『サード・キッチン』という小説を読んだ。
都立高校を卒業しアメリカ留学した尚美は拙い英語のせいで孤独な日々。どん底に現れた美味しくてあたたかい食事と人種も性別もバラバラの学生たちが、彼女を変えていき……感動の青春成長譚!(河出書房新社HPより)
なんとなく外国語、語学の周りをウロウロしながら生きてきたわたしとしては、劣等感のくだりは非常に身につまされた。想像の中ではあんなに饒舌なのにな、というあたり、きっと留学経験がない方でも、持っていかれてしまうだろう。留学していた(している)友人や家族のことを思い出す人もいるだろう。
諦めと疲れの日々の中で起こる、あのドアを開ける瞬間!
自分でもどうしてそんなことができたのかわからないようなこと、何かに背中を押されるときってある。思えばあれが始まりだったというようなこと。
あの言葉が溢れ出す瞬間!
変化とは、やはり人と人との関わりの中で起こってくるんだと思える。
それも知っている!自分が体験したはずもないことまで、なぜか知っている!
主人公の尚美と一緒になって、わたしもドキドキ、ワクワクした。
人がこの世界に居場所を見つけ、立っている場所を確かにしていく姿って、力強く、美しく、貴い。
それを包むサード・キッチンの暖かさ、明るさ、光。
美味しいものを共に食すことの豊かさ、確かさ。
希望に満ちる物語。
尚美が、本当の意味で世界に触れていく感じがたまらなく愛おしい。
他者のマイノリティ性やルーツに、ただ生のそれに触れることから、自分のそれとも向き合えるようになる。向き合っていく勇気をもらえる。
過去を知ることで、今と未来の見え方が変わっていく。想像力が豊かになっていく。
手段や選択肢をもっとたくさん思いつける。
すべては理解できなくとも、擦れ合うことを恐れず、理解に努め続けること。
今の時代を生きる上で、大切なことがたくさん詰まっている。
この本のことも思い出した。
12章に描かれた1998年「イラク・ティーチ・イン」は、自分もその場に参加しているような臨場感。わたしが知らないアメリカが、たくさんあるのだ。
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大学で学ぶことの意義は、こんなふうに異なる背景を持つ人たちと交流しながら為していくことにあると考えると、必要なコマをオンライン講義を受けてレポートを提出するだけというのは、やはりだいぶ足りない。
一時的な対策として仕方がなかった時期はあったかもしれないけれど、生活や日課が持ち込まれたり、場所が共有されたりすることで相互に刺激を与え合うことが、学ぶ土台を作るのではないか......。そのときの社会情勢について議論することも、とても大切なこと。(まとまらないけれど、今思いついたので記しておく)
これは10代の人たちにも読んでもらいたいなぁ。
今は進学も留学も厳しい時代だけれども、何かヒントをくれるような、あるいは、もっと具体的に夜食のおにぎりみたいな、そんな存在になる本ではないかな。
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白尾作品でいつも「やられた!」と思うのが、自ら殻を破るまでの道のり。
あの誰にも知られたくないような状況や、内心でうごめいている恥と情けなさの感情が綴られてしまうところ。
わたしの中にもあるそれらを、迎えに行ってよしよししてあげられたような読後感。
それをさせてくれる白尾さんの書き振り。前作『いまは、空しか見えない』からさらにパワーアップしている。恐るべしである。これからの作品も期待大。
アメリカの大学での一年の物語なのだけど、寒い時期のくだりが印象的で、とても今の気分に会う。うん、ほんとうにぴったり。
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著者の白尾悠さんは、何年か前に友人に紹介してもらってお会いした。ぜんぜんフォーマルな場ではなくて、「いつもの友だちんちでごはんを一緒に食べた」というゆるっとした場での出会いだ。
小説を書いておられることを知って、デビュー前から応援していた。
今作もいろんな人に読んでもらいたいなぁと思っている。
私、鑑賞対話ファシリテーターとしては、やはり読書会をひらきたい。