ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

METライブビューイング《ナクソス島のアリアドネ》鑑賞記録

METライブビューイングのR・シュトラウスナクソス島のアリアドネ》を観た記録。

www.shochiku.co.jp

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この日は気圧低下に直撃されて体調ふらふらだったけれど、他は予定が合わないので、がんばって行ってきた。そしてやっぱりところどころ寝落ちてしまった……。

序幕はまだばっちり起きていたのだけれど、オペラはけっこうしっとりしていたからか、気持ちよく包まれていった。(今回のオペラは、一幕、二幕というカウントではなく、「序幕」と「オペラ」に分かれる形式)

なぜかつらかったトラウマティックな過去の経験が次々とよみがえってきて、苦しくなった。オペラのあらすじとも中身とも全く関係がないのに、なぜ今思い出すんだろう、忘れていたかったのに、というものばかりで、一つ思い出せばそういえばという感じで芋づる式に出てきた。出てくるままに放っておいて、オペラの舞台に酔いながらうとうと眠って、起きるとまた美しい画面が広がっていて……という具合。アロママッサージの施術を受けているときのあの覚醒と睡眠の間みたいな感じ。

先に観た友達が「セラピー効果がある」って言っていたのはこのことだったのかなとぼんやり思いながら。

 

楽しみにしていた序幕のイザベル・レナードは、なんとなく役に入れていない、キャラクターが造形できていない感じがあった。展開が早くてドタバタしている(レナード談「同じ感情にとどまらずにどんどん進む」)というのもあったかもしれないけれど、練習不足なのか、プライベートでなんかあったのか、体調が悪いのか? 幕間のインタビューではやけにハイだったのもなんだか気になった。

作曲家の役だったので、R.シュトラウスに共感して「この仕事に人生をかける!と思う日もあれば、辞めたいと思うこともあれば、向いてないと思うこともある」と幕間のインタビューで話していたのはよかった。

 

リーゼ・ダヴィドセンのソプラノは力強くて最高。体格の良さから発せられる声を「こっちまで飛んでくる。映画館でこれだから、生で聞いたらさぞや」と言っている人もいた。なんとなく高校のときのALTの先生に似ている。似ているというか……自分とは全然違う体格やエネルギーを持つ「族」に出会った経験、というかなんというか。

2019年に《スペードの女王》でMETデビューしたそう。彼女のリーザ、観てみたい! 来シーズンのMETで、《薔薇の騎士》の元帥婦人役が予定されているそう。しかも相手のオクタヴィアンはイザベル・レナード! 楽しみ。

 

わたしはブレンダ・レイがやっぱり好き。チャーミングな役どころが似合う。つい深刻になりがちな私のところにも妖精みたいに現れてほしい。クヨクヨしているときに彼女のツェルビネッタを思い出せば元気になれそう。

高音の集中力がすごい。幕間のインタビューでは「観客を不安にさせないように、自然な表現を心がけている」と答えていた。

ダンスの要素もあって、キレのある彼女の動きによく似合っていた。性行為を示す演技はちょっと浮いていたので、そこまでやる必要あるかなと思った。ヘンデルの《アグリッピーナ》ぐらい全体的に「下世話」感があると気にならなかったのだけど。

今回は女性役がメインの作品で、男性役はほとんど脇役の扱いになっていた。華がありすぎない歌手がキャスティングされていた印象。

 

「真面目なオペラとボードビル( Vaudeville:歌と対話を交互に入れた通俗的な喜劇・舞踊・曲芸)を同時に」という趣向の作品だったのだけれど、私はもっとゲラゲラ笑ったり、わくわくとじーんのアップダウンがあるかと思っていたので、なんだかつかみどころのないまま終わったなという感じ。音楽や歌唱は美しかったけれど。

あ、でも、「オペラのあとに娯楽劇をやるなんて」「度を超えて下衆な大衆に」「オペラの荒廃した貧相な舞台」など、真面目にゲージュツをやろうとしている人とそれを茶化す人、あるいは大衆を馬鹿にして見下す人と笑いがないと生きていけないだろ?と真理をつく人の対比がよかった。自分の中にも両方がある感じ。

