きているようにいる。動かされていたらダメ。人形に合った題材を選ぶ。合っていないと人形が嫌がって絶対に生きてこない。

・岡本の言葉

作り手が一方的にイメージを押しつけるのではなく、各々の感性で映画を観る人の想像をかきたてるような映画作り。

観る人のイメージをふくらませ、スクリーンへの集中力を持続させるためのねらい。一人でも多くの人が共感できる世界をつくりかった。

・『注文の多い料理店』に込めたのは、現代人間批判。岡本の元にいたスタッフから、川本への制作における思いが手紙の形になって残っている。これも非常に重要な記録だし、読んでいて響くところがある。「一つひとつはそれほどの罪ではないかもしれない。でも知らず知らずのうちに追い詰められ、そして紙屑のような顔になり、しかもそれが直らなくなってしまう」......ああ......。

 

 

展覧会の最後は、岡本の死去に際しての、川本の弔辞文の展示で終わる。

川本にとっては、岡本と一緒に行ったパペットアニメーショウが、「一生を通じての、最も輝かしい時期であり、最も楽しい時期だった」と。

また、手間も暇も金もかかるのに、金にならないし、国にもマスコミにも文化として理解されない中で、アニメーションの魅力に取り憑かれ、素晴らしい芸術であることを信じてきたことも書かれている。

受け継ごう、受け渡そうと共に格闘してきた岡本への賛辞と感謝に満ちて、この展覧会が終わる。

わたしにもこんな同士がいるだろうか。この先も現れるだろうか。

いや、既にいるか......。

わたしにもバトンが渡されたかのような心持ちで、会場を後にした。

 

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残念ながら展示の図録の作成はないとのこと。写真も撮れないので、メモをとるか、目に焼き付ける他ない。

 

展示を見てると全作品観たくなるなぁと思っていたら、2021年5月8日から、シアター・イメージフォーラムで上映があるそうだ。
このタイミングで、ほんとうに素晴らしい!ありがとうございます!!

eiga.com

 

ツイッターリンク

アニメーションの神様、その美しき世界 https://twitter.com/anime_kamisama 

川本喜八郎プロダクション https://twitter.com/chirok_kawamoto

飯田市川本喜八郎人形美術館 https://twitter.com/KawamotoPuppet

岡本忠成 https://twitter.com/okamototadanari

 

いつか行きたい、飯田市川本喜八郎人形美術館。チラシだけでもうたまらん......。

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飯田市は、人形劇のまちなのだそう。エンパクの人形劇企画展でも紹介されていた。

国内はもとより、世界各地から300劇団以上が集まる日本最大の人形劇の祭典「いいだ人形劇フェスタ」。文化が根付いた背景と歴史を紐解きながら、人形劇のまち・飯田のさまざまな楽しみ方をご紹介します。(HPより)

www.go-nagano.net

 

飯田まで行けなくても、東京には川本喜八郎人形ギャラリーがある!川本が渋谷区千駄ヶ谷出身であることに因んで。生の川本人形を観られる。

www.city.shibuya.tokyo.jp

 

ギャラリーからこんな番組も配信されている。

youtu.be

 

おまけ。エンパクのLGBTQ+展でも紹介されていた、木下恵介の『カルメン故郷に帰る』。これもあのキュレーションのメッセージを背負って観てみたい。

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展示『20世紀のポスター [図像と文字の風景] 』展 @東京都庭園美術館 鑑賞記録

20世紀のポスター [図像と文字の風景] 展を観てきた。

www.teien-art-museum.ne.jp

 

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庭園美術館は、一昨年のキスリング展以来。

招待券をくれた友人を誘って、あれこれ話しながら観た。こういう感じも久しぶり。

最近は一人で来て2〜3時間ぐらいじっくり何周も観る展覧会が多かったから、気軽なのもうれしい。

いつもの展覧会と違って、若い人が多かった。デザインの勉強をしている学生さんだろうか。


この館のアール・デコの空間に、モダンなポスターをどのように展示するのか、どんな雰囲気になるのか、楽しみだった。取り合わせとしてあまり意外な感じはなかったのは、2011年に〈20世紀のポスター(タイポグラフィ)〉展に来たときの記憶があるからか。この頃はあまり美術館に行けていなかった時期だが、これはどうしても行かねばと思った記憶がある。

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初期、1920〜1950年代頃はコンサートや建築、工芸美術館の展覧会のポスターが多い。欧文のタイポグラフィはカチッと決まる印象。和文には和文のかっこよさがあるけど、かっこよさの種類が違う。

中学生の頃にコラージュやレタリングが大好きで、空いた時間は一人でもくもくと作っていたのを思い出した。とにかく紙とペンで作ることが好きだった。子どもの頃からぜんぜん変わらない。

 

ポスターはやはりポスターのサイズで見るのがいいね、と友人と言い合う。インパクトが大事だものな。

スイスのポスターも多くて、ドイツ語もたくさん観られるのがうれしい。最近〈ドイツ語でなんか読んでみるかい〉と題して吉本ばななのドイツ語訳の小説を読んでいるためか、パッと目に入ってくる。

この感じは、ドイツで少し「生活」を体験してみられたときのことも思い出す。まちの中でその国の言葉を知るのは、人々の会話の他は、アナウンスや広告が多い。「あれって何が書いてあるんだろう?」とついつい見る。パターンがあるものから、日本で似たものを見るときと比較しながら、自然に知っていく。

たとえば Eintritt Frei なら、FreiはFree(無料)で、ポスターのこのへんに書いてあるということは、たぶん「入場無料」のことなんだろうなぁとわかる、など。



印象的だったのは、スコロス=ウェデルのストラヴィンスキーの『火の鳥』のコンサート告知。鳥の羽根の拡大部分が画面のほとんどを占めていて、上のスペースに遠くからはほとんど判別がつかないくらいの大きさでタイトル、演者、時間、場所などが入っている。白地に二色刷り。かっこいい。これは二人とも気に入って、きょうのイチオシということになった。

https://www.pinterest.jp/pin/67342956907962250/


デジタルサイネージに慣れている今からすると、一枚ですべてを表しながら引いて引いて引きまくったポスターは逆に新鮮に見える。

 

出品リストもデザインが入っていて、美しい。豪華!

