シネコンでロイヤル・オペラ・ハウスシネマの《くるみ割り人形》を観てきた。
子と友達と4人で観に行った。友達は、中学生までバレエを習っていた人と市民オーケストラの打楽器奏者の人の二人。打楽器の人は、くるみ割り人形は何度も演奏してきたが、バレエとして観るのは初めてとのこと。
子を連れていったのは、以前「作曲家調べ」の宿題が出たときに、チャイコフスキーと《くるみ割り人形》を取り上げていたから。さらに、バレエと音楽について私の友達に子からインタビューをさせてもらったから。
そのときに、「映画館で観られる機会があれば、みんなで観に行こうね」と約束していた。
▼本人の許可を得て掲載
今回も予習素材をたっぷりもらって、質問して、観て。
終わってから映画館下のカフェで2時間感想をやりとりできた。
予習で教えてもらった見どころの数々
・バレエとは、要するに音楽の視覚化。
・コールドバレエ(大人数で揃えて踊る)の「雪」や 「花のワルツ」。揃えるのはすごく大変。 脚を高く上げられる人でも、高さを揃えて下げるなど。 オーケストラでいえば、バイオリンパートみたいなものか。 個々には目立たないけど、「地」を作る。・冒頭のパーティーの場面のキャラクターの描写。主役のクララと、やんちゃ弟フランツのやりとり。さまざまな来客。 中でも不思議なおじさん、ドロッセルマイヤー。
・ドロッセルマイヤーが連れてきた人形たちの踊り。 可愛らしいコロンビーヌ・屈強なムーア人・コロンビーヌに横恋慕するハレルキンの3人組という伝統的なモチーフの人形振り(人形の動きをまねたぎくしゃくした動きの演出)。しかし最近はこのモチーフが差別的表現だとの批判もあり、演出や衣装は変わっている可能性あり。
・パーティーが終わって、クララは夢の世界に入っていく。クリスマスツリーがぐんぐん伸びていく。つまりクララが小さくなってしまう。車椅子も巨大になる。巨大な車椅子にネズミの女王が乗って、ネズミ軍と共に登場。
・ネズミ軍との戦いに勝ち、くるみ割り人形の呪いが解ける(くるみ役のアクリ瑠嘉さんがインタビューで話していた「解放」)。
・「雪の国」を通って、「お菓子の国」へ。各国の踊り。 「ディベルティスマン」といい、さまざまな趣向を凝らした短い曲が続くお楽しみシーン。世界各国の風俗が取り入れられている。わかりやすいのは、スペイン(チョコレート)、アラビア(コーヒー)。中国(お茶)は、人差し指を立てるかわいらしい振付だが、近年は差別的表現だとの批判もあり、こちらも演出や衣装は変わっている可能性あり。
・「金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥ」パ・ド・ドゥ(PDD)は「2人の踊り」だが、中でも「グラン・パ・ド・ドゥ」は、①男女の踊り-②男性のソロ-③女性のソロ -④再び男女で締める 4曲がセットになった場合の呼び方。ここだけ取り出して、コンサートやガラ公演(何かを記念する特別な公演)で、男女ふたりで踊られることもある。
・「くるみ割り人形に王子が閉じ込められている → クララがそれを解き放って、結婚」いうバージョンも公演によってはある。 その場合は、金平糖のPDDをクララと王子が踊り、結婚式=夢のクライマックスを表現する。
・今回のピーター・ライト版は、くるみ割り人形に閉じ込められているのがドロッセルマイヤー爺の甥のハンス=ピーターという人物で、漠然とした「王子様」ではない。冒頭で、ハンス=ピーターが人形に閉じ込められた経緯が短く語られる場面がある。この「くるみ割り人形が実はドロッセルマイヤーの甥」という設定は、ホフマンの原作にあるらしい。金平糖の精はクララとは別人。あくまでも、クララを歓待するお菓子の国の住人。
・『くるみ割り人形』は、1幕のパーティーシーンなどに演劇的な部分はあるが、その後は、さまざまな趣向を凝らした踊りをとりどりに見せる演目となる。衣装もとりどりなのでバレエを習う子どもたちの発表会向き。
子の感想
・こうやって場面転換してるんだ!
・みんな真剣に見ていた
・休憩があるのか!
