金沢21世紀美術館の映画祭「まるびぃ シネマ・パラダイス!」で観た4本。
『おかしな奴』(1963年)
『喜劇 急行列車』(1967年)
『吹けば飛ぶよな男だが』(1968年)
『あゝ軍歌』(1970年)
▼映画データ、あらすじなどもこちらに。
時代による喜劇の描き方の違いから、1950年〜1960年代の娯楽映画を知り、それを通じて当時の社会を知るきっかけになった。これらを観るまでは、いわゆる芸術性の高い作品しか観ていなかったことに気づいた。わたしにとっての空白地帯に、映画を通じて一つひとつ景色が生まれていった感覚。
また、今の時代を生きている自分としての主観と、この映画が当時どのような背景の中でどのように観られていたのかという客観の行き来をさらに鍛えるきっかけにもなった。
『吹けば飛ぶよな男だが』と『喜劇 急行列車』は期間中の鑑賞対話の企画でも扱ったので、特に思い入れがある。
一本ずつ感想と記録。※内容に深く触れていますので、未見の方はご注意ください
おかしな奴
https://www.omc.co.jp/film/outline/077.html
今回観た4本のうち、映画として一番好きなのがこれだった。2021年に観た映画のベスト10に入る。DVDを入手してもう一度観たいのだが、残念ながらリリースされていない。国立アーカイブで上映される日を待ちたい。
観た直後のツイート。
『おかしな奴』まるシネ/21美 観た。凄い映画を観てしまった。一定のテンポで運ばれる物語は、一つひとつの要素が精緻。贅沢。1カット1カットがどこを切り取っても美しい。幻燈のような柔らかなモノクロの明暗。フィルムで観て聴けて幸せ。前の世代の人たちが渡してくれた宝物。
— 舟之川聖子|Seiko Funanokawa (@seikofunanok) 2021年11月28日
『おかしな奴』1963年 沢島忠監督 東映
— 舟之川聖子|Seiko Funanokawa (@seikofunanok) 2021年11月28日
『昭和元禄落語心中』が好きな人はぜったい好きだと思う。きのうたまたまEテレで観た「『ずっと、探し続けて』混血孤児と呼ばれた子どもたち」の境遇に置かれた母たちのような人も出てくる。江戸川乱歩に関する言及もあり思わずニヤついてしまう。
渥美清が演じるのは、実在した落語家、三遊亭歌笑。これは、彼が生まれてから亡くなるまでの一生を追った物語。その背後に戦中から戦後の日本が映る。人間ドラマであり、大河ドラマであり。あるいは、「伝統を継ぎ発展させる」ことや、「自分の仕事をつくる」という話でもあるかも。
1963年の制作と思えないほど、今の時代に合う。最近撮られたと聞いてもおかしくない。テンポ、スピード、間合いの心地よさ。構図の美しさ。陰影の付け方。セリフの洒脱さ、演技の自然さ、そしてフィルム映画で味わう白黒映画の美しさ。1カット1カットが本当に美しい。すべてがピタリと今に、私に合う。
沢島忠は、時代劇、任侠映画、ひばり映画などの監督として映画史では知られているらしいが、いやいや、『おかしな奴』はもっと見直されていい作品ではないかと思う。
俳優陣もすばらしい。今はもういない人たちも多い。若い日のきらめきが映画として残されていることにも感謝を捧げたい思い。まだ存命だが、三田佳子さんがかわいい。弟子入りする噺家の自宅で、住み込みで女中をしている「おひさ」の役で出てくる。親の決めた結婚に従うために仕事を辞めるが、相手が戦死し、たった10日間の結婚生活となる。戦後はパンパン(街娼)として夜の街に生きる。噺家の娘で、歌笑の妻「ふじ子」役になる南田洋子さんもかわいい。ただ内助の功だけではない彼女の存在感。彼女たちを通して、当時の女性の人生についても考える。
戦中にもきっといたであろう、苦しい思いをしたであろう、兄弟子のような繊細な人。彼のシーンには涙が止まらなかった。(こんなん全然喜劇ちゃうやん)
戦後立ち上がっていく上で、笑いが人々を支えていた。時代の熱。その庶民の心に寄り添う言葉をつくりだすプロ、笑いのプロとして独自の道をゆく歌笑。
所属する業界でのしがらみや、才能と時の運とコネとの掛け合わせ、自身の老いや時代の変化にキャリアの転換を迫られ、また新たな道を目指し、夢を描く。
