ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

METオペラ《エウリディーチェ》鑑賞記録

METライブビューイングの《エウリディーチェ》を観た記録。

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今季のメトはとにかく攻めてる。

今シーズンのチラシによれば、前回ライブビューイングで観た《Fire Shut Up In In My Bones》は、MET史上初のアフリカ系アメリカ人の作曲家による作品だったし、明日からの《シンデレラ》は、短縮版&英語版でファミリー層やオペラ初心者向けのライトな演目にしている。他に現地公園では女性指揮者も4人登場とのこと。

新演出が3本、初演も3本。

そのうちの1本が、今回観た《エウリディーチェ》。もともとはオペラではなく、「原作かつこのオペラの台本も手掛けているサラ・ルールが2003年に発表した戯曲である」とのこと(METLV HPより)

 

オペラの『オルフェオとエウリディーチェ』は、17世紀初めに作られたそう。「史上最初期のオペラ」。

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毒蛇に噛まれて亡くなった妻・エウリディーチェを連れ戻しに冥界に下った音楽家の夫・オルフェオ。愛の神アモーレから「この世に連れ戻すまでは、妻の顔を見てはいけない」と言われたが、妻が不安がるのでつい顔を見てしまい、妻は再び冥界に連れ戻される。オルフェオ自死しようとしたため、「愛は示された」として、アモーレはエウリディーチェに再び命を吹き込む。めでたしめでたし。というのが基本のお話。

ここから派生していろんな芸術作品が生まれたりもしている。

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日本にもイザナギイザナミの神話があるが、そもそもの二人が相当な重要人物だったり、イザナギが振り向いたあとのイザナミの姿の凄惨さや、その後の二人の顛末などはかなり違う。同様の夫が妻を探しに冥界を訪ねる物語は、世界のいろんな地域にあるらしい。

 

そのようなオペラのルーツを辿ると必ず出てくるような古典の題材を2021年の今、まったく新しい解釈で作ったのが、今回の《エウリディーチェ》。

私が思うこの作品のポイントはたぶんこの5点。

・エウリディーチェからの視点で描いた
オルフェオが振り向く理由が「それ!」
オルフェオが振り向いた後からがスゴイ
オルフェオの中の「音楽」を擬人化した
・エウリディーチェの父との関係が重要


音楽ライターの小室敬幸さんによる見どころ解説はこちら。

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鑑賞メモ

※内容に詳しく触れていますので、未見の方はご注意ください。

 

・当たり前すぎて気付かなかったが、ずっとオルフェウスの側から見ていた世界だったん気づく。エウリディーチェ側と彼女を取り巻く人々という見方。

・物語って、立場を変えれば、その人物がすべてのカギを握っているように見えるのかも。

・冥界に行っても死にきれない人たちが、自分の生と禍根について考え、受容し、決断するまでが描かれているので。死者が死者として語る物語。

・生きている人だけではなく、死んだ人にも執着がある。最終的に死を受け入れ、自分で決断し行動する父と、エウリディーチェ。受け入れられないオルフェウスが最後に登場する。そうくるかと意外だった。オルフェウスはエウリディーチェがいなくても、音楽と生きていけると思っていたのに。他者との関係によって自分が自分としていられることが保証されている面もある。それを愛と勘違いしているようにも見えた。

・愛と執着は紙一重。執着といっても醜いということではなく、思いを残している。もっと愛したかった・愛されたかった、共に過ごしたかった、理解したかった・されたかったなど。

・人間のバグの物語。冒頭のオーコインのインタビューにも近いかも。 人間の煩悩や執着や勘違いによって、積んできた努力を人間自ら台無しにする感じ。きょうのロシアのウクライナ侵攻ともリンクしていて、やりきれない。この作品を観ていたことで一旦気持ちが支えられている。

・「忘れる」「覚えている」もテーマ。今ふと思ったけれど、認知症になっていく人の心象風景にも近いものがあるのだろうか。

・エウリディーチェの不安の中身が、たぶんこれまでの作品にはない形で語られているのかも。夫に対して、夫への愛について疑念がある。冥界のほうがまるで家みたい。元の世界のほうが不安になる。元の世界のことをどう考えていたのか。

