ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

映画『HHH:侯孝賢』(台湾巨匠傑作選)鑑賞記録

新宿K's Cinemaで上映中の台湾巨匠傑作選2021侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集を追っている。

 

4本目は、『HHH:侯孝賢』。英題:HHH:Portrait of Hou Hsiao Hsien

侯を撮ったオリヴィエ・アサイヤス監督のドキュメンタリー。1997年制作。


批評家時代から台湾ニューシネマを積極的に世界に紹介し、監督デビュー後もホウ・シャオシェンからの影響を公言して憚らない、フランスを代表する映画監督の一人オリヴィエ・アサイヤス『イルマ・ヴェップ』(96)『パーソナル・ショッパー』(16)『冬時間のパリ』(18)ほか)が、ホウ監督とともに台湾を旅しながら、彼の素顔に迫った貴重なドキュメント。当時『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の脚本執筆中だったチュウ・ティエンウェン、ウー・ニェンチェンほか、ホウ監督と共に台湾ニューシネマをけん引してきた映画人たちのインタビューを交えつつ、『童年往事 時の流れ』(85)『冬冬の夏休み』(84)『悲情城市』(89)『戯夢人生』(93)『憂鬱な楽園』(96)の映像と共にホウ監督とアサイヤス監督が作品にゆかりのある鳳山、九份、金瓜石、平渓、台北をめぐる。撮影監督はエリック・ゴーティエ。表題の「HHH」は、ホウ・シャオシェンの英語表記Hou Hsiao-Hsienからとっている。(K's Cinemaウェブサイト

小説家で「風櫃の少年」(84)以来すべての侯作品の脚本を手がけているチュー・ティエンウェン、「悲情城市」などの脚本家のウー・ニェンチェン、台湾ニューウェーヴの多くの重要な作品を支えた録音のドゥ・ドゥージー(本作の録音も担当)、台湾ニューウェーヴの盟友チェン・クォフー、「憂鬱な楽園」に主演したガオ・ジェとリン・チャンなど、ホウ監督作品の主要な人物へのインタビューなどが見られる。(MOVIE WALKER PRESS

 

 

f:id:hitotobi:20210508081354j:plain

 

ドキュメンタリーにおける、撮る側と被写体との関係はいつも気になる。

この作品では、被写体である侯孝賢は、監督のオリヴィエ・アサイヤスを「映画人」として、「自分の親愛なる理解者」として信頼し、真摯に語りかけている。

その様子に観ているわたしは、リラックスと刺激と両方を感じる。



このドキュメンタリーでは1997年。24年前。侯孝賢は50歳。『憂鬱な楽園』(1996年)と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998年)の間の時期。若々しく充実していて、「まだまだこれからだ!」というエネルギーに満ちあふれている。

2021年の今、台湾ニューシネマは遠くになりにけりだが、台湾史にも映画史にも残る記録として、このフィルムは貴重だ。時代の変化は早く、ここに映っている人も景色も、今は姿をすっかり変えてしまっているだろうから。

侯自身の言葉で語られる映画のワンシーン、撮影エピソード、あの土地や場所、人の話。挿入される映画。個人の語りから見えてくる時代、社会背景、政治、外交。

台湾は、わたしの想像以上に日本と近い国だったのだ。わたしは何も知らないということを知った。日本占領下の時代、国民党の戒厳令の時代、民主化の時代、そして現在。もっと知りたい。

台湾の人のたちのほうはむしろ日本のことを知っている。たとえば、侯がカラオケで歌うのがまさかのあの人のあの歌だ。

 

コンテストにも出たことがあるというほどの侯の美声に聞き入りながら、映画が終わる。

侯のルーツ、生い立ち、アイデンティティ、人柄、映画への思いや美学。中国と香港とのあいだにある台湾、歴史の中を生きる個人。

たっぷり知る、学ぶ92分。
これは台湾映画を知りたい人は観るとよい一本。

 

 

●自分の記録用に印象的な箇所を残しておきたい。※観ていない方は注意

・小さい頃にあそんだ県知事公邸や廟の思い出
→侯の映画でなぜあんなにも自分自身の中の記憶の中の光景や感情にふれるのか、理解できた。ありありと思い浮かべている自分自身の記憶を映画に投影しているのだ。

・雀の捕り方(冬冬の夏休みに登場。短い説明だが、この話を聞いたあとで作品をみると、なんとも言えない気分!)