一つひとつのシーンのつくり込みがすごい。人物像や演出にもこだわりがありそう。だからたぶん観ながらものすごい多幸感がある。こんな体験をする映画って今まであったかなというぐらいの。
上の世代の人たちが作っておいてくれた宝物を受け取ったような気持ち。映画の神様が出会わせてくれたような特別な作品。
もう好きすぎて何を書いたらいいかわからないぐらい。
いつかまた観る機会がありますように。
https://www.omc.co.jp/film/outline/079.html
この4作品のうち、一番初めに観た。企画の準備のために何度も観て、感想も何度も話している作品。
今なら放送できないだろう用語、精神障害や女性に対する差別的な扱い方、あるいは女性が女性自身を表現する言葉、グロテスクな暴力がこれでもかと描かれていて、正直引いた。シャレにならないと感じた。登場人物の誰にも感情移入できないし、さて、どう見ればいいんだろうと一瞬途方に暮れる。そういう自分の感覚はまずは大事にしたい。
その上で、自分の主観だけで見ているとわからないものを理解したい。
観る人によってどんな感想の違いがあるんだろう。
当時はどうだったのだろう。
この映画は何を描いているのだろう。
この作品が国立映画アーカイブで所蔵され、貸出事業にも組み込まれているということは、なんらか意味があるのだ。
二度、三度見て、感想を二度話し合って、だんだんと見えてきた。
わかっていてあえて描いている。
たとえば物語の案内役として、芝居がかった喋りが冒頭から所々に入っていくのは、それを明示している。これはぜんぶわかっていて描いていることなのだと。
他にもある。「ほんまもんの強姦を撮りたい」なんていうのは、当時だってありえない。そんな映像も日の当たらないところではたくさんあるだろうし、日の当たるところでも現場によってはあっただろう。それを無邪気な発想として、牧歌的な音楽をかけてギャップを演出している。ポーランド民謡の『森へいきましょう』(大森屋の海苔のCMソングでもある)とビンタされる少女。
この映画の作り手は、誰も見たこともないほどギリギリの笑いを見せようとしている。面白いのか悲しいのかどうかもわからないような、涙も出ないような悲劇であり、喜劇。喜劇にすればするほど、現実の辛さが浮かび上がるようにしている。
経済だけが成長していっている社会の中で、取りこぼされていく存在として、底辺層を生きる少年と少女を映す。この態度は、脚本の森崎東の影響が強いようだ。
親もわからない、学校にも行っていないであろうチンピラ少年たち、三郎とガス。働くということは、彼らにとっては、人が持っている金をいかに奪うかということになる。ガストンは刑務所で同性から激しい性暴力を受けた過去を持っている。(それに言及するのはたったひと言だけなのだが、それが与える影響のことをより知る現代の人間から見ると、瞬時にガストンの人生を想像する。)
九州の小さな漁村の共同体に居場所を無くしてさまよう少女、花子。彼女の妊娠は彼女の発達障害(おそらく)を利用した暴行だった可能性がある。レイプや「嫁入り前の性交渉」が世間体の悪いことだったのかもしれない。彼女に十分な知識や知恵を与えるか、守ってくれる、戦ってくれるような保護者がいなかったのかもしれない。
彼女は三郎によって美人局の片棒を担がされたり、トルコ風呂に売られるが(この時代いかにトルコ風呂が、堂々と流行っていたのかが、今回の4本セットでほんとうによくわかる)、花子はそれにショックを受けてはいない。それは彼女が「わかっていない」からかもしれない。しかし、3人で屋台の一杯のラーメンを分け合ったり、3人で一緒に話している姿には、その年頃の少年少女らしい心の通い合いがあって、この映画の中で唯一温もりを感じる箇所だった。
衝撃なのは、ミヤコ蝶々がこのとき48歳のはずなのだが(1920年生まれ)、20歳ぐらい年上に見える。今の感覚でいえば、48歳の俳優はもっと若々しい人が多い。どんな苦労があったのかと考えてしまう。役作りかもしれないが。彼女にとって「男は搾り取る」対象。「男はうぬぼれが強いから」生き抜くための考え。「ラッパ管くくって(妊娠しないように)やってきた。成功したんや」楽しそうに話す彼女の姿が悲しみを誘う。戦後、男と女は、お互いを喰いあって生き延びていたのだろうか……暗澹たる思い。
