National Theatreの公演が映画館で観られる、NT Live。
今回は2015年収録の『ジェーン・エア』
劇場は、Bristol Old Vic。
パンフレットによると、「2016年に創設250周年を迎える」「英語圏で継続的に運営されている最も古い劇場として知られている」、そして、『戦火の馬』を演出したトム・モリスが芸術監督を務めているそう。
伝統ある劇場での『ジェーン・エア』、雰囲気たっぷり。NTLiveのたびにイギリスの劇場を知っていくのも楽しい。
演出は、サリー・クックソン。幕間のインタビューで「自分独自の道を切り開いてきた」という話をしていた。これはおそらくパンフレットの田中伸子さん(演劇ジャーナリスト)の記事にあった、「NTでは女性の演出家が多く活躍しているが、演出家、作家、俳優に関してはまだまだ男女平等にはほど遠い」という話と関係あるのだろう。2021年製作のパンフレットなので寄稿された文章も最新と思われる。NTも努力しながら進んでいるのだな。
NTライブのツイッター
・シャーロット・ブロンテの古典を大胆でダイナミックに自由と充実感を求めて戦う一人の女性を描く舞台に
・力強く生き抜く女性に勇気が湧く重厚な舞台 3時間半、引き込まれます
期待たっぷりで観に行った。
そうそう、観るか迷っている方にはこちらの記事もよいかも。
【限定配信】ナショナルシアター「ジェーン・エア」 | 道草はどちら?
以下、まとまらない感想をいつものようにつらつらと。
内容に深く触れているので未見の方はご注意ください。
・不遇な人の切ない恋愛話として描かれることが多かったこの物語、ジェーン・エアという人の生き様を中心に据えた演出。人間と人間とが出会う、さまざまな愛を描いている。連帯もあれば憎しみもある。
・想像以上に今日的なテーマ。女性の自立、男女の対等性、教育や信仰に名の下で行われる虐待、継承される憎しみの連鎖、家族の後ろ盾の有無が左右する人生......。
・私は亡霊が出てくる話だと思っていたけれど、それは間違ってなかったな。亡霊共がうようよしている。
・生演奏のバンドと歌手が出てきて、重要な役を担っていたところは、サイモン・ゴドウィン版『十二夜』を思い出す。神様って草葉の陰であんなふうに歌としているのかもしれない。。
・アスレチックジムのような舞台装置を俳優が坂を上り階段を上り梯子を登り下りし、下を潜り柱にもたれ、と縦横無人に駆け回り、距離や時間や関係性を表していく。
・原作を読んでみたいなぁ。シャーロット・ブロンテ自身の生きづらさが反映されているようで、当時の女性のことをもっと知りたい。幕間のインタビューで、主演の二人がジェーンとロチェスターのセリフは原作をかなり?ほとんど?取り入れてると言ってて、ますます読みたくなった。あの魂からの愛の言葉は鳥肌……。俳優さんが本気で泣いてて迫力があった。
・"It's a girl" が方々から聞こえてくる。その中には失望の色も見える。ナイキのCMを彷彿とさせるよね、と友達のコメント。これ→https://youtu.be/JI1zJ6-SYhU
・ジェーンが引き取られた父方の伯父の妻(血の繋がらない伯母)が、なぜあんなにジェーンを憎んだのか。おそらく彼女が自分というものを持っていたから。何の社会的な後ろ盾も持っていないのに堂々として自分らしくいて、自由だったからでは。自由でいる女は脅威。自分がなし得なかったことをする女は敵。感情を出すこと、我慢しないこと、弁えないことへの強烈な嫉妬と恐怖があったのではないか。
・メイドのベッシーは、伯母の家で唯一ジェーンを可愛がってくれた人だったが、基本は構造の中で生き抜いている人なので、ジェーンにも我慢や服従を勧める。舞台を見ている方は、それは違うんじゃないのと言いたくなるが、彼女なりのやり方と可能な範囲でのサポートにならざるを得ない、それ以外の選択肢を知らないという壁が立ちはだかっていることも感じる。話し方もおそらく「階級の低い人」の英語なのだろう。小さなやり取りでも胸に刺さるところがある。
・親が亡くなって親族に引き取られた先で虐待に遭い、守ってくれるはずの児童相談所や児童養護関連の施設でも暴言や暴力に遭い......となってしまった人の話を聞いたことがあり、ジェーンの生い立ちはとても過去の時代に作られたフィクションとは思えなかった。もちろんすべての相談窓口や施設がそうというわけではない。
・ローウッド学院で子どもたちが規律と命令の中でみんな猫背になってしまっているのが、見ていて胸が痛む。伯母の家とはまた違う地獄。