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庭園美術館の建物を補給しに行った感じ。やはり周期的に訪れたくなる。正門からのアプローチは、神社の参道に似て、だんだんと精神が整っていく感じ。

桜や椿、木瓜などが花盛り。美術館の外に併設のカフェRestaurant Du Parcは、天井までのガラス窓の建物で、外の木や草花がまるで屏風図のように見える。

知らぬ間に溜まっていた疲れやダメージについて労いあう。社会不安、目に見えないストレス。ほんとがんばらず、ご自愛していこうね、と。責任もますます大きくなってくる年齢だから、「こういうときだからこそがんばらないと!」って無理をしがち。でもやっぱり自分を長持ちさせるためには、無理せず、でも諦めもせず、こういう場所にきて、人と語り合いながら、やっていけたらなと思う。

今回は新しい知識を得たり、学びと学びをつなげるというよりは、大切なもの、懐かしいものに会いに行ったという鑑賞だった。

次回は庭園美術館お家芸とも言うべきアール・デコの展覧会。絶対来よう。

www.teien-art-museum.ne.jp

 

展覧会についてのレビューはぜひ青い日記帳さんのブログを。

「20世紀のポスター[図像と文字の風景]」 | 青い日記帳

 

遠方や事情で行けない方には、ギャラリートークの動画を。

youtu.be


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〈レポート〉2021年春分のコラージュ、ひらきました

2021年3月20日(土)、春分のコラージュの会をひらきました。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

桜も咲いてきた中で迎えた春分。今年も早いですね。やはり年々暖かくなっているのでしょうか。

お彼岸の中日。ここから夏至に向けて、さらに陽の気が高まっていきます。

 

きょうはこれまで3回参加してくださっている方。前回のご参加は、去年の春分でした。そのときまではリアルで開催したんでした。過去の作品を後ろに掲示して、ご自身の変遷を楽しみつつ、きょうはきょうで何ができるのか、楽しみながらご参加くださいました。

もうお一方は、初めてのご参加。コラージュの制作は学校の図工以来とのこと。今、良さそう!とピンときてご参加くださいました。

 

いつものように《ふりかえり》と《製作》と《鑑賞》の3つからできています。 

ふりかえりの時間で、今気になっていることの荷下ろしを60分かけて、していきます。

今気になっていることを書き出してもらい、それについて5分話し、聴いていた人たちからフィードバックを受ける。それを人数分やります。

老い、ダイエット、勉強、枯渇、仕事、引越し、捨てる、語学、菜の花、落語、ブログ、申告、本、片付け、研究室、エネルギー......。いろんなキーワードに思いを載せて語り、受け止めて返し、その人の最新を聴いてみる。他の方の語りに影響を受けながら、言葉が出てくる。

 

人って刻々と変化しているんだな、一人の人生にいったいどれだけのことが起こり、内側ではいったいどれだけのことが動くのだろう。

人と話すっていいな。自分が行ったらよさそうと感じた場で、すてきな人に会えるとうれしい。

そんな言葉が出てきました。

 

 

少しブレイクしたあとは、《製作》。

先ほど話したことは一旦忘れて、何も考えず、感覚にしたがって、「これいいな」「好きだな」「こうしてみたらどうだろう」を自分と相談しながら作ります。考えないことがポイント。

他の人との会話はなくなり、それぞれが作業に没頭していきます。

わたしはオンラインの場のときは、いつもは音声ミュートにして、音楽をかけながら作っているのですが、きょうは他の方がそうしているように、ミュートにせず、他の方の作業の音を聴きながら作ってみました。

かちゃかちゃ、カタン、という音が心地よかったです。

70分ほどかけて、作品をつくりました。

 

最後は《鑑賞》。

こんなつもりでつくった、ここが気に入っている、ここはこんな工夫がある、全体として自分にとってはこんなものができた。

などを紹介していただき、その後、他の人たちで感想や質問をしていきます。

 

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わたしの作品。

なぜか超横長になった。ここ何回か試みて貼れなかった2つの大きなパーツをきょうは思いきって貼ってみた。気になった映画のチラシや、好きな映画のチラシを貼り込んだ。「みる」や「読む」の周りに余白をもたせたい。左上の「スタイル変更のお知らせ」はなんのことかはわからないが気になったので貼った。

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感想や質問をもらうことで、他の人の関わりが生まれ、自分と作品との関係に風が通るような心地よさを感じます。「ここがいいね、すてきね、らしさがあるね」と作品に対して言ってもらえるのは、自分の見た目や行動に対するフィードバックとはまた違う良さがあるように思います。

「らしさ」を自分自身がたっぷりと感じて受け取ることが、たまたま居合わせ、同じ体験をしている他者のおかげで成立する。

 

きょうのご感想

・すごく楽しかった。皆さんと話せたのも楽しかった。「これが何なのかわからないけれど、何でもいいから作ってみよう!」と思えたのがよかった。最後のほうで調子が出てきて、残り5分で「適当に」やったときがいい感じだった。充実!また参加したいです。

・これまでは、リアルの場で作るのがよかったので、オンラインは二の足を踏んでいたけれど、オンラインはオンラインで、ときどき顔をあげると二人が一心不乱に作業しているのが見えたりして、よかった。

 

わたしもとても楽しかったです。外ではバイオリンの音がして、人の声がして、平和な中で作れたこと、場がひらけて幸せを感じました。

 

出来上がった作品は、おうちの中の好きな場所に貼って愛でてください、とお伝えしています。

わたしは、行き詰まったときや自信が薄くなったときにふと目をやると、「ああ、そうだ。わたしはこうだった」と思い出して、また気持ちがしゃんとするように思います。

しっくりこなくなったら、新しいコラージュの作りどき。この会にまた参加してくださってもいいですし、ご自分で作ってみてもいいです。

こんな楽しみ方、調え方もあるんだな、とまた思い出していただけたら。

 

ご参加くださった皆様、ご関心をお寄せくださった方、ありがとうございました!