音楽っていうのは、いろんな志が集まるところで、どんな芸術より神聖なものなのです。

と作曲家が歌い上げるシーンはよかった。

また、

人生にはつらく悲しいことが起きるが、一歩外に出れば新しい出会いがある。向き合うしかない。

つまり「喜劇も悲劇も同じ一つの人生」ということを人を変えて何度も言われている気がして、共感があった。

「もう終わり」と打ちひしがれているアリアドネに、「苦しむのはあんただけじゃない(私もそう、みんなそう)。友達はいないの?」というツェルビネッタの介入。こういうお節介な存在に救われて生きている私たちなのかも。

新しい出会いで終わるところはとても希望がもてる。一旦絶望しても、だいじょうぶよ!と背中を押される。

いや、ハッピーエンディングなのかどうかはわからないが……人生悲喜交々だし……神々の仲間入りしたらしたで大変そうだし(アドリアネの遍歴:参考ページ )

 

ニンフの「人ではない」存在感を出すのに、車輪付きの櫓(やぐら)のようなものを使っていたのがおもしろかった。メインビジュアルの、長ーいドレスを着た3人のあれは、最初竹馬かと思ったけど、高さ5mあるそうなので、そんな竹馬はありえんな!

幕間のインタビューで小道具係の人が出ていて、これを「妖精カート」と呼んでいた。「実際に乗ってみてどう?怖い?」と歌手に話しかけると、「怖くはないけど、予測できない揺れがあるから声が途切れないようにするのが大変」との答え。

いやー私なら高いところ苦手だし、一番上に固定されて動けないのも怖いし、揺れて声が途切れないようにとか、何重もプレッシャーで無理だわ。しかも高いところにいるから、客席への声の届き方も違うだろうし、そのあたりも工夫をしていそう。

櫓は中に人が入って動かすらしい。スカートで隠れて見えないから大丈夫なのだけど、本編を観ていると、自然な動きを出すためか、かなり細かく動くので、これ歌手の人ほんと大変だったろうなと想像できた。プロすごい。オペラ歌手って本当にいろんなこと「させられる」からタフだなと思う。

ここの場面は、浜辺に倒れているアリアドネに向かって、声が上から降ってくる形になるので、字幕が画面左に縦に出ていて、字幕を作っている人の工夫を感じた。

 

冒頭にピーター・ゲルプ総裁から、ウクライナの人たちへの連帯と、ロシアの人たちへの「同情」を寄せると挨拶あり。こうやって舞台公演をやっているのは、芸術と音楽の力を信じているからで、起こっていることを軽んじているわけではない、思いは一緒だ、というようなことも。

その後、ウクライナ支援の特別イベントのときの、MET合唱団による国歌をフルコーラスで流すなど、かなりの時間を割いていた。

 

▼公式ウェブサイト:見どころ

https://www.shochiku.co.jp/met/news/4427/

 

▼字幕翻訳(ドイツ語→日本語)された方によるスペース。METライブビューイングを一度でも観たことのある人ならおもしろいはず。

上記のまとめ。ありがたい!
http://michikusa.plus-career.com/theatre/opera/met_translation


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今シーズンのラインナップがとてもよいので、あとあと振り返るとき用にシーズンブック(プログラム)を買ってみた。

ほぼ公式ウェブサイトに掲載されている内容だが、まとまっているのは助かる。

A5サイズでポータブルなのがうれしい。そして表紙はアリアドネ


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今シーズン、残るは《ドン・カルロス》、《トゥーランドット》、《ランメルモールのルチア》、《ハムレット》、どれも楽しみだ!

 

おまけ。「ナクソス島」関連。

 

おまけ、もういっこ。

友達が、リーゼ・ダヴィドセンに、2019年の国立新美術館で観た、エミーリエ・フレーゲの一人芝居を演ったマキシ・ブラーハを思い出したと言っていた。体格のよさ、どっしりとした存在感、確かに通じるものがある。

▼レポート:演劇公演「エミーリエ・フレーゲ 愛されたミューズ EMILIE FLÖGE – GELIEBTE MUSE von Penny Black」 https://artexhibition.jp/wienmodern2019/news/20190523-AEJ81657/

▼映像もあった。
https://youtu.be/wcvU14JFAE8

 

おまけ。さらにもういっこ。

これを観たあとに行ったつきぞえなおさんの個展。1階に展示されていたのはこの3人のシリーズ。

3人のニンフたちとつながって、歌が聴こえてきた!

 
 
 
 
 
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*追記(2022.5.1)

字幕翻訳の庭山由佳さんのスペース。アーカイブがある。ありがたい。

 

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鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 
共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年