ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

田中絹代監督特集『女ばかりの夜』@早稲田松竹 鑑賞記録

2022年正月に早稲田松竹田中絹代監督特集を観た記録を書いている。

 

最初の3本はこちらに書いた。

hitotobi.hatenadiary.jp


早稲田松竹の上映作品紹介ページ

wasedashochiku.co.jp

 

 

女ばかりの夜

1961年公開。原作:梁雅子、脚色:田中澄江、監督:田中絹代、そして登場人物(俳優)もほとんどが女性という映画。英題 "Girls of Dark"

『乳房よ、永遠なれ』に続いて、田中絹代の描きたかったものの強さが出ている。フェミニズム映画と言ってもよいのではないか。

 

物語は、売春防止法が施行された昭和33年(1958年)の後の社会を映している。映画を観て、まずこの時代背景を抑えたくなる。

 

売春防止法とは、

売春の勧誘などをした20歳以上の女性に対しては婦人補導院に収容する補導処分、売春を行なうおそれのある「要保護女子」に対する保護更生の措置を規定する法律。

 

今もこの法律は残っている。

売春防止法 | 内閣府男女共同参画局

売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更正の措置を講ずることによって、売春の防止を図ることを目的とする法律です。

 

時代にそぐわないとして、今ちょうど抜本改革の検討が進んでいるらしい。

売春防止法違反の女性を「処罰」…婦人補導院に廃止求める声:東京新聞 TOKYO Web(2020.4.20)

65年ぶりに売春防止法を抜本改革へ 超党派で「女性福祉」目指す(福祉新聞) - Yahoo!ニュース(2022.1.26)

 

この法律の問題は、「売春およびその相手方になること自体に対する処罰規定は置かれていない」という点にある。

買う男性ではなく、売る女性の方だけが悪く、罰せられる。このことが映画の中でも女たちから何度も口にされる。また、社会からの「醜業婦」観、差別も描かれる。田中の監督デビュー作『恋文』でも強く描かれる。特に「同じ女性」からの眼差しは厳しい。

 

売春防止法は、要するに日本における公娼制度の終わりということであり、それ以前には、戦後直後は日本政府が援助して特殊慰安施設協会(RAA)が連合国占領軍用がつくられた売春婦が公募された経緯もある。

RAAの廃止から売春防止法までに何があったかはまだ知らないことが多いが、法律施行直後の社会の空気を感じさせるものとして、1950年代〜1960年代の映画は興味深い。

 

このあたりを踏まえて、当時の宣伝ポスターのキャッチコピーを見ると、

全女性の為に 全男性に訴える
女だけで創った 文芸大作!

かなり意欲的な製作、興行だったのだろうと思う。

 

これが一般にどのように受け止められたかはまだ調べられていないが、映画監督新藤兼人田中絹代論を読むと、かなり散々だった。

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by 舟之川聖子|Seiko Funanokawa (@seikofunanok)

www.instagram.com

 

これは個人的な受け止めなのか、業界的なものなのか。こういう男社会にいたとしたら、田中絹代フェミニストとしてもパイオニアだし、アクティビストであっただろうと思う。

ただ、田中がどこまで「彼女たち」の側に立っていたのかは、これまたもう少し調べなくてはと思う。

 

背景が長くなったが、内容についても記録しておく。

※内容に深く触れていますので、未見の方はご注意ください。

・冒頭ですでにこの作品の背景が一通り示される。それによって今の時代に観てもすぐに入っていける。この脚本、構成がうまい。

・「白菊婦人寮」と呼ばれる更生施設。寮生の中には梅毒のせいで脳に影響が出て、他の寮生と違うふるまいを見せる女性が描かれる。これって『はいからさんが通る』に出てきたおひきずりさんに近い人のことでは……。

「はいからさんが通る」(マンガ)の注意書きやマンガが読めない人の話とか - 東久留米日記

・見学の女性たちが眉をひそめる。女性から女性への差別があることが示される。社会的に安全地帯にいる人とそうでない人との対比は、同時代の映画作品でも頻繁に描かれている。

・子どもを育てている女性もいる。「売春しているうちに妊娠した」。安心な避妊の手段もない時代。同性愛者と思われる女性もいる。

・淡路千景演じる寮長の先生が説明。「ミシンの下請け、袋張り、一つのことに打ち込む根気を養うため」まるで刑務所の刑務作業。その後懲罰として独房に入れられる女性もいるので本当に刑務所。

・寮長「多くの場合、生活苦から。男子側にも問題がある。人間関係の不和。社会が生んだ」。

・寮生の女性たちからも「あたしたちばっかり責めないで。男を更生させりゃいい」。ほんとそれじゃないか。売買春の長い歴史を思う。

・主人公の邦子は、神戸の米軍キャンプで「洋パン」として働いていたが摘発されて収容されていた。雑貨屋で住み込みのお手伝いの仕事を得る。(寮では仕事の斡旋もしているらしい)白菊婦人寮の出身であることは隠し、「田舎で家事手伝いをしていた」と嘘をつく。ホッとする店主。しかし朝から晩まで家のこと、店のこと、子どもの世話と次々に用事を言いつけられる。店主の妻(一応夫が店主?)は邦子の経歴を知っていて、こき使う。その上、「自分の洗濯物は分けているんでしょうね」との言葉まで吐かれる。「お堅い店で働いていれば信用を勝ち取れるから」「ああいうのを救ってやるのも社会事業」などとうそぶかれ、安月給で働かされる。大いなる欺瞞。