 

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次回は6月21日(月)夏至の日に開きます

2021年のスケジュールです。
夏至:6月21日(月) 秋分:9月23日(木・祝) 冬至:12月22日(水)

いずれも二十四節気の当日です。ぜひご予定ください。

詳しくはまたこちらのブログでご案内します。Peatixのフォローもぜひ。

hitotobi.peatix.com

 

年に4回、暦の節目につくるコラージュの会をひらいています。

雑誌やチラシや写真を切って、台紙に貼り付けていく、
だれでも気軽に楽しめるコラージュです。
自主開催の他、単発の出張開催やオンラインファシリテーションも承ります。

お問い合わせはこちらへ。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

2020年12月 著書(共著)を出版しました。

『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

映画『春江水暖』鑑賞記録

映画『春江水暖』を観てきた。

www.moviola.jp

youtu.be

 

Bunkamura ル・シネマに行くのは何年ぶりか。ひょっとしたら15年近く来ていなかったかもしれない。シアターどころかロビーの様子も色がグレーだったこと以外はほとんど思い出せないし、行ってみて、「ああ、こういうところだったな」という懐かしい感じも全く湧いてこなかったので、ずいぶん長い時間が経っていたらしい。

お久しぶりです。

 

『春江水暖』は、配給がムヴィオラさんだからという理由もあって、チェックしていた。2019年に観た『ぶあいそうな手紙』がとてもよくて(感想こちら)、配給はどこなんだろう?と探ると、なんと『『タレンタイム』『細い目』の配給さんだった。

しかも『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(感想こちら)も『郊遊<ピクニック>』もムヴィオラさん。観ていない作品のほうが圧倒的に多いけれど、とても好みのラインナップ。ということで、次回新作公開があったらぜったいチェックしようと思っていた。

宣伝が出はじめ、noteの連載を読んでいたら期待がどんどん高まった。

note.com

 

いろいろ他のことをやっているうちに、公開から4週が過ぎてしまい、慌てて『ぶあいそうな手紙』を一緒に観た友人に声をかけて、出かけた。

 

 

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杭州市、富陽。大河、富春江が流れる。しかし今、富陽地区は再開発の只中にある。顧<グー>家の家長である母の誕生日の祝宴の夜。老いた母のもとに4人の兄弟や親戚たちが集う。その祝宴の最中に、母が脳卒中で倒れてしまう。認知症が進み、介護が必要なった母。「黄金大飯店」という店を経営する長男、漁師を生業とする次男、男手ひとつでダウン症の息子を育て、闇社会に足を踏み入れる三男、独身生活を気ままに楽しむ四男。恋と結婚に直面する孫たち。変わりゆく世界に生きる親子三代の物語。(『春江水暖』公式ウェブサイトより)

 

 

 

わたしは、今年はもう『春江水暖』を超える映画を観られる気がしない。

わたしにとって全部がある、とても特別な映画だった。自分がこういうものを必要としていたなんて思いもしなかった。時間が経つほどに静かに降りてきて沈んでいくものがある。期待以上の映画体験だった。

 

遠くへ行けた。海外旅行に行ってまず受けるあの衝撃、全く違う文化に来ているんだ、という実感。この行き来の難しいときに、ふわりと遠くに運ばれて、ただただうれしい。

わたしは中国の言葉は全くわからないが、主に映画を通して観てきた蓄積があるのか、登場人物の話す言葉は、北京語とはだいぶ違うように聞こえた。実際に「富陽の方言と標準語の2つ」が登場しているそうだ。そういうことを感覚的に受け取るのも、海外旅行と似ていた。

地図を広げて、ざっくりと大きくとらえていた「中国」の中の、「富陽」というまちにいきなりピンが刺さった感じ。旅の醍醐味。

 

 

わたしが10代終わり〜20代初めの頃によく観ていた侯孝賢、楊德昌などの台湾ニューウェーブの系譜がくっきりとしてある。『童年往時 時の流れ』『非情城市』『ヤンヤン夏の思い出』など。監督自身もかれらの映画から多くの影響を受けているとインタビューで語っている。

いや、台湾の監督だけではなく、わたしが美を受け取ってきた全ての映画の遺伝子を感じた。この歓喜と感謝は、とても言葉では言い表せない。

手法は現代的で、因習にとらわれず、自由。軽やかな革新がある。クルーの組み方も、資金の集め方も、作り方も撮影の進め方もコミュニケーションも、今の時代の人らしさが見える。

そう、映画のあるジャンルにおいて、世代がぐるりと交代した感があるのだ。

あの頃、わたしは台湾ニューウェーブの作品群を少し背伸びをして観ていたところがあったと思う。しかしこれは紛れもなく、同時代感がある。様々な人生経験を経てきた今、わたしの物語だという気すらする。それを自分より若い人たちが作ってくれているという喜び。グー・シャオガン監督の観察眼と感性、物語る力、構成力がすばらしい。

名作を継承し、超える存在の登場に、多くの映画好きが歓喜している。
わたしもまた同様に。

 

ヤスミン・アフマド作品も彷彿とさせる。
変わりゆくまちに影響を受けながら、生きる人たち、家族の物語。
親子やきょうだい間の確執、病気、障害、介護、親孝行、結婚するのは子の責務......世代によって異なる価値観の衝突。とにかく常にお金の話をしている。家と車、物。弱い者がさらに弱い者を叩く、でも実はそれはかれらにもどうしようもないところで起きている動きからの波及......。

国も文化風習も違うのに、身につまされ続ける感覚があり、たまにどきりとする発言もあり、ただただ美しいカメラワークもあり、150分もあるのに、1秒も目が離せない。



どの登場人物にも感情移入できる、どの立場もわかる。全員にしっかりとフォーカスが当たっている家族の物語だから、誰にとっても自分を探せるのではないかと思う。それぞれの人が、自分の人生を生きていて、衝突や分断、転落を繰り広げながら、生き抜いている。

そして世代は老いと死によって交代していく。家族のために生きること、成功と繁栄だけが人生の目的ではなく、精神性も大切にする若い世代の登場。

 

かれらを写す眼差しはどこまでも優しい。どの局面もむやみに表情のクローズアップをしたり、それらしい音楽を挿入して「悲惨」さを掻き立てることもない。わたしたちは入り込みすぎずに、けれども親しみをもって一人ひとりの生を見つめることができる。

引いて引いて、ロングテイクやロングショットで見せる富春江の四季や富陽のまちが映されると、それもこれも、悠久のときの流れに溶けていくように思える。

そのようにして人々はどの時代も生きてきたのだ、と受け入れられる。「赦し」のような感情も湧いてくる。

 

一方で、「中国の(あるいはこのまちの)社会保障はどうなってるんだろう」「家族間の自助(というより依存)が前提の社会って辛いな」「こういうとき日本はどうなんだろう」なども頭に浮かんできて、映画のあと友人とはこのあたりについて感想を話した。

 

一人の力がまったく及ばない、大きな流れに影響を受けながら、地べたに這いつくばり、もがきながら生きていく愛おしい人間たち。そのようにわたしもまたどこかの誰かから、ある家族の物語として撮られているようで、思わず後ろを振り返る。

なんだろう、またすぐに観たくなっている。

 

 

