ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

本『非常階段』読書記録

コーネル・ウールリッチの『非常階段』を読んだ記録。


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忘れもしないあれは小学校4年生の頃、学校の図書館で借りて夢中になったミステリー&サスペンス小説。出版社があかね書房「非常階段」というタイトルであったこと、そして函の青い色をとてもよく覚えている。

非常階段・シンデレラとギャング (あかね書房): 1965|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

今は絶版になっており、ヤフオクでも高値で落札されている。商品写真で見ると、ああこれこれ!この挿画!挿絵!懐かしい。

page.auctions.yahoo.co.jp

 

小学生だったあの頃から30年以上、折に触れて思い出す本ではあったが、読んでみようというところまで至らなかった。今回どうして突然思い立ったのか、自分でもよくわからない。なんか見たのかな?

 

こんなブログも見つけた。

vellum-anp.seesaa.net

vellum-anp.seesaa.net


ああー、わかる!わかります!

私も『恐怖の黒いカーテン』も大好きだった! こちらはウィリアム・アイリッシュ名義。二人は同じ人物だったのだな。今回再読するまで知らなかった。

 

児童書や古書のことには詳しくないが、あかね書房の「少年少女世界推理文学全集」といえば、もしかしたら界隈ではとても有名なのかもしれない。私もこのシリーズは大好きで、全集を読破した。ああ、このラインナップ!どれも大好きだった。

www.green.dti.ne.jp

 

そしてようやく『非常階段』の感想。

いやー、ほんとうにすごい話だった!

子どもの頃に読んだときも怖くて、夜なかなか眠つけなかったことを思い出した。大人向けの本気のミステリーだったんだなぁ。そりゃ怖いわ。

ウールリッチに共通して出てくる、「たまたま殺人の現場に居合わせてしまう」「追われる者の心理」「差し迫るリミット」「自分の切迫感が全く伝わらない相手」などの要素が満載だった。

子どもが主人公で、両親がかれに対して心身の虐待をしてくるところなども、リアリティがあって当時は余計に怖かったのだろう。大人にかなわないちっぽけな存在の自分が、もしこんなふうに殺人現場を目撃してしまったら? とあれこれ妄想をたくましくさせていた。ああ、そうだった、そうだった。

ちなみに原題は、"The Boy Cried Murder"。

今読んでも手に汗握る心理描写がほんとうに上手い。上手いのはウールリッチのもともとの力もあるだろうし、翻訳の稲葉明雄さんの影響も大きいだろう。今では日常で使わないような「拳銃(はじき)」なんて言葉も、クラシカルに響いてきゅんとする。

追い詰められた人間の脳内を瞬時に思考が駆け抜け、動物的勘と共に判断して、事態を切り抜けていく様子はスリリングだ。

流れる血のねっとりとした感触や、錆びた鉄のざらつき、酒のにおい、けたたましい笑い声や、荒い呼吸を感じる。

とても映像的な小説だ。実際に映画化された作品も多い。

ヒッチコックの『裏窓』や、トリュフォーの『黒衣の花嫁』などは有名だ。にも関わらず、ここでもまたあの「非常階段」の人が原作とは気づいていない私。ああ、そうだったのかーー! 別々に記憶していたものが、突然一気につながる……。

 

今の時代ならいろいろと問題のある表現も多いが、ウールリッチが生きたのは、1903年〜1968年なので、仕方がない。特にこの白亜書房のコーネル・ウールリッチ傑作短編集の「別巻」は、稲葉明雄さんの原訳をそのまま紹介しようという趣向なので、あえて差別的な表現をそのままにして掲載しているとのこと。

この稲葉さんの訳のおかげで、小説を通じて見えてくる当時の人々の姿は、私には新鮮に映る。街並みや建築物、店や地下鉄の駅構内の様子、生活習慣、一般的な職業、ファッション、人間関係、話し方、関心など、小説自体はフィクションだが、当時の読者にとっては自然にイメージできる身近なものだからこそ、人気を博していたのだろう。

そのとき選ばれた訳語は、それぞれの短編が雑誌に掲載された1936年〜1947年当時の日本人が自然に使っていた言葉なのだろう。それを感じるのもまたおもしろかった。

 

「非常階段」はちょうど今頃の季節の蒸し暑い夜にぴったりの作品だ。

期待を遥かに超えた読書体験の興奮で、さらに暑さが増した。

 

・・・

Wikipediaをさっと見た限りだが、ウールリッチはかなり変わった人で、厭人的な人生を送っていたようだ。

評伝が上下巻で出ていた。

 

新刊で入手できるものも減ってきているようす。早めにレスキューしないとこちらは絶版になってしまうかも……。

電子書籍で出ているものもある。

 

今回図書館で借りて読んだのは白亜書房のシリーズ。装幀がよいのだけれども……。

 

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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年