*個人の感想ですが、鑑賞行動に影響を与えると思います。公開前ということもあるので、左右されたくない方は、読まずに、またはいつでも途中で退出してくださいませ*
試写状をいただいて観てきました、『プラド美術館 驚異のコレクション』
2020年4月10日公開の映画です。
観るにあたっては、まずこれが基礎知識ですね。
プラド美術館(Museo Nacional del Prado)とは
- 公式HP(英語版)https://www.museodelprado.es/en
- スペイン・マドリッドにある国立美術館。
- 2019年11月19日。開館200周年を迎えた。つまり開館は1819年。神聖ローマ帝国滅亡後、フランスに対する独立戦争が興り、ナポレオンのスペイン領制圧を経て、独立戦争が集結し、スペイン王が再興した頃。ゴヤはオープンのときまだ存命だった。
- 所蔵作品は、15世紀から19世紀にかけての代々のスペイン王家のコレクションが中心。
- 所蔵品は油彩画、素描、版画、彫刻など、2万点超。展示されているのは、このうちの1,000〜1,500程度。また3,000点が他の美術館(企画展等)や研究のために貸与されていて、残りは収蔵、修復の状態。
- 所蔵作品自体の時代は、12世紀のロマネスク様式の壁画から、19世紀のフランシスコ・デ・ゴヤまで。特に16世紀、17世紀の西洋美術を代表する重要な作品を所蔵する。
- エル・グレコ、ティツィアーノ、ムリーリョ、ズルバラン、リベラ、ソローラ、ヒエロニムス・ボス、ゴヤ、ベラスケスなどの芸術家による重要な作品を所蔵。特にゴヤとベラスケスの作品群は世界一の規模。
実はわたしは、13年ぐらい前にスペインを旅行したことがあるのですが、マドリッドでプラド美術館に行ったのかどうか、記憶がないのです。
マドリッドにいてプラドに行かない...ってそんなことあり得るのか、って感じですが...。行ったけど忘れたのかな。うーん。
ソフィア王妃芸術センターでピカソの『ゲルニカ』を観たのはありありと記憶があるのに。こちらは20世紀現代アートを所蔵展示している国立美術館です。
こちらも大変見応えあります。プラド美術館からは徒歩10分。https://www.museoreinasofia.es/en
さて、映画の話。
どんな映画か。
うーん、これはもうほんとうに語り尽くせない要素がたくさんあります。
ほんとうに膨大な量のことが次元や時間や地理を超えて、ぎゅっと詰まっていて。
まずは印象としては。
とにかく非常に気合いの入った、プラド美術館のプロモーション映画。
スペイン(もしかしたら、マドリッドを中心としたスペイン、かもしれないけれど)の誇るプラド美術館を、この200周年と機に世界に再び発信するんじゃーい!!という気概を感じます。
プラド美術館が持っているのは、いわゆる古典と言われる時代の作品。
国の宝ではあるけれど、ただ所蔵して展示替えしていくだけでは、ただの昔の古いもの、観光資源としての消費の産物。
そうではなく、今の時代を生きるたちとして、ここまでの文脈・鉱脈を辿りながら、どのように新たに解釈して価値づけし、次代に遺していくか、その挑戦の一環としての映画製作なんだ......ということをわたしは受け取りました。
プラド美術館はなんのために興り、なんのために存在しているのか、そしてこれからどんな価値を提供していくのか。
どんなコレクションを持っているかのビジュアルの確認なら、ウェブサイトを見に行けばよいわけですが、(これはこれですごい贅沢なページ...>Collection - Museo Nacional del Prado)
人間って「有名だから関心を持つ」わけではなくて、必ずそこに橋を架けてくれる存在がある。
この映画で言えば、
スペインにルーツを持つ人、プラド美術館に携わる人にとってなんなのか、という語りや物語の体験を得ることで(編集や脚色も含め)はじめて、どんな価値があるのか、どのように見たらいいのか、「わたし」にとっての価値は何か、を考えられるようになる。
とにかく、プラドは誇りなんだ、プラドはすごいんだよ、と思っている人たちの姿をみるだけで、何をか感じざるを得ない。
惜しむらくは、「これからの構想」をもう少し観たかったな。
映画でインタビュイーとしても出てくる建築家のノーマン・フォスター卿がプラド美術館200周年記念事業「諸国王の間」のリノベーションを担当しているそう。
それがどういう計画で、何を目指しているのか、というところまでもう少し観たかった。
まぁ、この映画を作っている段階で出せることがこの範囲だったのかもしれないけれど。
