ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

本『焼き肉を食べる前に。絵本作家がお肉の職人たちを訪ねた』読書記録

図書館のヤングアダルトの本コーナーが、近頃たいへん充実している。

先日も良い本を見つけた。

 

『焼き肉を食べる前に。絵本作家がお肉の職人がたちを訪ねた』(解放出版社, 2016年)

 

 

食肉業で働いている人たちを、絵本作家の中川洋典さんが訪ねて、話を聞いていくインタビュー集。

食肉市場で働く8人と、代々の家業の精肉店で働く1人の計9名。

どの人も屠畜(とちく)に携わっている。

「屠畜というのは、牛や豚、馬などの家畜を絶命させ、解体し、食肉や皮などに加工をすること。」(本文 p.6)

 

読み始めてまず思うのは、生きている牛の姿(のイメージ)と、スーパーでのパック詰めの間に何が起こっているのか、知ろうとしなければなかなか出会うことがないということだ。わたしはお肉屋さんで買うことが多いので、途中の小分けにしていく作業はかろうじて見ることもある。とはいえ、その程度だ。

生き物を食べ物(「お肉」)にする過程。

食べられるようにする作業。

現実に存在する誰か、人を通じて届けられている。

 

これは、「世の中にたくさんある普通の仕事の一つ。生計を立てるための労働」ではあるが、「どちらかというとイレギュラーでオープンにされていない仕事」でもある。それは、生き物を殺すという仕事の性質から、誤解されたイメージや差別や偏見を持たれることがあるから。このインタビューでも名前を出さない人もいるし、普段から仕事の内容を人に語ることがほとんどなかった(身内にさえも)という人も出てくる。

「必要以上にほめられる」や「殺す」「いただく」「誇り」という言葉の使い方など、とてもひと言では説明できない背景や実際は、たとえ知識としては持っていても、限界がある。

当事者に話を(しかも複数人から)やりとりを通して聞くことで、はじめてわたし自身と繋がって得られるものだ。わたしの代わりに語りを聞いてもらえることや、本の形にして流通してくれているから、目に入る。

南港市場で働くキャリア17年のTさんと、横浜市場のキャリア30年の大ベテラン、鈴木正敏さんのお話は、とても一度読んだだけでは咀嚼できず、何度もページを繰り直した。

 

仕事への思い、魅力、人と仕事するときの姿勢、技術を磨くことなどは、他の仕事でも当てはまることが多い。

「自分が100%以上の仕事をして次へ渡す」
「自分の分まで仕事をしてもらったら、何度も感謝の言葉を伝える」
「技術を身につけることを絶えず意識して仕事をする」
「仕事を完璧にするには、人と人とのつながりが欠かせない。そのつながりを支えているのは、仲間意識や助け合い」(筆者注※少しのズレが商品の価値や価格に影響してしまうから、その作業の前後にいる人たちのことを考え、完璧を目指しているということなのだと思う)

「自分が教わった方法は厳しくてしんどかったから、教える立場になったときは、自分なりのいい伝え方をしようと思った」

「新人さんや若い人の成長を助けることも大きな役割だけど、その人のやる気が一番大事」

などなどの言葉が、インタビュアーの中川さんとのやり取りの中で、自然に出てくる。

いつも大切にしていることが、問われてスッと出てくるところに、誰もが本物さを感じるだろう。鍛えられた肉体から発せられる言葉だ。わたしも自分の仕事を考えて、背筋が伸びる。(もちろん書籍にする上で、言葉の「加工」もされているだろうけれど!)

逆に言えば、だからこそ、「どこにでもある一般的な職業」なのか。わたしにとっては身近ではないから、正直そのフレーズはすぐにはピンと来なかった。けれども、この本を読み終えた今は、何人もの人が口にしているこのことを、忘れないように、覚えておこうと思う。

 

最初に話を聞くのは、大阪市貝塚市にある北出精肉店というお肉屋さんで、2013年公開の『ある精肉店のはなし』というドキュメンタリー映画の舞台になっているお店だ。今はもう屠畜作業はしていないというので、この映画はとても貴重な記録になっている。

公式サイト ある精肉店のはなし

www.huffingtonpost.jp

 

 

人に話を聴きに行くことの面白さも伝わってくる。

大きな括りで言えば同じ職業についている人たちでも、地域も、仕事に就いた経緯も、仕事での立場も、キャリアも、大事にしているものも、話し方も全然違う。

中川さんがどうしてこの人たちに話を聞くことにしたのか、話を聴きながら、頭の中でどんなことを考えていたのか、心がどんなふうに動いていたのかも、合間に書いておいてくれるから、自分もその場にいるような感覚で読める。

これは、中川さんが絵を描く人で観察眼に優れていることと、「中川さんその人」として話を聞いているから、信頼が行き交って、出てくる言葉があるからだと、わたしは思う。

 

どの順番でインタビューされたかはわからないが、なんとなく後半にいくに従って、これまでのインタビューでの蓄積出てきて、質問の質感が変わってきていて、より突っ込んだ話が交わされているように感じられる。そして次第に、この本の核心へと迫っていく、その躍動、迫力。

わたしはいろんな人の話を聞く仕事をしているので、インタビューの教科書としても読んでもいた。わたしもこんなふうに聴けたら、書けたら、仕事ができたら.......と思う。

127ページの小さな本の中に、想定以上に発見が多いことに驚く。

 

 

食糧危機や地球温暖化抑止、動物愛護などの理由で、肉を食べないようにしている人の話も、身近でちらほら聞くようになってきた。わたし自身も、若い時ほど積極的に肉を食べていない気がする。(これは加齢によるものか......。)

食肉をめぐる事情はこれからも変わってきそうではあるけれど、今回本を通じてお話しを聴かせてもらったことで、この仕事をしている人たちのことを時々思い出すだろうと思う。

 

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