・大人になって、学院に留まるジェーン。かつて教わったことを子どもたちに教えているがふと、「あの山々を超えていきたい。自由がほしい。ここから出ないと自分を失う。新しい奴隷になってしまう」と逡巡する。Think, Think, Think, Think, Think! What can I do? そしてひらめく。「新しい人たちと新しい環境で働く」!新聞広告を出す!もうここのくだりが最高すぎる。第1幕のハイライトといっていい。
・第2幕の幕開けは、1幕で語られたセリフのラッシュになっていて、お能でいうところのアイ狂言(前場で起こったことを説明する役割)のようだった。
・ロチェスターの妻・バーサの人生への目配りもあるところが現代的。今の時代から見ればケアが必要な病や困りごとに見える。けれど、当時は精神の病は世間から隠さなければならないものだった......。バーサも、もしかしたら望まない結婚をさせられた犠牲者。適応障害を起こしていただけなのかも。
・バーサのくだりは、源氏物語の玉蔓の段を思い出した。玉蔓に求婚する髭黒の正妻が精神を病んでいて(物の怪が取り憑いていて)、それを隠しながら玉蔓に癒やしと愛を求めるあたり。髭黒が無骨でハンサムではないところなどが似る。
・ロチェスターの傷つきの深さも感じられた。身分の低い人&女性に対して横柄な態度をとっていいわけではないけれど、繰り返し語られる言葉や様子に、深い後悔と葛藤と苦悶が見て取れる。「今までよりいい人間になりたい。善良な人間に」またそれを誰かに漏らす、助けを求めることがしにくいという上流階級ならではの、あるいは男性ならではのつらさが想像できて、ほんとうにこの構造は誰にとってもつらいものなのだよな、とあらためて思う。
・ジェーンを支えているものが、幼い頃に「学院」で刷り込まれた信仰にも根ざしているのは皮肉にも思えるけれど、自分の人生に与えられたものをフル活用して、自分の信念を打ち立てていった。不当な扱いに対して屈しない。その「常人からはやや見えづらい」地味なカリスマ性に牧師さんが目をつけて所有しようとする感じも、あるあるだなぁ。「一生僕に従いついてくる者、僕に遣わされた人、僕の目的にふさわしい人。夫婦になれば愛情も生まれる」これは愛とは違うよなぁ。
・ジェーンが妻・バーサの死の報せを聴いて、ここで一旦しっかり悲しむ姿がよかった。その前にもロチェスターとのやり取りの中で彼女に心を寄せるシーンがあるのも。
・犬のパイロットがよかった。人間がこんなに犬を演じられるのか!『戦火の馬』の馬のリアリティを彷彿とさせた。
・悪者も弱者もいなくて、誰にもどこかしら共感ポイントのある描き方に救われる
・何もなくしたところからの再出発。ロチェスターは失明してしまったのかな?失って弱くなることによってはじめて、ほんとうの自分を見せられるというのは悲しいけれども、ジェーンにとってもロチェスターにとっても人生の第3章のはじまりがラストに来ているのは希望に思えた。
・プロポーズの前のすごく真剣で大事なシーンで笑いが起きてたのが残念。そこはほんっとに笑わないでほしかったなぁ。NTライブの観客の笑いのツボは相変わらずよくわからない。
・現状を打破するために結婚する、人生変えたいときに恋愛だと思い込むというのは、女だから男だから関係なくあるものなのかなと思った。ジェーンの言う、「自分の自由な意思から」ではなく、怖れや不安、抑圧や逃避からの結婚はやはりよくない、ほんとよくないよ。
・家庭教師の身分の低さは『サウンド・オブ・ミュージック』に描かれていたな。
・淑女に求められるのが、礼儀作法、刺繍、ピアノ、お菓子作り。家庭教師も語学や数学、歴史といって勉学ではなく、そういうものまで網羅しなくてはならないというくだり。『あのこは貴族』で華子がやっていたなぁと思い出す。「女性も自分の才能を発揮しなければ。自分の能力を生かし、自由な生活がしたい」このセリフの強さよ。1847年にすでにこういう言葉があったのか。
あのときはまったくそこを訪ねられたことの意味や価値がわかってなかったが、しかし何十年か経って今「行っておいてよかった、お父さんありがとう」と思っている。今回の出会い直しは、時の贈り物。
ブロンテ博物館
この方のブログ、写真いっぱいでよい。
http://little-puku.travel.coocan.jp/1kaigai/12england/9bronte.html
右から2つ目が当時ミュージアムショップで買ったしおり。その隣のピーターラビットのしおりも、このあと行った湖水地方のベアトリクス・ポターの博物館で買ったもの。
サウンドトラックここで試し聴きできます。
Jane Eyre — benji bower composer
『ジェイン・エア』(上)(下)(光文社新訳文庫)
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『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社)