ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

NTLive『スカイライト』@シネリーブル池袋 鑑賞記録

NTLiveのアンコール上映で『スカイライト』を観てきた記録。2021年9月。

 

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デヴィッド・ヘアー作、スティーブン・ダルドリー演出の3人芝居。
主演:ビル・ナイキャリー・マリガン、美術:ボブ・クロウリー

2014年 ウィンダムズ劇場での公演を収録。こんな劇場→https://www.wyndhamstheatre.co.uk/

1996年以来の再演で、当時もビル・ナイが主演だったので、どうしてもビル・ナイでいきたいとのことだったらしい。また、NTLiveで収録・配信するのが再演の条件だったとも、幕間のインタビューでデヴィッド・ヘアが言っていた。

 

以下、まとまらない感想をつらつらと。
 
※内容に深く触れています。未見の方はご注意ください。
 
すごい舞台で、忘れがたい鑑賞体験になった。
NTLiveのラインナップの中でも5本の指に入るぐらい好き。
ちなみに他に好きなのは、『リチャードII世』、『ハンサード』、『戦火の馬』、『リーマン・トリロジー』、『フリーバッグ』、『ジェーン・エア』......あれ、5本じゃ全然足りなかった!
 
先に観た友人たちの話では、トム(ビル・ナイ)とキーラ(キャリー・マリガン)の歳の差がありすぎて、ちょっと感情移入しづらいとのことだった。確かに観てみると、キーラのほうはいいんだけど、トムがやや歳くいすぎてる感が否めない。スレンダーなので、余計に老いて貧相に見えてしまう。エネルギッシュな成り上がり実業家の役所なのだけど。
でもそこはお能の鑑賞で培った「見立て力」を発揮して、なんとか脳内修正して観ていた。(お能では高齢の恰幅のいい男性の能楽師が、「儚い雰囲気をまとった若い女性」を演じることが当たり前だったり、「作り物」と呼ばれるシンプルな舞台装置で、ほとんど竹で組んだ枠を持ってきて「家」や「舟」と見立てたりするので。)
とはいえ、俳優は観客が物語を信じられるための入口なので、キャスティングは大事だと思う。
 
3人芝居だが舞台上にいるのは常に2人だけ。トムの息子・エドワードとキーラ、キーラとトムのどちらか。凄まじい会話の応酬で物語が進んでいく。これをセリフとして記憶し演技をつけながら出力できる俳優って本当にすごいと思う。
演出のスティーブン・ダルドリーは、『リトル・ダンサー』や『めぐりあう時間たち』、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の映画監督でありプロデューサー。彼らしい繊細で微妙な関係性の浮かび上がらせ方。うまい。
 
イギリスの階級と経済格差、伝統的家族システムと、マチズモの解体、フェミニズム
『ドライブ・マイ・カー』に見た「深い喪失と底を打ったあとの回復の過程」なども重なる。年齢差が目についたトムも、ここでは老生に入った男性であることに意味が見出せる。
1996年の初演当時のイギリスの社会風潮と文化背景が強い影響を与えているが、2022年の日本にも言える内容だ。幕間のインタビューでデヴィッド・ヘアは、「社会にとって大切なのは企業家。医者、看護師、教師を大切にしていない。政権が変わっても同じだ」
その企業家の象徴がトムで、教師の象徴がキーラ。
 
スクリーン中の観客のウケ方を見ると、格差社会に対する皮肉を好んでいるように感じられる。NTLiveでは「なぜそこで笑う?」「笑いのツボがようわからん」と思うことが多いが、今回は、「いやそこで笑ったらレイシストだろ」というようなシーンで笑いが起きていたので、やっぱり異文化だし、理解できない領域があるなと感じる。NTLiveは観客の反応が舞台進行中にダイレクトに伝わるので、オペラやバレエのライブビューイングとはまた違う発見がある。
 
