お能のコメンタリー上映という、画期的なイベントに行ってきた。
https://www.sunny-move.jp/sunny/speventinfo/
能が上演されている映像を流しながら、能楽師の演者が一人、楽器奏者が一人、それぞれの立ち位置から、どこで何が起こっているのかを解説してくれるものだと思われる。
何の演目を観るのか、申し込み時点では不明でした。
でも、これは行ってみたいぞ!と思ったのは、リード文にグッときたからなのです。
能を観慣れない人からすると、そのパフォーマンスは一切隙のない完璧なひとつの構造体のように思われます。
しかし人の手によって築かれた芸術であるからには、そう易々と成り立っているわけではありません。
生の舞台を淀みなく遂行するための能楽師たちの暗躍がものすごく小さな単位で目の前にあふれていることに、
観客は気付く余地もありません。それはとてもスリリングではないでしょうか。
知る必要はないかもしれないけれど、知るとその凄味が迫力を増します。
能の静謐な舞台で密やかに巻き起こっているあらゆることを、目と耳を凝らして追いかけてみます。
特に、
知る必要はないかもしれないけれど、知るとその凄みが迫力を増します。
というところが好き。
コメンテーターは、
のお二人。
「弱法師」の公演映像を一曲まるまる流しながら、シテ方と小鼓方の能楽師さんが掛け合いのコメントを入れていく。
おもしろかった!!
なんとなんと、聴いてみたかった話がどんどこ出てくる。たとえば、
・舞台のどんなシーンで、どんな感覚でいるか、何を考えているか、何が見えているか
・舞台に出るまでに何をしているか、どんな心境か
・身体的なことも含め、どんな役作りをしているか
・何をどこまで決める権限があるか、どこまで自由か
・どんなふうにその作品や登場人物を解釈しているか(超個人的、超主観的に)
・何を大切にしているか
・あなたにとってお能とは
特にグッときた話は、
・舞台で恐怖心がある。朝起きて行きたくないぐらい嫌。でも幕から出るとだいじょうぶ。おそらく記憶することに対する恐怖心がある。
・各流儀による謡の違いがあり、一文字違うと鼓を打つタイミングがズレてしまって破綻する
・能は到達すべき点があるが、技術点を狙っていくのではなく、未知のことに挑戦していく気持ちを持ちたい。そして相反するようだが、実は破綻しているほうが、人間惹きつけられる
・ありとあらゆるトラブルを自分の中にストックしておく
・アクシデントが起こる可能性を徹底的に排除することと、人に訴えられるものをつくる、その狭間にある
・お稽古は、ぶち壊されること。こうやったらいいと教えてもらうことではない。(ある程度の水準になったら、ということかな?)
わぁ〜これを書きながら思い出しても、やっぱりいい時間だったなぁ。
教科書に書いてあるような、客観的で正しいことではなくて、ご自身の実感や感情や心境や体感の話が聞けたことが、すごく貴重だった。
それに加えて、ご自身の役や流派、経歴などの立ち位置が掛け合わされて、唯一無二の感覚としてシェアされた感じがした。
あくまでわたしの個人的な感覚だけれど、
パフォーマー、アーティストの方は、その芸や表現、作品やパフォーマンスを見てもらうことが最も重要なので、そこまでの制作過程、思考・思想、その人自身の人生と表現の関わりについて、出すことを好まれない方が多いように感じている。
特に伝統芸能に携わる方が、自分の実感を話す場というのは、なかなか珍しいし、貴重だと思う。
ワキ方能楽師の安田登さんは講座、講演、執筆など多数されていて、ざっくばらんな感じで表現されているけれど、お能の世界全体からいったらやっぱり特殊だろうなぁという気がする。
「弱法師」も観てみたかったので、こんな贅沢な解説で予習ができてうれしい。
この曲について聞けば聞くほど、今のわたしたちの社会で起こっていることの映し鏡という感じもする。600年も前の作品なのに、とても今必要なものを見せてくれている。
まだ記憶が新鮮なうちに観たいなぁ。
自分なりのペースで少しずつお能のことを知っていけるのが、いつまでも、喜び。
★「能ってなんなん?」シリーズ。よかったら聴いてください。