東京芸術劇場で《DANCE SPEAKS》セレナーデ・マラサングレ・緑のテーブル のトリプルビルを観た記録。
知らない演目、知らないカンパニーだったけれど、こちらの記事がきっかけになった。「ピナ・バウシュの師匠」というところに「お?」となってページを見に行った。
この公演は、2020年3月にCOVID-19の影響で一度休止になったそう。公演キャンセルが次々に決まっていった頃ですよね。団員の皆さん、つらかったでしょうね。わたしもあの時期はつらかった。。
そして2年後の今、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が行われている只中で、「平和会議」を意味する「緑のテーブル」が上演されるという巡り合わせもすごい。
演目は2020年から変更されて、《セレナーデ》《Malasangre》《緑のテーブル》のトリプルビルに。
開演前の総監督の小山久美さんからの解説があり、既に舞台の一部という感じでよかった。一つひとつ淀みなく、ユーモアものせて話してくださって、おもてなし感もたっぷり。そのあとの舞台がより楽しみになった。
音楽も踊りも演出も、全体的に難解さはあまりなく、バレエやダンスを劇場で観たことがない人にもとても楽しめる作りだったと思う。
セレナーデ
DANCE SPEAKSという全体をまとめるテーマに基づくと、冒頭のこれはどのようなメッセージだったのか。アメリカにバレエを根付かせたいというバランシンの思い? バレエ学校の生徒にテクニックを教えたというその「学校」というキーワードに引っ張られて、私はなんとなく『わたしを離さないで』を重ねながら観ていた。
Malasangre
日本初演。貞松・浜田バレエ団との共同制作。スペイン語で直訳すると「悪い血」、転じて「腹黒い人」の意。ラ・ルーペと呼ばれたキューバの歌手、グアダルーペ・ビクトリア・ヨリ・レイモンドへのオマージュ。軽快なラテン音楽にのせてキレのあるダンスが続く。最高だけど、これもただ楽しいだけじゃないような。怒りに似たものも感じる。破れんばかりの拍手は、みんながちょっと元気になった瞬間だったかも。クラシカルで"清純"な《セレナーデ》に続いての《Malasangre》の猥雑さへの流れ、ギャップもよかった。
ステージ上には、黒い蝶。これが舞い上がる様子もまたしびれた。
「Malasangre」の舞台写真をよく見てみると、ステージの床一面に何かが敷き詰めされています・・一体何でしょう??
— スターダンサーズ・バレエ団 (@SDB_ballet) 2022年3月25日
正解は・・・(続く👇) pic.twitter.com/AhWR8MhvLp
正解は【黒い蝶】🦋
— スターダンサーズ・バレエ団 (@SDB_ballet) 2022年3月25日
本作はキューバ人歌手ラ・ルーペのオマージュ。
生前彼女が信じていた民間信仰では、黒い蝶が窓から入ってくることは死の宣告とされていたようで、最期は貧困に苦しんだ彼女の宿命と重ねたそうです。
本番は数千枚もの黒い蝶がステージに敷き詰められます。
せひご注目ください🤲 pic.twitter.com/e42EZ8syeJ
緑のテーブル
中世ヨーロッパで流布した「死の舞踏」と第一次世界大戦の影響を受け制作された/1932年の初演では、振付のクルト・ヨース自身が「死」を演じた(パンフレットより)
スターダンサーズ・バレエ団の初演は1977年。団の歴史とつながる演目だったのか。
国際会議の場で好き勝手に物を言い、振る舞う各国の代表たち。何かを決める気はなく、ああ言えばこう言う、あちらが優勢になればあちらにつく、かき回したい人が遊ぶ。戦争を利用して金儲けしようとする者たちが蠢く。召集され戦わされる兵士たち、その家族たちの怒りや悲しみや絶望。
慰安所のようなところも出てくる。兵士をけしかける道化。道化は人々に笑いももたらし、戦時下に人々の精神を立たせる効果もある。笑いと慰め。しかし犠牲になる女性たちがいる。そしてその道化もまた死を迎える。今起こっている多くの現実との重なり、苦しくなる。
最後にまた緑のテーブルに集う各国の代表たちが出てくるが、何も変わらない。同じことを繰り返している。この人たちの気まぐれに、一般市民が翻弄されているなんてと怒りも覚える。
「死」の踊りは思い出すとまだ少し身体が震える。私が一人で踊るときの、底無しの暗い穴のような、虚無が迫ってきて、逃げ出したいほどだった。あれを踊っている人もまた人間なのだと思うと、その孤独さはどれほどのものだったのか。
スターダンサーズ・バレエ団
— Takeshi Ikeda (池田武志) (@takebale13) 2022年3月27日
「Dance Speaks 2022」が終演。
ご来場有難うございました。
『緑のテーブル』の再演が決まった時はまさか世の中がここまで揺れるとは想像してませんでした。
《死》役を通して考え、悩み、苦しんだこの忘れ難い数週間を大事に記憶して...明日からまた精進します。 pic.twitter.com/ILVpU0W1gJ
先月の「緑のテーブル」の舞台写真。
— Takeshi Ikeda (池田武志) (@takebale13) 2022年4月13日
今思い出しても激しい感情に揺さぶられてしまう...それほど考えることの多い舞台でした。
「死」という大役に2度も取り組めた名誉と財産を胸に今後もバレエ人生を大切に突き進みたいです。
次は来月のジゼル...チャレンジが続くことは本当に幸せです🔥 pic.twitter.com/VeZDmB2J5y
思わずツイッターで感想をお伝えしたら、丁寧にお返事をいただいた。
自分がこの役に向けて何の問題もなくまっすぐリハーサル出来ている日常と、世の中が迎えている全くそうではない現状と照らし合わせて...いかに自分が幸せなのかを噛み締めながら演じるこの「死」という役はとても重いものでした。
その重さ、観客としては想像するしかないけれど。私は隔絶された孤独や不可触の虚無といったものを感じて、ただただ恐ろしく冷たく。逃げ出したいような時間だった。
最近、恨みや憎しみの感情を覚えたときに、自分には理解し得ないことを深追いしてはいけないという戒めとして、あの死の踊りを思い出したので、そのこともお伝えした。
受け取ったものをなかなか文字表現にすることができなかったのだけど、池田さんとのやり取りで、メモ程度でもなんとか書いて残してみようと思えた。
こうして、作り手の方とダイレクトにやり取りができる時代、ありがたいことです。また池田さんやスターダンサーズの舞台も拝見したいです。
当日は友人と観に行き、イタリアンバルで恒例のアフタートークをして、ようやくひと心地ついた。直前まで、「死」の踊りの衝撃に呑まれていたから。
気張っていい席とってほんとうによかったと思う。そもそもこの舞台に出会えたことも一期一会。
私は1階席のわりとステージに近いところで、友人は3階席の最前列で、ステージを見下ろすような席だったためか、抱いた感想は全然違っていて驚いた。
見る人間の違いにもよるし、見る場所によって受け取るものも違うのはいつも本当に不思議。
2年前の公演向けに作られたプログラム。400円の特価。とても美しい。銀の箔押し、背の緑、中の写真やインタビュー類も充実。隅々まで意欲溢れる公演だったことをこのプログラムによっても記憶に留められる。
*追記*
"Malasangre"
Fever
Si Tu No Vienes
Ya No Lioro Mas
Guantanamera
_________________________________🖋
鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。
共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年)