ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

ジョゼフ・コーネル展、また会えたね!

もうわたし今年はこれだけ観られたら十分!!!

ついについに再び相まみえた、ジョゼフ・コーネルの展覧会。

佐倉市のDIC川村記念美術館に、友だちと行ってきました。

kawamura-museum.dic.co.jp

 

 

わたしとジョゼフ・コーネルとの出会いは、高校生のとき。

1992年。今から27年前。

美術準備室に、このポスターが貼ってあったのがきっかけ。


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このポスターを見て、「あ、これはあたし行かなあかん!」と思いました。

小さい頃からスクラップやコラージュが好きで、一人でよく作っていたし、お気に入りの箱にお気に入りのものを入れてときどき眺めるのも好きだったから。

 

美術の先生に頼んでこのポスターをもらって、部屋の壁に貼りました。

自由な校風の、個性的な先生たちの中でも、美術の先生は一番好きだった。

会期がはじまるまで毎日毎日ポスターを見て、楽しみにしていました。

 

滋賀県立近代美術館は小学生の頃から、お世話になってきた美術館。

日本の、世界の様々な表現やアーティストを紹介してくれました。

今も厚い信頼を勝手に寄せている。去年平塚で小倉遊亀展に行ったのも、きっかけはやはりこの美術館。

 

このときの展覧会は、コーネル没後20年。日本ではじめてのジョゼフ・コーネルの回顧展で、神奈川県立近代美術館滋賀県立近代美術館大原美術館川村記念美術館と巡回していたらしい。

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そのときも、本や美術の話をよくする友だちと行って。

そしたらもう大好きになっちゃって。

なんであたしの好きなものばっかりあるん?

なんであたしこういうの好きってわかったん?と大興奮。

高校生にしては高かった図録も迷わず買いました。

それから高校卒業して家を出るまで、たぶんずっとポスターは貼ってあったんじゃないかなぁと思います。

 

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その話を昨年末、友だちがひらいてくれた「お気に入りの図録を見せびらかし合う会」で披露させてもらい、自分でも深い愛を確認したところで、熱い思いを抱えての今回の再会となったのでした。

 

 

好きすぎるものや自分の人生に関係があるものってやっぱりとても冷静にはなれなくて、うう...よかった...としかもう...。

 

コラージュ、箱、モンタージュフィルム、手紙、日記、習作...。
こんな貴重な展覧会を企画してくださってありがとう!

 

このポスタービジュアルもすてき。ポスターが黒で、チラシが白。にくい。

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▼夢中すぎてぜんぜんメモとれなかった。箱だけの部屋があって、そこは何回も行ってしまった。滋賀からも4箱きていて、1992年のポスターの箱もあった。また会えた!!

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▼ポストカード。たまらん...。ぜんぶ大好きなやつ。DIC川村美術館が持っているのも多いのよね。どうしてなんだろう。川村さんがお好きなのかな。今回は日本の美術館で所蔵しているものばかりで、この手分けして持っている感じとか、学芸員さん同士が「コーネル展やりませんか!」「コーネルほんま好きー」とか言ってるのかなって勝手に想像してむふむふした。

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▼展覧会限定マグネット。後ろにマグネットシートをつけた。かわゆい。

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▼図録はまだ刷り上がっていなくて予約。この洋書は観たことのない作品が載っていたので思わず購入。

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▼いつかどこかで買った宝物のポストカードブック。もちろん使えるはずがない。
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一緒に行った友だちと話したり、図録を読み返してみて、そうだよねぇ、と思ったのは、わたしはずっとコーネルの箱作品が好きなのだけれど、「好きなものだけを詰め込んだ宝箱のようなもの」という印象は持ったことがなかったなぁということ。

受け取っているのは、「特定の精神の状態」という感じが近い。
それは詩を読んだときになる状態とかなり近い。
わたしは詩人としてコーネルを見ていたのかもしれない。

自分自身から切り離され純化された記憶
森羅万象の神秘性、霊性、Spirituality
「外」への永遠の憧れ
深淵なイマジネーション
気配や痕跡の探究......

10代のわたしは、実際どのあたりに共鳴していたんだろうか。
あの頃のわたしと語ってみたい。

 

今回あらためて1992年の図録を読み返してみて、評論の中に、「近江八景」という言葉が出てきたのがおもしろかった。近江八景とコーネル作品の世界と、言葉ではうまく言えないのだけれど、通じるものがある。このことはしばらく転がしてみたい。

 

また、思いがけず、ディアギレフのバレエ・リュスとの交差が見つかった。わたしの中ではここ10年の中でインパクトある出会いのひとつがバレエ・リュス。様々な芸術のハブのような役割を果たしている。

 

図録の作品に現れている一つひとつのモチーフの意味も知ることができる。

個人の変遷だけではなく、作品制作に至った文化、技術、宗教、人種、地域な歴史や時代があることを知るとますます理解が深まるし、愛が深まる。

 

作品とは、その作者がどのように世界を見ているかの表れ。

鑑賞者とは異なる世界の入口に立って、表れ方を解きほぐし、背景にあるものとのつながりを見せてくれる編集や評論は、混沌の中に確かな視座と解釈のきっかけを与えてくれる。


図版も論文も豊富に載っていて、
個人的鑑賞体験も閉じ込められて、
形状も美しく凝らされていて。


ああ、ほんとうに図録という書籍が大好きだっ...!

 

 

▼別のとこの桜ですが、こういう季節に行ったなぁという思い出に。
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忘れたころに届くであろう本展覧会の図録が楽しみです。

 

冒頭に「もうわたし今年はこれだけ観られたら十分」などと断定しておいてなんだけれども、どうも今年は行きたい展覧会、いい展覧会が続々と待機していて、とてもうれしい。

 

次に楽しみにしているのは、東京ステーションギャラリーの「メスキータ展」。

bijutsutecho.com