ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

HIS『アウシュヴィッツ強制収容所 ピーススタディツアー』参加記録

10月の終わり、旅行会社のHISが主催する、

アウシュヴィッツ強制収容所をめぐり考える、ポーランド ピーススタディツアー

というオンラインの場に参加した。

ptix.at

 

企画、運営しているのは、HISのスタディツアーデスクという部門。

https://eco.his-j.com/volunteer/

ホームページを見たところ、ボランティア、インターンシップ、文化交流、体験プログラムなど、テーマも幅広く、中学生から大人対象のものまで、さまざまなツアーを手掛けているようだ。恐らく新型コロナウィルス感染症拡大により、大打撃を受けていると思われる。

ある日気づくと、オンラインスタディツアーの情報がわたしのSNSのタイムラインに流れてくるようになった。

その中の一つ、「アウシュヴィッツ強制収容所をめぐる」というツアーに惹かれた。

 

 

何度も書いたり話しているが、ナチスドイツとホロコーストは、わたしが子どもの頃からずっと追っているテーマだ。

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uyography.blogspot.com

hitotobi.hatenadiary.jp

note.com

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

追っているわりには、踏み込めていない領域がいくつもある。

例えば、ドキュメンタリー映画『SHOAHショア』を観ること。

そして、アウシュヴィッツ-ビルケナウ強制収容所に見学に行くこと。
いつかいつか、と思いながら、まだ果たせていない。

現地ツアーのお誘いをいただいたことがあったが、金銭的にも物理的にも難しい時期で、お断りせざるを得なかった。いや、もし何もハードルがなくても、わたしは行っただろうか?というと、実は勇気がない。

2004年にドイツの南部にあるダッハウ強制収容所を見学したことがある。アウシュヴィッツとビルケナウで、あれ以上のものを見るのかと思うと、自分の精神が持ち堪えられるのか、かなり不安がある。そのぐらい、現地で体験したことは大きかった。これは行ったことがある人でなければ共有しづらい。そして、身近な人で、それを体験したことがあるという人にまだ会えていない。

そんなふうにいつも心の片隅で気になるテーマとして持ち続けてきたところ、オンラインでふわりと飛べるツアーがある、しかも、ガイドはポーランドで生まれ育ち、普段からアウシュヴィッツ-ビルケナウ強制収容所跡や博物館でガイドを務めている方だという。

これだ!と思い、すぐに申し込んだ。

多くのユダヤ人が虐殺されたアウシュヴィッツ強制収容所を訪ねると、普段私たちが当たり前だと思っている現実が、少し異なるように見えるはずです。
私たちはもしかしたら知らないうちに誰かを傷つけているのではないか?
そういうシステムに飲み込まれてしまっているのではないか?
差別や偏見のない、命を尊ぶ、寛容な社会をつくるには何が必要か、考えさせられます。(Peatix告知サイトより)

学校の講義でもない、カルチャーセンターの講座でもない、NPONGOの活動でもない、一般企業、旅行会社がこういったメッセージを発信している企画というところも、新鮮で興味深かった。

 

 

事前に「今回のイベントで楽しみにしていること、聞きたいことや知りたいことがあれば、ご自由にご記入ください」というアンケートがとられていた。

当日は、そのアンケートから、他の参加者がどのような関心を持ってこの場に来ているのか、シェアするところから始まった。

 

アウシュヴィッツに行きたかったがツアーがキャンセルになって行けなくなった方

・実際に行ったことがあって、あらためて話を聞いてみたい方

がおられて、恐らくはわたしのように行ったことはないが、この機会に学びたいという方も多くいらっしゃったと思う。

アウシュヴィッツホロコーストについて、ポーランドではどのような教育が行われているのか

を知りたいという声もあったそう。わたしもアンケートにそのように書いた。

ガイドのアンナさんはポーランドの中でもアウシュヴィッツへの最寄りの経由地であるクラクフ出身ということだったから、そういった話はぜひとも聞きたかった。聞くことで、日本の歴史をどのようにふりかえり、伝えていくべきなのか考えたいと思った。

 

ツアーの目的においても、「ポーランドの視点から語ります」という前提共有がなされた。

1. アウシュヴィッツの歴史的背景、普段見落とされている特徴を知る。

2. アウシュヴィッツ博物館の現在の様子を把握する。

3. ポーランド人の視点から見たアウシュヴィッツホロコーストを共有する。

 

1. についてはスライドを使っての説明。この時点ですでに知らなかったことが満載で、一つひとつの事実についての背景と意図が加えられた丁寧な説明に、メモを取る手が間に合わず、歯痒いほどだった。

2. については、主にグーグルマップの航空写真や、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館のヴァーチャルツアーページを使いながらの説明。アウシュヴィッツ強制収容所(第1収容所)とビルケナウ絶滅収容所(第2収容所)を順番に辿りながら、その違いについて、生活や処遇について、これも一つひとつ丁寧に、まるでその場で見ているかのような錯覚を覚えるほど、時間をかけて説明があった。

何度も鳥肌が立っていたが、オンラインのバーチャルでこれなのだから、実際の広大でもっと情報量の多い現地では、一体どれだけのことを感知するのだろうか。

▼ヴァーチャルツアーページ

panorama.auschwitz.org

 