並行してパスタ料理が進むのも時間の流れ方としておもしろい。食べ物の中でも、舞台の上で少しずつ進行していく。コンロが置かれて、ほんとうに調理している。火を使っている。パスタを茹でたり、玉ねぎを炒めたり、トマトソースを煮込んだり、パルメザンチーズをすり下ろしたりしている。でも会話に夢中で触らない時間もあって、焦げつくんじゃないかと心配になる。それも含めてライブ感がある。
 
 「個人的なことは社会的なこと」「政治が人を分断する」という点では、『ハンサード』の双子みたいな作品かもしれない。 自分の過去の傷を修復してもらったような感覚もある。自分の意志で選んでいるから人生なのだけれど、それもこうして客観的に眺めてみると、社会背景や時代背景に翻弄されて選ばされている面がある。そういう宿命にあっても、足かいて、どれだけ自分として生きて抜けるかということなのかな。個人は小さいけれど。命は大きい。
 
『スカイライト』で資本主義が食らわしてきた分断の図って、『ノマドランド』にもたくさん出てきた。 特に主人公がお姉ちゃんの家に立ち寄るシーン。細かいセリフは忘れたけれど、姉や義兄やその友人たちとの世界の違い、見え方の違いに愕然としたり、「あなたはいいよね」と言われたりする。それぞれの切実さがある。ある一時期近くにいた関係でも、どうしても理解しあうのが難しいことがある。
 
昨年夏頃のNTLiveのTwitterでこの作品は人気1位に挙がっていた。私も好きだしいい作品だと思うけど、これが選ばれるのはちょっと意外な気もしている。人によって「いいと思う」理由は少しずつ違いそうで、一つひとつ聞いてみたくなる。
 
 
ああ、書いても書いても感想書きたりないな!!
順を追って、印象的だったシーンについてまだ書きます。
※ほんとうにまだ見てない人が読んでしまうとつまらないと思うのでご注意ください。
 
