ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』鑑賞記録

今月末にチュプキさんと対話の会をひらくため、鑑賞した。


『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

ikutsumono-katasumini.jp

 

 

この映画の関係者の方とたまたまお話する機会があったときに、「前作にもやもやしている方にはぜひ観てもらいたい」とおっしゃっていて、「へえ〜」とは思ったけれど、それでもなかなか積極的に観に行こうと思えなかった。


それほどに、前作には大きな違和感があった。

違和感について4年前にブログに書いた。

hitotobi.hatenadiary.jp

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今読むと稚拙な書きぶりが恥ずかしいが、自分なりの大事な視点も入っていて、今回の鑑賞に活かされているので、書いておいてほんとうによかったと思う。

 

 

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、『この世界の片隅に』の公開から3年の月日を経て、250カット以上の作画を追加し完成した作品。

「ディレクターズカット版」や、「すず&りん編」ではなく、(さらにいくつもの)を真ん中に入れ込んだタイトル。

追加された(さらにいくつもの)が意味するものは、実際に観てみるとよくわかる。

 

原作にありながら、前作では描かれなかったりんと主人公すずの関係を中心に、すずの新たな面を取り込んだことで、周りの人物が生き生きと立ち上がっている。どのシーンにも感情が映り、物語の世界の大切な一部となっている。

いくつもの片隅の物語が動き出し、簡単に善悪のつけられない、複雑で混沌とした世界の有り様が描き出されている。

 

完成度の高さに息を呑んだ。

そう、これが観たかった、これだよ、これ!と観ながらわたしは興奮していた。

原作世界への深いリスペクト。

声優、俳優の素晴らしい演技。

アニメーションにしかできない映像と音響の革新的な表現。

全方位に技術の進歩を感じる仕上がり。

感情の繊細な動き。緻密さと余白。

 

それでわかった。

前作で削られていたものの中には、わたしの、多くの女の人たちの、かつて子どもだった人たちの生にかかわる大切なことがあったのだ。

ゆえに削られたことがこれほどまでに苦しく、悔しかった。

そこは見ない、ないことにされたようで。

また、それが削ぎ落とされた世界を、多くの人から絶賛されていたことが辛かった。

 

「すずさんの知らない面を多く見て戸惑った」というレビューを見かけた。

そう、複雑な存在だ。誰しも。

誰にも言えない気持ちを持っている。心の奥底に秘密があるし、いろんな感情がうごめいている。精錬で優美で邪悪で陰険だ。繊細で雑で、清純で妖艶で、子どもで大人で、弱くて強い。矛盾に満ちた複雑な存在だ。

相手との関係によって見せる面がくるくると変わる。

人間は役割や設定を生きているわけではない。

 

暑い時期に観ているので、映画の中と重なってきて、考えることが多かった。

 

戦争を背景に、その時間を生きる人たちの姿を見、

人たちの姿を見ながら、戦争を見る。


「この人たち」が命をつないでくれたから今の自分がいる。その人間のたくましさや希望を見る。

それと共にわきあがるのは、市民が、被害も加害も、とにかく現実を何も知らされていなかった、知り得なかったことへの無力感。

まだ聴いていない無数の片隅の物語が、あとどれだけあるのだろうという徒労感。

2020年の今もなお知らないことや、ふりかえれていないこと、課されてきた宿題の膨大さ、甚大さ......。

 

そして、なにより恐ろしいのは、もしも次に戦争になったとしても、もはやこのような画ではない可能性が高いということ。

言い方が難しいが、、映画は、戦争の恐ろしさを伝える役割やふりかえりの機会を提供しながらも、わたしたちの中の戦争のイメージを固定化する危険性もどこかはらんでいる、とも思う。今後起こり得ることについて考えるときには、他にも様々な叡智を駆使する必要がある。(参考図書:戦争とは何だろうか

......など様々な思いが胸をよぎる。

 

いや、まずは日本全国津々浦々、共有できる状態になった、知るところになった、ということが大きいのか。広島や長崎や沖縄で育った子どもたちは、その土地固有の学びとして、「平和教育」でこのような物語は、おそらく繰り返し繰り返し扱われてきたことだろう。この映画によって、それ以外の土地で育った人たちにも届いた。

さらには、世界へ。

 

 

ひと言では語れない。白黒つけられない。やりきれない。

でもそれだけじゃない。何かを言葉にせずにはいられない。

 

これもまた、わたしたちの生きている世界。

わたしたちが見てきたいくつもの片隅の物語。

このことを、映画を通して共有できる有り難さ。

 

ぜんぶ最初から丁寧にすくって描いてもらえた気がした。

再び作ってくださってとてもありがたく、報われたような気持ちになった。

 

前作を観た方も、新しい作品を観るように、出会ってほしい。


必見。

 

 

チュプキさんの音響は、「防空壕サウンド」の異名を持つほど、爆撃音や砲音などがリアルな轟音と振動で伝わってきます。わたし自身、想像以上の恐怖を味わいました。感じ方は人それぞれですが、「自分はきっと苦手だろう」と自覚されている方は、音量調整が可能な「親子室」での鑑賞をお勧めします。お一人でもご利用できます。

 


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____Information____

7月25日(土)夜、Zoomにて

オンラインでゆるっと話そう『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を開催します。

chupki.jpn.org

 

 

▼チュプキさんのロビー、今こんなんなってます。
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