ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

ROHバレエシネマ『ロミオとジュリエット』鑑賞記録

ROHバレエシネマ『ロミオとジュリエット』を観た記録。

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1965年の初演から世界中で530回以上も上演されているケネス・マクミランによる演出(いわゆるマクミラン版)の《ロミオとジュリエット》を、シェイクスピアを生んだイギリスのロイヤルバレエが公演する。それを映画館で気軽に観られる「シネマシーズン」。

本公演はなかなか観られないけれど、シネマシーズンならなんとか。それでもお値段はそれなりにするので(一般3,700円)全部は足は運べないが、毎シーズンとりあえずプログラムをチェックしている。今シーズンも《くるみ割り人形》に続いて2本目の鑑賞となる。

ロミオとジュリエット》は、2019年にやはりシネマシーズンで観た。

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ロミオとジュリエット》のストーリーや演出に関して言えば、イギリスの演劇を映画館で観るNTLiveでも観たし、『ウエストサイド・ストーリー』のリメイク映画も観た。

といったあたりが今回の鑑賞に関連するかも。

 

観終わって直後の感想。

あらゆる表現形式を超えて、マイベストな《ロミオとジュリエット》だった。
完全に持ってかれた。すごかった。バレエってここまで感情表現するものでしたっけ?

今までの自分の人生の経験すべてを使って観たような時間だった。感情が揺さぶられて、いっぱい泣いてスッキリした。すごいカタルシス

バルコニーのパ・ドゥ・ドゥで、なぜか涙が止まらなくなり、驚いた。前回観たときと、全然違うものを受け取っているなぁと思いながら没頭していた。

いろいろレビューを見ていると、「疾走感」という言葉を使っている人が多かったようだが、私はそれよりは一つひとつの場面に込められているありえない量のエネルギーの詰め込み、濃さなどを感じていた。

NTライブのロミジュリがあまりにも疾走感が"過ぎた"ので、あれを思い出すとそこまで展開は早くないように感じられる。むしろじっくりたっぷり進行してくれているな!という感じさえした。相対的な感覚なので、こういう他の舞台に影響される感覚はおもしろい。

これは初めてバレエを観る方にも楽しめるはず。
演劇要素が満載、美術・衣装の豪華さ、何より踊りと音楽の一体感。オケや観客含め、全員がノリノリで作っている舞台に、自分もどーんと乗っかるのは気持ちいい。
ノリだけではなく、自分の心の内を手探りで確認していくような深さもあって。

あまりにもすごい体験だったので、メモが膨大になった。

 

鑑賞メモ

インタビュー
「このライブビューイングは17カ国、810の劇場で上映されている」「シェイクスピアプロコフィエフ、マクミランの3つの才能」「長い間試練に耐えてきた作品。マクミランのリアルさの追求、人間真理の達人」「ダンサーが役になりきり、成長する姿」「バレエであることを忘れる」「So much pain and so much beauty」「恋に落ちて一つになる」「振り付けは同じなのに、一人ひとり違う。新しい解釈ができる」「稽古では失敗しても不安でも大丈夫。それも制作過程の一つだから」「舞台に立つより見ているほうが難しい(涙ぐむコーチ)」「すでにある自由を形にする」「実はジュリエットは踊りが少ない。男性が女性のために踊っている」「人間らしさとリアルさ、そのように表現する技術」
ダーシー・バッセルのお稽古突入(出た!)「最も重要なのは感情表現。観客に一瞬で全てを伝える」「演技しないで、感じて」「呼吸が多くを伝える」「自分の人生経験も伝える」
 
