新宿のK's cinemaで上映中の「台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集」を追っている。予定が合うものはできるだけ観たい。
https://www.ks-cinema.com/movie/taiwan2021/
きょうは『日常対話』を観てきた。英題:Small Talk
https://tdff-neoneo.com/2018/lineup/lineup-173/
オフィシャルトレイラーよりも、監督のアカウントでアップされているこちらが内容を写していて、どんな映画か観たい人にとっては良いと思う。
監督は、黄惠偵(Huang Hui-chen、ホアン・フイチェン)。2016年の作品で、この秋に日本で公開となる。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)は、エグゼクティブプロデューサーとして関わっている。
ひとつ屋根の下、赤の他人のように暮らす母と私。母の作る料理以外に、私たちには何の接点もない。
ある日私は勇気を振り絞り母と話をすることにした。ビデオカメラはパンドラの箱をこじ開け、同性愛者である母の思いを記録する。
そして私も過去と向き合い、心に秘めた思いを母に伝える…。
ホウ監督がエグゼクティブプロデューサーを務め、彼の作品等に音楽を提供しているリン・チャンが音楽を担当した、家族の傷を癒すドキュメンタリー。
(K's cinema ウェブサイトの作品解説より)
実は、つい2、3日前までこの作品を観るつもりは全くなかった。視界には入っていたが、今の自分には観る理由がないと対象外にしていた。
ところが、たまたまYoutubeを観ているときに候補にあがってきた番組で、聾の親とCODA(Children of Deaf Adults)の間の会話を映しているものを観ていて、ふいに『日常対話』の作品解説を思い出した。
「聞こえない親として、聞こえる子を育てるのはどうだったのか?」を尋ねる息子や、「ぼくがカミングアウトしたときどう思った?」と聾の母に尋ねる息子(彼は、元は女性の身体で生きていた人)の姿に、『日常対話』の監督が重なった。
かれらの間にある「目に見える」コミュニケーション手段と、親子として積み重ねられてきた歴史、社会の中でマイノリティと目される人たちの実感、この社会の有り様。
普通であれば他人が見ることのないようなやり取り。親子の間だからこそ、カメラの前だからこそ出てくるような話も多く、ぐんぐん引き込まれて何本も観てしまった。
そして今、このタイミングで『日常対話』を観たほうがいいと思い、チケットを購入した。予感は的中した。
静かな語りとカメラワークによって、少しずつ開かれていく過去。
母と娘のあいだにあること、あったこと、母の半生、そして娘自身の半生。
娘からの質問の手は緩められることがない。カメラを向ける誰に対しても、「なぜ?どうして?」「それは何なの?どういうことなの?」「どう思うの?」と問いかけ、踏み込んでいく。
その一定の緊張が、観客を最後まで連れていく。この対話の帰結を見届けさせる。
それほどに必死なのだ。彼女はこの映画に賭けているのだ。この先を自分が生き、母も生き、娘も生きるために、これをやらねばならない、という強い意志を感じる。
それでいて、露悪的ではない。いや、写っていないところにあるのだろう、そういう大事なことは。
対話を重ねる途上では、歴史の中で差別され、虐げられてきた女性の姿が次々と浮かび上がってくる。さらに、そこからも黙殺されてきた、性的マイノリティの存在もある。(追記: 映画の中の「母」は、性的に惹かれる対象が女性ということに加え、性自認が男性寄りな印象をもった。社会的な抑圧から「女性」ということにしているだけで、性自認は男女二項ではないということを知れば、違う言葉が出てくるのではないか。)
親戚の言葉も厳しい。「それはあまりな物言いではないか」とも思うが、わたしはこの感じを知っている。わたしの母も祖母もこんなふうだった。戦争は終わったようで、ぜんぜん終わらなかった。女たちは泣き続けた。そのうちにたくさん嘘をつき、知らないふりをし、何も感じなくなっていった。自分が生き延びることに必死で、誰もがなりふり構えなかった時代。傷に侵され、人を傷つけ、自らも傷つける男たち。
ああ、なんという多くの犠牲!
世が世なら、と思う。
それでも、希望はある。
動き出す時間。
抱きしめる過去。
伝えることのできなかった愛の言葉。
物語の終盤、娘が仕掛けた行動が、呪いを解く。
過去は変えられない。
しかし意味付けは変えられる。自らが語り直せる。
新しい関係をはじめられる。
わたしは映画が終わってほしくなかった。
まだまだ観ていたかった。いつまでもあの人たちを見守っていたかった。
日常「会話」ではなく、日常「対話」の意味が、さざ波のように押し寄せる。
『日常対話』は2021年夏に公開予定とのこと。
物語は書籍化もされており、まもなく刊行予定だ。クラウドファンディングには参加できなかったが、ぜひ読みたい。
http://thousandsofbooks.jp/project/tmama/
2019年5月に同性婚の成立を果たした台湾。この作品は歴史の記録としても貴重だ。
ぜひ多くの方に出会っていただきたい作品。
追記(2021.8.16)
監督インタビュー
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