ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

映画『童年往事 時の流れ』(台湾巨匠傑作選)鑑賞記録

 

新宿K's Cinemaで上映中の台湾巨匠傑作選2021侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集を追っている。

11本目は侯孝賢監督『童年往事 時の流れ』1985年制作。
原題:童年往事、英語題:The Time to Live and the Time to Die

概要・あらすじ:

童年往事 時の流れ|MOVIE WALKER PRESS

童年往事 時の流れ : 作品情報 - 映画.com

 

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侯の自伝的作品。7割が事実とのこと。『恋恋風塵』『冬冬の夏休み』『HHH: 侯孝賢』を観てからこれを観たのは正解だった。

10代の頃にこれは観ていなかった。今回が初の鑑賞。
 
しかしこの映画のよさ、素晴らしさを一体何と表現すればよいのか......言葉に詰まる。

映画の中で生きている人たちと共に生きる。
事の次第をただ見守る。
それだけのことが、なぜこんなにも心に残るのだろうか。
わたしの心はなぜこの映画にこれほど強く惹かれ続けているのか。
退屈な人には恐ろしく退屈で、忘れられない人には生涯忘れられない映画。

残像が記憶の居場所を作り、何度でもあの空気を、色を、湿度を再現する。

この記憶はわたしのものではないのに、鮮やかに沈殿する。わたしの記憶を呼び覚まし、子どもの頃にいた世界に連れて行く。記憶だけでなく感覚も。匂い、湿気、温かさ、塩気、心臓の鼓動、手触り……。

映画を観ながら、わたしもまた自分の記憶を辿り直している。良くも悪くも、それらの記憶のおかげで、今のわたしがわたしとして居られている。なんでもないようなやり取りが、なぜこんなにも記憶に残って離れないのか。不思議だ。

見るもの聞くものが、どれもこれも物珍しく目に映る一方で、自分に心当たりのある瞬間、エピソード、経験がふいっふいっと挿入されてあり、混ざりあう。映画の記憶なのか、自分の記憶なのか。そこが気持ちいい。特に舞台となっているのが、日本家屋で襖や畳があることが、日本人であるわたしには大きな影響を与えている。

侯の作品を通じて出てくるのが、「弱い父親」だが、ここでもまた父親は病に冒され、大黒柱といえるような頼りがいはない。父親が喀血しているのを穴の開くほど見つめている同じシーンが、後年母親が嘔吐しているときにも出てくる。
子どもは5人もいるが、この家は生のエネルギーよりも、死の影のほうが濃い。

父子関係で展開していくかと思いきや、物語を貫いている軸は祖母の存在だった。母語客家語は通じず、新しい地に馴染めず、大陸へ帰りたがっていた祖母。「アハ〜アハゴ〜」と呼ぶ声が、だんだん聞こえなくなり、徘徊して三輪自転車での帰宅が多くなり、やがて衰弱して、放置された状態(「死んでかなり経っていた」)で亡くなる。
この作品は、侯の祖母に対する懺悔でもあったのだろうか。最後の祖母が亡くなるまでは、同じ屋根の下に暮らしていたにしては、それまでの関係を思うと、唐突で不可解だ。観終わったあとも苦く残る。

没入しすぎず、より客観的に観ているのは、主人公のアハが男性だからだろうか。もしこれが女性だったら、まったく違う感想を持ったのではないだろうか。姉や母や祖母にフォーカスするだけで、この物語の異なる側面が立ち上がってくる。脚本の朱天文は女性だが、やはり台湾ニューシネマは男性性が強いと言えるのではないか。女性は男性を通してのみ描かれている。それでも目配りがされていることが十分に伝わってくるので、素晴らしい作品なのだ。
 
侯の作品はそもそも、見捨てられがちな、見過ごされがちな存在に覆いをしない。かといって過剰に光を当てるのでもない。そのフラットさが素晴らしいと思う。あらゆる人の立場と内面への想像をもたせながら、入り込みすぎず、客観的で、それでいて親密さを維持して、物語の最後まで夢中にさせる。
内面の描写は、独白や手紙や日記の形で行う、その効果が『冬冬の夏休み』『童年往事 』『恋恋風塵』の三部作にはよく出ている。『悲情城市』も同じく。

俳優たちの演技もただただ素晴らしくて、劇映画なのに劇映画に見えない。作り物という感じがない。でもドキュメンタリーとも違う。映画館の暗闇の中で夢を見て、あの時代を追体験しているとでも言えばよいか。

その瞬間の画面に映るもの、聞こえるものの情報量がとてつもなく多いということなのだろう。奥行きがある。一体どこまで作り込めばこういうものが出来上がるのか。侯および制作陣の才能の結晶。
 
書けば書くほど何も言えた気がしない。

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