ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

映画『黒衣の刺客』(台湾巨匠傑作選) 鑑賞記録

台湾巨匠傑作選2021侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集を追ってきて、たぶんこれが最後の作品。

18本目。(『スーパーシチズン 超級大国民』も含めると19本目)

 

※内容に深く触れています。未見の方はご注意ください。

 

侯孝賢監督『黒衣の刺客』2015年制作
原題:刺客 聶隱娘 英語題:The Assassin

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とにかくトレイラーからしてカッコいい。

本編では、この美麗な映像がひたすら続く。うっとり。

ただし、こんなに矢継ぎ早なアクションや、ドラマティックな展開は起こらず、ほとんどの時間はとても静かで、人もあまり話さない。「あまり」といっても、侯孝賢映画にしては「いつもよりちょっと少ない」ぐらい。むしろ「セリフが少なすぎる」というレビューを読んでいったので、「なんだけっこうしゃべってるじゃん」と、ここ1ヶ月で作品を一気に見てきたわたしとしては思ってしまった。

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『黒衣の刺客』は、この年のカンヌで監督賞を受賞し、台湾の映画アワード・金馬奨も最優秀作品賞、監督賞などを総ナメにしているが、「話の筋がようわからん」という批判もあったらしい。

それはまぁ確かにそうだと思う。

妻夫木聡演じる青年を「難破した遣唐使船に乗ってきた日本人」と前知識なしで読める人は、そう多くはいないのでは。

妻夫木聡は日本人。
装束は唐の人のものではない、おそらく日本の奈良時代の頃のもの。
回想シーンで写っている室内空間や装飾が日本のもの。鳴っているのはおそらく雅楽で使われる楽器の笙。

という非常にハイコンテクストな設定になっている。

新羅へ向かっている、ということが本編の最後のほうでわかるが、新羅がどのあたりのことを指すのかは、東アジアの民か、研究者や歴史好きな人でないと、それ以外の地域の人にはなかなかピンとこないのではないか。

けれどもそこは、たぶん重要ではないのかもしれない。

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今回は武侠映画というジャンルへの挑戦だったそう。武侠映画とは、中華圏の伝統的なアクション時代劇。主人公は超人的な能力を駆使して戦っている。2年前の記事だが、こちらも概要が掴める。

同じ台湾出身の、アン・リー(李安)の『グリーン・デスティニー』に影響を受けて、侯孝賢が「いつか自分も武侠映画を撮りたいと思っていた」という話が、ドキュメンタリー映画『あの頃、この時』の中でも語られていた。

だとすればもっとワイヤーアクションやCG、VFXなどを駆使して作り込むのか?と普通ならいきそうだけれど、そこは侯孝賢らしく、どこまでも真逆。ビスタサイズであるところからして、驚く。通常、横に長いシネマスコープサイズが、こういったアクション映画で迫力を出すには向いていそうなのに。そこを蹴るのか。

『フラワーズ・オブ・シャンハイ』で新たに到達した美学と、時代考証のノウハウを持って、さらに時代を遡り、エンタメとは違う方向の芸術的な武侠映画に仕立てた。

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人間の立ち居振る舞いや、ヘアメイク、装束、装飾品、宮中の建築やインテリアなども美しいが、夕暮れ、朝靄、山や森、湖や川などの風景も心に染み入る。この大自然のスケール感よ!古い表現かもしれないが、「α波が出る」というのか。ひたすら心地良い。悠久の山々が包む、人間の営み。あくせくと画策しても、所詮は儚い命。

効果音以外の音楽は、エンドロール以外にほとんどなかったように記憶している。耳に残っているのは、セミの声、カラスの声、鳥の声、虫の声、箏の音、太鼓の音。音と光。

......と思いきや、突然激しいアクションシーンも生まれる。そして、それも一瞬でまた静けさに戻る。この静と動の差、メリハリもまた心地良い。

そう、どこかで知っているこの感じ......と思ったら、やはり能なのだ。

 

あらすじはあり、設定はあるが、映像や言葉での説明が最小限で、観客は自分の好きなものを見ることができる。見立てられる。

あらすじを読んで、ラブロマンス武侠映画だと思った方には、かなりの肩透かしだろう。しかし、ある意味でものすごいラブロマンス武侠映画なのだ。観客が妄想力を発揮して協力してできる映画だから。

この能で体験することを、台湾の映画監督を通しても体験できるというのは、人間に普遍の何かなのか、あるいは近い文化圏だから通じあえるのか、どちらなのだろうか。

 

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忘れがたいのは、宮中で催される宴のシーン。

見慣れない楽器を奏でる楽士たちと華やかな衣装をまとった踊り子たち。

チャン・チェン演じる田李安(ティエン・ジィアン)も太鼓を叩き、君主自ら宴を盛り上げる。

流れているのは西方の音楽のようだ。

そうか、シルクロードの時代。トルコ、イランのほうから伝わってきた様々な文化がここにたどり着いて、元々の文化と混ざり合っているのか。そうして、遣唐使によってこの西方の文化は日本にももたらされていた......。

このシーンは、トレイラーにも一部出ているので、ぜひ観ていただきたい。

夢のような映画の中でも、さらに夢のような時間だ。


この映画を観た前に、たまたまアマゾンプライムで、『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』を観ていたので、共鳴するものがあった。

こちらもいろんな地域、いろんな楽器、いろんな音楽家が登場する見応えのある映画。このシーンが好きな人には、おすすめしたい!

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▼この方のブログがとてもわかりやすく、観た後に読んでも発見があるので、ありがたい。言葉がわかると受け取れるものが多いのだろうなぁ、とまた思わされる。

http:// https://tomta.hatenablog.com/entry/2016/05/13/215113

 

武侠映画の歴史や、それが他文化圏の映画界に与えた影響なども書かれているようで、この本も気になる。(やっぱり一つひとつに専門家や研究者がいるんだな!) 

 

 

そういえば、装束からだけではわかりにくいけれど、セミの声がするということは、やはり季節は夏なのか。侯孝賢映画は必ず夏だなぁ。

 

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侯孝賢の作品としてはこちらが最新。旅はここで一旦終わり。

この1ヶ月、侯孝賢の映画を中心として台湾映画を追ってこられて幸せだった。

まだまだ観ていない作品は多いし、一度観た作品もタイミングを変えて観ればまた違うことを受け取ることだろう。わたしにとっては、とにかく一人の監督の作品を追いかけ続けた、貴重な日々だった。

次回作で、彼(ら)がどのような挑戦をするのか、引き続き期待しながら、待ちたい。

 


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