ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

映画『憂鬱な楽園』(台湾巨匠傑作選)鑑賞記録

新宿K's Cinemaで上映中の台湾巨匠傑作選2021侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集を追っている。

 

※内容に深く触れています。未見の方はご注意ください。

 

17本目は、侯孝賢監督『憂鬱な楽園』1996年制作。
原題:南國再見,南國、英語題:Goodbye South, Goodbye

あらすじ・概要:憂鬱な楽園|映画情報のぴあ映画生活

 

実はこちらは劇場では観ていない。事情があって劇場まで行けなかったので、同じ時刻にネット配信で観た。観るはずだった時刻に合わせて再生したら、集中できた。

 

▼予告編(日本での上映時の予告編は見あたらなかった)

youtu.be

 

たぶんこの予告編を観て、「観てみようかな!」と思う人はそれほど多くはないだろう。(いや、いるかな?)

 

いろいろレビューを読んでから観たけれど、なんのことかさっぱりわからなくて、自分で観てはじめて、「ああ〜なるほどそういうことか〜」とわかる。そういう類の映画。

まず起承転結のあるドラマ性のあるものを観たい方は、きれいに裏切られるだろう。

雰囲気で見る映画。そう言うと中身がないみたいだな。うーん、あらすじがあるわけではない。しかし、ないわけでもない。事前に抑えておくとすごくよく映画が理解できるかというと、たぶんそうでもない。

今どこのまちにいるのか、この人は誰なのかさっぱりわからない。名前もわからないし、引きで暗い中撮ってるから、判別がつかない。かといって、置いてきぼりにされているわけでもない。ぬるま湯に浸かって気持ちよく観ていられる。

一見わかりにくいもの、ふつうでないものから、自分だけのおもしろさを見出したい人に向いているかも。何かに偏愛のある人は、世界を見るメガネや物差しがあるので、それを使って焦点を合わせて観てみると、これほど痛快な映画もない。

 

 

まず、オープニングでガッとつかまれる。

電車の最後尾車両から線路が後ろに流れていく。一瞬、『世界の車窓から』っぽいし、『恋恋風塵』を思い起こさせるのどかな田舎の風景なのだが、鉄錆のような赤色のフィルターのかかった画面に、流れているのはメタル系の音楽だ。地獄で流れているダウナーなお経みたい。最高。

現れたチンピラ同士の会話もいい。

「車じゃないのか」
「電車だよ」
「ロマンチックだな」
「久しぶりに乗ってみたら意外といける」

ちょっとかわいい。

とにかくこれでもかというほどチンピラが出てくる。

『ナイルの娘』では少し品のいいチンピラ役だった高捷(ガオ・ジエ)に、ほんとに"絶壁頭"の林強(リン・チャン)、伊能静の3人組が、ほんとーにガラの悪いチンピラを演じていてすごい。

観客の印象としてもチンピラだが、劇中でも実際に「チンピラになんかなりやがって!」というセリフが出てくる。

チンピラのくせに(すいません!)、「このお茶は香りがいい」「甘い」などと評しているのは、さすがお茶の国の人! というギャップの可笑しさがある。

 

侯孝賢映画を見慣れていると、「ほんとうにこの人はチンピラの世界が大好きだな!」とつくづく思うが、オリヴィエ・アサイヤス監督の『HHH:侯孝賢』を観ると、また理解が深まる。

南部の鳳山に暮らしていた10代の頃の侯孝賢は、まさにチンピラだったらしい。インタビューでは「台湾の雄的なところが大好きで。雄の勝った負けた、誰が一番か争うみたいな世界が俺はやっぱり好きだ」と言っている。そして、そのあとカラオケでマイク離さず長渕剛の『乾杯』を熱唱......。ぜひ観てほしい。

 

かといって、おっさんの戯言に付き合って、我慢して観てあげている感じも一切ない。楽しい。ただただ楽しい。ずっと観ていられる。コッポラが夢中になったのもわかる。

 

乗り物好きも炸裂していて、電車、バイク、車が繰り返し出てくる。

山道をバイクで走るのを長回しで撮るシーンは、やはりスクリーンで観るべきであった。

なぜかいろんなウェブサイトで、「ラストの」と紹介されているが、違う。ちょうど中ほどの時間帯に出てくる。このシーンがラストに出てくるのは、『台湾新電影(ニューシネマ)時代』だと思う。

侯孝賢にはたぶんあまりなかった、手持ちカメラで揺れ揺れのシーンなどもあり、フィルターの多用も珍しい。

 

