ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』鑑賞記録

6月10日、映画『返還交渉人』を観てきた。シネマ・チュプキ・タバタでの沖縄特集の最後の作品。

 

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公式HP

www.henkan-movie.com

 
参考記事

www.asahi.com

 

映画の原案。

『僕は沖縄を取り戻したい 異色の外交官・千葉一夫』宮川 徹志/著(岩波書店, 2017年)

 

今回の『返還交渉人』は、もともとはBSドラマとして制作され、2017年に放映された作品。しかし、BSだと観られる人が限られてしまう。どうにかこれを多くの人に見てもらうには?と監督が井浦さんに相談したところ、ミニシアターでかけるのはどうか?となり、90分の尺に10分足して劇場版として2018年に公開されたという経緯があるそうです。

ドキュメンタリーや劇映画とはまた違う、「ドラマ」という形で沖縄について知ることができて、よかった。そもそも、なぜ沖縄は占領されたのか、なぜパワーバランスが不均衡な形で返還されたのか、争点はなんだったのか。人にフォーカスすることで、物語にすることでクリアに見えてくる。

 

 

※以下は内容に深く触れていますので、未見の方はご注意ください。

 

●印象的な箇所、思い出したことなど

・千葉さんが通信士官として配属されていた海軍大和田通信所。軍の通信所が内地のこんな身近にあったこと。
参考:海軍大和田通信隊跡地散策(新座市清瀬市東久留米市https://senseki-kikou.net/?p=13904

・「アメリカに対等にものが言えるようになる。当たり前でしょ?」「日本がいち独立国家として、アメリカと対等に渡り合う」
2021年現在、なってない......!

・「理想を求めずして、何の外交の意味がありましょうや」

・「国民をあざむけば、必ず将来に禍根を残す」

・1998年に沖縄に卒業旅行に行ったとき、母から「パスポートは要らないの?」と聞かれ、衝撃だった。本土の人間の意識なんてそういうものなのか?母が特殊なのか?

・水源を取り込んで基地をつくったから、水をアメリカから買う羽目になっていた。

・「ベトナムアメリカが始めた戦争だ。こっちの知ったこっちゃない」

・「踊り、歌うのは、なんとか生き残って命があることを、酒や歌で生きていることを確かめたいから」踊りの輪の中に飛び込んでいく千葉。

・「台湾にいた。当時彼とは同じ"日本人"。(戦争が終わって)彼は今、台湾人。私は国籍不明」

・「"We may be a small island, but we are not small people." 本土の人たちは我々を小さな人間だと思っている。小さな人間でいてほしいんです」 これはあらゆる差別や偏見への言葉では。

・千葉さんを見ていると、『なぜ君は総理大臣になれないのか』や『新聞記者』を観ているようだった。大きな組織の中で理想を持って動きつづける人の葛藤や苦しみ。左遷されたりもしたけれど、千葉さんが潰されず、健やかで老年まで過ごされたことはほんとうによかった。

・千葉さんが沖縄で首席に会う時は、必ず背景に飛行機音が入っている。これは現代沖縄を描いたドキュメンタリー映画『カタブイ』にも出てきたので、「つくりもの」ではなく、ほんとうにこうだったんだろうと想像する。

・基地の中に先祖の墓がある人たちは、フェンスの外で清明祭(しーみーさい)など供養せざるを得ない。これは後年、この時期だけの立ち入りが許可されたそう。

・監督は爆撃機の音にこだわったそうですが、わたしは飛行音や爆撃音がどうしても怖いので、「親子鑑賞室」で観ました。そういう選択もありだと思います。自分を大事に。 

・それにしても、戦中も戦後も、決める現場にいるのは男性ばかり。女性がいない。千葉さんの妻の恵子さんは、夫のサポート。あ、外務省で働く女性がいる!と思ったら、お茶くみ......。

 

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▼井浦さん、柳川さんの舞台挨拶

 

井浦新大杉漣との共演の思い出を語る 映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』単独インタビュー 

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