・踊りはとてもむずかしいけど、ぴったり合うと気持ちいいんだな
・(人形振り)人形と人の区別がつくようにハッキリさせていた、横に抱えるなど
・一人ひとりに役割があって無駄な人がいない
・一人ひとりを大切にしている感じ。ちゃんと踊り終わってから退場させている
・きらびやか
・(カーテンコール)ドロッセルマイヤーさんが最後の挨拶で「キラキラを飛ばす」のが洒落ていた。出た人みんなが並んで手つないで挨拶するとこがよかった。けっこう尺があってびっくりした
初めて観る人の新鮮な感想はよいな。
やはり一緒に見に行ってよかった。
しかし、「学生2500円」は、なかなかにお高い。
中学生がお小遣いで気兼ねなく観に来られる金額でもないし。
中学生以下はぜひチケットを無料にして、担い手(観客、ダンサー、公演に関わるあらゆる人)を育ててほしいと思う。映画館の商業の枠でやるのは難しいだろうから、文化事業をやってる機関や施設で、なんとか上映してくれると良いのだけれど。
まぁ映画館だからこそ間口は広く、いろんな人が観に来られるという良さもあるので、難しいのだが。
オーケストラ打楽器奏者の鑑賞メモ
・開演前の音で泣きそうになった。
・どんな人が見に来てるのか気になった。隣に座るお姉さんたち、バレエかオケを学ぶ専門家らしく耳ダンボで聞いてしまう
・(パーティシーン)ドロッセルマイヤーの変人ぶり好き、一番小さい男の子のリズム感すごい、車椅子に乗っていたおじいさんが踊りだしたとき泣きそうになった、老若男女がいるのはすごく良い。
・(音)12時の鐘はたぶんクロテイル(アンティークシンバル?)。銃は空砲かも。スリッパで倒れるんかーい!とツッコミ。ここはなぜか「スリッパ音」が無い。くるみ割り人形の仕掛けの音はラチェット2個づかい天才。チャイコフスキーの裏シンバル!
・(バレエ)冬の松林のシーン号泣。群舞のアジア系ダンサーの腕の演技が好き。あくりさんの顔芸! 額縁のような舞台やロシアの建物、インテリア、衣装。衣装と身分。バレエの人も超一流は違う! 演目と体型に関係が? 金平糖から渡される花束の順番はなぜ?
・(音楽)踊れるテンポ。オーケストラだと無限に遅く/速く出来てしまうけれど、やっぱり踊るための音楽は、踊れるテンポでこそ活きる。 速さ競争もそれはそれで面白いけど、元々の意味も大切にしたいと思った。
私は『くるみ割り人形』を観るのは2回目。
こちらが前回の感想。映画館でバレエ公演を観るはじめての機会だった。
・やっぱりくるみは幸せになるためのバレエ。この世界に浸っていいんだ!と思える定番があるのはうれしい。・コール・ド・バレエへのインタビューも入れて、盛り盛り、ROHのおもてなし感であふれている。パンデミックを経て、2年ぶりの公演ができる喜びに溢れている。冒頭の紹介映像で既に「観に来てよかった!」という気持ちになる。「ただ観せる」という時代は終わって、人々がわざわざその場に足を運んでリアルに体験する理由を感じられるような、主催者側の強い動機が見える必要が出てきているのかも。(一方であまりにどこもかしこも「意味」ばかり追求しすぎるとしんどいのだが)・コール・ド・バレエのメンバーへのインタビューで「新人が入ってきたらチームワークで支える」「共演者と目線を合わせるようにしている」のくだりは泣ける。
・ただ今後の上映予告はつまらない。もうちょっといろいろ動きのあるビジュアルを見せてほしい。・ナビゲーター役のダーシー・バッセルのインタビューの割り込み、話にかぶせてくる感じはいつもハラハラする(笑)。尺があるんでしょうけどね。ツッコミながら見るのも楽しみ。・オーケストラ団員の方が着用していた、ROHのロゴ入りマスクかっこいい、欲しい。