・寮長の「どうしてもっと自分を大切にしないの」という言葉が空々しく聞こえる。頑張ろうとしても経歴を知られると差別されて、対等には扱われない社会。邦子は「奥さんも旦那さんも感じ悪いな」としっかり認識しているところがいい。人として見ていないことに異議を唱える。NOの行動をとる。誇りがある。

・邦子はキレて、美容院へ出かけ、いつもの地味なお手伝いの服を着替えて、店主を巻き込んでやりたいようにやる。店主も「あいつは口やかましいだけでつまらない女だよ」。男もつらいよ的な。帰ってきた妻に見つかる。この男も女もしばる制度、お互いにとって不幸。。

・自由を渇望する邦子。街で客引きをするが、相手は警察だった。また寮に戻り、次の職場へ行かされる。今度は工場。たくさんの女工がいる。ここではお互いざっくばらんに開示しているようなので、早めに自分の経歴をカミングアウトしたが、邦子の想像通りにはならなかった。同年代の女性たちから激しい差別といじめに遭う。この女たちの「真面目な女工さんたち」がえぐいイジメをするシーンをじっくり撮っている意図を考える場面。リアル。

・ぼろぼろの身体の邦子が助けを求めるのは、白菊婦人寮しかない。よほど身寄りがないということがわかる。寮長との会話。

邦子「どう悪いの?男の人が体の自由と頭を売って月給を貰ってるのとどう違う」
寮長「先生にもよくわからないけど、でも邦ちゃんちゃんと働くことよ。すぐに男と寝ることを考えない」
邦子「あの女工たちは自分がそれをしないで済んだから、私を蔑むのよ」

邦子の誇り。自分はその状況、立場に置かれなかったから差別することで安心するという人間の心の仕組みを知っている。またそれを観客に向けても提示する。

・寮長「受け取る世間が協力してくれませんから、悲しいことです」。先生!!先生も体制側の人間であり、女性であり、もしかしたら人の姉であり母であるかも。寮の中では、血も涙もなく管理する一辺倒でもなく、共感や優しさも持って接しているところがまだ救われる。もちろん愛情はあるが、自分の人生には起きなかったこととして、共感しきれないところも見せる。このあたりの揺れがリアル。また寮の中で、自死する女性が出るのも、辛い。

・邦子の3軒目の職場、志摩バラ園。経営者夫婦と先輩技術者に支えられて、能力を発揮していく邦子。特に先輩の早川からはふつうの男の人の優しさにふれていることは大きい。自分を商品として見ない。家を間借りさせてくれているお寺の人もとても親切。ごはんを用意したり、病気の看病をしたり、身内のように気にかけてくれる。寮出身の友人チエミとの共同生活も楽しい。観ているほうも、ホッとする。

・早川に惹かれていく邦子が、過去と向き合うことを迫られる。人として扱ってもらえること、同じ労働ではあるが全然違うやりがいを感じていること、楽しく穏やかな日常。早川に告げるかどうか、葛藤する邦子。結局、早川には田舎に親が決めた結婚相手がおり、「元赤線の女など、先祖の名を汚したくありません」と手紙で言われる。

・経営者の妻の「都会と違って、田舎の人は難しいから」という慰めも、「おうちがゆるしませんよ」との説得も、余計に辛い。妻も結局はイエ制度に生きている女だから。シャバがつらすぎる!!!と観ている方も思う。働きはじめの頃に早川からもらったバラのドライフラワーと、邦子が描いた早川の顔の絵が切ない。

・ラスト、海女になった邦子は、女たちとの仕事の中で助け合いながら生きている。実際にも海女の中には訳ありの人もいた(いる?)のかもしれない。自由になれる場所が見つかってよかったと思いつつ、仕事も過酷ではあるし、そこまでいかなければ、邦子が自分らしく生きられる道はなかったのかとも、複雑な思いになる。

そしてまた、社会の普通や社会通念に沿わない人、共同体から追放された人は常にいるわけで、そうしたことについてもさまざま投げかけられて、映画は終わった。

 

観ながら考えたことは、以上。

f:id:hitotobi:20220226113219j:plain

 

たまたま同じ日に、NHKの番組「ねほりんぱほりん」で「女子刑務所にいた人」の再放送を見た。かなり『女ばかりの夜』に近くて、衝撃だった。こちらは現代の話だし。

獄中結婚した人、子宮がんの獄中手術をした人、服役中に出産した人が登場。刑務所での日常や刑務官たちとの攻防、厳しい懲罰と先輩受刑者からの容赦ないイジメ…そして出所後の生活までを根掘り葉掘り(NHKのサイトより)

 

こちらの記事も読んだ。

コロナで注目の「セックス・ワーカー差別」、フェミニズムとの複雑な関係(菊地 夏野) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)(2020.4.26)

一橋大学大学院社会学研究科・社会学部 近代日本社会と公娼制度―民衆史と国際関係の視点から―(2011.3.9)

このあたりは考えていきたいこと。

 

邦子役の原知佐子は、今の時代も人気が出そうな俳優。夫は実相寺昭雄

私がタイトルだけわかるものだと実相寺作品では『D坂の殺人事件』『姑獲鳥(うぶめ)の夏』、他に『ひめゆりの塔』(1982年)、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2007年)、『シン・ゴジラ』(2016年)。

2021年公開の『のさりの島』、主役の山西艶子役が遺作となっている。これ観てみたい。

www.nosarinoshima.com

 

原作である梁雅子の『道あれど』は、古書店か図書館にはあるよう。内容が気になる。

道あれど (三一書房): 1960|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

 

_________________________________🖋

鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 

2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社