ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

オソイホドハヤイ〜モモを精読する読書会 vol.10

 「いま、『モモ』を精読する読書会」に参加している。

参加しているといっても、今までの10回のうちの2回だけ。
3回出るはずだったけれど、寝坊してしまったので、2回。

 

寝坊してしまうくらいにスタートが早い。

朝6時からはじまって、8時までの2時間。

 

どうしてこんなに早いんですか?と聞いたら、

・昼間の予定に関係なく開催したり、参加できるから。
・小さい子どもを育てている人も、参加しやすいように。子が途中で起きてきても日曜朝のテレビを観せつつ、「8時までだからちょっと待ってね」と約束することもできる。

ということだった。なるほど!!

 

複数回、連続で、必ずひらいていくと約束した場には、それが成立するためのしつらえが重要なのだ。

 

きょうは目が覚めたら6:20で、ぎゃっとなって慌てて入室した。

間に合ってよかった...。

 


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わたしがこの読書会がとても好きなのは、しつらえ方、進め方にも理由がある。

・当日扱う章をその場で15分読み進める(当日まえの下読みも推奨されている)
・そのときに「あ!」と思った箇所に付箋を立てておく
・章を辿りながら、各自が立てた付箋の箇所とそこにまつわる感情や経験などをシェアする。
・シェアしながら、「類似のものとしてこんなものがある」「つまり何を表しているか」「別の見方をすればこうとも言えないか」など、考察を深め合う。

これはわたしが読書会をひらくきっかけになった映画『ジェイン・オースティンの読書会』と同じタイプの進め方じゃないか...!!ということに先ほど気づいた。

章に分けて読んできて、皆で対話して深め、底からつかんできた体験と共に次回の読書会までの日常を生きる。

(そのときの思いが懐かしいので貼っておきます→

 

「ああ、あれはこないだの読書会で話したことと関係がある」とか、もっと言語化されていなくて、ああ、しんどいなと思うときに、あそこにいたときの「感じ」を思い出すだけで、小さな灯りやきらめきや温度にふれられる。

 

もしこの本をみんなで読んでいなかったら(読書会に参加していなかったら)、一体どんな「あいだの期間」を過ごしていただろう、と思うぐらいの、貴重で豊かな体験になる。

 

強く強くおすすめして引き込んでくれた友人に感謝。

 

 

 

 

今回の章は、16〜18章。

モモにとっても、読者にとっても、ひたすら辛い、怖いパート。

 

「お前なんかいなくなれ」という人たちと
「お前なんかいてもいなくてもどうでもいい」という人たちがほとんどの世界で、
わずかにつながっているかつての友だちは変わってしまって(というか変えられてしまって)、
探している友だちはなかなか見つからなくて、
唯一相談できていた友だちもどこかへ行ってしまって、
ああ、もうくたくた...。

 

あまりの孤独と不安に、思わず、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてしまった。

 

わたしの人生の経験にこんな「モモがあじわっている孤独」はなかった。

この本を読み始めてからずっとわたしの頭をよぎっている、ナチスホロコーストのことなどがまた思い浮かぶ。

ドイツ語版(原文)のほうもひらきながら読んでいると、灰色の男たちの話し方や言葉は、まるでナチスのSS(親衛隊)のように聞こえて、冷酷さが半端ないのだ。(それをリアルに感じることができて、ドイツ語を勉強しておいてよかったとも思うけれど)

 

今でこんなに怖いのだから、子どもの頃はもっと怖く感じただろう。でも、こういう怖さや闇を、子どもたちを怖がらせるためではなく、この世にあるものとして、知恵として分かち合い、受け継ぐために、70年代頃の表現物は誤魔化しもせず、幼稚な子ども扱いもせず、真摯に手渡してくれていたのではないか。


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今まで記憶の底にあった、「モモは特別な子、強い子だから、共感できない」という思いが徐々にほどけてくる。モモだって疲れるし、怖いし、絶望もする。