ちなみにノーマン・フォスター卿の「卿」という称号。LOAD。もともとの爵位なのか一代の称号なのか。
映画『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観たときも、へえ、イギリスってそういう一代だけの称号とかがあるんですね、と思ったんでした。
メモがわりにこの記事を貼っておきます。また調べる。
美術ドキュメンタリーというジャンル
映画の印象としては、昨年観たこちらを思い出しました。
「プラド美術館」もつくりがけっこう似ている。
圧倒的な情報量の多さと、かなり振り切ったストーリーの編集、脚色がある。
ナレーション、作品、インタビュー、関連風景がメインで、俳優を使った演技や再現シーンなどはないけれど、音楽も含めて、かなりドラマティックな仕立て。
単なるドキュメンタリーを超えて、実際にあるものを材にとりながら作られた、こういう一つの創作ジャンルという感じ。
なんと呼べばいいのかまだ名付けられないけど、今回は「美術ドキュメンタリー」と呼ばれていたので、わたしもそのように呼んでみることにします。
こういうジャンルを映画として展開する流れが、ここ3年ほどきているなぁという印象です。
「これこれこういう人、こういう物としてのイメージがあるけれど、実は今の時代としてあらためて見てみると」という切り口や編集で語り直されている、出会い直しに橋をかけてくれています。
画家、彫刻家、歌手、映画監督、、など、いろんなパターンもありますね。
知っていた人には新鮮な視点を。
知らなかった人には出会いのきっかけを。
映画がますます幅を広げ、進化していってるなぁという感じがします。
だれにとっておもしろいか。
これは完全にわたし個人の見解です。
とにかく情報量が多い。盛り盛りです。
固有名詞もたくさん出てくるので。
歴史的、文化的背景の基礎知識も要求されます。
なんらかの自分のバックグラウンドと引っかからないと、辛いかな、という感じもします。
...ああ、あの絵どっかで見たことある、名画って言われてるやつだよね。
...よく覚えてないけど世界史で暗記した中にある。
...スペイン、イタリア旅行で観光したなぁ(これから行ってみたいなぁ)。
など、
何しらヨーロッパの歴史の流れや、その土地に身体を運んでみた経験、あるいは根本的な関心などがあったほうが楽しめます。
ざっくりとでも。
それがないと、どうしても情報と映像の洪水、という感じになるかもしれないです。
基本は既にあって、そこに流れをつくって、新しく魅せている。
ある文化圏、ある関心層の人にとっては既知のことは、一から説明しない。
NHKスペシャルなら、日本の人にとっての文脈を添えてもらえますけどね。
もちろんその文化にいなくても、関心が薄くても、「これによって新たに知る」ということもあるかと思います。
それが映像の力だと思う。
美術、芸術、スペインの歴史のことをもっと知りたかった!
という人にとっては、わくわく楽しい美術館ツアーです。
乗り物で連れて行かれるアミューズメントパークのアトラクションみたいです。
いろんな知識欲が刺激されて、
あとでこれ絶対調べよう!
そういうことだったのか!
そういう面もあったのか!
など、Amazing!な体験が続くので、いっときも目が離せません。
なんというか、「速い」のですね。
視覚的、感覚的、思考的にとても速い。
どんどん話題やテーマが展開、転換していく。
処理の速度が要求されている感じがする。
これについていけるとすごく楽しい。
だけれど、「間(ま)」がなさすぎるのと、絵の中の物語と、当時の時代背景と、現在との時間軸が行ったり来たりするので、集中していないと振り落とされてしまう。
振り落とされるというのは、処理が停止して、映画と自分との間が断線してしまう状態です。
観るときはぜひとも前日によく寝て。
そして、鑑賞中は集中できる環境をつくるとよいと思います。
振り落とされちゃったと思われる方々が、わたしの周りでよくお休みになっていましたので...。
映画『クリムト エゴン・シーレと黄金時代』のときは吹き替え版でしたね。
字幕版でこの情報量だから余計にキツいんだろうなぁと思っていましたら、やっぱり吹き替え版もつくるんですね。よかった。
今井翼、プラド美術館の魅力映すドキュメンタリーで吹替を担当(コメントあり) - 映画ナタリー
余談ですが、
『みんなのアムステルダム国立美術館へ』は、カッコよさとか、ドラマティックとか、情報の処理などとは無縁で、のんびりとしていて、可笑しくて、こういうのもよかったです。
感想いろいろ
参考になるのかわからないので、自分のメモ書きとして。