・トムの息子のエドワード、キーラに会いにくる。ギャップイヤーで高校を卒業して、大学に入るまでスタジアムでソーセージを販売するアルバイトをしている。母が亡くなって父を心配して、キーラに「会ってほしい」と頼みにきている。エドワードのトムに対する愛情が泣ける。愛しているが、同時に軽蔑もしている。「親父は職場の人に自分のことを尊敬させたがるらしい」。話しぶりからキーラが姉のような、おばのような、年上の友人のような存在だったことがわかる。会話の端端に共に過ごした幸福な時間を感じさせる。
エドワードにはトムが「おやじは気持ちを語るとか絶対にできない」、でも、「全部表に出さないと大きな代償を支払うことになる(感情を抑え込むとあとでツケがくる)」と理解していて、それを忠言する。しかしトムは怒りをぶつけることはするが、受け取れない。エドワードからの又聞きの状態だが、自分が庇護してきた息子に言われたくないのだろう。息子が自分を超えていくこともまだ受け入れられないように見える。
エドワードはキーラと暮らしていた頃の3年前より成長していて、自分で考え、自分の思いをキーラに伝えるために、一人でキーラに会いに来ることもできる。成長している。エドワードにより過去の扉が開く。同じ夜にエドワードとトムが別々に訪ねてくる。3年会わなかったのに、突然動き出す時間。起こるときには一気に起こるのが人生か。エドワードはキーラとトムとの間に何があったか知らない。キーラを慕っていて、キーラもまたエドワードには家族の情愛を抱いている。
・キーラの今の住まいと地区の様子やキーラの職場での様子を聞き、自分が恵まれている社会階層にいることをあらためて知る。そしてその違いに正直に驚いたり、羨ましがったり、そういう自分が「お坊ちゃん」として見られていることの恥ずかしさや苛立ちも持っている。ごく健全な10代の若者。
エドワードの「(お父さんの世界で)恋しいものは?」と聞いて、「ちゃんとした朝食」と答えたキーラ。(エドワードは、2幕の終わりにその願いを叶える。キーラの家を出てから、この朝食を運んでくるためにアレンジしたエドワードの行動。トムとの山のような会話をする中で「言葉じゃなくて行動」を叫び続けたキーラに対し、エドワードがそっと示した「行動」は、キーラがほしかったものだ。見栄からではなく、組み敷くためではなく、ただ相手のために動くこと。トムとキーラの「違いを埋められなかった男女関係」よりも、キーラとエドワードの「血のつながっていない家族間の温かな関係」が希望として、朝の光の中でそっと描かれる。これもSkylight。)
エドワードが去った後にトムがやってくる。男が語る仕事の話、仕事の愚痴、聞いてられないが、笑って聞いてあげるキーラ。苛立ちが次第にキーラに向く。「自分の狭い世界に閉じこもっている」ようなことを言ってくる。キーラは「売られた喧嘩」を買う。調理しながら会話のバトルの応酬。母が3歳で亡くなり、父とうまくいかず、家を出るチャンスを探していた18歳のキーラに居場所を与えたアリスとトム。
・キーラはトムとの関係を「純粋な愛」や「お互いの信頼だけで成り立つ愛」や「3人でいることが幸せだった」と6年の不倫関係を形容する。ここはかなり自分勝手でアリスの気持ちは完全に軽視されている。ぐつぐつ煮えてくる音がよい効果を出している。「煮詰まってくる」。
・晩年のアリスにとっては斜めの天窓から見える風景がすべて。スカイライトを見ていた。「スピリチュアルな世界。私が嫌いな"自分は感受性が強い人間"がしたがる主張だ」。亡くなった妻の悪口をかつての不倫相手に話す。ここはアリスの立場に立つとしんどいし、キーラはどう受け止めているのだろうと気になってくる。同じことが運転手のフランクへの態度にも見える。他者に対する態度に不信感を覚えるやり取り。
・キーラ、「あなたへの八つ当たりがあの子(エドワード)を苦しめてる。あの子はあなたの痛みに気づいていた。父親が必要。雑に当たったらかわいそうよ」と。これをきっかけにトムから溢れ出る怒り、言えなかった本当の思いを出せば出すほど明らかになる二人の決定的な違い。この老いた男が怒りと悲しみを爆発させている様に意味を感じながら見ていた。トムは『マチズモをけずりとれ』(武田砂鉄/著)を読むといいのでは。
・二人は抱き合う。2幕。一夜明けて途中だったパスタを食べながら、会話が再開する。今度はキーラの仕事についての話が始まる。1幕はトムの仕事についての話で対照的。1幕ではトムの愚痴をキーラは微笑みながら聞いてあげていたが、2幕ではキーラの問題意識をトムは終始興味がなさそうに受け答えし、茶化す。キーラの勤める学校は、低所得者層や移民が多いことが会話の中からわかる。次第に苛立つトム。「こんなところに(トムの差別と偏見)いるべきじゃない」と説教がはじまる。
・上層階級出身のキーラが手応えのある人生や意義ある仕事のために「降りて」、庶民階級出身のトムが成功や社会的地位を目指して「上がった」図になっている。そこに女性差別や年齢差別が絡まって、トムのキーラに対する態度や、キーラのトムに対する態度がつくられていく。
・「今の暮らしをはじめてから価値観が変わった。あなたは私の決断を尊重しなければならない」とキーラ。たくましさと同時に、こういうときの人にありがちな少し恍惚とした表情に危うさも感じる。キーラが自分の埋められない心の穴を、あえて過酷な住環境や(「高速道路沿いの」たぶんうるさい、「倉庫のような家」はすごく寒そう)、教師の職で埋めているのか、観客には判断できない。ただ成り行きを見守っている。
・「人を見下しちゃだめ」と今度はキーラが説教するのに、トムも反撃していく。「他は抜け出そうと必死なのに、わざわざ選んで住んで悲惨な地区に住んでいるのはきみだけ」「彼らを愛するのは一人に向き合わなくて済むからだ」社会構造に関心をもって動きはじめたパートナーに水をさしたり妨害しようとするってあるあるだなと思いながら見ている。NPOで働いたり、社会運動をしている女性に対して、あるいは一人で暮らしている女性に対して、世間がよく投げかけるものでもある。こういう、親密な間柄でしか出てこないようなやり取りがこの脚本のすごいところ。 「Female?」からはじまる一連の「演説」は腹が立ったときにスクリプトを何度も読み返したい。
・とことんすれ違う様子が延々と展開される。特徴としてはトムは「君は」で、キーラは「私は」について言っている。トムの糾弾には「自分を必要としていてほしい、自分より輝いていて確かな人を見て焦っている、自分より弱い立場を見つけて自分の生存を確認したい、さみしい、帰ってきて欲しい」という思いがほとんど絶叫のような形で出されるが、言葉は裏腹。言えないのがトムの弱さ。なぜならトムには罪悪感があるから。最初から詫びることができればよかったのに、即座にできなかった。トムはキーラの手紙を使って、自分の口でアリスに言わなくていいように仕向けた。それが不注意ではなく故意だったことが
・愛とは、執着や依存でできているのだろうか。キーラも途中まではそうだったが、トムの裏切りにより離脱した。「今も愛しているけれど、もう信頼できない」というのは、わかるなぁ。友人同士でもよくあることかも。人間関係のすべてで起こることかも。
・あらためて最後にエドワードが友達に頼んでリッツホテルの朝食を届けてくれるシーンは沁みる。氷つきのバター皿、香り付きのナプキン。「ただの朝ごはんだってば」とエドワード。いい子!次世代の希望をここで感じる!キーラは自分の仕事の話をする。自分に言い聞かせるように、エドワードの前で宣言するように。
 