パンフレット掲載のロングインタビューでのグー・シャオガン監督の語りも良い。レビュー2本、ムヴィオラ代表の武井さんの挨拶も読み応えあり。ぜひ入手されたし。買い逃した方はオンラインショップもあるみたい。

 

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こちらにもインタビューが掲載されている。いつまでネットにあるかわからないけれど、貼っておきます。これが長編第一作とはほんとうに信じがたいクオリティ。

news.yahoo.co.jp

 

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展示『時代を描く 龍子作品におけるジャーナリズム』@大田区立龍子記念館 鑑賞記録

2月の半ば、「梅が盛りです」とのツイートを見て居ても立ってもいられず、出かけてきた。元々行く予定にはしていたのだけれど、こういうきっかけがあるとうれしい。

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大田区立龍子記念館『時代を描く 龍子作品におけるジャーナリズム』展。

https://www.ota-bunka.or.jp/facilities/ryushi


日本画家・川端龍子(かわばたりゅうし1885-1966)は、「大衆と芸術の接触」を掲げて、戦中、戦後の激動の時代、大衆の心理によりそうように大画面の作品を発表し続けました。そして、「時代を知るがゆえに、時代を超越する事が出来る」という考えから、これまで日本画で描かれてこなかった時事的な題材を積極的に作品化しました。それらの作品には、龍子が画家となる前に新聞社に勤めていたことから、時代に対するジャーナリスティックなまなざしが強く表されています。

本展では、太平洋戦争末期の不安や憤りを赤富士に表現した《怒る富士》(1944年)や、終戦間際に自宅が爆撃にあった光景を飛び散る草花に表した《爆弾散華》(1945年)、多くの犠牲者を出した狩野川台風の被害から復興を目指す人々の力強さを伝える28メートルの大作《逆説・生々流転》(1959年)等、龍子が時代を力強く描き上げた作品群を紹介します。世界が大きな不安を抱えたこの時代に、川端龍子のエネルギッシュな作品の数々をぜひご覧ください。(公式ウェブサイトより)

 

 

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芸術を補給している……生き返るわ……。

今回の企画もとても良い……良いよ……。

「戦中戦後の人々の心に芸術を」と描かれた作品の数々。

確かにわたしも、「今、あの大画面のエネルギッシュで美しい絵を観たいッ」と思って来たものね。今の自分も命の危険にさらされていると言える。

鼓舞だけでなく、理解、共有、労り、鎮魂も感じられた。

今回は28mもある「逆説・生々流転」も展示されている。よくそんな作品の入るスペースあるね!という疑問も、龍子自身が設計した記念館だからと聞けば納得。

ここは作品と館が一体で楽しめる。広々として、静かで。お庭も観られる。
時間をとってゆっくりと訪れたい場所。

龍子が洋画から日本画への転向を決めたのが28歳、国民新聞社社員時代のアメリカ遊学。きっかけの一つがボストン公立図書館のシャヴァンヌの壁画とあった。

気になってググッてみたら、最初に出てきたどなたかのブログに小さな写真がある。これが龍子的新しい日本画、大画面作品の源泉か?

驚異の青い部屋: ボストン公立図書館見納め

 

 

今回は、学芸員の木村さんが、目玉の展示作品について、詳細な解説をしてくださっている。現地で聞けばオーディオガイドだし、記念館に足を運べない方には、オンラインツアーのようになっている。

展示パネルにさりげなく書かれていた記念館としての思いは、「どんな困難な状況でも、芸術を必要とする市民がいる」という龍子の芸術家としての覚悟とも呼応するステイトメントになっている。

 

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「龍巻」これが一点目。モニターや図録で見ているときはカッコいいなと思っていたけど、実物を見ると、苦しさしかなかった。

画面は全部水で埋まっていて、構図は完璧。上も水が反り返って落ちてくる。水流と重力の両方で、首をもたげながら落ちていく魚やサメ。怖い。

1933年。日本が国際連盟を脱退した年。

 

 

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『龍巻』で不穏な予感を描いたのちの『海洋を制するもの』。軍艦の製造競争に入った時期に、川崎造船所を取材して描いたもの。作品は作品として活力、一心不乱、神聖ささえ感じるものだが、今の時代からは、観ていて非常に複雑な思いもある。

龍子は1939年に軍の嘱託画家としてノモンハンに渡っている。過酷な紛争があったところだ。そこで何か心境の変化はあったのだろうか。

藤田嗣治や小早川秋聲の作品などを思い出す。

 

 

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観たかった作品。

散華とは、「花を撒いて供養すること、弔い」と「花と散る」を掛けた題。千切れていく野菜。まだ生きている途中のものが突然ぶった斬られる瞬間のストップモーション

1945年8月13日。自宅が空襲に遭う。アトリエは幸い難を逃れたが、野菜を植えていた畑が被害にあった。終戦間際のぎりぎりまで空襲が続いていたのか。

龍子は自分の画号にちなんで龍のモチーフを愛したというが、空襲の「襲」に「龍」が入っているのは、切ないことだなと思った。

表立って批判することのできない時代だったのか、あえてこの表現を選んだのか。

2ヶ月後の10月には、市民を励ますために展覧会をひらいたという。エネルギッシュな作品の鑑賞の場をつくるという信念。

杉村学園衣裳博物館を訪れたときにも、戦後すぐに学校を始めたときに、待ってましたとばかりに学生たちが列を成したというエピソードを展示で見た。あの頃の人たちの立ち上がる力の強さを思う。

 

 

 

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横山大観の40mの絵巻『生々流転』へのオマージュとのこと。自然の恵と自然の脅威、それに晒されながら、自然の一部として生きる人間の姿が描かれている。

起こっていること(リアル)を見つめながらも、あくまでも芸術的手段で表していく

挿絵が報道写真の代わりだった時代から下積みをしていたから、リアリティは、龍子にとって得意中の得意だったのだ。

 

 

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子どもってわかりやすく笑ったりしない、その感じが出ている。

画面右上に乗車している機関士の横顔が描かれているが、表情がとても怖い。子どものいる生命力あふれる世界に対して、ゾッとするような冷ややかさを感じる。

 

 

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1944年。妻を病で亡くした後の作品。これの前にいると、どことなくやり場のない感情が湧いてくる。黒雲の下は奈落のようにも感じられる。

1945年6月に龍子と弟子のアトリエで展覧会をひらいた。会場が確保できなかったため。意地でも制作し、展示した、その執念。戦時中の人々の暮らしは、わたしが想像していたより、ずっと多様だった。

 

 

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子どもへの眼差しが優しい作品。

「象を再び上野公園にと、台東区の子どもたちが行動し、周囲の大人たちを巻き込んで実現した」とキャプションにあって、驚いた。『かわいそうなぞう』のあとにそんなことがあったとは。(どなたかのブログにも書いてあった。インディラの骨格標本が科博に展示されているのですか?!)