- 「それってそういう絵だったのか!」「この人そういう人だったのか!」
基本的に鑑賞者はどんな作品でも展示物でも自由に観て、自分なりの印象や感覚を持ったらよいのですが、古典絵画の読み解きに関しては、一定の学説に基づいた正解があるので、それを踏まえていないと十分に味わえない部分があります。それを映画の中ではたくさんの作品を挙げながらずーっと見せてくれます。王朝、戦争、同盟、宮廷内での私的な出来事など。
あとは画家と宮廷との関係、画家の人生ももちろん。 - 旅行でトレドのエル・グレコ美術館に行ったときに、たくさんの作品を観て、自分の中に一定のエル・グレコの解釈があったのですが、この映画でそこに新たな光が当たったというか、色彩が加わった感触があります。
- スペインおよびヨーロッパの歴史を美術・芸術の面からおさらいしているけれど、あらためて膨大で細かいなぁと驚嘆です。当地の歴史の教科書ってほんと一体どうなっているのかしら...。とりあえずこういうものも調べながらプレスシートを読んでいる。もっともっと歴史をわかりたい。
- もちろんその中でも、いろんな解析技術の発展や、修復の過程で発見される新しい事実があって、そこからまた解釈が広がって、ということがずっと行われている。その、美術館の裏側で起こっている壮大な営みを感じられます。
- 冒頭で館長、副館長、修復担当者、建築家、俳優、舞踏家など、そのあとも映画全編を通して登場してくるインタビュイーが、自分の「推し作品」を挙げていくところが好きです。「気分や時間帯によって選ぶ絵が違う」...そう、やっぱりそうですよね!
- それぞれの絵には経緯や記号や意図があるけれど、収集は「特別な戦略はなく、心の赴くままに」していったというところが、いい。
- 修復担当の人の語りが詩的でよかった。「絵が語る声を聞いて」とか。偏愛に導かれて仕事をする裏方の人の話っていい。修復の部屋が天井が高くて、柔らかい光の明るい部屋なのが印象的。
- その時代の人にとって絵画とはどういうものだったのか、を追っていける軸もあってよかった。「官能的な絵」の話題のところとか。
- どうしてスペインにヒエロニムス・ボス(フランドル)やティツィアーノ(ヴェネツィア)のコレクションがあるの?という疑問が、歴史の流れと共に説かれて、とてもわかりやすかった。
- 現代もほぼ同じ製法で作られている芸術や工芸の工房が映るところも印象深かった。タペストリーの工場、金細工の工房。今も世界のどこかで、このような職人が技法や伝統を受け継いでいっているんだ、という驚きと喜びと感謝が湧く。
- 女性の画家、静物画、裸体画、セクシャリティ、アイロニー...当時は理解や受容がされなかっただろうものが、今見ると最先端!
誰の言葉だったか忘れたけれど、慌ててメモに走り書きした。
人間は自分たちが想像するよりはるかに大きなそんんざいです。
美は魂が喜ぶこと。
美は私たちの心を動かし、窮地から救ってくれるのです。
芸術は日々の生活のほこりを魂から流してくれます。
ほんとうに、そう思う。
「暇で恵まれた人が余剰や余暇の範囲で楽しめばよい」というものではない。
なくてはならない、人間の普遍的な営み。
それを思い出させてくれる館の存在。
伝統と革新。
勇気づけられる映画でもありました。
おまけ。
ナビゲーターがジェレミー・アイアンズ!
個人的に「おお...」と思ったのは、ジェレミー・アイアンズがナビゲーションしてくれるところ。
世界的に有名な俳優で、有名な作品いろいろありますが、
わたしにとってはもう、デヴィッド・クローネンバーグ監督『戦慄の絆』の人!
これしかないって感じです。
1988年の映画で、ジェレミー・アイアンズが一躍有名になったきっかけの作品です。
たしか中学生か高校生のときに観たんです。
今観ても絶対おもしろいと思うなぁ。
そういえば、ジェレミー・アイアンズはイギリス、ワイト島の出身。
先日観たMETオペラ『蝶々夫人』の演出を手がけた、アンソニー・ミンゲラもワイト島の出身だったなぁ。ここでもつながってくる。
そうだ、そしてわたしは、プラド美術館に行ってなかった疑惑があるので、
生きているうちに行きたい!
短時間での回り方を親切に書いてくれてる人がいたりする。
まぁそうだよね。膨大なコレクションだから、時間がかかるだろうねぇ、と想像する。
行く前にまた予習して、映画「プラド美術館」で出てきたやつだ!と言いたいですね!
公開は、2020年4月10日です。お楽しみに。
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