本編
・1幕のロミオ。軽い。若さを持て余す「男の子」たち。エネルギーに満ちている
・サーベルでの殺陣のシーンでカンカンいう音も音楽の一部として、ダンサーが参加してるのもおもしろい。前に見たときも思ったが、けっこう人いっぱいいるから危ない。殺陣師の指導とかあるんだろう。ただ踊るだけじゃない技術が求められそう。
・冒頭からけっこう人がバタバタ死んで、積まれているところに、現実の戦争の絵が重なる
・ジュリエットの父、キャピレットはただいるだけで場を収める力を持っている。刀狩り。調停者。頼り甲斐がある感じ。とはいえ、もともとは大人が始めたことなんだが。
・胸を抑えるのはなにを表すマイム?
・舞踏会のシーンでパリスとジュリエットが踊るところや、ジュリエットがリュート?を爪弾いてロミオが踊るシーンで弦楽器のポルタメントが聞こえる。ちょっと違和感と不穏な感じもあって、手の混んだ布石だろうか。同じ曲が3幕(?)のジュリエットがパリス伯爵との結婚をいやいやながら承諾するあたりでも出てくる。「これロミオが踊ってた曲。でも相手が違う!あなたじゃない!」というジュリエットの痛みがズキズキきた。次回から観るとき、ここの音楽の使い方に注目しよう。
・自分たちにしか聞こえない音楽と幸福の予感。『ウエストサイド・ストーリー』のステージ裏のシーンが蘇る。黄金に輝く二人だけの世界。自分を知ってもらうための踊りを舞う。踊りは人を誘惑する。その二人の世界の後ろでヤバイことが展開する。
・パーティがおひらきになって、飲み過ぎてゲロ吐きそうになっている人の小芝居なども笑える。こういうのついつい見ちゃう。
・若者が時代をつくる、新しさをつくっていく、超えていくことが、物語の中でも現れるし、それを演じる二人のダンサーによっても示されていく。
・恋をして変化していく二人。それが踊りに反映されていく。バルコニーのPDD。恋をして一つになりたいと願う人間の普遍的な感情。息ぴったりで流れるような一連の踊り、途切れることがない。めくるめく恋の渦中を表現している。テクニック的に素晴らしいだけでなく、そこに感情がのる。こちらの切なる願いものせてくれる。自分もこのぐらい自在に動けているような身体感覚も自由にさせる。
・赤、オレンジ……トスカーナの色。「イタリアの伝統色」の色見本に載っていそう。
・娼婦とトリオの踊り。娼婦の登場が多いのはなぜ?「浮浪者」の登場も。市中における人々の姿の多様さ?階級社会であることの提示?これは振り付けの範囲か演出の範囲か。そういえば、バレエの世界では「演出」というロールがない?美術監督、舞台監督がそれに当たるのか?
ロミオとジュリエットの決定的な違いは「自由」をもともと持っているかどうか。ロミオは自由に市中に出られる。友達もいる。ジュリエットには自由がない。いいとこのお嬢様は「箱入り娘」と呼ばれるが、結局のところ主体も自由も権利も剥奪されている女性のこと。ジュリエットの世界は家を中心としている。
・少年少女が惹かれあい、手をつないで世界を変える様子は、スタジオジブリ作品のテーマでもある。
・ラインダンス的な群舞。ムーランルージュっぽくもある。
・マキューシオとティボルトの決闘。はやしたてる群衆。むしろ楽しんでいる。見ていても止められない、誰がなんのためにやっているかわからない、ただ見ているしかない様子は、今の戦争を表している。楽し気な音楽が次第に不穏になっていく。投げたサーベルをキャッチする大道芸的なところもある。ほんとうにいろんな技術が必要だな!もう一度剣を握らせるのはベンヴォーリオ。マキューシオの最後までふざけようとする姿、剣をつかってリュートを弾く真似をするのが痛々しい。細かい演技。混乱するロミオ。復讐するロミオ。このときも群衆はやはり止めない、止められない。絶命したティボルトにかけよるキュピレット夫人。「なぜ甥は死ななければならなかったのか?」誰も説明ができない。家族の苦しみ。ここもまたいつもよりも胸に刺さる。コミュニティ、民族、国、そういうものに抗えない人間の苦しみ。
・ジュリエットの寝室。犯した罪の責任をどう償うのか。許せないけれども愛している。翻弄の末の行為だとしてもその都度自分で引き受けていくしかない。選択するしかない。
・寝室に入ってくる家族。わがまま娘扱いをするキュピレット。1幕での堂々たる様子はもうどこにもない。結局あなたも家父長なのね、、そこがむしろリアル。引き裂かれるジュリエット。キツいシーン。無表情。誇りを損なわれている。全身で感情を表現している。オサリバンがジュリエットそのものになっている。でも「心は自由だ」という決意を内に秘めている。伝わってくるその芯の熱さ。自由と自立を求める勇敢な行動。父親が横暴すぎる。身体がガチガチになり、全身でパリス(が象徴するシステム)を拒否するジュリエット。「私の身体は私のもの、私の心は私のもの」という叫びが伝わってくる。「もう世間知らずじゃない」自分の社会的立場に気づいた。ここまで拒絶されると出てくるのは男(パリス)の怒り。「なぜ俺の言いなりにならない?」
・自分の人生、10代の頃に、やろうとして試みて、決行しなかった大人への抵抗を思い出す。わかりやすく言えば家出とか。目覚めた人の、あの爆発的なエネルギー。
・初めて自分で決めて、自分で実行するジュリエット。宗教画のような薄い明かりの中で展開する心の動き。
・寝室のベッドは、地下墓所の石のベッドに変わる。木偶人形になったジュリエットの死を何度も確かめるロミオ。これまでにないロミオの人柄の真っ直ぐさが光る。軽率さや世間知らずな面が気になっていたけれど、マルセリーノ・サンべが踊ると、危うさというよりも健やかな成長として受け取る。
・怒りや悲しみを爆発させる踊り。
・最後、ジュリエットがわざわざ墓石に登るのはあのバルコニーの再現なのかと思うと悲しい。
・抱き合い、手をつないで出てくる二人。死後に結ばれた人たちに見える。同時に、いや二人はまだ生きていてこれから人生があるということに安堵もする。若い二人の前途に送られる満場の拍手にこちらも胸が熱くなる。
 
