ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

〈レポート〉11/29 『あのこは貴族』でゆるっと話そう w/ シネマ・チュプキ・タバタ

2021年11月29日、シネマ・チュプキ・タバタさんと、映画感想シェアの会〈ゆるっと話そう〉を開催しました。(ゆるっと話そうとは:こちら

 

第25回 ゆるっと話そう: 『あのこは貴族』

異なる地域、社会の異なる階層で生まれ育ち、それぞれに息苦しさを抱えながら東京で生きる二人の女性が、一人の男性をめぐって偶然出会う。違いがもたらすのは分断ではなく、ゆるやかな連帯であり、解放へのエール。今の時代ならではの青春ドラマであり、人間讃歌の物語です。
 
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▼ イベント告知ページ

chupki.jpn.org

 

当日の参加者

今回の作品が東京と「地方」の対比も描いていたので、話題のきっかけになるかなと思い、差し支えない方にはZoomの名前欄に「出身や今居住している都道府県」を表示していただきました。ずっと東京、「地方」から東京へ、東京を経由して「地方」へなど、さまざまでした。

 

進め方

人数が多めだったのと(8名)、それぞれの立場や切り口を少しずつ出していくのが合う作品だと感じたので、ブレイクアウトルームで3部屋に分かれて少人数で話してもらい、その後メインルームで軽くシェアをしながら、少しずつ対話を深めていきました。ブレイクアウトルームのファシリテーションは、舟之川の他、チュプキの平塚さんと宮城さんにお願いしました。チャット欄も活用し、「話しやすい」方法で参加していただきました。


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出た話題

※映画の内容に触れていますので、未見の方はご注意ください。

劇中で具体的な大学名が出ていたせいか、東京の私立大学で幼稚園や小学校から大学まであるところの内部生・外部生の感覚を知る方や、「地方」からいわゆる六大学に入学した美紀のような立場の方、華子が通っていたような私立の女子校にいた方などのシェアがあり、その中における細かなヒエラルキーのことなど、物語背景に肉付けがされました。

そのような経験や感覚を持たない方もいました。お話を聴きながら「へえ〜」という声が上がったり、「わかるわかる」とうなずいたり。このようなやり取りは話題を変えながら時間中ずっと続きました。「その世界」では当たり前の感覚が、一歩外へ出るとまったく通用しない、まさに「棲み分けがされている」ことを皆さんで生々しく体験しました。

「育ちは見かけだけじゃない、食べ方やふとした仕草などに隠そうとしてもにじみ出てしまう。そのあたりの描き方がリアル」

華子の世界にも、美紀の世界にも言えること。こういったことは、「育ち」が「良くない」ほうに入るほうが劣等感が強いのかと思いきや、「自分はまさに華子だった」という感覚があったという方にとっては、「(名家だとかお金があるとかではないけれども)生い立ちの環境から自然と身に付いてしまう習慣や知見、決められた枠から外れられないから自分で道を切り開いてがんばっている人には負けがちで、そこに劣等感を持っていた」という告白もありました。「同じぐらいの階級だと思っていたら、就職や結婚でもっといい家柄の子だったことを知って傷ついたことがあった」など。

「『階級の違いがある』ということに切り込んだ上に、『"苦労人"の美紀に共感が集まり応援され、一方華子のような特権階級は揶揄されるパターン』じゃないところが画期的」

だからこそ湧いてきた感想でした。シェアしていただけてよかったです。

 

出身地、学校、世代、性別……わかる人とは親近感が持てるしつながりやすい、安心感もある。けれど、あまりに強固な所属や同質性を求めると、それ以外のつながりが持ちにくい、逃げられない、辛くなるという話題も出ました。守られもするけれど抑圧にもなる。結婚も、家族も、地域も……。

 

不自然ではと思えるシーンへの感想(美紀が少しいい子すぎるのでは、きれいにまとまりすぎでは等)に対して、原作小説を読んだ方からのシェアがありました。映画だけでも楽しめるのですが、こうして少し補足をもらえると、映画世界に奥行きが生まれます。小説ならではの描写と、映像だからできる表現などにも注目が集まりました。

