母や祖母は、草花や木の名前をよく知っていた。庭や田畑で作業をするとき、よそのお宅の庭先を通りかかるとき、山歩きをするときに教えてくれたり、独り言のように名前を呼んだりしていた。子どもの頃は興味がなくて、ろくに聞いてなかったはずなのに、今見ればパッと口をついて出て、自分でビックリすることがある。
父もよく知っているけど、こちらは文学や雑学と結びつけての知識自慢がメインか。それはそれで面白かったけど、「お前そんなんも知らんのか、アホか」となるので、むかついて終わる。
大人になって母と、「立葵の根っこが、路肩の隙間からあんなに高く自分を支えて立っているのはすごい」という話を15分もすることになるとは、思ってもみなかった。
立葵の名は、神楽坂を歩いているときに、空き地からぐーんと高く生えていたのを立ち止まってぼーっと見ていたら、通りすがりの着物姿のご婦人が「立葵って言うんですよ」と教えてくださって、それで憶えている。
今暮らしているまちでは、軒先の鉢植えや小さな庭が四季折々、丹精されていて、色とりどりの花が目を楽しませてくれる。手入れ中の方に自分から、「これはなんという花ですか?」と尋ねることもよくある。