 
舞台、制作
・言葉のない身体表現の舞台は、ふと先日観たろう者と聴者が共につくる、デフ・パペットシアター・ひとみの公演を思い出した。
・稽古現場の映像で、オサリバンに対して「彼(サンべ)につかまらないで」という声かけ。これはジュリエットのあり方も表している。彼は世界への窓ではあったが、この関係は依存ではないのだという。
・照明や美術が前回と全然違う気がした。終始暗い中で、まるで自分の心の淵へ降りていくような時間。絵巻物、レンブラントの絵画、ピータ・グリーナウェイの世界っぽくもあり。惣領冬美さんの漫画『チェーザレ』の世界観も投影しながら観た(ロミジュリは14世紀のヴェローナチェーザレは15世紀のピサが舞台。近い)
・衣装の豪華さもすごかったなぁ。時代考証を抑えつつ、この時代ならではの新しさも加えられている感じ。意匠的にも技術的にも。シェイクスピアを輩出したイギリスの底力というか。これはほとんど国家プロジェクトレベルでは。
・地下墓所の上にいる像が怪しい。
・生のステージを見てもこのくらい受け取るのか?顔の表情から受け取る感情も、ライブビューイングならではの寄った撮影やダイナミックなカメラワークの賜物かもしれず。引いて固定で観るときも同じぐらいに受け取るのか?
・2019年のシネマシーズンは、マシュー・ボールとヤスミン・ナグディ。素晴らしかったけれど、きょうほどまでには心動いてなかった。なんでなんだろう。あのときは、10代って危ういな、破滅的な面あるからだからみんな怖れるんだなとか、家父長制社会に巻き込まれる若者たちの悲劇として観た。今回はそれも含みつつ、もっと広くて深いものを観た感じ。自分の経験や状態もあったと思うが。
・マクミラン版が、ボリショイバレエに対抗するためにオファーされたとのあたりにも、今につながる物語がある。つまり冷戦とか。
・マクミラン版の初演が1965年、ウエストサイド物語が1961年。どちらかというとマクミラン版に影響されてウエストサイドができたような雰囲気があったけれど。年代的には逆だった。
・指揮者のジョナサン・ローさんも個性を出す人。大江千里さんに似てた。「格好悪いふられ方」の頃の。
 

 

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ROHロミオとジュリエット》は舞台として素晴らしかったんだけど、一方でダンサー同士が熱烈にキスを交わす場面や、ボディコンタクトのきわどさについて気になった。

映画のようなインティマシー・コーディネーター必要ではと考えていたところだったので、ツイッターで紹介されていたこの記事が読めたのはありがたかった。

www.nytimes.com

概念の普及とコーディネーター育成が急務。この記事に出ていた平野さんのように、客演で経験した方が、自身のカンパニーに持ち帰ってどのようにシェア・発展されるのかが興味深い。

「それを言ってしまったら、芸術として成立しないのでは」と思われていたから誰も言わなかった部分にも、やはり踏み込んでいく必要が出てきたと思う。振付家のあり方も変わっていかざるを得ない。

一観客としては、関わる人たちが誰も損なわれていない作品を信頼して受け取りたい。

また、仮にダンサー同士がカップルだったとしても、舞台上でプライベートな親密さを見せられるのはそれはそれで居心地が悪い。芸術性の観点と、観る人の立場からはどうか、今の時代の流れと照らし合わせてどうか、というすり合わせは常に求められる。

 

おまけ。TOHOのプレミアスクリーンがある館では、D-6席が最高だということを覚えておこう。ど真ん中。ほどよい空間。まるで私のための映画館のような気分になれる。

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そういえばここのTOHOでは、以前《フライト・パターン》を含むトリプルビルを観たのだった。

hitotobi.hatenadiary.jp

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この《フライト・パターン》が2022-2023シーズンで3幕版の舞台になるかも?とのニュース。今の世界に対して、問いかける作品になりそう。楽しみ。

 

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鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 
共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年