・「わたしから見えるあなたや世界と、あなたから見えるわたしや世界は違う」という真理の確認。愛するということは分かり合えないこと。夫婦に限らず、誰との間でも。

・エウリディーチェの死は彼女のせいではない。父親からの手紙につられて、明らかに怪しい人について行ってしまう。でもそれを責めるのは「被害者が悪い」という構造につながり、居心地が悪い。

・音楽に限らず、目の前の人より自分の中で夢中になっていることがある人は、パートナーを前にしていても、考えが飛んでしまうことがある。「愛する人がいても音楽のほうが近い」あるあるある。あったあったあった。するほう、されるほう、両方。

・夫婦関係や「結婚とは何か?」についてもものすごく考える。「指輪でお互いを囲むことを誓う」ギョッとする。「こわいわ。あれは他人よ」「これが人を愛するということだから」

・エウリディーチェのオルフェオに対する疑念がある。「オルフェオは言葉は好まなかった」。それが最終的にオルフェオをわざと振り向かせ、父とのつながりを選択したことにつながる? 父との間に何があったのか、知りたくなる。母との関係もなにやらありそう。

・メアリーポピンズの格好をして降りてくるところにユーモア。あるいは何かのメタファー? 話そうとしても声が出ない。冥界では声も記憶も名前も失う。。死者は男か女なのかもわからなくなっている。

・名前が記憶を呼び覚ます。名前の力。

・死者との対話。叶わないからこそ描きたい。イタコや霊媒師の存在も、現代にも必要なもの。

オルフェオの「人が死ぬと、自分が立っていられなくなる。自分もわからなくなる」という言葉、わかる。だから、オルフェオは最後また死を選択したのか?

・エウリディーチェのどんどん汚れていくウエディングドレスが怖い。

・3人の石のからかい(マクベス)、タイミングがずれて間に合わなくて死ぬ(ロミオとジュリエット)などを彷彿とさせる。

 

 

・とても不思議な音楽。オルフェウスの二重奏は気持ちいいのに、なかなか続けてくれない。不穏さが常に漂っている。《ルル》を思い出す。あそこまでの不協和音ではないけれど。

・エウリディーチェ役のエリン・モーリーの歌唱も演技もすばらしい。複雑で繊細、いろんな感情、変化していく心の動きを表現していく。吉野朔実の漫画に出てくるキャラクターのような飄々とした感じがある。他のキャストもエリンをべた褒め。

・字幕が出る演出がおもしろい。意図についてはインタビューで語られていなかった。語り手によってフォントが変わり、場面や重要度によって大きさが変わる。もしかしたらこれは耳が聞こえない人にとってのサポートになる?

ルネ・フレミングに会えてうれしい。受け答えがうまくてなめらか。安定のナビゲーションはさすが。

・カーテンコール、オーケストラの団員もみんなステージに上がってくる。みんな死んでしまうという衝撃のラスト。観客が誰かとの別れを思い出して、ただ暗い気持ちのままで帰らなくて済むように、「私たちは生きているよ、私たちは一緒にいるよ」と連帯を示したのではないかと思った。そういう優しさ。メトもメンバーの中で新型コロナウイルス感染症で亡くなった方もいたんだっけ。笑顔の人々に、思わず泣いてしまった。

 

カミュ『ペスト』に、市民劇場で公演中の《オルフェイオスとエウリディケ》を登場人物二人が観にゆく場面がある。2020年に読んだときここすごく怖かった。(外で人がばたばた死んでいく、戦場のような異常事態がまるでないことであるかのように、着飾った人々が観劇を楽しむ。これはまるで私に対する皮肉じゃないか?!と当時思った)今回また(というか引き続き)感染症流行中に《エウリディーチェ》を観る私(と人々)。。

 

・演出のメアリー・ジマーマンが履いていた靴のかかとがかわいかった。

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Toi Toi Toi(がんばって!)はドイツ語由来らしい。知らんかった。

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ライブビューイング のムビチケカード買った。鑑賞料金上がってるし、今季のラインナップは既に2本観て、あと3本は余裕で観そうなので。

1本あたり3700→3200になるのはでかい。ネット予約もできる。
トゥーランドットも好きだし、指揮者ヤネック・ネゼ=セガンの肖像は持っとくといいことありそう。6月の来日公演行きたい。特にBプロはジョイス・ディドナート

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オルフェオの分身役 ヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキもよかった。

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社