老けているといえば、美人局でカツ揚げされる大学の先生も、44-45歳の役だが、かなり老けて見える。この先生の存在は謎だが、このカオスな世界で唯一理性的な人である安心感を与える役割や、社会階層的にはインテリになる人が「降りてくる」というあたりにカタルシスをもたらす役割があったのではという感想を聞いて、なるほどと思った。
ガスの家はほとんど今にも崩れそうなアパート、スラム街で、そこにヤクザの兄貴分とその家族が一緒に住んでいる。こういったことはどこまでがフィクションなのだろう。
この家で、問題のかなりグロテスクな三郎の指詰めが行われる。なんでそんなことをしなくてはいけないのか、またここまでグロテスクに取る必要があるのか、だいぶ不明なシーンとして私には見えた。ところが、感想を話してみると、私とは全く違う感覚で見ていた人もいた。つまり完全に喜劇として。吉本新喜劇やバイオレンスなどを楽しめる、グロテスクなものに耐性のある人にとっては、新鮮な笑いとして見られるのだそうだ。これは新しい視点だった。
社会に居場所のない少年たちの物語といえば、侯孝賢の『風櫃(フンクイ)の少年』(1983年)ともつながる。
『吹けば飛ぶよな男だが』は大阪・梅田からはじまる物語。東京オリンピックのあと、大阪万博のあいだの時期に作られている。華やかな復興、成長の下で、どんな人間のドラマがあったのか。
フィクションではあるが、完全にフィクションとも思えない。またこれが、2021年の東京オリンピックの後に観たものだから、いろんな現実が脳裏をかすめる。
劇中挿入歌。耳につく。
戸川純は、この映画のファンらしい。
喜劇急行列車
https://www.omc.co.jp/film/outline/078.html
たまたま11月22日の「
渥美清演じるベテラン車掌が連れて行ってくれるロードムービーであり、お仕事映画でもある。喜劇というより人情話。
日本国有鉄道、0系新幹線、寝台列車の車内、修復前の東京駅やステーションホテル、Canon・Sanyo・Columbia・Kubota・Philipsのネオンサイン、食堂車、ハネムーン、車内から打つ電報、立ち会えない出産……など、東京に、日本に、こんな時代があったのだという物珍しさ。でも全然知らないわけではなく、自分の幼い頃の風景も立ち上がる懐かしさもある。戦後復興、高度経済成長を感じる車窓からの風景。22年経って長崎がここまでになっていることに驚く。
電車で旅をするという設定は、市民の憧れだったのだろうか。停車駅と時刻、時間帯がわかる画、電車が走るカットも多用されていて、一緒に旅をしているような感覚。旅に出たくなる。
・私がこの映画で好きなところ→→→
サボりキャラ、車内販売におせんべいとみかん、回想シーンの緑や赤のフィルター使い。「お蝶夫人」(マダム・バタフライ)の舞台とそっくりと言って「ある晴れた日に」を熱唱する主人公青木。青木と古川の上司部下の関係が狂言的な笑いがある。青木が15年の夫婦関係をふりかえるところ(「性格は合わないけれど離婚せずにきたのは、たまたま子どもが生まれるとか、転勤するとか、いろんなことが起こってきたからで、ただ急行列車のように走り続けてきた」)、寝床で食べる文旦。ベタな夢オチ、機関車の走行音と心臓の鼓動、列車のトンネル通過と産道のリンク。全体的に漂う平和な空気。
・私がこの映画から「時代」を感じるところ→→→
田舎者の訛りを「何を言っているかわからない」と嗤いの対象にする感じや、足をなめあげるように撮る=消費される女の表象、「派手な女たちの一団」による「お色気」シーン(まり子の「清楚さ」との対比)、見目麗しい女性の「マドンナ」視。「男性」と「女性」、「都会」と「田舎」、「清楚」と「派手」、「健康」と「難病」など、いろんなものが二項で分かりやすくされている。それは今の感覚からはとても単純に見える。そしてお互いがとても遠いものとして描かれている。これが笑いの基本要素なのだろうか(あるいは「過去にはそうだった」のだろうか)。
