4月某日、鷗外記念館で、『観潮楼の逸品 〜鷗外に愛されたものたち』展を観てきた。
鷗外記念館は、2012年に森鷗外生誕150年記念を節目に、元鷗外邸宅、通称「観潮楼」の跡地に開館した個人の文学館だ。
観潮楼は、鷗外がひらいていた文化サロンの名称でもある。名の由来は、かつては文京区千駄木のこの高台から東京湾まで見晴るかせたということから。不忍通りから短く急な坂を登る。千駄木駅からは2、3分なのだけれど、高低差がきつい。昔ここは海だったか、川だったかと、地形を身体で感じる。
鷗外が大切に使ったり、愛でていたりした逸品たちが展示されている。
購入したものも、贈られたものも、美術品や書画、文房具など、一つひとつに思い入れがありながら、どこか統一感があって、お互いに馴染んでいる。
一つひとつの物に由来や作り手との縁がある。その解説と共に鑑賞するのがまた良い。観潮楼にお招きいただいて、主から「これはね、かくかくしかじかの経緯で……ここのこれが良くてね……」など案内を受けているような気分になる。
元々が名家の後継ぎで、さらにドイツ留学中に文化芸術の知識を蓄え、自分でも執筆以外の創作活動も行っていた鷗外は、美術界で批評や審査などにも携わっていた。審美眼は相当なものだが、金銭的に価値の高いものというよりも、師、友人、仲間、後進の作家など、作者や送り主との関係や、手元にきた経緯や状況に価値をおいていたようだ、と解説にある。
長男の森於菟によれば、鷗外は、
真物は高いから、富豪が蔵していて、我々は見たい時に見られればそれでよい。
と言っていたらしい。
森家の子どもたちは日記を遺している人が多いが、その中には、座敷、応接間など、子どもたちの日常の中、暮らしの一部として、観潮楼の逸品があったそうだ。
常設スペースの模型(今回はなかったかも?)と見比べながら、あそこに飾られていたのか、ここに置かれていたのかと想像を巡らすのも楽しい。
一点一点、静けさと穏やかさ、鷗外の精神の奥行きを感じる。
印象に残ったもの
・大正11年(1922年)当時の物価がわかる一覧
キャラメル 10粒1箱 5銭
コーヒー1杯 10銭
帝国博物館入場料 大人10銭 子ども5銭
外国郵便 書状20銭 葉書8銭
天丼 40銭
レコード 1円
(天丼、レコードが高い!)
・煙草入箱、葉巻切りなどは、たばこと塩の博物館の体験があると、つい見てしまう。一つの博物館をじっくりと訪ねると、その後にテーマに出会ったときの印象が変わる。
・蔵書印、落款印、篆刻などの展示も。人生の節目に印章を作ったようだ。願いや覚悟などを込めたのか。
・様々な場所に書棚が作られ、妻の志げが「宅では本がたんすを飛び出てます」とこぼしたとか。本はやはりそうなりますよね!没後、形見分けしたあとは、東京大学総合図書館へ寄贈されたとか。
・漱石『彼岸過迄』大正元年、春陽堂。装丁は橋口五葉。 漱石『門』明治44年、春陽堂。漱石と春陽堂のこと、もう少し知りたいと思い、春陽堂のページを訪ねる。
・書家・中村不折の書もある。こちらも比較的最近、書道博物館を訪ねたばかり。
・山種美術館で去年出会った竹内栖鳳の画もある。
そして今回ブログに記録を残そうと重い腰を上げて書き始めて、あっと思ったのがこの事実。
長男・於菟は、当時日本統治下にあった台湾の、台北帝国大学(現・台湾大学)の医学部教授を務めた。赴任した際、鷗外の遺品を戦局厳しい東京から避難させていた。
戦後も同大学で働いていたが1947年に帰国。その際、教え子に遺品を託している。日本帰国後はすぐに受け取れず(おそらくは国交の問題か)、最終的には朝日新聞社を通じて台湾省政府に返還願いを出し、1953年に6年越しで受け取ることができた。
観潮楼は、1945年1月の空襲で、鷗外の胸像、門の敷石、庭の石、銀杏の木を残して全焼してしまうが、於菟の働きのおかげでこれらの逸品たちは難を逃れた。
わたしは5月に入ってから、台湾映画を通じて台湾と日本との関係について学んできた。もしや於菟の1947年の帰国というのは、『悲情城市』で描かれていたような、二・二八事件の影響だったのでは......?今ここで台湾との関連を見るとは。
作品と史実、自分なりに調べてきたこととの交錯が起こり、鳥肌が立った。
今回も大変よかった。
一人の作家を毎回の企画展で少しずつ知っていける。それが個人美術館・個人文学館などのミュージアムの醍醐味。
年間パスポートがあるらしい。ここ3回続けて来ているし、これからもきっと来るから、購入しようかな。
......と思った矢先、緊急事態宣言が発出されて、4月25日から臨時休館となった。現在もまだ休館中。
記念館の中にある「モリキネカフェ」。
カフェだけの利用も可。
単に「カフェが併設されている」というだけでなく、鷗外の写真が飾られていたり、メニューにプレッツェルがあったりして、さりげなく鑑賞後の味わいが続くような雰囲気になっている。
天井が高くて広々している。
窓の外には空襲を免れたイチョウの木。
何をいただいても美味しい。この日はかなりガツンとした甘味をいただいた。冬のマサラチャイもよかった。
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