 

今回は他にも、龍子が美術を志すきっかけから変遷の概略が追えたこと、カッパをモチーフにしたユニークな作品群(黄桜のカッパっぽい)、南洋点描なども良く、見所が多かった。個人的には、1934年の南洋視察と翌年の個展「南洋を描く」が気になるので、まとめて展示があるとよいな。

南洋は、"遠いという予想に反した到着ぶり" だったという感想も意外だった。わたしにとってこの頃の南洋と言えばつながるのは中島敦で、彼は1941〜1942年の赴任だったので、同じようにそれほど苦労せず現地には着いたのかと想像したりしている。

 

青龍社の展示会場を東京府美術館から三越に変えたときの言葉も印象深い。

美術館のみを檜舞台とする古い観念から開放され、文化大衆との接触面をより広く。

権威を嫌い、独自の道を行った龍子のさまざまな一面を見ることができる。 

やっぱり個人美術館はおもしろい。

一人の作家の限られた所蔵品の範囲の中でも、語る視点は無限にあるという点が特に。

企画する学芸員のバックグラウンドにもよるし、鑑賞者からのフィードバックが人の数だけあるし、何より時代の移り変わりによって、語る視点がどんどん生まれて続けていくから。

 

作品の鑑賞のあとは、龍子公園(自邸とアトリエ跡)の見学。わたし一人のためにスタッフさんがついてくださって、恐縮しきり。ほんとうに花盛りだった。

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前回11月の訪問時はワサワサしていた「龍子の庭」も刈り取られてすっきり。(前回の記事こちら)この時期に一旦綺麗に刈っておくと、春になってまた新しい芽が出てくるのだそう。

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今、恵比寿の山種美術館川合玉堂展をやっているので、こちらも観たい。

【開館55周年記念特別展】 川合玉堂 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠― - 山種美術館

館内の年表に「1952年(67歳)横山大観川合玉堂川端龍子の三人で展覧会を開催」とあったのを見て、日本美術院を離脱したけど、大観と引き続き交友はあったのねということと、川合玉堂さんて誰?と思ったので覚えていた。

最近、人間関係を観にミュージアムに行っている気がする。

百人一首の世界と一緒で、交友関係が見えてくると、自分と同じ人間の営みの中での創作なんだ、と身近に思えるし、同時代性も見えてきておもしろい。

 

 

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三人の会 能『隅田川』『融』狂言『蝸牛』@観世能楽堂 鑑賞記録

TVドラマ『俺の家の話』知名度が上がってきているからなのか、近頃行くお能の公演、わりと盛況かも?気のせいでしょうか。

わたしは早々に見逃して、見逃し配信も見逃して、今季は諦めました。Amazon Primeで一気見できる日を待ちます。

 

さて、昨日行ってきたばかりのお能の鑑賞記録です。

お能の公演っていろんな系統のものがあります。わたしも詳しくはわからないので、間違っていたら教えていただきたいのですが、おそらくで分けてみるとこんな感じでしょうか。

  1. 流儀の定例会、企画公演、普及公演、若手の会(研修目的)、流儀の伝統公演
  2. 家の定例会、企画公演、普及公演、若手の会(研修目的)、家の伝統公演
  3. 能楽堂主催の定例会、企画公演、普及公演
  4. 能楽師個人、親子、同門主宰の会の企画公演
  5. 超流儀の企画公演
  6. 社寺仏閣主催の定例公演、企画公演
  7. 国、地方自治体、地域主催のの定例公演、企画公演

他にもあるかもしれませんが。

きのう行った「三人の会」は、このうちの4にあたるかと思います。

皆さんシテ方観世流能楽師さんですが、谷口健吾さん(銕仙会・観世銕之丞家)、川口晃平さん(梅若会・梅若六郎家)、坂口貴信さん(観世宗家)と、所属している家が違います。1975年〜1976年生まれの同い年で、「同期生」というつながりがあるそうです。

同時期に各々の家にて住み込み修行をした縁で、独立後も舞台を共にすることが多く、師の芸の素晴らしさについて語り合うなかで、所属する家の垣根を越えて研鑽の場を持ちたいとの思いを共有することとなり、2016年、それぞれの師より許しを得て「三人の会」を立ち上げました。(過去の三人の会の告知ページより)

 

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この日の番組はこちらに。

第六回 三人の会|2021年3月13日 | 銕仙会

 

それぞれの解説と感想

隅田川 | 銕仙会 能楽事典

ワキツレ(旅人)が「あそこで大念仏しているのは何ですか」と聞き、ワキ(船頭)が、「ああ、それは悲しい物語があってね」と語りだしたことで、船に乗り合わせた女が探していた我が子だと判明する。ワキツレ、ナイス!

話を聞いているときにすでにお母さんの人が「もしや」と思い当たって泣いているのが、ほんとうに胸締め付けられた。お客さんの中で泣いている方もいた。

隅田川』は、子を亡くした経験のあるすべての人、子どもの死に接した経験のあるすべての人、もしかしたらすべての人にとって関係のある物語ではないだろうか。わたしも間接的にたくさんの子を亡くしてきたんだ、ということがパッと降りてきた。

鎮魂、慰霊。

あのお母さんの人、あの後どうしたか気になっている。悲しみを抱えたまま生きていくのか、絶望のあまりもっとどうにかなってしまうのか......。かける言葉を失うような最後だった。ほんとうに悲しいお話なのだけど、子方(現実に子どもの人)の存在がかなり和らげてくれるように思う。

 

蝸牛(かぎゅう) 茂山千五郎家  ※今回の公演は茂山千五郎家ではありません

めちゃくちゃ笑った。「にほんごであそぼ」で観たことがあった(動画)。

手加減なしの笑いがもう最高。主人(上司)も別に偉くない、なんならろくでもない。太郎冠者もただペコペコしてもいない。滅私奉公してない。あの不思議な対等感が好き。

 

安宅 | 銕仙会 能楽事典

勧進帳」は名前は聞いたことはあるが、じっくり聴くのは初めて。謡と大鼓のみの上演を「一調」ということを知った。川口さんの朗々とした謡をこういうスタイルで聴くのは合う!

