ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

田中絹代監督特集『お吟さま』@早稲田松竹 鑑賞記録

2022年正月に早稲田松竹田中絹代監督特集を観た記録。

 

先の4本はこちら。

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上映していた早稲田松竹の作品紹介ページ。

wasedashochiku.co.jp

 

 

お吟さま

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1962年公開、田中絹代最後の作品。今東光(こん・とうこう)の同名の小説を原作とし、脚色して映画化。

『お吟さま』(今 東光)|講談社BOOK倶楽部


戦国合戦もの、大河ドラマ。この規模のものだって作れるんだ!という気概。

もしかしたらNHK大河ドラマはこの『お吟さま』にインスパイアされて生まれたんじゃないかと思うぐらい。特に女性を主人公にして、人としての生き様を描くスタイル。実際、NHKのほうは1963年から放映が始まっていて、『お吟さま』のほうが成立が早い。

大河ドラマ 全リスト | NHK放送史(動画・記事)

田中絹代は、1970年の大河ドラマ『樅(もみ)ノ木は残った』に俳優として出演している)

 

歴史に翻弄される千利休の娘・吟とキリシタン大名高山右近との悲恋の物語となって浮かび上がる。一人ひとりが設定としてではなく存在しているのは、各々の心情に丁寧に寄り添った描き方になっているからだろう。

こういう世で、こういう社会的立場に生まれ落ちたら、どのように生きるべきなのか、あれこれと考えさせてくれる奥深いテーマを持っている。安易に「女性監督ならではの」云々と言いたくはないが、やはり今作でも、「男性の目を通して見ている女性」ではなく、女性の側に立った現実味のある女性を感じて、思わずのめり込んで観た。

以下、細々と記録。※内容に深く触れていますので、未見の方はご注意ください。

・オープニング、タイトルバックからもカッコいい。

・青が美しいので注目してほしいとカンヌの担当者が言っていたが、ほんとうだった。瑠璃色、ラピスラズリ、ロイヤルブルーが印象に残る。

・戦場で茶を点てるってよく考えたらえぐい。心の平安を得るものを戦陣にセッティングすることが。

・右近が吟を受け入れられないことと、キリシタンであることがあまりピンと来ず、中盤以降になってようやく「右近はキリシタンなので、正妻はいるが側室は持たないということなのか」と理解。

・「地上の愛は多くの幸をもたらすが、罪深い」「ただ一度の逢瀬のために、命も惜しくない」激しい愛。恋に身を焦がす女。信仰による人間愛が男女の恋愛よりも上位にくる感覚は、私もいまだにわかるようでわからないところがあるかも、と吟に共感するところあり。吟に抱きつく側女。シスターフッド

・廻船問屋・万代屋(もずや)に嫁入りして、家や店の采配をしてまめまめしく働くが、夫は女遊びをして酔っ払って朝帰り。なんとなく金子みすゞを思い出す。

キリシタン禁止令が出て、大名は領地没収、一族追放、宗旨替えを迫られているが、右近は禁制品の販路を確かにする役割として万代屋から利用されそうになる。人道ではなく、利権と金か。

・万代屋と吟には夫婦の温かい関係はない。半ばやむをえず嫁いできた吟は吟で苦しいが、万代屋は万代屋で苦しんでいる。どちらも不幸で、やはりこのイエに基づく制度はほんとうによくない。この複雑さを描くところがいい。しかし「仲が良すぎると子宝に恵まれないと言う」と鈍感な右近に、キレる吟。

・そこを通りかかる馬にくくられて、これから磔刑にされるキリシタンの女が通りかかる。「みじめでむごい。しかし晴れやかな顔をしていて、死を急ぐ人には見えない」同じ女性に対しての同情と憧れの感情が去来する吟。物凄い夕焼けの中を十字架が運ばれていく、印象深いシーン。

・どの作品の中でも豊臣秀吉はどうしようもない人間として描かれているが、この作品でももれなく酷い。「悪趣味」で「キモい」だけでなく、男によって女が分断されている姿も見える。こういう図は大河ドラマや時代劇で私もおもしろく観ていたはずだが、社会の状況が変化してくると見え方が変わっている。驚いた。