・チャイコフスキーがチェレスタを他の人に知られないように、こっそりロシアに持ち込んだ話はよかった。『くるみ割り人形』で初お目見えしたチェレスタ、当時の人はどのように聞いたのか。・二幕の冒頭、前半であったことを身振りや顔芸で説明するアクリ瑠嘉さん。能のアイ狂言のよう。・前回のピーターはマルセリーノ・サンベ。ポルトガル出身の、いわゆる「白人」ではない。アクリ瑠嘉さんも日本出身。プロポーションとしても、従来の美の感覚とは違う。そこに「くるみ割り人形」という役柄に込められたものがありそう。たとえば、あちらとこちらを行き来できる、共同体から追放させられた周縁的な存在、など。・人形振りかわいい。あの衣装もかわいい。横抱きにして退出するのかわいい。ムーア人的な感じなくしてる。・インタビューで、高田茜さんの金平糖の踊りは、「大きなケーキの上で踊るみたいに」「柔らかく、良い香り」の表現が素敵だった。(高田さんは直前の怪我で降板し、ヤスミン・ナグディが代役を務めた)・わんぱく坊主の乱入のテーマが楽しい・段々とお開きになっていく、あの、眠くて体が重くなっていく感じを音楽で表現するとああなるのすごい・俺はまだやれるー!と粘る弟もかわいい。そのときの音楽も。・衣装がすてきで、一人ずつじっくり見たい。・クララの衣装は驚くほどシンプル。少女性?・くるみ割り人形の役柄。ユーモア、素直、無邪気、好奇心、自分らしさ、楽しむ。アクリ瑠嘉さんがインタビューで語っていた、『白鳥の湖』の王子でもない、『ドン・キホーテ』の村の青年でもない役柄。複雑で繊細、言ってみればやや「周縁的」なキャラクターが魅力。・宝箱みたいなバレエ。・金平糖の踊りはどうしてあそこまで壮大? 割れんばかりの拍手。クララの思春期から大人に移行していく先のようにも思える。1幕で幼なじみの男の子と交流を見せるのがその布石? 人類が辿ってきた宿命のようでもある。・今回の鑑賞で、一幕は物語で、二幕はバレエが見どころなのがよくわかった。全体の流れを把握。このことは最初からわかっていると楽しみやすいかも。・国別じゃなくて、大道芸みたいにすればいいのかも。オリンピックも国別で競う必要ない。ステレオタイプな「その国らしさ」を対外的に示す必要もない。・家族の元に帰ってこられた。くるみメモのおかげで深まりが。
時代が変わったので、異国情緒を味わいために実在の「国」を持ち出す必要がなくなってきたことも感じる。これまではいかにもその国、民族を表すステレオタイプな衣装、メイク、振り付けだったのが、きょう観たバージョンは、どこかにある架空の国の人たちの踊りのようになっている。磨き上げられてきた作品の質は落とさずに、解決策の一つを示していたと思う。
▼関連記事「多文化時代のダンス〜それは伝統的表現なのか? 差別なのか?」
この記事では、『SAYURI』にも言及がなされている。そうか、うちらもっと怒ってよかったのか。植民地支配と異国情緒の話は、以前文化服飾博物館でも観た、「文化の盗用」にもつながる話。(https://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2022/01/06/161744)
別件だが、バレエ、ダンスと言えば、この話も気をつけて見ていきたいところ。
金平糖の踊りの壮大さは、2019年にドリプルヴィルで観た "Within the Golden Hour"に近いかも。
ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー / メデューサ / フライト・パターン | 「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」公式サイト
この方の感想すごい。ほんとそうだった!
どう考えてもROHは布使いが巧みすぎる。藍色の布一枚を垂らして落として回収するだけで魔法をかけてくる。信じられない、魔法はあったんだって気持ちになる。
— まみむめぐ (@meg_milky) 2022年2月20日
こうして他の方の感想をTwitterで読ませてもらえるのもありがたい。直後の感想のみずみずしさに触れられるのはうれしい。ほんとうに人の数だけ感想がある。
▼予習に教えていただいた資料
『バレエギャラリー30 登場人物&物語図解』佐々木涼子/著(学研プラス, 2006年)
現・新国立劇場バレエ芸術監督の吉田都さんの1994年当時の金平糖のグランPDD
▼私のいつもの予習資料
この記事も参考になった。
「舞踊評論家に聞く!クラシックバレエの楽しみ方。国際化の時代に世界中から注目されるバレエの魅力とは?」
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