 

融 | 銕仙会 能楽事典

百人一首の「みちのくの しのぶもじずり たれゆえに」で個人的におなじみの源融さん、河原左大臣の物語。

『融』がこんなに激しい曲だって知らなかった……。前場後場のあの差よ!終わってからボーッとしながら家路についた。

お囃子の方々が卒倒するんじゃないかってくらい激しくて、ノリノリ、トランスで、こちらも身体動かしたくなるし、なにか囃したくなる。鳴り物持って踊りたくなる。みなさん、あんなに激しいのに、肩で息すらしてない(ように見える)。能楽師、超人。

「生前の夜の遊宴を懐かしみ、月光の下、優雅な舞を舞い始める」と解説にはあるんだけど、そんな雅でノスタルジックな感じでは全然なかった。原初的な衝動、呪術的で、鬼気迫るものがあってゾッとしたというのが近い。

小書(特殊演出)は「十三段の舞」ということで、ひらたく言えば、舞に舞を重ねてこれでもかと舞いまくっている演出、ということになるか?

源融は、『源氏物語』の光源氏のモデルの一人と言われている。天皇の血を引く身分でありながら、源姓を与えられ、臣籍降下左大臣にまで上り詰めたが、臣下ということで天皇にはなれなかった恨みをもっている人物として、世阿弥が作る前から、能の物語としてあったらしい。きのうはわたしがそちらのほうの面をより強く観たのかもしれない。月明かりに照らされた美しい顔。刻まれた妄執の苦悩......。

いや、そもそも生前に、塩竈(宮城)の風景を模して、京のど真ん中の屋敷に人工の浜辺を作り、毎日難波から海水を運ばせて、汐焼きさせたというあたりからして、狂気じみてやしませんか......。

 

__________

 

そしてまた何事もなかったかのように引けていく舞台。がらーんとした能舞台が残る。夢か幻か。なんだったのかなと思いながら、日常に戻る。ふと思い出す、あの気配。


この日は雨が激しくて、気圧も低く、度々眠ってしまったのだけれど、能楽師さんが眠ってもいいと言っていたのを心の頼りに、罪悪感もなく、ただただ気持ちよかった。

細胞の隅々までリラックスした。

お能は優しい。

 

しかし、久しぶりに出かけた都心の商業施設の虚構感がすごかったな。

綺麗に整えられた食料品やお化粧品や衣料品。買って買ってとあっちでもこっちでも声がかかる。でもちっとも欲しくならない。世界が一挙に変わってしまったのに、ここは何も変わらないように見える。

 

いや、わたしだって売店でクリアーファイルを買ったから、そんなこと言う資格はないのかもしれないが。

 

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NT Live『戦火の馬』鑑賞記録

3月上旬、NT Liveのアンコール上映で、『戦火の馬』を観てきた。

www.ntlive.jp

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主人公が幼少時から愛し育てた馬が軍馬として徴用されたことから、数奇な運命をたどることに。果たして二人は再会できるのか?  (NTLiveウェブサイトより)


トレイラーに出てくる馬は、本物ではなくてパペット(動かす人形)、原作小説があるらしい(いいらしい!)、スピルバーグが舞台を観て感激して映画化したらしい、などなどを抑えて、楽しみに劇場に向かった。

 

 

観てきた。

400席もあるシネコンのシアターなので、画面も音も迫力のスケールだった。

 

戦争怖い

事前に見ていたレビューでは、「馬の動きが!馬の表現が!」というものが多数だったけれど、わたしはそれより何より、「戦争怖い」と思った。耳栓をしながら観るくらい。戦場の場面での大砲や機関銃、音楽、効果音、プロジェクションマッピングによる映像、照明はとても怖かった。

そのことはもっと語られていいと思う。もちろん馬はすごかったけど。

 

次に浮かんでくるのが滑稽さ

冒頭が兄弟げんかで始まる。のっけから愚かだなぁと思いつつ、「カインとアベル」を投影すると、普遍だなとも思える。

心の焦点が馬にあるまま、人間の言動を観る、という不思議な体験の中で、人間の言葉は馬として聞いてみると、どれも「どっちでもええやん……」と思うような内容ばかり。馬にとっては、国境も人種も言語も、大人も子どもも違いはない。

馬が主人公であることで、戦や争いの滑稽さが際立つ。かといって馬がしゃべるわけではないところが、この舞台の秀逸さ。

馬がどこまでも"健気"なのと同様、人間の中にも馬を深く愛する者がいる。

人間と馬の関係が近かった最後の時代なのかもしれない。命に対する慈しみの気持ちが全編にわたって感じられ、悲しい場面にも愛を感じる。

平和への祈りと願い、希望もたくさん。

 

第一次世界大戦という戦争

もともとのNTLiveは、2014年の公演。第一次世界大戦勃発から100年の節目に当たる年の公演を今回、アンコール上映してくれている。(2014年に東京でも公演があったらしい)

戦争のやり方がこの大戦によって変わってしまったということを作品を通してより理解できた。本格的な国家間の戦争になり、平民から志願兵が募られる。第二次世界大戦からは徴兵制になり、そして国家を超えたテロが戦争を変えた今を生きているわたしとして観ている作品。

父の代、祖父の代で、短刀でもなんとかなった。でももう戦争は全くそんな規模ではなくなった、ということも劇中で示される。

祖国のために戦って勝って帰ってきた。お前が受け継ぐ番だ。

男の人に連綿と課せられてきたしんどさみたいなものも感じられて辛かった。これもまた滑稽で哀しい。

合間のインタビューで、「どちら側から見るかで認識が変わる。それを馬の視点で描くことで、普遍的なものにしたかった」「戦場にいながら中立の立場。全てを見て聞けた人であり被害者」「悲しみには議論の余地がない」という話が出たのが印象的だった。原作者のモーパーゴさんの全身赤のファッションも!(栗毛色のジョーイを意識?)

▼戦争の変遷については、この本がわかりやすい。

 

これもパペットと言う!

