ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

METライブビューイング《Fire Shut Up in My Bones》鑑賞記録

久しぶりのMETライブビューイングの新作。
パンデミックのために休演していたMETが、2021年9月、1年半ぶりの再開一発目に選んだのがこれ!

《Fire Shut Up in My Bones

www.shochiku.co.jp

 

タイトルの意味も、今このタイミングで初演されることの意味も、何重にも噛み締めるような公演だった。
METの内部で起こっていた「前任者」の性暴力を見つめ、責任を引き受け、今の潮流に乗って新しいオペラの表現として、世界に提出した。

Metropolitan Opera | James Levine

 

アフリカン・アメリカンの作曲家のオペラがかかるのが、METオペラで初という。インタビューによれば、「いたのに採用されなかった」という。『ポーギー&ベス』のときはオールキャスト、アフリカン・アメリカンで、南部の黒人コミュニティが舞台になっていたことが話題になったが、もっと踏み込んだ形。

笑顔の指揮者ヤネック・ネゼ=セガンと、彼を大きな拍手で迎える観客、ピットのメンバー。そして1音目。
こういうものにいちいち涙が出る。

性暴力とトラウマという重たいテーマを扱っているが、表現は最大限に配慮されていると感じる。それでいて強く印象付け、その問題の構造を見せる。何が起こっているのか、なぜ起こるのか。

男は強くあるべきという、いわゆる "MAN BOX"に満ちている世界で、性別は二分され、女性との関係も、男性同士の関係も、歪んでいく。

このあたりのことは、『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』を読むとよくわかる。著者がアメリカ人なのでより背景がわかる。

『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』レイチェル・ギーザ/著, 冨田直子/訳(DU BOOKS, 2019)



愛されたい、愛している。
求めているのはそれだけなのになぁ。
弱々しく生きる人間たちの、魂の叫び。

重たいテーマにも関わらず音楽は多彩で心地よく、歌唱もバリエーション豊かさで没入を誘う。あちこちに置かれた布石が回収される瞬間が何度もあって、そうきたか!と嬉しくなる。音楽のジャンルを横断しているのにとっ散らからない。

特にソプラノのエンジェル・ブルーがチャーミングで、舞台にいるだけでうれしくなる人。歌唱も素晴らしいし、加えて表情や仕草の細かな動きで機微を表現してしまう。《ポーギーとベス》もよかったけれど、こちらも当たり役。

ガーシュウィン《ポーギーとベス》 | 演目紹介 | METライブビューイング:オペラ | 松竹



主人公の少年期役のウォルター・ラッセル3世はまだ13歳。めちゃくちゃ可愛い。Jacson 5時代のマイケル・ジャクソンを彷彿とさせる。この難しい役に抜擢することも、若くしてこの大きな経験をさせることも、メトが自らに貸した宿題では、と友人の弁。

なるほど、もてはやされた子役が、大人の都合で消費されるだけされてきたような世界で、いかに人を大切にしながら才能を伸ばすか。チャレンジだな。観客にとっても、もちろん。

 

個人的には、夫と別れ、親戚を頼って一人で5人の子どもを育てていた母・ビリーが非常に気になった。夫の言葉を信じては裏切られて、怒りと恥を溜め込みながら、教師になるという夢を口にし続ける。今思うと、怒りと恥の象徴がバッグに隠した銃だったのかもしれない。「教師になる」は辛い今を乗り切るためのおまじないだったのか、本当にそうなったのかは、原作を読んでみないとわからないが、今よりましな生活をするため、子どもたちに自分のようになってほしくないという思いを歌うのが切なかった。

本当に大変なときは、子をケアできないほどくたくたに疲れている。子が愛を求めているときには差し出せず、また周囲の環境と一緒になって子を辱めてしまう。子が成長して家を出る段階になってはじめて、親から愛を求める。その頃には子は自分の人生を生きている。だからこそラストに向けて一気に駆け抜けていく展開は胸を打つ。

たっぷりと長めのカーテンコール、感無量なウォルター・ラッセル3世、湧く観客席......ああ、メトが戻ってきた!

合間のインタビューは、原作者、作曲家、演出家、指揮者、主演4人など総出演! 再開の幕開けらしい大サービスぶり。METの底力。やっぱりショービジネスの国だよねぇとも話す。

劇中に登場する社交クラブ「カッパ・アルファ・プサイ」の会長もインタビューに出しているのもなんというか、ちゃんと「抑えている」。

Kappa Alpha Psi Fraternity, Inc.
https://kappaalphapsi1911.com/



感染症も含め、私達、これからも一つひとつ乗り越えていくんだよね、ここまではなんとか歩みを続けてこれたよね、という固い握手のようにも思われて、カーテンコールは涙が止まらなかった。

 

METLV公式:最新情報:《Fire Shut Up in My Bones》MET初演 現地レポート
https://www.shochiku.co.jp/met/news/4201/

 

METLV公式:最新情報:ジャズ作曲家・挾間美帆さんからテレンス・ブランチャード《Fire Shut Up in My Bones》にコメントが届きました!
https://www.shochiku.co.jp/met/news/4145/

 

〈インタビュー〉テレンス・ブランチャード小曽根真

www.billboard-japan.com

 

 

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〈追記〉2022.2.22

この東京外大の講座を受講したら、もっと詳しい社会背景がわかりそうだなぁ。

tufsoa.jp

 

 

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社