侯孝賢らしさといえば、やはり生活の表現。食って寝ては大事。

中でも食事のシーンは繰り返し出てくる。ご飯に肉をのせたどんぶり、オープンテラスに出したテーブルに山盛りのおかず、レストランで作った炒めもの。

クローズアップされているわけではない。食卓も口元もろくに映らない、わかりやすく美味しそうではないのに、「あ、あれぜったいおいしいやつ!」とわかる。

 

 

ロケ地的に『恋恋風塵』や『風櫃の少年』をなぞっているようで、写っているのは明るい(それぞれに過酷さはあれど)、未来にひらけた10代の少年少女ではなく、入れ墨をガッツリ入れた冴えない中年のおっさんだ。腐れ縁の女にはいい加減去られようかというところ。甘酸っぱくもなく素敵でもない。どん詰まりの青春。思秋期もまだいかない、実に中途半端なところに、ぽっかりと落ちてしまっている。

人に迷惑もかけるし、短絡で浅はかだし、夢見がち。野望はあるけれど、目先のことに飛びついては行き詰まる。決定的に酷いことは起こらないけれど、大していいこともない。

ガオの「恋人はレストランをやれというけれど、占いで前途多難だからできない」と言って泣く姿はかなり情けないが、中華鍋をふる姿は実際なかなかキマっていて、これ本業にできるんじゃない?とわたしも思った。繰り返すが、ごはんがとにかく美味しそう。

 

音楽の使い方がこれまでにない感じ。ジャンルも、メタル、タンゴ、ポップス、フォーク、演歌などいろいろ。映っている画面とのミスマッチ加減が、逆にいい。侯作品を観ていてはじめて、「サントラ」という言葉が浮かんだ。サントラが出てたらほしいな。

 

歌詞に上海が出てくる「ナイトライフがなんとか〜」という挿入歌は、『風が踊る』や『ナイルの娘』のリベンジ的な意味合いも感じる。あれらの2作は唐突すぎるし、曲もダサいし、意図が見え見えで笑ってしまったが、『憂鬱な楽園』での入れ方は、めちゃめちゃカッコいい。「こういうのがやりたかってん!」という侯の声が聞こえてきそう。

 

そう、全体的に自由にのびのびと撮っている感じがすごくいい。乗り物、チンピラ、歌(カラオケ)、音楽、酒、タバコ、ハッパ、博打......。侯の好きなものをいっぱい詰め込んだ感じ。

だから見ているこちらも、何も特別なことは起こらないシーンでも、ああこの音、このシーンのつなぎ、雨、乗り物!!などニヤニヤするところが多い。

「俺を神格化するんじゃねえ!」「俺の映画を芸術とかいって持ち上げんな!」「わかったように批評してんじゃねぇ!」という声が聴こえてきそう。

 

どうしようもない奴らの、どん詰まりの日々を観ていると、だんだんと自分のイタかった時代を思い出す。

1996年ごろの時代の空気、あんなふうだったかもしれない。日本の東京を舞台にした映画(パッと出てこないけど......)も、あんな感じで気怠い感じがあった。すごく覚えがある感じ。あの中にわたしもいた。

 

「雄の世界」の話だけれど、情婦のアインとマーホアが存在感を出していて、好き。スレてる感じがファッション、喋り方や、仕草の隅々まで現れていて良い。野生の勘で動いているような人たち。

アインの「台湾で子育てしたら受験戦争が酷すぎる。考えたことある?」というセリフ。それに対して、ガオの子どもとか教育とか絶対なんも考えてなかったやろ!というような表情が最高によかった。このやりとりはよかった!あるとないとで全然違う、このシーン。アインのほうが人生を先に進んでいる感じ。残酷だけど、よくある、わかる。

 

物語としては、けっこう救いがないとも言えるし、「鬱映画」と書いていたレビュアーさんもいたぐらいだけれど、このダウナー感がなぜかクセになる。

 

ラストがまたすっごくよくて。また地獄のお経へとループしていくのですよ。ああ、どこまでもどん詰まりよ......。なのに、これが南国の湿度と暑さ、山岳地帯っぽい植生に包まれている中にあると、なぜかそれほど深刻にならない。むしろ野性を刺激されるところがあって、元気になる。ディープな台湾を感じられる。不思議な映画だ。

それで言うと、日本語題が『憂鬱な楽園』なの、ほんとうにぴったり!つけた人すごい!

 

観終わってからさらにじわじわくる。

いやー、どうやってこんな世界をつくりあげられるのか。

全然期待していなかったのに、うわー、かなり好きかもしれない!

 

『HHH:侯孝賢』と共に、おすすめします!

 

 

f:id:hitotobi:20210603182145j:plain

 

__________________________________

鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

seikofunanokawa.com


初の著書(共著)発売中!