馬の動きは、評判通り素晴らしかった。3人で一体を遣うところは文楽を彷彿とさせる。馬の頭部を遣ってる人が馬の感情が表情に現れててよかった。ミンゲラ版オペラ『蝶々夫人』の坊やを遣ってた人たちを思い出すなぁ。パペットへの愛が深い。

動物は歩いてなくても、常に何かしら聞いてるし、感覚を研ぎ澄ませてる。あの感じが微妙な動きで表現されていた。しかも三人でつくる。いったいどれだけの観察と訓練なのかと感服しきり。

馬にしかみえない。命が吹き込まれて馬になる。人間にはあんなこともできるのか。「命が吹き込まれる」ことが、観る方がいなくては成り立たないところもいい。

パペットってせいぜい高さ1mぐらいのものまでをイメージしていたけれど、この巨大な装置もパペットと呼ぶのかと、認識が上書きされた。

▼製作過程はこちらのTEDに詳しい。

www.ted.com

 

動物と人間

馬と日頃から親しんでいる人は特に響くものがあるのではないか。親しんでいるからこそ辛いところも多いと思うけれど。ほんとうに生々しい。

わたしは子どもの頃、『黒馬物語』やシートン動物記、椋鳩十の物語が大好きだったことを思い出した。そのことと、手元にたまたまロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』のチラシがあるので思ったけれど、人間と動物の情の物語は、とにかく悲劇になりがちだったなぁと思い出す。パトラッシュやスーホの白い馬もそうだし。

あまりに大きな戦の傷を癒すために、人々はあえて悲しい物語をたくさん作っていたのかも知れないと思うくらい、わたしが子どもの頃、1970年代は悲劇が多かった。

個人の力ではどうにもならないことへの悲しみ。

『戦火の馬』は希望を残してくれてほんとうによかった。

 
 
その他
・音楽。アイリッシュの哀愁ただよう感ある歌も美しかった。フォークソングか軍歌だろうか。この舞台のために作ったのかな。ほんとうに恐怖を殺すために歌いながら若い人たちが最前線にいたのかもしれないと想像させて、鳥肌が立った。歌詞が印象深い。
行いだけは記憶に残る 
何をしたのか 足跡だけは この世に残る

人間にあまり移入しなかったけど、唯一、ドイツ人のミュラーさんには感情がのった。これは馬目線なのか、自分なのか、どちらなのか。彼がいてくれてよかった。彼がドイツ語で喋れと言われ、英語で喋れと言われたり、立場がどんどん変わっていく中で、英語のシーンでもドイツ語が混ざってきてるのがリアルだし、「どっちでもいい」「こだわることの滑稽さ」みたいなものが引き立っていてよかった。

たまたま読んでいたこちらの本に中世の軍馬について記述を見つけた。なるほど、こういう時期を経ての、第一次世界大戦での軍馬の歴史の終わりなんだと納得する。

 

オフィシャルウェブサイトにもいろんな資料が載っている。

www.warhorseonstage.com

 

『戦火の馬』の原作は、中学国語教科書の「読書案内」に載ってるらしい。図書館で予約したので、順番が回ってくるのが楽しみ。


訳者さんのコメント

www.kodomo.gr.jp

 

映画は2012年3月公開。わたしはまったく記憶がない。この頃、子はまだ小さく、わたしは市民活動して、転職したばかり。まったく映画を観ず、チェックもしていない時期だったなと思い出した。そうか、まだ大きく揺れていたあの頃、こんな映画が公開されていたんだな......。

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今、出会えてよかった舞台。

演劇やパペット、表現の可能性もあらためて広げてもらえた。

上映を決めてくださって、ありがとうございました。

 

 

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映画『エイブのキッチンストーリー』鑑賞記録

めちゃくちゃ良いので観てくれ!!頼む!!後悔はさせない!!

子どもの人もぜったいいい映画。

一緒に観にいって、帰りにあれこれ語ったらぜったい良い。

 

youtu.be

 

abe-movie.jp

 

ブルックリン生まれのエイブは、イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持つ。文化や宗教の違いから対立する家族に悩まされるなか、料理を作ることが唯一の心の拠りどころだった。

誰からも理解されないと感じていたある日、世界各地の味を掛け合わせて「フュージョン料理」を作るブラジル人シェフのチコと出会う。フュージョン料理を自身の複雑な背景と重ね合わせたエイブは、自分にしか作れない料理で家族を一つにしようと決意する。

果たしてエイブは、家族の絆を取り戻すことができるのかー?

2019年製作/85分/アメリカ・ブラジル合作
(公式HPより)

 

全く前情報なく、トレイラーも観ず、鵠沼海岸のシネコヤさんに直前予約で飛び込んだのですが、、すんごい良かったんですよ!

12歳の男の子が料理という好きと得意を手がかりに、自分のルーツを見つめ、アイデンティティとキャリアを拓いていく物語。

わたし10代に贈る本を出したから、特に10代にガンガンおすすめしたい。
もちろん10代の周りにいる大人にも。

 

今自分が持っている範囲の中でも、なんとか遠くに行ける年頃、時代。
インターネットを使いこなして、お金が使える範囲、電車の乗り継ぎ方のわかる範囲でも、こんなに出会いとチャンスに満ちている。
思わず行動してしまうことから、何か素敵なことがはじまる。

 

愛と心配でつい干渉してしまう親や、年をとるほど頑固になる祖父母はあるあるだし、対等に接してくれて好きや能力でつながれる、ナナメの関係の大人の存在もうらやましい。

何より食べ物がとってもきれいで美味しそうでわくわくする!

そして、宗教や民族の対立という難しいテーマ。「イスラエル系の母とパレスチナ系の父」という設定に、「えっそんなカップルほんとにいるの?」という粗探しは意味がなくて。それよりも「もしもそうだったら?」を自分もエイブになったつもりで一緒に成長していく。

「わたしのせいにする」というその場しのぎの対応ではなく、もがいて悩んだ末にあるタイミングが来たら責任を引き受ける。それを教えてもらえる。

 

監督はブラジル人のフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ

プロフィールを見ると、映画監督としてもユニークだし、それ以外のアクティビズム的な活動も興味深い。ひと口に映画監督といっても、いろんな人がいる。

 

2021年3月20日からデジタル配信も始まるらしい。

https://movie-product.ponycanyon.co.jp/item106/

ヨロシク!!!!!

 

 

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立合狂言の会 鑑賞記録

宝生能楽堂で、第7回立合狂言会を鑑賞してきた。

「立合狂言会」と銘打ち、狂言の流派や家の垣根を超えて、次代を担う若手と中堅の狂言師が集い、研鑽を積む公演を始め、今回で七回目となりました。それぞれの家の狂言を演じ合うことで、より一層の芸の向上はもちろんですが、今後の狂言界の交流や発展の試金石になればと期待しての企画です。

 

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act-jt.jp

 

立合狂言会、めっちゃ楽しかった!すごい。

狂言だけの舞台を観たことがないのだけど、きっと愉快で軽やかになるだろうなぁと期待して行った。

いやはや、もうそれ以上!