ああ、こうしてまた振り返ると、舞台を観たくなる!
今度は違うキャストで観てみたい。ぜひ日本でも再演してほしい。
 
 
脚本を読みたくなる作品。友達に教えてもらってKindleで購入してみた。
キーラの演説のようなくだり「あなたのいう成功って何?」「助言はいいから、私たちと一緒にやってみなさいよ。時間と労力を捧げる気はないなら引っ込んでなさい」で、客席が一瞬静まって(スクリーンの中で)、その後大きな拍手が起きてた。

 

この記事よかった。

note.com

 

キャリー・マリガンの演技、とてもよかった。映画『わたしを離さないで』『未来を花束にして』『華麗なるギャツビー』『プロミシング・ヤング・ウーマン』など、観たい映画にたくさん出てらっしゃる!がしがし観ていきたい!!

pyw-movie.com

 

ビル・ナイは、映画『MINAMATA』に出演している。LIFE誌の編集長役。インタビューで「演じる上で難しかったのは?」と聞かれ、「アメリカ人の役を演ること」と答えていて笑ってしまった。

youtu.be

 

『スカイライト』を観たあとに関係ありそうな気がして、ブレイディみかこさんの『子どもたちの階級闘争 : ブロークン・ブリテンの無料託児所から』を読んだら、やはりそうだった。キーラの勤めていた「底辺校」と社会背景などが理解できる。

hitotobi.hatenadiary.jp

 
『ハンサード』もよかった。
 
 
主演二人のインタビュー。アメリカの番組のよう。
 
 
日本でも2018年に新国立劇場で上演されていたらしい。ああ、今やっていたら絶対観に行くのに!舞台ってほんと一期一会、「出会いのもの」だなぁ。キーラは宮崎あおい蒼井優がいいなと思っていたので、このキャスティングは当たったみたいでうれしい。
 

spice.eplus.jp

 

戯曲『スカイライト』日本語でフルテキスト読める。図書館でぜひ。

『悲劇喜劇 2019年1月号』(早川書房

 
 
 
 

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