ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

何度でも出会い直す漫画『CIPHER』

ふと思い立って、漫画『CIPHER』の文庫版、全7巻を買いました。

▼今新刊で出ているのは愛蔵版。

 

4年前に自主開催で『CIPHERを語る会』をひらいたり、

hitotobi.hatenadiary.jp

 

LaLaの原画展に行ったり、

hitotobi.hatenadiary.jp

 

......と、あれこれしていたわりに、肝心のコミックは手元になかったのです。

すみません、すみません......。

 

いやー、ほんとうに買ってよかった。このタイミングで。

 

読み返してみたら、また新たな発見がありました。

好きなシーンもたくさん「再」発見しました。

ジェイク(シヴァ)がはじめてディーナに会って家に招かれ、家族と夕食を共にして、ディーナの歌に泣くエピソードのところで、わたしも泣いてしまいました。

 

『CIPHER』は世界の広さを見せ、異なる価値観に触れさせてくれた漫画でした。

人生を歩む上で大切なことがたくさん描かれていた。

なぜあんなにも惹かれたのか、今になってわかる。

より深く意味を受け取っています。

 

ダイバーシティや多様性という言葉がまったくなかった時代に、この漫画を通して、教わったことは数知れない。

特に今回読んでいて注目したのが、

・尊厳、尊重、選択、権利、責任。

・ゼロに戻る。新しく始める。

・トラウマ体験

・家族の物語

・回復途上で感じる痛み、悼み、嘆き

・依存と自立

・人間の孤独

・語ること、聴くこと、対話

・感情表現

・処罰感情

・贖罪

・同じ事象を別の側から物語ること

 

非常に今日的なテーマ。

 

 

見ないことにされてきたたくさんの感情やプロセス。

間(あいだ)にあるものが、丁寧に描かれています。

 

憧れと共にたっぷりと吸収した大切な養分は、大人になった後も、ずっとわたしを支えてくれているように思います。

 

消えない、枯れない資本として。

 

単に「懐かしい〜」というだけでない、わたしを構成する大切な要素であることを確認します。

 

一方で、それだけ心を配っていた表現の中にも、「今読むとOUTだよね」というものもある。本編もだし、文庫版が発刊された1997年当時に書かれた解説にも。

それ自体が悪いと言うより、たぶん時代が大きく変わったということ。

そう思えることに、隔世の感があります。

ギョッとする自分がいるということが喜ばしい。

当たり前のものとして流していて、心がざわついていることも感じられなかった。

ゆるされなかった時代を思えば、自分が生きている間にこれほどの変化を見ることができてうれしい。(でもまだまだ、変えていきたい)

 

 

「あなたと友達になりたいの!」と風のように登場し、ほんとうに友人として交流していく最初の主人公、アニス。

対等で誠実な関係から恋愛感情へと発展していく健やかさは、あの当時にはなかった全く新しい価値観でした。

本の学校が舞台の、男子・女子を「意識」させる「少女漫画」にない恋愛。

恋人とのキスも「ロマンチックでムーディな雰囲気の中で、女の子が待っている(してもらう)キス」ではなくて、対等な人間同士のキスだった。

そう、人間同士の関係がまずあってこその、恋愛だよね、という揺るぎない土台。

今にして思えば当たり前だけれど、当時そういう作品は他には見られなかったなぁ。

恋愛至上主義に適合し、性別役割をがんばっていた、わたしの10代で実現は叶わなかったけれども、漫画を通して、あの対等で尊敬しあう関係性がこの世界に存在すると知っていたことは、とても大きかったです。

 

このあとTV放映された「ビバリーヒルズ高校白書」は......恋愛ばっかでしたね^^;

 

  

携帯電話もスマートフォンもEメールもSNSもない時代。

コミュニケーションは電話か手紙か掲示板。

カメラはフィルム。

パソコンはMacintosh 128K。初代Mac

 

ハルがUCLAに通いながら、プログラマーの仕事としているというのも、時代を考えるとすごい。

それでも不思議と古さを感じないのです。

 

 