狂言✖️ソーシャルディスタンスって、また時事的なサブタイトルだなぁと思っていたら、観てみるとわかる、なるほどね〜!

あれこれ説明したくなくなるくらい満足した!来年も来たい。
一曲ごとも味わいがあり、流派と家の違いも感じられておもしろかった。
もっと狂言のことを知りたくなった。

能楽堂売店「わんや書店」で狂言の本を二冊買った。どちらもおもしろい。買ってよかった!

曲ごとの解説の本。まだまだ観たことのない曲がたくさん。

Q&A集。見開きでひとつの質問で見やすい。素朴な質問、上級者の質問どちらも解説がわかりやすい。狂言を見始めた初心者にぴったり。 

 

 

演者さんだけで総勢30名ほど、最後は舞台に揃い踏みで圧巻!

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全員男性なんだなぁとも思いました。女性の狂言師さんもいらっしゃるのだろうけれど、この場にはいらっしゃらなかっただけかな。いや、でも圧倒的に男性の多い世界、社会ですよね。(だから何、というわけではないけれど)

来年の日程はもう決まっているそうです。
2022年2月19日、早速カレンダーに入れました。 

 


友人の影響もあって、少しずつ狂言にも興味が出てきたのだけれど、一気に身近になったのは、コロナ禍から生まれた奥津健太郎さん、健一郎さん親子のオンラインワークショップがきっかけ。

(ちなみに奥津さんを知ったのは、天籟能の会が最初。天籟能の会を知ったのは安田登さんをフォローしていたから。安田さんを......といろいろつながってくる。それはまた別の機会に)

kyogen-okutsu.amebaownd.com

 

オンラインワークショップは毎月または隔月の頻度で開催されていて、レクチャーと実演、質問コーナーの構成になっている。

レクチャー中は、面や装束の紹介もある。前回は「神鳴(かみなり)」と名前はわからないけれど狐が人間になったときの面を見せていただいた。この独特の造形に、抗い難い魅力がある。国立民俗学博物館に展示されている、あのエスニックな世界観。

ただ観てもおもしろい話だけれど、騙し合いや張り合いを親子で演っておられる(こちらはわかっている)ので、余計に可笑しさが増す。

参加されてる方の質問を聞くのも、実はすごく楽しみ。

「そんなん考えたことなかった!」「言われてみれば!」「わたしもそれ聴きたかった!」などなど、お子さんも多いからか、いろんな質問が出てきて、勉強にもなる。自分も素朴な質問できて、すぐ答えてもらえてありがたい。いつもわくわくする時間。

 

 

奥津さんといえば、こちらの舞台映像もおもしろかった。

aichi-gigeiseizui.jp


愛知の「伎芸精髄 あいちのエスプリ」というプロジェクトの一環で配信されている
狂言『附子』の古典と、チャレンジ新作版。
破る割るのところが何度観ても笑える。
「こまこうなった」「みじんになった」
「こなごなになりました」「こっぱみじんになった」
この間合いがたまらない〜自分でも演じてみたくなる。

狂言を現代劇に近づけたはずなのに、現代劇の人が狂言に近づけて演ってる感じがあって、不思議な体験だった。(意味わからないですよね、、ぜひ観てほしい)
 
2つ観ても30分ぐらいで、解説も入っているので、見比べながら楽しめる。
 
 

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展示『日本のたてもの―自然素材を活かす伝統の技と知恵』『博物館に初もうで』@東京国立博物館 鑑賞記録

2021年1月3日、ミュージアム初め。
正月三が日にトーハクに来るのは初めて。開いていること自体知らなかった。基本、実家に帰っていて、正月に東京にいることがないので。

感染症拡大のため、実家に帰れなかったので、来てみました。

『日本のたてもの』展が気になったのと、『博物館に初もうで』ってどんな展示なのか知りたくて。


展覧会の詳細は、紡ぐプロジェクト特設ホームページや青い日記帳さんのブログをご確認ください。国家プロジェクトだったらしい!

www.tnm.jp

tsumugu.yomiuri.co.jp

bluediary2.jugem.jp

 

 

わたしはもともと建築模型を見るのは好きだけど、記録と保存のための模型制作の動き(?)仕組み(?)があったとは知らなかった。

復原や修復の技術伝承のため。日本人と自然との関わりを解明し理解するためでもあると。

そういう目的のためなので、外側の雰囲気だけではなく、内部構造を省略していないところも貴重。

 

11月に国立歴史民俗博物館に行って常設展を観たときに、「やけにりっぱな模型があるなぁ」と思ったんだった!

あの一乗寺三重塔が表慶館のエントランスに!
しかも隣には石山寺の模型も!ほんとうに来てよかった……。

展示されている中で一番古いのは、1932年、あの著名な宮大工の西岡常一さんも手掛けた法隆寺五重塔

ほとんどが1/10スケールなので、大きさの比較が体感できてよい。思ったより小さいとか、模型でこれだけ大きさが違うんだから、本物はどれほどか……など、想像が巡る。

表慶館での展覧会の機会ってそう多くないので、この建物に入れるだけでもうれしいが、近代洋風建築の中に、日本独自の建物が展示されているのもおもしろい。

文化財の保存のためには不可欠で高度な技術だけれど、それのためにしか使えない(現代の建築に活かせない)ものもあるため、成り手がいないという危機にあるということがパネル展示で説明されていた。

うーん。新しく生まれる人が減っていく中で、伝統文化、伝統技術を守るために、何をどうしたらいいのかなといつも思う。微力ながら発信することや、関心を持ち続ける、愛することぐらいなのだけれど。

 

 

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『博物館に初もうで』と常設展。

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現代生活の中で、干支を意識することがどんどん減ってきたけれど、 昔の人がどんなふうに干支を吉兆として扱っていたのか、モチーフとして愛でていたのかを知れた。

お正月の意味合いも今とは違ったことなども。

 

美しいお宝ばかり!5月までの年間パスポートを持っているから、切れるまで足繁く通っている。精神が満たされるものを補給しに。トーハクに言って帰ってくると安定している。Stabilizer

 

長谷川等伯の「松林図屏風」の展示が目玉のひとつ。

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等伯✖️東博

 

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本館裏の池が凍ってた。

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お正月から静かな空間で、美しいものを観るっていいなぁ。

年中行事にしてらっしゃる方もいるだろうと思います。わたしも毎年の慣例にします。

 

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