早稲田大学演劇博物館で展示『新派SIMPA-アヴァンギャルドの水脈』&朗読劇『黒蜥蜴-演劇博物館特別篇』を観てきた記録。
朗読劇の案内がFacebookのタイムラインに飛び込んできて、「おお、黒蜥蜴観たい!朗読劇大好き!」と思い、そのまま流れで申し込みをしたら、運よく当選した。
当日、「何時に行こうかな」と予定を考え始めたときにようやく、今回の公演が新派に関しての展示の関連企画だと知った。そしてその展示も同じ週末に終わってしまうとも気づいた。
これは展示を観ないと観劇の体験が半減する!と思い、そのままバッグを引っ掴んで家を出て、なんとか1時間ちょっと展示を観る時間を確保できた。
私は新派については何も知らない。
新派ってなんだっけ?と検索してようやく、「ああ、あの明治座とか新橋演舞場とか三越劇場でやってる、ポスタービジュアルが独特の、年配のお客さんが多そうな演劇か。あれは新派という劇団だったのか」レベルの知識のなさだ。
舞台や演劇の領域だけど、なんとなく自分とは関係のない存在として、今までつながりを感じていなかった。実は少し古臭いお芝居なのかなというイメージを抱いていた(ごめんなさい!)。
今回の展示はその新派に光を当てて、新派の興りから現代までの変遷を辿りながら、日本の演劇を再考するという画期的な内容だった。
展示は、ざっと観た印象では次の通り。
新派が生まれたのは明治。
当時は歌舞伎を旧派と位置付けて、さまざまな新しい演劇が興った、実にエネルギッシュな時代だった。
歌舞伎をルーツにしつつも、歌舞伎ではできなかった題材や作品を取り上げている。国内外問わず、小説の発刊のように次々と舞台を通じて世に紹介している。演技(台詞や動き)や美術や音響や視覚効果を探求した。風刺やニュースメディアとしても機能しており、その時その時に社会で起こる事件などを取り入れて舞台にしていた。女形と女性の俳優が共存しているのも面白い。さまざまな演劇集団が生まれては消え、戦後に幾つもの「座」や「派」が統合して、劇団新派としてスタートした。
新派・劇団の系図 | 新派について | 劇団新派 公式サイト
これは私の想像だが、舞台として上演されたことで、小説の形では読まなかった層にもその物語が広がったのではないだろうか。原作から映画化された作品を観て、そういう物語があることを知る。そこから原作も読んでみる、などは今でもよくある。広く知られるきっかけを新派が提供したかもしれない。
展示で特に取り上げられていたのが、川上音二郎。
谷中霊園の中でも桜並木通りにあって、形がユニークなので視界に入っていた碑。川上音二郎って何をした人なのかなと思いながら、特に調べもせず、横を通っていた。ようやくつながった。
エンパク3Fの常設展示室では、世界の演劇の歴史と日本の演劇の歴史が小さなスペースながら、パネルや解説文や資料の展示で濃度高く紹介されている。新派の紹介もあるので、2Fの展示と併せて観ると理解が深まる。
enpaku 早稲田大学演劇博物館 | カテゴリー | 常設展
こうして見てみると、能、歌舞伎、文楽と並んで、一つの塊として新派が生まれ、映画やミュージカルや外国から入ってきたさまざまな演劇の影響を受けながら、無数に分派していって今の演劇があるのかもしれない。
歌舞伎に対抗しながら生まれた新しい演劇が次の演劇を生み出していく。
もっと新しいものを!
もっと刺激的なものを!
もっと今の時代の人々が求めるものを!
