ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

時代が彼女を必要とした〜サラ・ベルナールの世界展@松濤美術館 鑑賞記録

サラ・ベルナールの世界展に行ってきた。

松濤美術館

https://shoto-museum.jp/exhibitions/186sara/

 

展覧会に寄せるわたしの期待

松濤美術館の『サラ・ベルナールの世界展』は1月末まで! - ひととび〜人と美の表現活動研究室

 

 

全体的な感想。

フランスの舞台芸術の象徴としての存在が大きい。(日本で言うと誰にあたるんだろう?)

今回の展示で感じたのは、時代が彼女の登場を切望していたということ。

自分たちのクリエイティビティを開花させて、実現させてくれる。

スター性を引き受け、集め、増幅する枯れない泉。

そういう熱狂をひしひしと感じた。

 

そして、残念ながら期待していたような、彼女自身のクリエイティビティにはそれほどふれることができなかった。

 

サラ・ベルナールにまつわるものはいっぱい集まっている。
証拠写真もたくさんある。

実在したことはわかった。

それまではなんだか、描かれたモチーフとして、虚像しか見えていなかったから、ほんとうにいた人なのかな?ぐらいに遠かった。

今は、実在したことはわかったけれど、わたしの中でまだ像を結ばない。

 

わたしはもっと言葉を聞きたかったのかもしれない。

彼女自身の言葉

彼女についての言葉、証言

女性たちにとっての、サラ・ベルナールの存在。

 

プライベートについてのゴシップ的な眼差しを向けているわけではなくて、アーティストとしての彼女の残した作品、表現、美意識についてもっと知りたい。

彼女の仕事についても。経営者として、プロデューサーとして。

もしかしたら、今のわたしたちから見たら、演技や舞台を見ても、当時の人と同じようには感動できないのかもしれないけれど、それでも。

 

あるいは、そういう記録がないのかもしれないし。

いや、でも生きているときから評伝も出されていたから、調べればすぐにわかることのような気もする。

 

今回の鑑賞でフラグが立ったから、またきっとひょんなところで出会えるはず。

 


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その他の感想をパラパラと。

・入ったところで流れている映像解説が、なんだかいつものようにスッと馴染めなかった。声や話し方もあるけれど、「私生児」「女流」などの言葉が気になった。今まで何気なく耳に入れてしまっていたけれど、芸術の鑑賞の側で見直していく必要のある表現がたくさんある。

・初めて知った事実多数。

 -母が高級娼婦、父は不明(この人では、という人はいる)
 -パリ・コミューンの騒動で出生届が消失し、生年や本名が不明。1840年または1844年〜1923年。
 -母方の叔母のパートナーの助言で、16歳でコンセルヴァトール(国立音楽演劇学校)に入学、22歳?でコメディ・フランセーズ国立劇場)でデビュー。以後60年にわたる芸能活動。
 -44歳?で自分の劇団「サラ・ベルナール劇団」を経営し、55歳?でパリ市立劇場を借り上げて「サラ・ベルナール劇場」とする
 -俳優だけでなく、絵画、彫刻、小説、脚本の製作も行った。
 -ハムレットなどでは男役を演じた。
 -子ども(男)が一人いた。20歳で出産。

 -「自分の贅沢な生活と息子が賭博で作ってくる借金の返済のためにいつもお金を必要としていた」
 -恋人がわかっているだけで16人、夫が1人いた。(全員の写真やポートレートが展示されている)最後の恋人は37歳年下。

 -61歳のときにリオ・デジャネイロで公演中の事故で右膝を痛め、次第に悪化、壊疽を起こして71歳のときに切断。その後も様々な病魔に襲われるが、1年半のアメリカへの巡業など、78歳まで舞台に立ち続ける。

・いろんな才能を発掘したが、ミュシャとラリックは大きい。ミュシャはジスモンダの雑誌特集の挿絵が素晴らしかったのでポスターを依頼。以降6年契約で依頼。ラリックは、プライベートや舞台でラリックの作品を身に着ける。二人が唯一コラボした百合の冠などもある。

・「ジャンヌ・ダルク」のポスターで、くるくるのくせ毛が嫌でストレートボブにビジュアルを変えさせたという逸話。もしかしてコンプレックスだったのかな。

・俳優(芸能人)が商品広告のアイコンになる、ということを大々的に始めた人と言える?「あのサラ・ベルナールも使っているこの商品!」
・写真で見ていると、骨太でがっしりして丈夫そう。顔立ちも体つきも女性的にも見えるし男性的にも見える。恋人に男性も女性もいたらしい。たぶんジェンダーを超える存在だったのでは。
・「装飾過剰で絵画的な興趣に富んだ」部屋の内装。というあたりは、映画『ディリリとパリの時間旅行』にも出てくる通り。実際の写真もそんな感じ。

・恋人と言われていた、画家のルイーズ・アベマが描いた、別荘でのサラの絵にひきつけられた。1921年、死の2年前。背を少し丸めて、どこか遠くを見る、寂しげな眼差し。青い瞳。どんな気持ちで描いた、描かれたのだろう。

 

 

お土産

中学生のときに、友だちがミュシャが好きで、一緒に展覧会に行った気がする。ジスモンダのポスターのことはよく覚えている。

あの頃読んでいた清水玲子さんの漫画に、アール・ヌーヴォーアール・デコからインスピレーションを受けたと思われるファッションが描かれていたから。

似ている!と思った。

 

ハムレット」「トスカ」「メディア」がカッコよかったので、ポストカードをお土産に。

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サラとの次の出会いが楽しみ。

 

おまけ。

ルネ・ラリックの作品は、このあとバトンタッチのようにはじまる展覧会でじっくり味わえる。東京都庭園美術館にて。

www.teien-art-museum.ne.jp