ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

本『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』読書記録

『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』橋迫瑞穂/著(集英社)の読書記録

 

読んだ記録を書いてみようと思ったが、なかなか気を遣うテーマでどう書いていいかわからないまま日が過ぎている。とりあえず自分のこととして書いてみる。

2000年代に結婚、妊娠、出産、乳幼児の子育てを経験した身としては、まさに直面した現実であり、影響を回避することが難しかったムーブメントの数々が列挙されていて、何度も唸った。ぐうう、ぐうう......。

妊娠・出産を「単に医療的な事柄であるだけでなく特別な意味や価値を伴う体験」(引用)として受け取り、乗り切らなければ耐えられないほどの恐怖と重圧、アイデンティティの揺れに晒されていた自分をふりかえる。しんどかったな、という感想しかない。

その時々で私が生き延びるために必要としたものを思い出したりもした。ああ、あれもあれも今思えば「スピリチュアリティ」だったのかもしれない。

必死だった。そうでもしないと乗り切れなかった。

今の私は妊娠を意識した時期から数えると10年以上が経っている。こうして距離をおいて眺めてみると、あの追い詰められ感は私自身の性質に由来していたというよりも、やはり本書で指摘されているように社会背景によって規定されていたように思う。

自分自身の妊娠・出産を機に出会った「スピリチュアリティ」のうち、私がこれまで距離をおいてきたものを挙げてみると、共通する特徴がある。

たとえば、

・産んだ人に、「母であること」「女性であること」を意識させすぎる。
・保守的な価値観に接続している。
・女性支援、母親支援と言いつつ、女性の努力不足を説き、懲罰的な態度をとる。
・身体や「心」にフォーカスしすぎる。考えることや原因を外側に見つけることを遮断される。
・生きづらさの解決を個人の能力開発に求める一方で、時事問題への関心や、権力や構造への批判が薄い。
・囲い込みが起こり、閉鎖的。
・父親や男性への言及がない、極端に少ない
・他人の開発した理論や説に無批判に従う。
など。

このような「なんか気持ち悪い、合わない、嫌だ......」と感じて離れてみたことの理由が本書の中にも見つかり、私としては安堵するところもあった。

場づくりの観点からしても、「なんかヤバい」という感覚は非常に大切なのだ。自分が参加するときも主催するときも。

 

妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティに巻き込まれた結果、遠くなっていった縁も多い。「ああー、そっちいっちゃったか」というような瞬間が度々あった。これは私が関わった人にも、私に関わった人にも、お互いにあると思う。だからこそこの件を単なる個人の趣味嗜好や、個々の関係性の問題ではなく、動向として、構造の問題として社会化して解明し論じてもらえたことがありがたい。

人のことを非難するつもりはない。ただ金銭問題や健康被害、より孤独や孤立を深める結果にならないよう、注意深く接していくことは大切だと思う。そして自分に引き留めてくれる友人がいることも有り難く思う。

霊性、目に見えないものへの畏怖・畏敬の念という意味での「Spirituality」は個人的には大切にしたい。しかし、「スピリチュアリティ」には「沼」がある。それに落ちてしまうこともある。付き合い方のバランスが難しい。妊娠、出産に関わらず、生死にかかわることの周りには必ず起こると思っている。

 

「妊娠・出産のスピリチュアリティ」は2000年代に突如現れたわけではなく、1960年代、1970年代、1980年代からの系譜にも目配りしながら展開される。「妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティからフェミニズムが捨象された」(p.197〜199)のあたりは非常に理解できる。今まさに妊娠・出産において葛藤を抱える人にとって、フェミニズムは「聖性を与えて全面肯定し受容する」という立場をとらないために(そうしてほしいということではなく)、当事者にとっては「当てにならない身内」のようなところがあるのではないかと私は思っている。このあたりはまだ言葉がぼんやりしているので、類書があればさらに分け入っていきたい。

 

全編通して淡々とした学術的なアプローチがありがたい。書きぶりが論文的で読み進めづらい箇所もあるが、手が止まるほどではない。むしろ夢中で読んでしまった。

私とは異なる背景や立場の方がどんなふうに読まれたのか、気になる。

 

 

※2022年2月16日追記

ぜんぜん違うところで聴いた話がつながったのでメモ。

この動画の26:43〜33:20
https://youtu.be/XA6T7e7LsTs?t=1601
キーワード
・参考文献:磯野真穂『他者と生きる2022』
エビデンスとシングルケース
・病因論と災因論
・なぜこの不幸が、私に、今?
・近代科学とスピリチュアル

 

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鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 2020年12月著書(共著)を出版しました。

『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社