3. については、アンナさん自らまちへ出て、ポーランド人の10代の若者4人と、社会科(歴史)の教員にインタビューしたときの動画を共有してもらった。

衝撃だったのは、これだけのことがあった場所を抱えていながらも、時代と共に学びの機会や理解が薄れていくという現実だった。教育で扱い、大人同士で語り合い、若い人たちへ語り継いでいかなければ、いつかなかったことになってしまうのでは、と恐怖を覚えた。

同じ「ポーランド人」といっても、犠牲者、加害者、協力者(ナチスの)、援助者、傍観者と立場はそれぞれ異なり、受け止めも異なるということも聞いた。これはドイツ人の中でもそうであったし、ナチスドイツが侵攻した国ではどこも起こったことだ。

また、現政権が保守で右傾化することで、教育の思想も変わり、方針も変わり、スローガンが変わっていく。政治や経済、宗教や元々の差別の歴史も複雑に絡み合っていくというシェアもあった。

 

......どれもこれもが、日本でも当てはまる事ばかりだ。ツアーを終えての1カ月以上、なかなか記録を書き出せなかったのは、この重い宿題をもらっているためだった。

 

最後にアンナさんからの「自国の歴史を見直す必要性がある。歴史を過去のこととしてのみ見るのは大きな間違いだ。歴史に学ばない現実があることを残念に思う」との言葉を噛み締める。

 

一度起きたことは、もう一度起こりうるということだ。-プリーモ・レーヴィ
"It happened, therefore it can happen again: this is the core of what we have to say." -Primo Levi

 

歴史を記録し、記憶をつなぐことは、使命である、とあらためて思い至った学びの時間だった。

 

 

ツアーで見聞きして共有したいことは細部に渡り多くあるが、なかなか簡単に書ける内容ではないので、ぜひ実際にスタディツアーに参加してみてもらえたらと思う。

知っているようで知らなかったことにたくさん出会えると思うし、断片的にでも学んできた人にとっては、これまでの知識や経験が一本の流れに集約されるような感覚を持つと思う。

 

終了後にわたしが送ったアンケートより。

アンナさんの丁寧なガイドと文明の利器(Zoom、バーチャルツアーページ)のおかげで、とても没頭して参加することができました。

アンナさんの人生の背景とガイドで得られた知見が余すところなく感じられて、現地にいなくても、とても血の通った質量のある経験を受け取ることができました。最後の質問の時間には、アンナさん個人として、本当の気持ちを話してくださって、心が震えました。ありがとうございます。

第1収容所と第2収容所の違いについては、プリーモ・レーヴィのことを調べているときにぼんやりと把握していましたが、詳細に解説していただくことによって、より像がはっきりと立ち上がりました。今後アウシュヴィッツホロコーストに関する史実、作品にふれる時にも大いに役立ちます。

これまで断片的に得てきた知識や経験が、きのうのスタディツアーによって一気に統合されたような感触もありました。

身体を運んで行ったことで言えば、ダッハウ強制収容所やベルリン・ユダヤ博物館を訪問したときに観たもの、聴いたもの、感じたこともそうです。

ある意味、現地にいない、距離を保ちながら接近したことによって得られた体験ではないかと思います。企画、運営してくださったHISさんに感謝です。

ポーランドの社会科の先生や、学生さんたちのインタビュー動画も、どこかからとってきた素材ではなく、アンナさん自身がインタビューされた、その準備の過程にもとても感謝の気持ちがわきました。

第2収容所のバラック内は、ツアー中は観られませんでしたが、そのおかげで今朝起きて自分でウェブサイトに行って調べることができました。こうして自発的な学びの余地が残されていたことがありがたいです。

当日まではどこか、通りいっぺんのことや、もう知っている基礎的なことを、子どもに噛んで含める様に話されるのだろうかと、勝手にうがった見方をしていましたが、その予想は大いに裏切られ、振り落とされまい、見逃すまいと、必死にメモを取り続けていました。学びの喜びがありました。

また、顔も名前も詳しい参加動機もわからないけれども、多くのみなさんと、オンラインでつながりながら体験できたことや、今世界中で起こっている悲しみと苦しみ、やりきれなさまでも分かちあえて、うれしかったです。

 

今後の同ツアーの予定は、FacebooktwitterPeatixなどで確認できる。

また後日、「アンネの日記」ゆかりの地をめぐり考える、アムステルダム ピーススタディツアーにも参加した。こちら側からの景色も学ぶことで、さらに立体的になった。

ツアー参加上は必須条件ではないが、『アンネの日記』を読んでから参加すると、体験の深さが全然違うので、個人的にはおすすめしたい。


アウシュヴィッツ-ビルケナウ博物館のサイトから、日本語の資料がダウンロードできる。全編カラー、充実の内容だ。

http://auschwitz.org/en/more/japanese/

 

こちらはツアーでシェアしてくださった動画。
今年1月のアウシュヴィッツ解放75周年式典でのMarian Turski(マリアン・トゥルスキ)氏のスピーチ。

おそらく私は次の(80周年の)記念祭を見ることができないでしょう。これは人の理です。
ですから私が言うことには感情的な部分があることを許してください。

これから話すのは、私の娘、孫、- 彼らがこの場にいてくれる事に感謝しますが – 彼らの仲間であり、つまりは新しい世代、特に最も若い、彼らよりも若い世代に伝えたいことです。(スピーチ和訳より部分)

https://newsfrompoland.info/historia/marian-turski-speech/