外省人としてのルーツ。両親は台湾には数年のつもりだった。すぐに戻るつもりだったから家具が竹製だった。/朱天文(チュー・ティエンウェン)の実家(冬冬の夏休みに登場)は内省人で、土地に根ざしている。あの世代がいかに物を大切にしてきたか。他人の家庭を見て、育った環境の違いを知り、自分の家庭を理解した。

外省人内省人の対立、軋轢、分断、違和感、複雑さ。ここでは平和な違いとして言葉に出されたが、ドキュメンタリーの中では、白色テロ二・二八事件でその違いが悲劇を呼んだことも示される。現代は薄れているようだが、ある一定年齢までの世代にとっては、複雑な問題なのだろう。

・祖母は中国に帰りたがっていた。/先祖の墓がないから、故郷と思えない。
→映画の中に故郷喪失者を描く。たとえ台湾人にしか理解できない「事情」だとしても、目配りがあることが物語に厚みと広がりを持たせている)

・バクチにケンカをよくした。
→侯作品でよく登場するもの。彼自身の体験に根ざしている。「オス的なものが好き。トップを争うこと」と語っている。

エドワード・ヤンの家でパゾリー二の作品を見て、映画を撮る上での視点がクリアになった。ヤンは日本家屋に住んでいた/ヤンの家にみんなで2日おきに集まった。ホワイトボードがあって。懐かしい。わたしにとっては作品より重要な時間。最もクリエイティブな瞬間だった。/ヴェネツィア映画祭で侯が金獅子賞を獲ったときは、ほとんど号泣だった。あなたを誇りに思う。
→最後の二つは侯とヤンの共通の友人で、脚本家のチェン・クォフーの言葉。このシーンよかった。

戒厳令中、検閲を受けた。

→検閲。つまり思想と言論の統制。こういう厳しい時代に台湾映画が撮られていることを今回初めて知った。

・インタビューが展開されている場で起こったり、カメラが追っているさまざまな風景もこの作品の見所。侯が中国茶を入れてくれる所作、食堂での野菜の仕込み、観光客の行き交う様子、など。外国人から見た、台湾の文化風俗を新鮮に見る視点を日本人であるわたしもまた、共有できる。

・当初はアフレコが主流だったが、同録が可能になってきた。ナグラを使っていた。若い監督が新しいことをはじめるので、撮影スタッフも機材に投資したかった。侯はしてくれた。/スタッフを育てることが大事。

・『悲情城市』で映画が文化ということが、国際的に認められたことで理解された。

・わたしにとって映画とは、自己形成とかつての自分に気づくこと、他人を理解するためのもの。/過去を撮るときにロマンティックになるのではなく。どこに視点を置くか、どういうスタンスをとるか。過去と同じように現代とも距離をとれる。/劇場を持つのは夢。/セリフは枠組み。俳優が相手の言葉に反射的で自立的になってほしい。丸暗記すると表情が出ない。反射で動くと人の心に響く。だからリハーサルはしない。/2テイクやってダメなら中止。進まなければ表現手段を変える。/自分の作品の登場人物への批判はない。悲哀とは言えないが運命のようなものを感じる。社会に対する観念を画面に盛り込んでうるさくなる。初動の頃の直接的なパワーや新鮮さ、そういう感覚に戻りたい。

→映画や映画制作への思い、美学。作ることで迷ったときに読み返したい。

・台湾の社会はどこか原始的。オス同士の戦いにパワーを感じて興味がある。誰がボスかで争っているような。男なら男らしくしていたい。今後は女声が絶対強くなる。世界が変わる。でもわたしは闘争的でオス的な世界に憧れる。
→この正直さ!!相手がオリヴィエ・アサイヤスだから出てくるのだろうか。

・歌への気持ちは特別。一生懸命に歌で感情が出せたら気持ちいい。
→なぜ人が歌うのか、の秘密を見たような気がする。

 

以上!

 

2019年 TOKYO FILMEX上映時のオリヴィエ・アサイヤス監督登壇。

youtu.be

 

テキスト編

【レポート】『HHH:侯孝賢』オリヴィエ・アサイヤス監督Q&A | 第20回「東京フィルメックス」

シネフィル的な視点ではなかった。ホウ・シャオシェンの映画を紹介しようとか彼のテーマを分析しようとかではなくて、ひとりのアーティストのポートレートとして、ホウ・シャオシェンという人間その人、友人としての彼をおさめたかった。(レポート本文より引用)

“台湾ニューウェーヴ”がなぜ起こったかということですが、当時台湾には戒厳令が敷かれていて、それに対抗するような知的階級のムーブメントがあったんですね。抑圧的な台湾の文化政策からの解放、台湾の政治や現代社会に対しての言論の自由を謳った人たちがいました。そうしたジェネレーションが小説などを契機として、映画の世界にも広がったと認識しています。(レポート本文より引用)

 


今回の特集上映、我ながらいい順で観ている。

『恋恋風塵』→『日常対話』→『風が踊る』ときて、今回の『HHH: 侯孝賢』。そしてこの日は連続して『冬冬の夏休み』を観た。少しずつ理解を深めている。ありがたい特集。

 

hitotobi.hatenadiary.jp

 

hitotobi.hatenadiary.jp

 

今回の特集で台湾映画を観るたびに、あらためて『春江水暖』は侯孝賢や台湾ニューシネマのDNAを受け継いでいると感じる。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

読みたい本がまたできた。 

 

 

検索していて見つけた、NYのミュージアムの特集上映のトレイラー。かっこいい。

youtu.be

 

__________________________________

鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

seikofunanokawa.com


初の著書(共著)発売中!