ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

展示『生誕110年 香月泰男展』@練馬区立美術館

練馬区立美術館で香月泰男展を観てきた記録。

www.neribun.or.jp

 

3月5日

前期の展示が明日までなので、慌てて行ってきた。

ずっと観たかったシベリア・シリーズ。シベリア抑留の記憶から描かれたもの。すごかった。後期も来て、シリーズ全て観ようと思う。
まさに今観るべき作品、足を運び、声を聞くべき展覧会。
世界に激震が走った今このときに、死者たちとの対話を通じて、生について、人間について、世界について思いを馳せたい。

 

鑑賞メモ

・初期から透明感はあまりない。透過性が低い。確かな強さ、明確な、存在の中につまっているもの。きっぱりとしている線。

・俯く少年、覗き込む少年。実態としての少年ではなく、心象としての少年。

・シベリア・シリーズの間にも身近なモチーフ、家族、草木、虫、川などを描いている。

・シベリア・シリーズは画集と展覧会がきっかけで生まれたネーミング。「脈絡のない絵画の集合体に秩序を与え、整理するとともに全体を俯瞰する」ため。

香月泰男自らによる解説文がついている。背景を思いながら鑑賞できる。作品の横にも掲示してあるが、字が小さいので、手元にハンドアウトもあるのはありがたい。

・たくさんのスケッチ。画材屋で購入したスケッチブック、子どもの使う学習ノート、本の束見本、タバコの空き箱にまで描く。素描、構図の研究、展示計画、自筆文の下書き、日々の心境まで。作品という形になる未満のこういうスケッチはよい。

・シベリア・シリーズの中で印象に残ったのは、「1945」「海〈ペーチカ〉冬」。

(香月の言葉)再び赤い屍体を生み出さないためにはどうすればいいのか、それを考え続けるためにシベリア・シリーズを描いてきた。

・立体感。方解末という日本画の材料と油絵具と炭を混ぜたマチエールが、立体感と深遠さを与える。黒にグラデーションがつく。

・人間の見分けがつかなくなる、人間がそこまでいってしまうという恐怖と、絵と対面して、微かな違いや表情から個別性を見つけようとする自分の衝動と。

・上階の展示スペースではカーペットがはがされて、設営のためかいろんな記号や線が書かれた木目の床が剥き出しになっている。わざとなのかわからないが、作品とのつながりが感じられてよかった。

・「復員〈タラップ〉」1947年5月21日、引揚船で帰国したとき、それまでほとんど目が閉じられていた抑留者たちは目を開き、抑留者ではなくなっている。ただ一人、香月本人が眼帯をして片目を閉じて描かれている。

・人々の声にならない絶叫、死者の無念さ。

・「-35℃」昔、とある博物館で経験したことがある。-35℃に設定された特別室。入ると一瞬でまつげが凍る。寒いどころではなく、内臓がすべて凍りつきそうで話すこともおぼつかなかった。

・母からもらった唯一の物、絵具箱を肌身離さず持ち歩いていた。絵具箱を持っていることが、厳しい抑留生活の中で画家の精神を支えたのかもしれない。

ソ連、という字面にいちいちぎくりとしながら観る。今ロシアで行われていること、ウクライナで行われていることはこのようなことなのだろうか。それは私を「あなた方の苦しみは癒える間もなかった」とわざわざ報告に来た使者の気分にさせる。

・「デモ」に添えられた文章。

ナホトカで初めて私はインターナショナルを歌わされた。スクラムを組んでラーゲリの中を早暁からねり歩いた。そうすれば早く日本に帰してくれるということだった。スクラムを組んでデモるなど、ソ連邦にはない。それはソ連邦の指導者にとって外敵よりも恐るべき力になるからだ。(香月泰男


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3月25日。後期展示も来た。
シベリアシリーズを全部見たくて。
身近なモチーフも描きながら、ときどき浮かんでくる記憶を絵画に描きつけた、その全体像を後年シベリアシリーズと呼んだのだそう。

復員した1947年からいきなり描き始めたのではなく、いろいろ実験を積み重ねた上で、1959年からすべての準備が整ったかのように、画材と画法がカチリと決まり、描かれだす。
もっと小さい絵だと思っていたので、それもイメージが違った。メインのサイズは、72.8×116.7

それからとても立体的。香月が開発したマチエール。油彩と日本画に使う方解末と木炭を混ぜたもの。
土を塗りたくったようなゴワゴワやざらつきと、雲母のようにキラキラしている。昔の民家の室内の壁を思い出す。

やりきれないのは、「シベリア抑留」的なことが、今まさに進行していること。

美術館で絵を見たからって戦争が止められるわけではないけれど、居ても立っても居られなかった。帰宅して、日本赤十字社の緊急支援に寄付をした。

「もう二度とこのようなことが起きないように」と多くの人が願って、作品を作り続け、私は鑑賞者として観続けてきたあの時間、あの積石。吹き飛ばないように必死に守る。

そしてきょうも言語を学ぶ、文化を学ぶ、楽しむ。それがなんの役に立つか、とても良く知っているから。

 


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まさに今、この言葉を。


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ときどき見返したくて購入。自分が見た印象をそのまま持ち帰れる図録ってなかなかない、うれしい。展示以外の作品も収録されている。充実。

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練馬区立美術館のツイッター。発信に温度が感じられて好き。そういえば毎回メモを取っていると「ボード使いますか?」と貸してくれるのがうれしい。

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以前この本で香月泰男美術館のことを知って行ったみたいと思った。「個人美術館」という言葉はおそらく筆者の造語だが、ぴったりの表現だと思う。一件一件の取材が丁寧で、情報だけでもエッセイだけでもなく、行きたい気持ちにさせるコンパクトなガイドになっていて、作家について調べるときにときどき開く。

 

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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年