また、幸一郎の生きづらさへも話が及びました。

「定めにのってあのままいくしかない、『政治家の家』で『男性として生まれたから』逃げられない(と思っている)彼にとって、そこから軽やかに抜けていった美紀や華子は羨ましい存在なのでは」

「普段は完璧に演じているが、池に石を投げ込む幸一郎は少しワルい部分が出ている。(高そうな鯉がいる池に石を投げ込んじゃう)」

「美紀といるときの幸一郎は『ふつうの男の子』という感じ。大事な居場所だったのでは。美紀が言うような『便利に使っている』だけではなかったかも」

「女性だから産むことを迫られる」のも「男性だから家を継ぐ」のもどちらもしんどい。華子の世界の幸一郎の世界は近いようで種類の違うしんどさがある......。

「この社会には、学歴によって「就職」や「結婚」などが規定されるような世界が、階級や地域によっていまだにある、ところもある。しかし一方で、政治や経済の変化、さらに世界を一斉に覆う新型ウィルス感染症の影響で、所属意識や価値観なども世代で少しずつ変わっていっている。そういう今を描いて見せてくれている作品なのかもしれない」というやり取りで最後は終わりました。


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後日アンケートより

「一つの映画を見て感想を語り合うのはとても楽しかったです。原作を読んだ方の補足情報や、ヒーリング効果があったという感想などおもしろかったです」

「ひとりで見終わった時点ではまだ衝撃が言葉にならなくてぼーっとしていました。放っておけばそのまま流れそうだったところをこうやって話してみることで形にできたし定着できたと思います」

視覚障害者のガイドヘルパーをしていて、『普段出会わない(種・階層の)人との邂逅』とそこで新たに得られる気付きが、今後の人生の糧となっていくんじゃないかと感じていた時に、この映画と昨日のトークイベントに出会い、また一歩を踏み出せたような気がしています」

「言葉でなく映像表現を通して、原作の世界を細かく表現した作品だったんだなと、みなさんの意見を聞いて気づきました。小説を映画化するって、ただストーリーを移し替えるだけじゃなくていろいろな表現の工夫やチャレンジングなことなんだなと、映画監督をされている方のお話が具体的でよくわかり、これからますます映画を見るのが楽しみになりました」

お声を寄せてくださった皆様、ありがとうございます。
アンケートからもまた発見があります。他の人と感想を交わすことでもらえるものはほんとうにたくさん。

 

 

ファシリテーターのふりかえり

階級や学歴、ちょっとした差異で上下つけあう世界も残りつつ、所属意識や世俗的な価値よりもゆるやかな連帯を指向する動きもある、という今を描いている作品。

今日のような話を日常の雑談ですると対立構造や劣等感が生まれやすい。こうして映画の感想として話すと比較的違いを違いとして聴ける。過去の痛みも感想に載せれば話せたり、受け止めやすくなる。きょうもまたそれを実感しました。

家や親、学校、会社など、何かに囚われているしんどさから、自他を傷つけたり自尊心を損ってしまう。でも自分ではどうしようもない何かから「そうさせられている」だけで、傷つかなくてもいいんだよと言ってくれる映画なのかもしれないとあらためて思いました。そして、囚われから脱することができるという希望も見えました。

映画の宣伝で「シスターフッド映画」という言葉が出ていますが、それは決して「女性向け」ということではない、誰しも何かしら響く作品だということを私はこの場で共有したかったので、「男性」が参加してくださって、個人としての感想をシェアしてくださったのはとてもよかったです。

今回、いつもより10分増やして70分にしてみたら、ゆとりをもって進行できました。試してみてよかったです。次回も70分の予定です。

 

ご参加くださたった皆様、ご関心をお寄せくださった皆様、チュプキさん、ありがとうございました!

次回は12月下旬の予定です。詳細は近日中にお知らせします。

 

 

 

▼参考図書

原作『あのこは貴族』山内マリコ集英社

 
100分de名著:ブルデューディスタンクシオン」(NHK出版)
「社会の棲み分け」についての名著を解説してくれるテキスト。
紹介ページも参考に。

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/104_distinction/index.html

 

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