孤独に打ちひしがれるし、わけがわからなくて混乱するし、時間の花のことなんていっそ知らなければよかったと嘆いたりもする。

わたしの中にもモモのように、ハタと気づいて大切な人を助けるのは自分しかいないと気づき、運命を引き受ける覚悟を決める勇敢さがあるし、疲れていてもどうにか進まなきゃいけないと、自分の全部をつかって歩を進めていく忍耐もある。

 

そんなモモのがんばりに寄り添ってきて、18章の終わりにこのソファが出てきて、とってもとってもホッとした。

 

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子どもの頃にはわからなかった「時間の花」がどういうものなのか、この読書会に参加して、みんなとじっくり話して、ようやく解けてきたような気がする。

ふと、古代ギリシャでは、時間には二種類あるという話を思い出した。
量的で計測可能な時間・時刻であるクロノスと、質的で次元を超える時間(とき)であるカイロス

そのどちらの時間も扱っているのが時間の花。

さらに、カイロスは遊びや物語ることと関係がある。分かち合うことができて、それは富となる。

クロノスだけで生きるのは、分かち合うことができなくて、人から奪ったり、捧げたりしているうちに、人間性を失いやすい。

時間だし、主体や自由と言ってもいい。

 


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具体と抽象についても、考えた。

具体だけを見ていると、「わたしは同じ経験をしていないので関係ない」と線を引けてしまう。

抽象(メタファーやフィクションやファンタジーといってもいいのかもしれない)は、そこから何をどう読み取るか、感じ受け取るかの力を鍛えてくれる。ありありと想像するということ。

80年代を境により表現の可能性を追求し、より誰にでもわかるリアリティを画面全体に作り込んでいく流れが起きた。クロノスの時間の中で効率よく理解したり、考えることなく消費できたり、想像力の余地もないほどに描き込まれて、先回りして説明される表現が、今もまだまだ続いている。

生まれたときからこのような表現に慣れている人たちと、どう鑑賞体験を分かち合っていくのか、という問いも生まれた。

わたしなりの答えとしては、流れ自体は止められないし、それを批判だけしていても進まない。表現がいかに詳細になっても、結局のところ人間が処理できる能力には限界がある。どこかに集中して観たり聞いたりすることしかできないし、気分的な疑似体験から先に進むことで、個別性というのは確認しあえるし、その中で表現を鍛えていくことはできる。それならそれで。

 

でも極まってしまえば、いつかどこかの時点でいつかつまらなくなって、逆行していくのではないかとも思う。

わからないことがよい、という原始に還っていくときがくるのではないか。そのために、人類が重ねてきた表現や様式や形式を置き続けることが大切だと思う。

 

ひとつの物語を、様々な形式で楽しむことも最近は多い。

小説、漫画、TVドラマ、アニメ、映画、演劇、ダンス、ミュージカル、歌舞伎、朗読、展示...

人それぞれ合う形式、好みの形式で受け取れる。そういう選択の幅の広さが生まれていることに関しては、希望ではないかと思う。

 


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自分のお仕事について、また探求が深まっていった。

「わたしは何をしているのか」というようなこと。

 

日常の中にしつらえた、かまくらのような、特別であたたかくておいしくて親密な場で、作品について対話して、そしてまたねと別れて日常に戻っていく。

 

 

主催のライチさんの感想。ひらいてくださってありがとうございます。

ameblo.jp

 

 

その価値がわかっている人たちと、一緒に遊んだり、物語をすることをして、ますます富を分かち合っていきたい。

次回はついに最終回。とても楽しみ。(絶対起きる…!)

 

 

 

 

 

 

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http://chupki.jpn.org/archives/4691(田端)

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https://collageshubun2019.peatix.com/ (国分寺

▼2019年9月28日(土) あのころの《いじめ》と《わたし》に会いに行く読書会 満席
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▼2019年10月1日(火) 爽やかな集中感 競技かるた体験会
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