そうそう、解説を読んで驚いたこと。

キャラクターたちは持ち服を着まわしているんですよ。文庫版の5巻の解説、声優の中川亜紀子さんという方の、「限りがあるワードローブ」で指摘されていて、気づきました。

これ、ほんとびっくりした。

他にも、バッグや持ち物もだし、部屋の中のインテリアや小物も、変わらない。

当たり前かもしれないけれど、たぶんその書き込みや設定の緻密さが半端ない。

 

6巻の北海道立函館美術館の学芸員の穂積利明さんという方の「『CIPHER』ー僕らの成長物語」でこう書かれていました。

つまり成田美名子の絵は印刷されたものをはるかに超えて完成度の高いものだったのである。とりわけ、この『CIPHER』については粒揃いだったと思う。そのうまさたるや、テーブルの上にさりげなく置かれた赤い飲み物が、ブラッディマリーやストロベリーマルガリータなどではなく、カンパリソーダであるとはっきりわかるほどである。

ひぃーーー。

でも、ああ、だからこそ、この世界があることが信じられる、わたしたちもその物語の中で息をすることができるのだな。

 

思わず、こちらの画集も買い求めてしまいました...。

 


f:id:hitotobi:20200315185003j:image

 

今回気づいたものをキーワードで並べていきます。

1985年〜1990年の日本に、どれだけ新しかったか。

そして普遍的であるか。

 

・人権

・人種(アフリカ系、プエルトリコ系、インド系、日系)

・人種差別

・治安、暴力、虐待を受けた女性のためのサポート機関、「父から娘への性暴力」(ニュース番組の画面に)

・家族の物語。養子、血縁。離婚、再婚。

・身体障害

ベトナム戦争

アメリカのお祭り。感謝祭、聖パトリックデー、独立記念日、ハロウィン、クリスマス、自由の女神100年記念

・NY(東海岸)とLA(西海岸)の文化の違い

・サマーキャンプ

・キルト作り、ベビーシッターのアルバイト

・生理(月経)、ナプキン、タンポン

・ブラジャー

・薬物。薬物依存症。Coke(コカインの俗語)、ジェイ・ジョイント(マリファナタバコの俗語)、エイズエイズ検査

・男性の自活、自炊

・離婚仲介業者(ディボース・メディエーター)、精神療法医(サイコセラピスト)

・洋楽。トンプソン・ツインズ、ペットショップボーイズ、マイケル・ジャクソン、マドンナ、マンハッタン・トランスファー、スティング、カルチャークラブ、プリンス、ワム!

・歌、ゴスペル、黒人霊歌(ビッグママが歌う'Round about the mountainはこんな曲だった)

・体温計の表示温度が違う。99.8度(華氏)=37.5度(摂氏)

・グルーピー

・仕事、俳優、モデル、撮影現場、演技、プロフェッショナル

・ドレッドヘア、ラスタマン

ルッキズム

・自宅出産

・TVで「スター誕生」の放映。(2018年もリメイクあったね。『アリー/ スター誕生』)

 ・アートスクール、コロンビア、UCLA、ハーバード、SAT

・1968年/キング牧師ケネディ大統領暗殺、1969年/ウッドストック、月面着陸

ルームシェア

・書く表現

・事故死後の遺族の人生

・身障者のためのボランティア

・スポーツ

カインとアベル、聖書、宗教、信仰、祈り

 

ああ、もう書ききれない...。 

背景だけではなく、忘れられないセリフやシーンもたくさんあるんだよなぁ。

 

そうそう、一卵性の双子の人は、どんなに似ていても、片方といっぺんより仲良くしていたら、すぐに見分けがつくようになる、というのは本当です。「あれ、なんで見分けがつかないって思ってたんだろう?」っていうぐらい似なくなる。ほんと不思議。

この漫画のおかげで、双子の人に失礼なこと言わないようになったのも、学びだったかも。

 

 

CIPHERという作品に、人生の早い時期出会えてほんとうによかった。

わたしと同じように「懐かしい〜」が湧いた人はぜひ、その先に鑑賞を深めてみてほしいです。

受け取るものは当時よりずっと多く深くなっているはず。

 

そして、はじめて出会う人にとっても、これはきっと良い物語だと思います。

おすすめします。 

 

 

この先も何度も読み返す名作です。

 

 f:id:hitotobi:20200315121454j:image

 

 

_____________________

鑑賞対話ファシリテーター、場づくりコンサルタント、感想パフォーマー

seikofunanokawa.com