・利久の一貫性。町人の立場の弱さ。犠牲になる吟と右近。自分の気持ちを大切にすることが「わがまま」と言われるのはいつの世も同じか。

・吟と右近の逃避行。ここからラストまで一気にスリリング。親切な農民に理由も詮索されず、密告もされず、火を炊いてもらって、ホッとする。

・右近に(あなたの本当の心は?)と迫っていく場面。ハラハラドキドキする。メロドラマでロマンチックラブ、官能的でもあり、つまりそれは人と人との関係の本質を見ることでもある。「でも、離縁はしない」と右近。しないのか、できないのか。右近の胸のうちも繊細に演じられ、進行していくので、共感がある。

・万代屋から離縁される吟。吟のあり方は構造の中にあっては、「強情」「ふてぶてしい」ということになる。。離別して実家に帰ってきて自由になる。咲き誇る梅。自由!そう、ここには自由がない。心の自由だけがある。制度の不自由と心の自由、なにやら現代にも通じそう。

・しかし「千利休の娘」であることから逃げられない吟。結局秀吉のところに連れて行かれる。目隠しをされて城の奥に連れて行かれる。いつもの側女もいない。ここはサスペンス。逃げられない、本当の牢獄。心に自由があるとはいえ、金の茶室の圧迫は凄い。「千利休の娘」であるからこそ、茶の湯への冒涜は何重にも許しがたい。軽蔑の眼差し。自らを「生きる屍」と呼び、拒絶する吟。秀吉、「父の命とひきかえに所望」これはレイプだ。酷い。この裏に映画業界の何か(ワインスタイン的な)があったのではと勘繰ってしまう。泣く側女。彼女たちのシスターフッド

・加賀前田家を頼って生き延びる右近。加賀行きを勧める父、利休。祝宴をひらいて家族で合奏する。こういうときの音楽の力。家族の思いの温かさと皆が死を覚悟している一触即発の場面。吟が幸せを求めることは、利休が茶人としての誇りを貫くことと、同じ方向にある。サスペンス。音もいい。スクリーンで観られてよかった。

・駆け寄る側女。「散って初めて貫ける思いの強さもある」扉の向こうへ消えていくラストは、『乳房よ、永遠なれ』が重なる。いつか見た磔刑にされていく女の姿。

・翌日、利休も自害。独特の重さと美の感覚が残る。

キリシタンの迫害、弾圧というテーマ。実は直視してこなかったのではないか。私も、社会も。正面から問題提起を仕掛けている作品ではないとは思うが。メロドラマとして楽しむこともできるし、もっと深いものを受け取ることもできる。田中絹代は強度のある映画づくりをしていたのでは。

www.at-nagasaki.jp

www.shimane19.net

www.refugee.or.jp

 

『女ばかりの夜』と『お吟さま』の間に、今回の早稲田松竹での上映はなかったが『流転の王妃』という作品がある。満州国皇帝溥儀の弟、溥傑氏の妃として波乱の半生を送った愛新覚羅浩の自伝を映画化したもの。

これを観ればまたいろんなことに気づけそう。

そういえば田中絹代の作品は、6本のうち時代順に2本ずつ特徴があるのが興味深い。

『恋文』『月は上りぬ』:戦後、巨匠のワールド
『乳房よ、永遠なれ』『女ばかりの夜』:見過ごされた女性の存在、社会派ドラマ
流転の王妃』『お吟さま』:カラー、大河ドラマ、歴史と女性

 

お吟さま』いろんな人の感想

filmarks.com

 

今回の特集上映、ほんとうによかった。

この2021年東京国際映画祭トークイベント動画も必見。

登壇ゲスト(予定): クリスチャン・ジュンヌ(カンヌ映画祭代表補佐 映画部門ディレクター) 三島有紀子(映画監督) 斉藤綾子明治学院大学教授/映画研究者) 冨田美香(国立映画アーカイブ主任研究員)

youtu.be

 

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●追記(2022.3.10)

堺の当時の様子。ここは千利休茶の湯館、与謝野晶子記念館が入っている施設らしい。

www.sakai-rishonomori.com

 

2022年は千利休生誕500年にあたるそう。この新作能観てみたい!秀吉に切腹させられた利休の霊が登場。

www.ryutopia.or.jp

 

kyotoliving.co.jp

 

吟のこともどこかに出てこないかな。。

 

*追記* 2022.6.28

https://mainichi.jp/maisho/articles/20220606/kei/00s/00s/016000c

 

 

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社