そのエネルギーの源、塊を感じた。駆け足での鑑賞だったが、とても多くを受け取った感触がある。
となると、なぜ今の新派で朗読劇をやるのだろう?と疑問が湧いた。
ビジュアルで魅了してきた独特の舞台を封じている。音の世界で新派らしさを出すってどういうことなのだろう?朗読劇と言っても演出方法はさまざまなので、かなり立ち回りの多いタイプの多い朗読劇なのだろうか?など、あれこれ想像していた。
実際の舞台は、4人の登場人物と講談師の5人。講談師は語り手であり、明智小五郎の友人との設定。途中で新聞記者の役なども担当する。
講談師に筋書きを語らせる演出、新派的な台詞回し、最小限の背景音や音楽など、ぱっと見は地味だが滲み出る新派らしさのようなものが出てくる。
今まで私が観てきた朗読劇は基本は椅子に座って、本を持って演じるところは同じだが、立ったり歩き回ったり、身体を動かす場面も大きい。セットを組んで、限られたスペースや小道具を使いながら派手な場面展開をするものもあったし、基本は立っていて、ダンスかと思うぐらい激しく身体を動かす朗読劇もあった。
それに比べると今回はほとんどが着席の状態で、身振りなども最小限。かなり抑えられた朗読劇だった。ラジオドラマのようでもあるので、収録されたものをネット上で聞いても面白いと思う。
ただ、もちろん生身の役者が演じているのを観るのが一番良い。衣裳の効果もあるし、仕草や細かい身体の使い方など、視覚的に入ってくる情報も大きい。シンプルな分、印象に残る。この時間を共有していることで生まれる集中や、自分の身体に響いてくる生々しい感覚、自分の脳内に立ち上がってくる情景など、生の舞台ならではだ。
朗読劇は視覚的な動きが少ない分、通常の舞台以上に音に耳を澄ませているので、遅れて入ってくる人の扉の開閉音や観客が立てる物音(いびきの音まで聞こえてきて、もうこれは論外)が気になった。撮影のスタッフさんが客席の真ん中通路を左右に移動するのもかなり鑑賞の妨げになっていたり、感染症対策の換気のために送風機能が使われているのか、場内が寒かったりと、なんだか気が散る環境だった。
中盤からはだんだん調子が出てきて(私が)、明智小五郎と黒蜥蜴の冴え渡る会話の応酬に魅了された。小さい頃、シャーロック・ホームズの朗読劇のカセットテープを図書館から借りてきて何回も聞いたのを思い出した。あのワクワク感が蘇る。
事前に配られていたパンフレットで、三島由紀夫版との違いが明記されていたので、それを見どころとして楽しみながら観られたのはよかった。
三島版は絢爛豪華で耽美な世界観で、黒蜥蜴の存在感が大きい。
齋藤版では喜多村緑郎と河合雪之丞に当て書き(演劇や映画などで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)したことの効果もあり、明智と黒蜥蜴が同等に対等にクローズアップされているとのこと。
舞台は1時間ほどで、アフタートークが45分。
エンパク助教の後藤隆基さんが話を振って、喜多村緑郎さん、河合雪之丞さん、演出の齋藤雅文さんが答えていくというやり取りで進んだ。
もともとの新派の齋藤版の『黒蜥蜴』は2017年に初演で、今回はそこを生かしつつも、朗読劇用に書き直しているとのこと。
朗読劇という形式は、観ている側からは音だけなのも豊かで想像力をたくましくして観られる、聴けるのが魅力だし、演じている側からは、台詞だけに集中できるので、丁寧に台詞を扱う必要が出てくる、「落とす台詞がない」。立って行う朗読劇と座って行う朗読劇もまた違う......という微妙なところを語られていた。
演出の面からは、『黒蜥蜴』と言えば、どうしても三島版のイメージが強い。江戸川乱歩という原作はあるものの、隅々まで三島由紀夫の存在が出る。今回は原作に立ち戻って、舞台も大阪に戻して、怪しげな人物が怪しげな動機で蠢いている昭和初期の民衆のバイタリティやエネルギーを表現したかった、などのお話が。
当て書きをしたことも大きく、「この役者がいなければできない、役者ありきで書ける、そういう出会いがあるのは脚本書きとして幸せ」とのこと。役者も幸せなことであろうな。
朗読劇は、身体的にも楽だし、特に今回のような60分の小品は、小回りがきいて上演もしやすいという話も出た。たしかに、新派の舞台を一本公演しようとすると大規模な準備が必要になるが、これなら最小限の力で公演できる。灯火を消さない方法の一つかもしれない。
最後に、一言ずつと振られて、「生の舞台を観にいく習慣を忘れないでほしい」「新派が持っている財産をつかって、作り続けることをあきらめない。機会を使って役者の力を埋没させないでいることが大事」「へこたれずになんか作っていく人たち。つくり続けるしかない、そういう性(さが)」などの言葉があり、こちらもとても励まされた。
実際、この2年の間の創作物はどれも特別な力を感じるものばかりだと、最近の鑑賞で感じている。短い時間で集中して作る道を見出したり、削ぎ落としてシンプルにしたり、新しい方法を編み出したり、「アナログ」な手法を試したり、持てる技術や知見をすべて注いで作ったり。
ピカソが《ゲルニカ》でやったことと同じかもしれない。崩壊した世界から再構成する力、エネルギー。
三島版は三島版で変わらず魅力なのだろうけれど、三島由紀夫や美輪明宏や坂東玉三郎のように、誰か一人の強い個性を持ったスーパースターが引っ張っていくのとは違ってきている。いろんな人がそれぞれに魅力を放っていて、全体として複雑な世界を描き出しているというほうが今の時代の感覚に合う。
生き生きとした人間の像を描くことで、その時代背景を見せ、今の時代とのつながりを感じさせる。それを今回の朗読劇では表してみせたのではないか。
娯楽小説もこうして新たに解釈され、演出し直され、様々な形式で、いろんな役者が演じていくことで、次第に古典になっていく。その過程を今目撃しているのだなと感じ、貴重な機会を得られたとありがたく思った。
▼企画展のもう一つの公演、『十三夜』。Youtubeで聴くことができる。
▼展覧会紹介記事
▼原作『黒蜥蜴』(春陽堂書店, 2015年)
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朗読劇と言えば、この舞台よかったな。
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