喜劇にするために、女たちの騒ぎや盗難事件などのドタバタ要素も交えているが、「盛りすぎでは」と当時から批評はされていたらしい。
この映画、どういう人が見ていたんだろう。と思ったら、自分の親が20代半ばの頃に公開されていた。かれらはあまり映画自体観ていなそうな人たちだが、今度聞いてみよう。
あゝ軍歌
https://www.omc.co.jp/film/outline/080.html
そのタイトルが示すとおり、4本のうち、最も太平洋戦争に関連する描写が濃い作品。今こういうものは絶対に撮れないだろうなというタブーがてんこ盛りだ。単なる笑える物語としての喜劇ではなく、大いなる批判精神によって作られていると感じる。
主人公の男二人は「戦没者をまつる神社(御霊神社)」へ遺族を案内して生計を立てる観光ガイド。ガイドが必要な理由は、田舎から出てきた人は大都会は不案内だから、あるいは(同時に)遺族が高齢だから。個別から団体まで対応。描かれ方としたはいかにも怪しいのだが、あり得たのでは? 調べてみたい。
さらに彼らは、戦地で精神障害の真似をしてわざと野戦病院に入り、死を逃れたという過去を持つ。その真似の姿には、笑いよりも直視しづらい残酷さと痛みがある。これを見た20代の若者は、「ショックでもう二度と観られない」と話していた。
そこに様々な人物が現れる。一人息子を戦地で亡くした老女。脱走兵だから御霊神社に入れてもらえなかったため、自分の手で祀りに、はるばる鹿児島からやってくる。無事に思いを遂げるが、行くあてもないと、フランキー堺演じる福田勝造の自宅に居候する。
他にも、未亡人も転がり込んでくる。妊娠している家出少女も来る。「オギノ式で失敗した」と言っているのに胃が痛くなる。避妊法とも呼べないような不確実な方法しか教わらないようなのだが、50年経ってもほとんど教育は変わっていない。
この映画では、女性は三種類しかいない。若く性的対象か(トルコ風呂、おさわりバー)、若く恋愛対象か(神社の巫女)、老いた母親か。
「とにかく生活を変えなきゃ」が口ぐせの密入国でアフリカを目指す若者。その手配まで請け負う主人公二人。クローゼットをコンテナに見せかけて船に載せようとする。
物語が進むうちに老女は、実は同じ野戦病院にいた男の母親であることがわかってくる。かつての上官が客として訪ねてくる。それらから当時の記憶が蘇っていく。
この映画が描いていたのは、近代化の波から振り落とされそうになりながらも、なんとか生き延びようとする人たちの、不思議な連帯だと私は受け取った。
↓『喜劇 急行列車』との対比で見るとわかりやすい。
現代ではタブーになってしまった事象、放送禁止になった言葉、、そういうものにまみれていちいちギョッとしながら、作り手はなぜこの映画を撮ったのだろう、何を描いたのだろう、といろいろと考える。
わざと兵役を外れようとした人たちがいたとか、復員してきた人たちの中に、このようなPTSDに苛まれていた人たちがいたのでは。
まっとうな仕事と、まっとうでない仕事。しまいには賽銭泥棒。
生き抜くためにあらゆることをしなければならなかった人たち、時代のことを忘れるなと突きつけているのだろうか。
見る人が見れば、「何が描かれているのか」もっと読み取れるのでは、と想像した。
そういえば戦後に独身で生きてきた女性はどうしていたのだろうと、たまたま観る前週にこの本を買っていた。この映画ともつながる。
『ひとり暮しの戦後史―戦中世代の婦人たち』塩沢 美代子, 島田 とみ子/著(岩波書店, 1975)
この映画と同じ1970年にリリースされたフォークソング『戦争を知らない子供たち』
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『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』押井守、野田真外/著(日経BP社)
『映画の声――戦後日本映画と私たち』御園生涼子/著(みすず書房)
『鮮烈! アナーキー日本映画史1959-1979【愛蔵版】』
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